王太子に振られた悪役令嬢は物乞いの青年に恋をした
公爵令嬢ザラは悪女で評判だった。主張が強く、口が悪くて一言多い。人を傷つけるのもお構いなしだ。ただ、彼女は誰もが認める絶世の美女だった。涼しげな目元、艶めく長い黒髪に、新雪のように白くきめ細やかで、柔らかそうな肌。ぽってりとした唇は赤く、白い肌にぽっと咲いている。
その姿に恋焦がれる男性は多く、求婚の数も多かった。だが、彼女は口が悪い。
「こんな宝石、趣味じゃないのでいりません」
「話題が乏しいですけど、ちゃんとご教養は磨かれました?」
「人に見た目を望むなら、貴方自身の姿もどうにかされた方が良いですよ」
彼女と話すと、男たちは求婚を撤回してそのまま去っていった。
そんなザラが心をときめかせる相手がいる。隣国のアントワーヌ王太子である。ザラでなくても、彼にときめかない者はいないだろう。
美しい立ち姿に、白に近い白銀の髪、切れ長の目は色気があり、眉目秀麗とは彼のためにあるような言葉だ。そして剣の腕も一級で、勉強家でもある。ここまで完璧だと、逆に近寄りがたい。
ある昼間のパーティーで、恐いもの知らずのザラは憧れの王太子を見つけて声を掛ける。
「君のように性格の悪い女には興味ないんだ」
瞬殺で振られた。
勤勉で努力家なアントワーヌ王太子が、顔だけいい女など相手にするわけもなく、しかも巷で評判の悪女だ。声を掛けられた瞬間に断るのも無理はない。
「まあ、なんて失礼な。私は貴方と今初めてお話したのに、私の何を知っているというのですか? 貴方みたいな高慢なお方、こちらから願い下げです」
ザラは王子にそう吐き捨てて、パーティー会場を後にして家路についた。
だが家に着くと、父が怒り狂って待っていた。
「お前は求婚相手達に失礼を振舞うだけでなく、大国のアントワーヌ王太子にまで悪態をついたそうだな!」
「悪態だなんて。私はいつも真実を申し上げているだけです」
父は怒りで顔を真っ赤にしている。
「お前をこのまま家に置いていたら、いつか家ごと潰される。勘当だ! 今すぐこの家から出て行け!!」
ザラは家なき娘となってしまった。
「出されてしまったものは仕方ないわ。とにかく、今夜寒さをしのげて、寝れる場所を探さなくては」
ザラは当ても無く道を歩いた。
すると、寂れた道がどんどん開けていき、賑やかな街が見えてきた。その街を目指して突き進むと、街の入口に近いところで、物乞いの青年が笛を吹いて人々からお金や食料を貰っている。
「ねえ、貴方、そうやっていたらお金や食べ物が貰えるの?」
物乞いの青年の髪は手入れをされずに伸びており、ぼさぼさで目が半分隠れていて表情が読めないが、口元はポカンと開いていたので、ザラに愕いているのはわかった。
「こんな綺麗なお姫さんが、なんで俺なんかに声を掛けるんだ?」
「私、家を追い出されたの。自分で生きていかなくてはならないの。だから貴方、私に生き方を教えて下さらない?」
「生き方って……こんな物乞いの生き方真似てどうするんだよ」
「何を言っているの? 貴方は自分で稼いでいるじゃない。ねえ、お願いだから教えて」
物乞いの青年は変な女に捕まったとばかりにたじたじである。
「あと、貴方、どこで暮らしているの? 今晩泊めてくださらない?」
「はあっ? お姫さん、麗しい女性がそんな簡単に男の家に泊まらせてなんて言っちゃだめだろ」
「あら、でも私泊まるところがなくて困っているの。それに貴方は悪い人じゃないって分かるわ。私、人を見る目はあるのよ」
物乞いの青年は、こんな高いドレスや宝飾を着けている女を自分がこのまま突き放したら、きっと街にいる色んな奴に泊めてくれと聞いて回るだろうし、そしたら身ぐるみはがされて、しまいには男たちの慰み者なんかにされて、想像するだけで危なっかしくて仕方ないと思った。
