105ー母がしたこと
「かあしゃまも、いったことがあるって」
「そうね、随分前にね」
「かあしゃま、こんろいっしょにいく?」
「ええ!? 一緒になの!?」
「しょう、いっしょにいこう。なんなら、とうしゃまもいっしょに」
「ええぇッ!?」
なんだよ、考えもしなかったって顔をしている。大丈夫だよ、精霊女王に連れて行ってもらえば行けるだろう?
「あら……そうかしら?」
「うん、しょうらよ。いっしょにいこうね~」
「まあ! ふふふ、ラウったら驚くことばかりするんだから」
母にベッドに寝かされ、お布団を掛けてトントンとされた。
え、どうした? 寝ちゃっても良いのかな?
「ほとんど寝ていないのでしょう? お昼寝しなさい。お父様と相談してみるわ」
「うん、おやしゅみ」
「ただね、一つ約束して欲しいの」
母が心配そうな眼をして俺を見つめている。そうか、とっても心配かけてしまったんだ。
寝ていると思っていた俺が、ベッドにいなかった。それを見た時の母はどんな気持ちだったのだろう? もしかして、誰かに攫われたか? と、考えたのかも知れない。
父の仕事の関係で、この家は狙われることもあるからだ。実際に俺が0歳の時に襲撃を受けている。俺は攫われたことだってある。
そんな家で、守りは鉄壁にしているつもりでも俺がいないと分かった時は、また攫われたか!? と考えても当然だ。
「かあしゃま」
「母様に黙って行くのはもう止めてほしいの。心配なのよ」
「うん、ごめんなしゃい」
「母様から精霊女王にも話しておくわ」
「かあしゃま、しぇいれいじょうおうは、わるくないの」
「ええ、分かっているわ」
むしろ精霊女王は俺に協力してくれているんだ。だから、責めたりしないでほしい。
そんなことを考えながら、俺は眠りについた。
ぐっすりと眠って眼が覚めると、俺の部屋におフクがいた。おフクにも心配を掛けてしまった。
「ふく」
「眼が覚めましたか?」
「ふく、しんぱいかけて、ごめんなしゃい」
「はい、心配しましたよ。でもご無事で良かったです」
「うん」
ヨイショとベッドから出る。ミミは相変わらずまだ寝ている。よく寝るな。
「ふく、おのどかわいた」
「はい、果実水を持ってきていますよ」
「ありがと」
精霊界を経由して魔王に会っていた時間は、こっちだとほんの数分だったはずだ。
その数分が、母やおフクにとってはどんな時間だったのかと俺は反省した。
多分、俺がいないと気が付いて探しに出ようとしたところに、俺とミミが突然現れたって感じだったのだろう。
俺なら自分の眼を疑うぞ。どこから現れた!? て思って当然だ。
だが、母は冷静だった。自分も精霊界に行った経験があるから、ピンときたのだろう。
俺がコクコクと飲んでいる間に、おフクはミミを起こしていた。さすがに叩きはしないが、何度も身体を揺すりミミを起こした。
そして、おフクに抱っこされて強制的に連れて来られた。
「皆揃ったか」
相変わらず、心を鷲掴みにされるようなバリトンボイスでクールに父が言った。
ここは例の会議室だ。いつものメンバーが揃っている。俺がお昼寝から起きると、この会議室に召集が掛かった。
母の隣で、デデンとソファーに座っている俺。まだ足が床についていない。
「さて、今回はラウの件だ」
え、俺? 俺なのか?
「ラウ、アリシアから話は聞いた。それで良い機会だから皆に、話しておこうと思って集まってもらった」
何だろう? 俺のことだと言ったよな。やっぱ俺が精霊界に行っていたからだろうか?
「アリシア」
「はい、あなた」
母が指名された。いつもとは違う雰囲気を纏った母が、揃っている皆を見渡した。
背筋を伸ばし、キリッと前を見て母は話し出した。
「私のジョブは皆知っているわね」
母のジョブはエレメンタラー。精霊使いだ。
母と父の使い魔や、ミミも母のその能力で契約している。
母が話し出すとシャララ~ンとリンリンが、何もない空間からにゅぅ~ッとフェンが顔を出した。
「使い魔は知っているわね」
言葉を区切りながら、少しずつ母は話した。
「私がこの家に嫁いできてすぐの頃なの。リンリンに頼んで精霊界に行ったことがあるのよ」
いきなり本題だ。そうか、リンリンが精霊女王に頼んで連れて行ってもらったのか。
母が父と婚姻してすぐの頃だったそうだ。父の仕事の関係で、他国に父が拉致されたらしい。父でもそんなことがあったのかと、俺は驚いた。
父の命が危ないと思った母は、強硬手段に出たんだ。
リンリンに頼み込み、精霊女王に精霊界に連れて行ってもらい、そこから父が拉致されている国に飛んだ。俺が魔王に会いに行っている時と同じ状態だ。
そして無事父を救い出した。母がそんな危険を冒していたなんて。
いつも穏やかで動じない母が、余程だったのだろう。
「私はあの時、アリシアに命を助けられたのだ」
より一層心に響く良い声で父が言った。その時を思い出してでもいるのだろう。感慨深い表情をして何もない空間を見つめている。浸るんじゃない。話しを続けよう。
「あの時はそれしか方法が無かったの。だから異例だったのよ」
そう言いながら、俺を見つめる母。すまん、異例とは知らずに何度も精霊界に行っちゃってる。