115ー手に汗にぎる
その日の夜、ちょっぴり俺は緊張しながら眠った。夢を見たんだ。前の時のアコレーシアの夢を。
濃いめのブロンドの髪をそよ風が揺らし、ひまわりの様なオレンジ色の瞳が今にも零れ落ちそうな涙で潤んでいる。
俺は手に持っていたフリージアの花束をアコレーシアに手渡す。
「無事に帰ってきてね」
「ああ、もちろんだよ」
「この花、どうして私が好きなのか覚えている?」
「覚えているよ。俺が初めて会った時に、贈ったからだと話していたじゃないか」
「そうよ。だから必ず無事に帰ってきて、またフリージアの花をちょうだいね」
「約束するよ」
そっと腕の中に抱きしめると、アコレーシアの瞳から涙が零れ落ちた。そこで目が覚めた。
アコレーシアの華奢で柔らかな身体を抱きしめた手の感触や、温かさを覚えている。
そうだった。俺が初めて会った時に贈った花がフリージアだった。一目惚れをした俺は、それから毎日フリージアを持って通った。毎日1本ずつ。100本になろうかという日に、アコレーシアの家が根負けしたんだった。ませた7歳児だ。
そんな大事なことをどうして俺は忘れていたのだろう? 通ったのは覚えていた。でもどうしてその花を持って行ったかを覚えていなかった。ただアコレーシアの好きな花は、フリージアだとだけ覚えていた。
今回もまた通おう。1本ずつフリージアを持って。
「ラウ坊ちゃま、もう起きておられたのですか?」
おフクが部屋に入ってきた。ベッドに座っている俺を見て言った。
「もしかして緊張されてますか?」
「しょうじゃないよ。ゆめみたの」
「夢ですか?」
「しょう」
「あら、どんな夢でしょう?」
「えっと……わしゅれた」
「ふふふ、夢ってそんなものですよね。さあ、お着替えをして朝食ですよ」
「うん」
今日とうとうアコレーシアに会うと思うと、本当は少し緊張するんだ。パーティーは午後からだ。少しお昼寝をして、それから出掛ける。ちょうどオヤツの時間だというわけだ。
ちびっ子のパーティーだからね。まさか夜ではない。
着替えさせてもらっている時に、窓の下にぶら下がっているバットが眼に入った。
もしかしてバットも付いてくるのかな?
『いっしょに行くのれす』
え、でも他の人に見られたら駄目だよ。
『わかっているのれす』
馬車の上に張り付いて行くらしい。本当は真昼間に動きたくはないのだそうだ。
『でも魔王様の言いつけなのれす』
家で待っていても良いのに。
『ラウのそばをはなれたら、駄目だと言われているのれす』
そこまでしなくても良いと思うぞ。
『何があるか分からないからと、言われているのれす』
それってもしかして心配してくれているのかな?
『もちろんなのれす。なにかあったら僕が守るのれす』
それは、有難う。バットは強いらしいし、よろしくね。
『任せるのれす!』
ミミより頼りになりそうだ。なにしろ魔族だし、ミミよりしっかりしているし。
「みゃ? なにかいったみゃ?」
こんな時だけ鋭いミミだ。
お昼を食べてお昼寝をする頃には、ソワソワしていた。それでも満腹になると勝手に瞼が重くなる。まだまだちびっ子だ。
起きたらお着替えして、アコレーシアの家にレッツゴーだ。
「ラウ、そんなに緊張しなくても大丈夫よ。私のお友達のお宅なのだから」
母が俺に声を掛ける。フリフリの洋服に着替えさせられて、今俺は馬車に揺られている。アコレーシアの家に向かっているんだ。
母の隣にチョコンと座り、両手をお膝の上に乗せてギュッと握っている俺を見て母が言ったんだ。
ちょっと手に汗をかいてきた。緊張してしまう。もうドッキドキだ。
小さい頃のアコレーシアはどんなだろう? 今回も俺は婚約者になれるのか? 嫌われたらどうしよう? なんて考えていたら余計に緊張してきたんだ。
「かあしゃま、きらわれたら、ろうしましょう?」
「まあ、ふふふ。今日はお友達になれると良いわね」
「あい」
どっちにしろ、明日からはフリージアの花を1本持って毎日通うつもりだけど。
他の男に取られてなるものか。って、感じだ。
前の時は守れなかった。俺は戦場で殺されてしまった。
家族やアコレーシアが、どうなったのか知らない。だけど、あの最後の時に聞いた話が本当だったら……今回はあんなことはさせない。魔族との戦なんて起こさせはしない。
今回こそ、何をしてもみんなを守るんだ。
「ラウ、何を考えているのか分からないけど……もっと肩の力を抜きなさい」
「かあしゃま」
「今日は楽しめると良いわね」
「あい」
初めての御呼ばれなのだからと、母が言う。城以外の場所に行くのは初めてだ。
「今日はね、本当に仲の良い人しかいないの。だからそんなに緊張しなくて大丈夫よ」
「かあしゃま、ほかにもおよばれしているひとが、いるのれしゅか?」
「そうね、今日はいないわ。私達だけなの。うちの事情を考慮してくれているのよ」
ああ、そっか。うちは秘密の多い家だから。気軽に他家と交流することも、儘ならない。父の仕事上の関係でだ。だから今まで俺は、家から出ることもなかった。
王弟一家だということもあるのだけど。貴族の中では一番格上の家だからだ。
そう簡単にお誘いできる家ではないんだ。