「最初に声かけたのが俺で本当に良かったな」
物乞いの青年はげっそりしながらザラを連れて自分の家に案内した。
「家はどこ?」
「目の前にあんだろ」
「家畜小屋しかないわよ?」
「お前……」
物乞いの青年はすたすたと先に歩き、家畜小屋と呼ばれた小屋のドアを乱暴に開ける。中には粗末なテーブルとイスが二脚、そしてベッドがひとつと、奥に炊事ができるような場所があった。
「まあ、こんな家初めて見たわ」
物乞いの青年は、失礼で変な女を連れてきてしまったと思いながら溜息をついた。
「ねえ、貴方の名前は? 私はザラよ」
「トニだ」
「トニね。さあ、生きていくためにはどうしたらいいの?」
「まずはその服を脱いで、装飾品も全部外せ」
「あら、トニ、貴方は山賊か何かだったの?」
「アホか! そんな恰好でうろついてたら、本当に山賊に狙われるだろうが。それに、それを金に換えれば仕事が見つかるまではしばらくは暮らせるだろ」
「ああ、なるほど」
ザラは納得してトニの前で脱ぎ始める。
「まてまてまてまて! あっちで着替えろ! 服はとりあえず俺のを着とけ!」
トニはザラと出会ってからほんの数十分でくたくたになった。
ザラから脱いだドレスと宝飾品を受け取り、トニが代わりに街に売りに行ってきてくれた。戻って来た時には、庶民の着るワンピースと、お金、そして食材を持っていた。
「さあ、これに着替えたら、夕食の準備をしろ」
「わかったわ。ところで料理人は?」
「いるわけないだろ! お前が作るんだよ!」
「まあ、楽しそう」
喜ぶザラを後目に、トニはもう面倒くさいから自分でやろうと食材を切り始める。
「まって! 私もするから」
そう言ってザラはまたトニの前で服を脱いで、買ってきてくれた庶民のワンピースに着替えだす。トニは注意する気も失せていたので、背中を向けて、ザラの着替えを見ないようにして料理をした。
夕飯を作るのにいつもの倍以上時間が掛かったが、トニは意外に楽しかった。何も知らないザラは一生懸命覚えようと色々聞いてくる。色々聞かれると、何だか教えたくなってきて、あれこれ教えているうちに承認欲求が満たされた。
(思ったほど悪い奴じゃないんだな)
トニはそう思いながら、ザラを見つつスープを口に運ぶ。
「貴方は素晴らしいわ、トニ! 一人で立派に生きている!」
トニは、こんな物乞いに本気で目を輝かせて褒め称える女に、可笑しくて笑ってしまった。
「あら、トニ、笑った方が素敵よ。笑ってないとただ汚らしいだけだもの」
「お前は口が悪いな」
「皆そう言いますけど、私は真実を言っているだけですよ」
翌日は、小屋の裏にある畑に行く。そこには実りの悪そうな土しかなく、何の野菜かもわからないやせ細った葉っぱが生えていた。
「まあ、我が家にあった畑とは大違いだわ。これでは作物が育たない。だれか指南してくださるスペシャリストはいないの?」
「そうだなあ……」
トニはザラを連れて、近くの大農園に行く。そこは地平線が見えるほどの広大な土地で、一面を緑の葉が埋め尽くし、そよ風に吹かれた葉がカサカサと音を鳴らしていた。
「まあ、なんて美しい景色。これはどなたの農園かしら?」
「ここはアントワーヌ王太子の領地だから、彼のかな?」
「ああ、あいつか」
「へえ、ザラは王太子を知っているの?」
「私の目が初めて見誤った相手よ。思ってた程賢くなかったわ」
トニは大笑いした。
「王太子をそんな風に言うなんて、あー可笑しい。何がそんなに賢くなかったんだい?」
「初めて話した私の事を、性格悪いって言ったのよ?」
「そりゃ、まあ……」
トニは苦笑いしてザラの視線をそらした。
「実はアントワーヌ王太子は私の初恋なの」
「ああー、やっぱりお前も、男は顔と金か」
「それはアントワーヌ王太子に失礼でしょ!」
「え?」
