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生意気従者とマグナム令嬢  作者: ミドリ


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63 防御の【マグナム】

 ユーリスが、枝に座る男に向かって声を荒げる。


「何者だ! 降りてこい!」


 だが、当然降りてくる筈がない。男は足をプラプラさせたまま、悠々と地上にいる兵たちを見下ろした。


「やだよお! クスクス、ばーか!」


 年は二十代だろうか、若いが幼さは感じさせない顔立ちだ。その所為か、発言の子供っぽさに違和感を覚える。


 見目は悪くなく、すらりとした体型が、色鮮やかなたっぷりと布を使用した服越しにも分かった。服装を見る限り、それなりの身分の人間に見える。


 そこでマーリカはハッと気付いた。まさか、黒幕本人の可能性はないかと。もうひとつ同じ顔があれば確定だが、今この場には彼ひとりしかいない様だ。


 ならば、従兄弟の彼と似た部分はないか。マーリカはじっと目を凝らして探してみたが、残念ながら分からなかった。


「ウィスロー王国の兵って野蛮なんだあ! 言葉遣い乱暴で、怖いよお! あはっ」


 男は、馬鹿にした様な笑いを漏らす。


 まともな話が通じる相手ではない様に思え、マーリカは男から目線を逸らした。


 こちらを、いや、恐らくはマーリカが持つ魔魚の核を見ているのだろう黒竜と目が合う。縦に細い瞳孔からは、確かな苛立ちが感じられた。狭い魔泉から出ることも出来ず、かといって枷の所為で魔界に戻ることも出来ないからだろうか。


「グアアアッ!」

 

 動きたいのだろう。当然だ。黒竜は苦しそうに吠えると、大きな頭を左右に振り回し始めた。


 身体がつっかえてこれ以上出てはこれなさそうだが、このままではいつ周囲の木々を薙ぎ倒し、こちらが下敷きにされるか分からない。


 魔魚の核をあらかた拾い終わったところで、キラがマーリカの手首を掴んだ。緊張からか、キラの手はひんやりと冷たいのに、汗で滑りすぐに掴み直される。


 必死さが伝わる表情で、マーリカを振り返った。


「お嬢、今は距離を置きましょ! ここは危険過ぎます!」

「……っ!」


 キラの言うことも尤もだ。マーリカは唇を噛み締めると、悔しいながらも頷く。苦しんでいる様子の黒竜に向かって、大声で語りかけた。


「必ず返すから! 待っていて!」


 頭を振り回していた黒竜の動作が、一瞬だが止まる。マーリカを見た気がしたが、すぐにまた暴れ出してしまった。胸元に輝く青い魔法陣が、痛々しい。早く何とかしてやりたいが、まずは【マグナム】を用意しなければ進まないことも理解していた。


「お嬢、早くこちらへ!」

「……ええ!」


 キラに手を引っ張られながら、魔泉から急ぎ離れる。


 ユーリスが、魔法を木の上の男に向け放った。だが、男に届く直前で「キン!」と音を立て、青い光と共に攻撃が弾かれる。


「チッ!」


 ユーリスが思い切り舌打ちをした。


「防御壁か! 小賢しい!」

「あはは、当然でしょー!? こっちはひとりなのに、弱くて笑っちゃうなあ!」


 男はユーリスを煽り続けた。


「この! くそ!」


 ユーリスや騎士団の兵たちが次々と魔法攻撃を仕掛けるが、かなり強固な術なのか、全てあっさりと弾かれてしまっている。


「あの男、かなりの術者ですよ」


 キラが忌々しそうに言った。同じ防御魔法でも、唱える人間の魔力量や魔力制御の能力によって効果は変わる。魔力制御に関しては飛び抜けているキラが言うのだから、本当なのだろう。


