71 三国特使到着
ウィスロー王国国王を部屋に案内した後、次にメイテール城の門を潜ったのは、黒髪に褐色の肌を持つ一行だった。隣国ゴルゴア王国の特使団だろう。
到着の知らせを事前に受け中庭で待機していたメイテールの面々であったが、その中に二人ばかり褐色でない人物を発見する。
黒いマントをすっぽりと被った黒髪の魔導士と、栗色の髪をした緊張した面持ちの貴公子だ。
すると一番ひ弱そうな栗色の髪の若き貴公子が、一歩前に出てきた。
「わ、私は、帝国メグダボルが第七皇子、ジリアスと申します!」
「メグダボルの……」
「今回の件は、我が兄で次期皇帝である第二皇子に全権を託されております!」
まさかウィスロー王国の一行と一緒に来るとは思っていなかったオージンは、この年若い皇子が今回の特使か、と驚く。それと同時に、帝国の噂を思い出した。次期皇帝に決定した第二皇子には、信頼する右腕の弟がいると。母親は違うものの、真面目な性格が共通しているからだとか。
それがこの第七皇子のことに違いない、とオージンは心の中で頷いた。
「ようこそおいで下さいました、ジリアス殿下。私はメイテール領領主代理を務めさせていただいておりますオージン・メイテールと申します」
「この度は、我が兄、第四皇子アルム及び第五皇子セルムの愚かな行いにより、多大な損害を与えてしまい申し訳ありませんでした!」
大きな声で突然謝罪され、オージンは大いに戸惑う。帝国はこの大陸の中で一番の大国だ。他の小国など下に見ているというのが専らの見解だったので、ジリアスのこの対応は意外だったのだ。
「ジリアス、先方が戸惑ってますから、その辺りは後ほどにしましょ」
緊張からか身体をガチガチにしているジリアスの袖をツン、と引っ張ったのは、黒衣の魔導士だ。しかし皇子を呼び捨てにするとはどんな立場の人間なのか、とオージンが見守っていると、視線に気付いたその男はニカッと歯を見せて笑った。
「ご挨拶が遅れました。私、皇室付き魔導士のスタンリー・ウォルシュと申します」
あ、それと、と言いながら、スタンリーが後ろを振り向く。
すると褐色の肌の一行の中でも一際背の高い武人の様な体躯の男が、何かを転がしながら前に出てきた。
オージンは、その何かを見て、思わずぎょっとする。
人ひとりがすっぽりと入る大きさの球体の中にぐったりとした様子でいるのは、見覚えのある顔だったのだ。どうやら球体が回転すると吐き気をもよおすらしく、褐色の肌でも分かるほど青白くなって口を押さえている。
球体の中にいる人物を指差し、スタンリーが言った。
「あ、これ、第四皇子です」
道理で見覚えのある顔な筈だ。現在はメイテールの地下牢で毎日膝を抱えて前後に揺れながら「アルムが怖いよう、許してアルムう」とグズグズ泣いている帝国の第五皇子にそっくりだったから。
相変わらず緊張した表情を浮かべた第七皇子のジリアスが、球体の横に立った。
「第四皇子アルムは、ゴルゴア王国から逃げようとしていたところを我々が捕らえました。繰り返し逃げようとする為、私の魔導士の空間魔法で閉じ込めております」
なので、ちょっとやそっとのことでは割れません。
ジリアスはそう言うと、深々と頭を下げる。
「煮るなり焼くなり如何様に扱っても構いません。我が国からの補償とは別に、これが我が国の貴国に対する本心とご理解いただけますでしょうか」
オージンはあまりの展開に呆気にとられていたが、気を取り直すとジリアスに返した。
「帝国メグダボルのご意思、この目でしかと確認させていただきました。ですが、こちらの件につきましては一介の領主である私の一存では決められません」
「あ……っ。ですよね」
ジリアスがハッとした表情に変わる。後ろで二人のやり取りを静かに見守っていた褐色の一行に目を向けると、その中から先程アルム入りの球体を転がしていた大きな男と、その男よりもひと回りは小さいが、よく似た中年男性が前に出てきた。
二名が恭しく頭を下げる。