トニはそう返ってくるとは思わず、呆気にとられた。ザラは至って真剣な顔をしている。
「あの王太子は勤勉なのよ。剣の腕が凄いのも、真夜中まで稽古をされていると聞いたわ。あんな顔に生まれちゃったから、努力の評価が薄れて可哀そうな位よ。でも、初めて声を掛けた時に、馬鹿だと思ったわ。あの王太子は相手のどこを見て判断しているのかしら」
トニはまた笑いが込み上げてきて、声を出して笑ってしまった。
「本当だね。君と話してみたら面白かったのにね」
そんな会話をしていると、農夫がやってきて挨拶してくれた。
「やあ、トニ! おめえさんの嫁か?」
「やめてくれ、嫁じゃないよ。でもしばらくコイツも食わしてやらなきゃならなくて、畑をちゃんとしたいんだ。おじさん、助けてくれないか?」
「もちろんさ、トニ。おめえはいつも俺を助けてくれる。仕事が終わったらお前んち行くから待っとけよ」
スペシャリストからの指南も受けられそうになり、トニとザラは喜びながら小屋へと帰る。ザラは、トニが人望があることを知り感心した。
夕方、仕事を終えた農夫のおじさんが、農具と肥料を持ってやってきてくれた。
「こりゃひでえ。苗を植えるにも四週間はかかる」
おじさんはぶつくさいいながらも、土を耕し、それを真似てトニとザラも鍬を持って土を耕す。汗だくになりながら三人で耕し、石灰を撒いて一度終わらせた。
「また二週間くらいしたら来るからな」
おじさんは笑顔で帰っていった。
「野菜を作るのって、こんなにも大変なのね」
ザラはくたくたになって、テーブルの上で俯いている。トニはいつの間にかスープを温めてくれていて、俯いていたザラの前にスープを置いた。
「さあ、食べよう。明日は街で何かを売らないと、すぐに食事に困ってしまう」
ザラはスープを眺めた。野菜の切れ端ぐらいしか入っておらず、腹の足しにもならない。
「庶民は大変な思いをして生活していたのね……」
「俺が物乞いだから、庶民といってもこれは貧しい方の生活だけどな」
ザラはふうっと深呼吸をして、トニに笑顔を向ける。
「私、もっと頑張るわ。そして貴方のそのチラホラ見える白髪が黒くなるよう、栄養のあるものを食べさせてあげるから」
トニは咄嗟に白髪を隠し、顔を赤くして嬉しそうに笑う。
「ああ、楽しみにしてるよ」
それから、トニは毎日ザラに掃除の仕方や、料理、人々の生活を教えてあげた。ザラは口は悪いが、それは素直なだけで、その分何でも素直に受け入れるものだから、何をさせても上達が早かった。
そしてザラはトニを見て、こんなにも力強く生きている人間がいるんだと、段々と彼を男性として意識するようになる。
おじさんに手伝ってもらった畑は、見事に作物が実り、ザラは毎朝畑に行って野菜を収穫し、朝食の準備をする。
トニは目を擦りながら起きてきて、ザラにおはようと挨拶してイスに座る。来た時とは比べ物にならないほど、ザラは手際よく料理をトニの前に出して、後片付けもし、街に畑でとれた野菜をトニと一緒に売りに行く。
トニはザラを見つめながら思った。一緒に暮らしていくうちに色々と気づかされた。
(ザラは素直なんだな。だからどんどん吸収していく。口の悪さも、悪意があって人を悪く言うわけじゃなく、良かれと思って指摘した事で今まで相手を怒らせていたんだろうな……)
笑顔で野菜を売るザラは本当に綺麗だった。トニはいつの間にかザラを見つめてぼーっとしていた自分に驚き、頭を振る。
「お姉ちゃん美人だなあ。野菜を買うから、今晩俺と過ごさないか?」
いつの間にかザラが下衆な輩に絡まれていた。
「いえ、貴方のような無粋な方とは過ごしません。そんな条件なら野菜は買わなくて結構です」
きっぱりと断るザラの態度が相手の羞恥心に響いたのか、男は顔を真っ赤にして手を振り上げた。トニは咄嗟に男の手を掴む。その握力の強さと気迫に、男はたじろいだ。
