100ーまた顔面へ
俺とミミが転移したのは、魔王の執務室だ。昼間はここに転移すると大抵魔王はいる。お仕事中なんだ。そこにいつも突然登場する。
「ぶぶふッ!」
「ああ! 魔王様!」
「あ、ごめんね」
「みゃみゃみゃ!」
どうしてだか俺は、毎回毎回魔王の顔面に転移する。狙っているのではないんだぞ。マジで。
なのに、100%の確率で魔王の顔面に着地するんだ。そして今日もそうだ。俺はガシッと魔王の頭にしがみ付いている。
これって、俺の転移の精度が凄いと思わないか? ピンポイントで思った場所に転移している。魔王に会いたいと思っているから、魔王の顔面に着地だ。ワッハッハ!
0歳の時は転移する度に、どっちかお漏らししちゃっていた。
どっちかって分かる? お尻の方から出るか、前から出るかだよ。今はもうそれも卒業した。すくすくと成長しているからな。
ブルブルッと震えると、未だにミミはお漏らしかと騒ぐけど。
「ラウ、相変わらずの登場だな」
「ああ! 魔王様! ラウはどうして毎回毎回、魔王様の顔面に転移してくるのですか!?」
俺は魔王にベリッと顔面から剝がされて、そのままプラ~ンと脇を抱えられている。
側で煩く言っているのは魔王の側近で、アースラン・アーティナスという魔人だ。この側近とも、もう顔見知りだ。
真紅の髪をショートボブにしていて、人を射殺すような鋭い金色の瞳をしているのに、ちょっぴり心配性で口うるさい。
頭に立派な2本の角があって、口にはドラキュラの様な2本の犬歯がある。
見た目はとっても怖そうなんだけど、性格はオカン気質だったりする。面倒見の良い魔人だ。
「魔王様、ラウをこちらへ座らせてください。ラウ、ジュースで良いですか? ミミの桃ジュースはありませんよ」
いつ行っても、俺用のジュースを用意してくれている。場を仕切っちゃう感じも、超オカンだ。
「みゃみゃみゃ! なんれいちゅも、ももじゅーしゅがないみゃ!?」
小さくなったミミが、パタパタと飛びながら騒いでいる。これもいつものことだ。
「この国には桃ジュースがないと言ったでしょう? 桃自体がないのですから、仕方ありませんよ」
やっと下ろしてくれた魔王はいつ見ても、超絶イケメンだ。
闇を吸い込むかのような漆黒の長い髪に、頭の両側には丸く一巻きした立派な角がある。
そして陶器のような白い肌に、睫毛の長い切れ長の眼は真っ赤な瞳をしている。しかも絶対的強者のオーラが滲み出ている。そのイケメンが、少し寂しそうな眼をして言った。
「ラウ、しばらく来なかったな」
「え……」
「しばらく来なかったではないかッ」
それでわざわざ精霊女王にコンタクトを取ったのか? それだけでなのか?
俺が0歳の時に初めて会って、それからちょくちょく魔王城にお邪魔していた。確かに最近は、ちょっとご無沙汰だった。だって俺は今、まじめな3歳児だから。
「ろうして? ましゃか、しょれらけれよんだの?」
「ああ、ラウが来ないのがいけないんだぞ!」
「えー……」
てか、魔王が俺に何の用だよ。
「いや……別に……用がある訳ではないのだ」
眼が泳いでいるぞ。何をモジモジしているんだ。大の大人がさ。
「もしかして、ぼくがくるのをまってた?」
「ば、ば、ばかッ! 待ってなんていないぞ! 私はラウと遊びたいなんて、思っていないんだからなッ!」
腕を組んでプイッと外方を向いているが、チラチラと横目で俺を見ている。しかも、しかめっ面をしていると見せかけて、ちょっぴり尖った耳が赤くなっているぞ。口元だってヒクヒクしている。
ツンデレかよ! 魔王だろう? なんでそんな性格なんだよ。て、思うだろう?
そうなんだよ、この魔王。話してみると、意外にも良い奴だったんだ。
それに、素直じゃないんだよ。0歳の俺が行くといつも、今日はゆっくりできるのか? ジュースでも飲むか? 甘いものは好きか? とか言ってくるんだ。
0歳の赤ちゃんが、普通のジュースを飲んだり、甘いものを食べたりできないって話すと、とっても残念そうに肩を落として眼を伏せる。
そのくせ口では、また来たのか。なんて言ってくる。
「ぼくちょっと、まじめにしてたの」
「ラウがか?」
「しょうしょう」
「アハハハ、今更だな」
「しょんなことないの」
「ラウは突拍子もないことをするから楽しいんだ」
「え、ぼくはふちゅうら」
「0歳で転移して魔王城へやってきた者が普通か?」
それを言われると、言い返せない。
いつも俺が魔王城へ行く時は時間制限があった。何しろ、こっちより魔素は濃いし瘴気も漂っている。それを遮断するシールドを常時張っていないと、俺の命が危ない。
赤ちゃんの俺は、そう長くシールドを展開できなかった。だからいつも一言二言話をしたら、じゃ、またなー! て、感じだったんだ。
それに業を煮やした魔王は、いつからかシールドを補助してくれるようになった。
「私が補助すれば1時間は居られるだろう」
そう言って、俺が展開しているシールドに重ねて、シールドを張ってくれたんだ。
おう、それはありがとう。と、それから少しはまともに話せるようになった。
今だって何も言わなくても、俺にシールドを張ってくれている。とっても人が良い魔王だ。