姿勢を戻すと、小さい方が代表して喋り始めた。
「我が国の元国王ならびに魔導研究所が貴国にもたらした甚大な被害については、釈明の余地もございません」
オージンはその言葉を聞き、背筋にひやりとしたものを感じる。先程から特使団はオージンに頭を下げてばかりだが、相手は帝国の皇子に、多分このお方は――。
「玉座の重圧に耐え切れず、この男の甘言に耳を傾けた我が父の罪は、償っても償い切れないものです。このまま父を玉座に据えている訳にはいかず、更迭の運びとなりました」
「……はい」
オージンは、背中に冷や汗を垂らしながら掠れ声で答える。
「私は新たにゴルゴア王国国王となったファタール・ユウ・ゴルゴアと申します」
横にいる大きな男を指した。
「この者は、私の異母弟であり王弟となったサイファール・レイ・ゴルゴアです」
二人が、もう一度深々とオージンに向かって頭を下げる。
勘弁してくれ――。
オージンの頬が、ひく、と引きつった。
◇
一旦部屋に案内することになると、マーリカは懐かしい人に向かって駆け出した。
「――サイファ! 無事だったのね!」
「マーリカ!」
マーリカが駆け寄った瞬間、サイファは一切の躊躇も見せずマーリカを腕の中に収める。
「きゃっ!」
「マーリカ……! 無事でよかった……っ!」
力一杯抱き締められて、マーリカは「ぐふ……っぐ、ぐるじい……っ」と呻いているが、涙目のサイファはぐりぐり頬をマーリカの頭にこすり付けていて気付いていない様子だ。
すると、サイファの腕を掴んで馬鹿力で引き剥がす手があった。
「こら、そこの筋肉! おじょ……マーリカに触るな!」
ぐえ、と苦しそうな声を出すマーリカをサイファから引き剥がすと、「マーリカの居場所はここですよ」と囁きながら自分の腕の中に閉じ込める。息が出来る様になったマーリカは、ゲホ、と咳払いをしているので、キラがトントンとそれは甘い雰囲気でマーリカの背中を撫でた。
甘ったるすぎる空気に眉間に皺を寄せたサイファが、歯を剥き出して反論を始める。
「キラ、お前な! そこの筋肉はないだろうが!」
「マーリカの息が詰まってたぞ、殺す気か!」
「あ、そりゃすまん、マーリカ」
「……ゼエゼエ」
マーリカの苦しそうな息遣いに、サイファが眉毛を情けなく垂らした。
「……色々と積もる話をしたいところだが、先に三国間の話し合いだろうな」
「そうなるだろうな。俺も参加する予定になっているから、出来たらその前にこれまでのことをざっと話したかったが……」
ひとまず、とキラが言葉を区切ると、まだ息苦しそうなマーリカのこめかみにキスをする。
「なっ!?」
サイファが目をひん剥くが、キラはしれっと言い放った。
「取り急ぎこれだけは教えてやる」
「……なんだ」
頬をぴく、と苛立たしげに動かしたサイファに、キラは爽やかな笑顔を見せる。
「マーリカはもう俺のものだ。お前が入る余地はもう残されてない。残念だったな」
あまりにも屈託のない笑顔を見せられたからか、暫く口をぽかんと開けていたサイファだったが、やがてしょぼんと萎れていった。
ぼそりと愚痴る。
「……お前な。人が必死こいて飛び回ってたっていうのに、そのお返しがこれか……?」
「だって大事なことだろう?」
「そりゃそうだがな! 感動の再会を果たした直後に言うことか!?」
「言わないでおいて、人が目を離した隙に口説かれるのは腹が立つ。俺のものを口説くとか、あり得ないだろう」
ゼーゼーいっているマーリカが口を出してこないのをいいことに、キラは言いたい放題だったが。
「……――ああああっもう!」
黒髪をぐしゃぐしゃっと掻き乱すと、サイファの耳についた半透明の紫色の耳輪が揺れる。
「畜生! 悔しいぞ! 今言うことかよっ! この悪魔!」
噛みつかんばかりの勢いで言った後。ケホ、と咳をしたマーリカを見て、――へにょりと笑った。
「……でも、おめでとうな。マーリカ」
まだ声が出せそうになかったマーリカは、代わりに微笑んで頷いたのだった。