「妻の口が悪くすみません。お代はいいんで、この野菜を持って帰ってください」
男は手を振り払い、野菜を貰って、負け犬の遠吠え的な捨て台詞を吐いて去って行った。
トニがザラを見ると何故か頬を赤く染めていた。
「どうした?」
「妻って……」
トニも顔を赤くした。男から守るために咄嗟に口にしてしまったが、自分の願望を無意識に口にして、隠していた気持ちを自分自身も正確に認識してしまった。
「何でもない。こんな物乞いの男に言われて気分を悪くしたよな。ザラを助けるために咄嗟に出た嘘だから気にしないでくれ」
「嘘なの?」
何故かザラは泣きそうな顔をしている。こんなプライドの高そうなお嬢さんが、まさかこんなに貧しい男に恋をすることがあるのだろうか? いやいや、ないだろう。もし気持ちを伝えたら、この生活が終わってしまう……。
「当たり前だろ」
ザラは堪えていた涙を一気に流して、トマトを掴んでトニに投げつけて走って行ってしまった。
服に着いた潰れたトマトを拭いながら追いかけると、ザラは小屋の中で泣いていた。
「ザラ……何で泣くんだよ」
ザラは恨めしそうにトニを見ている。
「貴方に振られて傷ついてるからに決まってるじゃない」
トニは目を丸くして驚いた。この貧しい男が好きだと言ったのか?
「何を見て、ザラは俺が好きになったんだ? 金もないし、身なりもこんなんだ」
「何を言ってるの? 貴方は素晴らしいじゃない。こんなよくわからない女のお願いを聞いて、毎日必死に色々教えてくれて、温かい家と食事を与えて、だからと言って身体を要求してきたことは一度もない。あなた以上に素敵な男性はどこにもいないわ」
トニは暫く固まって黙っていた。どれくらい二人の間に静寂が続いただろう。やっとトニが動き、ザラの前で跪く。
「ザラ……今まで必死に気持ちを隠していたんだ。振られてこの生活を終わらせたくなかったから。手だって、本当は出したかったよ。でも、君が大切だから求めなかったんだ。勇気を出して言うよ。……俺の……私の妻になってくれますか?」
「貴方が触れられないなら、私から触れます。私の旦那様」
ザラはトニの唇にそっとキスをして、すぐに恥ずかしさで顔を両手で隠した。トニはザラの手を取り、彼女の額に自分の額をこつんとつけた。そして二人で笑いあった。
「ザラ、生活をもっと良くするために、領主様の城で働かないか? ちょうど使用人をやらないかと街の人に聞かれていたんだ」
ザラは王太子に会いたくなかったが、彼が下級使用人と顔を合わすことなど殆どないだろうし、会ってもこちらに気づくわけないと思い、二人の生活の為に了承した。若いのに白髪混じりのトニの髪の毛が、なんだか苦労を物語っていて、ザラはもっともっと美味しいものを食べさせてあげたかった。
物乞いだったトニとザラは城で雇ってもらえることになり、働くようになる。トニは厩で、ザラは部屋の掃除係で、基本二人は城では会えない。仕事を終える時間もまちまちなので、終わった者が先に家に帰り夕食を作って待っている。
ある日、城内の部屋の掃除を終えて廊下に出ると、アントワーヌ王太子と再会する。もちろんいつ再会してもおかしくないとザラは思っていたので、気持ちの準備は出来ていた。
「お久しぶりです、ザラ令嬢」
ザラは王太子がこちらの事を覚えていたことに驚いた。王太子は、パーティーで会った時とだいぶ印象が変わったように見えた。きっと、みすぼらしい格好で使用人をしている自分の姿に同情しているのだろう。
「お久しぶりです、アントワーヌ王太子殿下」
ザラのカーテシーをする姿は、その装いすら見えなくなるほど美しく気品に満ちていた。
「貴方は本当に美しいですね。何故あのパーティーで気が付かなかったのでしょう。ザラ令嬢、まだチャンスがあれば、私の妃になってくださいませんか?」