「くそっ! 当たらん!」


 ユーリスが歯噛みすると、男がせせら笑った。


「黒竜ちゃん、いっちゃってー!」


 褐色の肌の男が、木の上から楽しげな声を放つ。


「貴様っ!」


 キッと睨み上げたユーリスに、男は実に楽しそうな不気味な笑みを見せた。


「死んじゃいなよ、ゴミ」


 直後、辺り一面が一瞬で赤い炎に包まれる。黒竜が術者である男の命に従い、至近距離から炎を吐いたのだ。


「うわあああっ!」


 ユーリスは咄嗟に仲間全体に防御魔法を掛けるが、青い光は見る間に薄まっていく。突破されるのも時間の問題だろう。


「兄様!」


 顔面蒼白になったキラがマーリカを振り返ると、「ここにいて下さい!」と叫んだ。マーリカは――突然起きた出来事に、咄嗟に反応出来なかった。


 キラは自身にも防御魔法を掛けると、燃え盛る炎の中に飛び込む。


「――キラ!」


 ようやく声が出る様になり、キラの名を呼んだ。だが、返事はない。


「ああ……っ!」


 マーリカは、震える手をもう片方の手で掴み押さえた。炎の壁はあっという間にマーリカの背丈を超え、向こうの様子が見えない。


「どうしよう……っ! どうすれば!」


 マーリカは、自分では満足に防御魔法すら掛けられない。爆破する属性を持った厄介な魔力だけがあり、こんな時に何も出来ないのが歯痒かった。


 炎の中で、魔法が炸裂する閃光が光る。グアアッという黒竜の咆哮に、時折術者の男の愉快そうな笑い声が途切れ途切れに響いてきた。


 ザン! と魔法が炎の壁を裂き、そこにアーガスの姿が見える。


「魔法が使える者は援護を!」


 煤だらけのアーガスが叫んだ。


「援護だ! 魔法が使える者は中に!」

「おお!」


 兵たちが入り乱れ、マーリカはなす術もなくその場に立ち尽くす。


 何か、何か自分でも動かなければ。このままただ見ているだけでは、魔力量がさして多くないキラはやがて魔力枯渇を起こしてしまう。そんなことになったら――。


 ふと、抱えたままの魔魚の核入り瓶の存在を思い出す。


 魔導書で、作り方は読んだ。マーリカが作るともれなく爆発するが、防御魔法ならもしかしたら爆発しても問題ないのではないか。むしろ、爆発の勢いで広範囲に影響を及ぼす可能性も、なくはない。


「――迷ってる暇はないわ、マーリカ!」


 マーリカは自分を鼓舞すると、瓶の中に手を突っ込み核を数個手掴みした。


「出来る、私は出来る……!」


 炎の向こうにキラやキラの大切な人たちがいるのだ。魔魚の鱗の鎧を着ているから、爆発したとしてもきっと平気だ。


 スウ、と息を吸い、止めた。そのまま、手のひらの上にある核に神経を集中する。


 守りたい。キラを助けたい。


 その想いだけを乗せ、魔力を注いだ。


「お願い……!」


 誰に言っているのかも分からない呟きを口にしながら、ただひたすら手の上の核が青く膨らんでいくのを見つめる。


 お願い、お願い、キラを助けたい――!


 一心不乱に膨らむ球体に魔力を注いでいると、やがて球の中心に青い小さな煌めきが宿った。これ以上は注いではダメだ。幾度もの失敗を経たマーリカは、制御下手は下手なりに対処法を学んでいた。


 詰めすぎると爆発する。魔力量はほどほどに、である。


「……出来たわ!」


 すぐにひとつ掴むと、炎に向けて投げつける。青い球は、炎の壁に触れた瞬間、ドオオオオオオンッ! と眩い閃光を放ちながら爆発した。灰と塵が爆風と共に押し寄せ、マーリカはそれをもろに吸い込んでしまう。


「けほっ」


 とにかく、何をしても爆発はするらしい。ゲホゲホいながら、沁みて涙が滲んだ目を擦っていると。


「――あ!」


 炎の壁に爆風の形状のまま、青い防御壁か出来ている。その奥に、チラチラと人影が動いているのが見えた。


 マーリカはもう一度【マグナム】を掴むと、叫んだ。


「そこの人たち! 危ないから避けて!」


 そして間髪入れず、防御の【マグナム】を投げ入れる。再びドオオオオオオンッ! と激しい爆発が起こり、中からは「何だ!?」「外にも敵がいるのか!?」という怒鳴り声が聞こえてきた。敵襲と間違えられたらしい。


 マーリカは炎の中に出来た道に駆け込むと、熱さを堪えながら中に向かって叫ぶ。


「これは防御の【マグナム】です! 外に繋がってます、早く外へ!」

「――お嬢!?」


 思ったよりも近くから、キラの声が聞こえてきた。マーリカが急いで周りを見回して探すと、いた。右手を横に翳し黒竜から吐かれる炎を防御壁で止めつつ、左手を枝の上にいる褐色の肌の男に魔法攻撃を繰り出している。


 こんなに驚いたキラの顔など見たことがあるだろうか、くらいに驚いた顔をしているキラが、怒鳴った。


「なんで中に!」


 同時に二種類の魔法を展開など、とんでもない魔力操作能力だ。普通ではまず考えられない。しかも注意をマーリカに向けながらだ。


「防御の【マグナム】を作ったの! 黒竜の周りに張るから、キラは術者を!」

「またあんたは……っ!」


 キラはグッと唇を噛み締めると、諦めた様に言った。


「分かった、分かりましたよ! どうせ言っても聞かないんだから!」


 ツン、と冷たく見えることもある切れ長の青い瞳をマーリカに向け、にやりと笑う。


「ほら、早く俺の隣に来て!」

「……ええ!」


 マーリカは笑顔になると、キラが待つ場所へと駆けて行った。


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