117ーテンパった
それは前の時もそうだった。将来は宰相になる人だ。そしてこの人は最後まで、俺が戦に出ることを反対してくれていた。
だけど、俺の婚約者の父親だ。私情が入っているのだろうと勘繰られ、取り合ってもらえなかった。
その時には宰相となっていた、アコレーシアの父が訴えてくれたんだ。
「我が国を陰から支え、守護してくださっている家系のご嫡男なのですよ! 次代を担うものを守らないでどうするのですか!」
と、反論してくれていたけども、俺の父の本当の仕事を知っている人は少ない。それが仇となった。
アコレーシアの母親は俺が戦にでる時に、アコレーシアと一緒に涙を流してくれた。エルセーシア・クローバ。母はエルと呼んで仲良くしている。
この人は将来、社交界を仕切る人になる。人当たりが良く、面倒見が良い。隅々にまで目が届き、身分に関係なく心遣いのできる人。
そして侯爵夫人という事もあり、皆から一目を置かれていた。温和で優しい人だ。
アコレーシアの兄が、フェリクス・クローバ。通称、フェリ。俺はフェリ兄と呼んでいた。父親似のサラッサラなシルバーの髪を後ろで結んでいて、栗色の瞳がちょっぴりクールだ。
小さい頃からいつも本を読んでいる様な人で、身体を動かすよりも勉強の方が得意だった。
だからといって、運動ができない訳ではないし、体力もない訳ではない。ただ疲れることは好きじゃないらしい。
将来は父親の補佐をするようになる有能な人だ。頭がキレる人とは、こういう人のことを言うのだなと思う。
懐かしい、クローバ侯爵一家が俺の目の前に揃っている。俺が戦に出る時は、一家揃って見送りに来てくれた。いかん、涙が出そうだ。
「さあ、こちらへどうぞ。今日は、私達家族だけですのよ」
「ありがとう。さあ、ラウ」
「あい」
俺は今回の生で再会する時は、どう思うのだろうと考えないようにしていた。
だって前の時には7歳で初めて会った。それまであと何年あるんだ? て、考えると気が遠くなるからだ。
なのに今回はもう会えた。ちゃんと心の準備をしてきたはずだ。覚悟じゃないけど、心を落ち着かせ整理して今日を迎えた。
俺は会いたくて仕方がなかったけど、相手は初対面なんだ。だから驚かせてはいけない。不自然でもいけない。自然に、不快感を与えないようにと注意した。
なのに、俺の心は暴れ出しそうだった。緊張と喜びでいっぱいだったんだ。
「らいじょうぶ?」
母に付いて、ぼーっと歩いていた俺にアコレーシアが声を掛けてきた。思わず、ビクッと身体が跳ねた。
「あ、あの……」
「らいじょぶ、ありがと」
ニコリとして答える。なんて可愛いんだ。いや、俺って中身は3歳じゃないから背徳感がちょっぴりあったりして。いやいや、そんなことはどうでも良い。
「あこちゃんって、よんれもいい?」
「うん、もちろんいいわ」
「ぼくは、らうってよんれね」
「らう?」
「うん、あこちゃん。なかよくしてね」
「ええ、らう」
もう、ひらがなばかりなんだけど。ちびっ子だから仕方がない。
「ぴよ」
「ことりしゃんなのね」
「しょう。みみっていうの」
「みみちゃん」
「ぴよよ」
「かわいいわ」
肩にいるミミを、この時にやっと思い出した。それまで、ミミを気にする余裕がなかった。
それを意識し出すと、内心ドッキドキだ。愛しいアコレーシアと話しているからではなくて、ミミが話し出すんじゃなかと思ってビクビクしているんだ。ミミは天然だからな。
「ぴよ!」
俺のほっぺを突きにきた。抗議しているつもりらしい。
「ミミ、おとなしくしてね」
「ぴよ」
「まあ、おりこうなのね」
「いちゅもいっしょなんら」
「いちゅも? いちゅもかたにのってるの?」
「しょうなの」
「まあ!」
ふふふ、とってもとっても可愛い。思わずそっと手を繋いでしまった。
「おててちゅなごう」
「うん」
ちょっぴりほっぺが、ピンク色に染まった。プクプクの手だ。
俺と同い年なのに、女の子は柔らかさが違う。壊れそうだから、力を入れないようにそっと手を繋ぐ。
「きれいなおはなを、ありがとう」
「うん、あこちゃんに、おにあいら」
「ふふふ、ありがと」
二人で手を繋いで母達の後を付いて行く。パーティーは庭に準備されていた。柔らかい陽が差して、庭の花が喜んでいるみたいに見える。
俺って今絶対に浮かれている。そう自覚がある。花が喜んでいるなんて、今まで考えたことがないぞ。
だって、それだけ嬉しいのだから仕方がない。
庭にセッティングされたテーブルセット。その上に、ご馳走が並んでいる。
「あら、もう仲良くなったの?」
「まあ、ふふふ」
母とアコレーシアの母親が、手を繋いでいる俺達を見て和やかに笑っている。
「かあしゃま、らってとってもかわいいれす」
「ラウったら」
俺の隣で、フリージアの花束を持ったアコレーシアが恥ずかしそうにしていた。
その日、俺は何を食べたのか覚えていない。ミミに気を付けることさえ、おざなりだった。まあ、母が気を付けてくれたのだろう。ミミは大人しく俺の肩に止まっていた。
時々念話で『ももじゅーしゅのむみゃ!』と訴えていたけど。
それも母が気を利かせて、桃ジュースを貰ってくれていた。俺は、まったく役に立たなかった。
アコレーシアに会えたことが嬉しくて、それどころじゃなかったんだ。