ザラは驚いて何度も瞬きをした。まさかこのタイミングで求婚とは。
「突然何を? 私の何を見てそんな事を言うのですか?」
「貴方の内側から溢れ出る気品を見てです」
ザラは鼻で笑う。
「私の事をよく知りもしないで……貴方も所詮、今まで求婚してきた男たちと同じで、私の見た目しか興味ない。しかもこれは同情ですか? 哀れな女を救うのが趣味ですか? 嗚呼、昔の私は本当にあなたの事を見誤っていた。貴方のように立派な方なら、きっと私の内面を見てくれると信じていました……」
ザラは背筋を伸ばし、品よく微笑む。
「アントワーヌ王太子殿下、身に余るお申し出に感謝致します。しかし、私には既に心から愛する夫がおります。世界一素晴らしい夫です。ですので、お断りいたします。そして、使用人も本日付けで退職いたします」
ザラはアントワーヌ王太子に背を向けて、その場を去って行った。
今すぐに会いたいのは愛するトニ。私の内面と欠点全てを愛してくれる。私に生きるという事を教えてくれた。煌びやかで豊かな生活が恋しくないと言えば噓になるが、それは贅沢な生活が恋しいのではなく、生まれ育った環境を懐かしく恋しいといった感情だ。でも、それを捨ててでもトニと一生を共に過ごしたい。
トニに会いたくて会いたくて、足取りが早くなる。初恋の王太子を振ってやったから気持ちが高ぶっているのだろうか? それとも、あの王太子よりも恋しく思える相手に出会えた喜びだろうか?
ザラはみすぼらしい小屋の扉を開けると、そこにトニはいなかった。ザラは視線をある一点に向けて目を細める。
「ここで何をしていらっしゃるの?」
視線の先にいたのはアントワーヌ王太子だった。
「君は、私が何も知らないって言ったけど、まったく知らないわけじゃない。君とずっとここで過ごして、どうしようもないくらい君に惹かれていったんだ」
ザラは目を見開いて驚き、鼓動が速まる。何となく王子が次に何を言い出すか予想がついてきた。愚かな予想を自分で潰すように王太子に聞く。
「まさか……でも、髪の色が……」
王太子はテーブルの上に置かれたかつらを手に取り、被る。白髪と思っていた髪は、かつらから飛び出た王太子の地毛だった。
王太子がゆっくりと近づいてきて、ザラの頬に手を当てる。
「しかも君は、王太子の求婚を袖にしてこんなところに戻ってくるとは……」
王太子はザラの唇寸前まで顔を近づけて、囁く。
「どこまで私を夢中にさせるんだ」
王太子の唇がゆっくりとザラの唇に重なった時、トニと同じ感触がした。
「トニ……」
「ああ、そうだ」
「なぜ?」
「領主として、いずれ国王となる身ゆえ、民の暮らしを知るために、たまに紛れて暮らしていたんだ。そこに君が現れたんだよ」
ザラは開いた口が塞がらなかった。胸の鼓動も止まらない。王太子が物乞いの姿をして国民の勉強とは、勤勉にも程がある。
アントワーヌ王太子がザラの前で跪き、ザラの左手を取る。
「ザラ令嬢、改めて求婚する。私の妻になってもらえますか? そして私が王位に就いた時は、この国を共に治めて欲しい」
アントワーヌ王太子はザラの薬指に指輪をはめた。
「返事の前に指輪をはめてますよ? それに、私はもうだいぶ前から貴方の妻です。トニ」
アントワーヌ王太子は微笑んだ。
「そうだった。では城に帰ろう、私の愛する妻よ」
二人は馬車に乗り、幸せそうに城へ向かった。
「このままトニと呼んでも良いのかしら?」
トニは笑った。
「私のアントワーヌという名前の愛称がトニなんだよ」
「あら」
——そして、その後二人は近隣諸国にも噂が届くほどのおしどり夫婦となった。
Fin.
グリム童話つぐみひげの王様をモチーフにしました。この童話が昔から好きでした。
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