59 心臓の音
晴れて恋人同士となったキラとマーリカであったが、だからといってそのままいちゃついていられる訳ではない。
ドオオオオンッ! という激しい爆発音と共に、木々が大きく揺れる。兵のひとりが【マグナム】で攻撃したのだろう。
「グアアアアアッ!!!!」
続いて、地を揺らす様な魔物の咆哮が鳴り響いた。空気が揺り動かされるほどの振動に、馬たちが慄き暴れ出す。軍馬なので多少のことでは動じない筈だが、姿は見えなくとも森の奥で暴れる魔物の強大さは感じ取れるのだろう。
二人が跨る白馬も、ヒヒイインッといななき前脚を掲げた。マーリカの身体がキラにぶつかり、二人一緒に宙へ投げ出されそうになる。
「きゃっ!」
「お嬢!」
キラは咄嗟にマーリカを捕まえると、足の力だけで馬上に留まった。マーリカもキラにしがみつき、辛うじて落馬を免れる。白馬はイヤイヤをする様に首を左右に振りながら、じりじりと後退していった。
「落ち着け!」
宥めようとキラが白馬の首を叩いても、興奮しており暴れるのをやめない。これはもうこの先進むのは無理そうだ。
「く……っ!」
キラが馬の頭を後ろに向けると、白馬はようやく少しだけ落ち着きを見せた。
「くそっ! 皆! 状況はどうだ!?」
キラの声に、ユーリスが答える。
「こりゃ駄目だ! 怯えてしまって役に立たない!」
背後の様子は、どれも似た様な状況だった。馬のいななきがあちこちから響いてきており、隊列は乱れまくっている。戦場に慣れている筈の馬たちが右往左往し、中には主人を落馬させ駆け戻ってしまっている馬もいるくらいだった。
それほどに、竜という存在は畏怖の対象なのだろう。一旦恐れをなした以上、容易にそれを克服することは無理だった。
ユーリスがキラに向かって叫ぶ。
「キラ! こりゃ駄目だ! 馬が興奮してこれ以上進めないぞ!」
「チッ! 仕方ない、馬を降りて向かいましょう!」
「分かった!」
キラの言葉を聞き、ザッカの指示で魔泉まで先導していたアーガスはメイテールの討伐隊に、ユーリスは自分の部下たちに各々指示を下す。
キラとマーリカは白馬から降りると、駆け寄った兵に手綱を受け渡した。
「キラ、早く【マグナム】を作らないと!」
「まあ、そうなんですけどね……」
必死に訴えるマーリカを見て、キラは何とも言えない表情に変わる。やっぱり連れて行きたくはないのだな、とマーリカはその表情から読み取った。勿論、だからといってマーリカは考えを変えるつもりは毛頭なかったが。
代わりに、瓶から核を数個取り出すと、励ます為にあえて笑顔を浮かべて言った。
「そうだわキラ! 貴方の制御能力なら、複数まとめて作れるんじゃないかしら?」
「へ!?」
マーリカの提案に、キラは感心した様に頷く。
「それは考えてもみませんでしたね。さすがお嬢、発想が突飛です」
突飛という言い方に素直に喜べない何かを感じたが、今は言い争っている場合ではない。マーリカが期待を込めた目でキラを見ていると、キラは小さく頷いた。
「まあやってみましょ」
あっさりそう言うと、当然とばかりにマーリカの背後に回る。そして、身体を密着させた。
「ひうっ」
マーリカの小さな悲鳴などお構いなく、キラは腰から前に手を回していく。隙間がなくなるくらいに密着すると、核を持ったマーリカの手を下から支える様に包み込んだ。
「――いきますよ」
「え、ええっ」
突然後ろから抱き締められ、マーリカの心臓は今にも飛び出しそうなくらい激しく鼓動を繰り返す。魔魚の鱗の鎧が二人の間に挟まれているので、心臓の音はキラに届いていないと思ったら。
「……ふふ、お嬢ドキドキしてますね。嬉しいです」
手の中の核が同時にどんどん膨れ上がっていく中、キラはこんな状況でもまだ余裕なのか、マーリカの頬に熱い息を吹きかけながらのたまった。
「ど、どうしてそれを!」
思わずマーリカが尋ねると、「くく……っ」と耐え切れないといった様子の笑いが漏らす。そして、物凄く愉快そうに続けた。
「触れてる部分が物凄いドクドクいってるから、分かりますって」
「う、うそ……っ」
まさかの事実に、マーリカは目も口も大きく開く。
「【マグナム】を作る時も、いっつもそうでしたよね。……可愛いんだから」
まさか、今までのも全部バレていたのか。しかも、今、もしかして「可愛い」と言ったのだろうか。キラが自分を「可愛い」などと言うなんて、とマーリカは益々混乱に陥る。
「かっか、か……っ!?」
「お嬢大丈夫? 息はちゃんとして下さいね。……本当、凄い心臓の音」
「や、やめてえ……っ」
あまりの恥ずかしさにマーリカの声が掠れた。その間にも、手の上の核は火属性の【マグナム】に変貌を遂げていく。
ぽん、と球の中心に種火のような火が灯ると、キラはユーリスを呼んだ。
「兄様!」
「おお! 相変わらずお前の魔力操作は凄いな……!」
ユーリスは【マグナム】を二人の手の中から取っていくと、部下を名指しで呼び手渡す。
「次いきますよ、お嬢」
「は、はいぃ……っ」
心臓がうるさすぎて何が何だか分からなくなっている間に、キラはどんどん火と聖属性の【マグナム】を作り出していった。
「――よし、ひとまずはこんなところでいいでしょう。……お嬢?」
続く密着に息も絶え絶えになっていたマーリカは、真っ赤な顔でキラを振り返る。それを見たキラは、きょとんとした後、破顔した。
「ふは……っ! お嬢、俺に興奮しすぎですって!」
「し、仕方ないじゃないの!」
ようやく密着を解いてくれたキラを、マーリカは涙目で頬を膨らませながら睨む。
「す……好きなんだもの!」
「え……っ」
ぐう、とまた変な音がキラの喉から聞こえてきた。これは一体何の音か、とマーリカが訝しんでいると。
「……俺も、お嬢とくっついてるとドキドキいってますよ」
キラはそう言って微笑むと、マーリカの手を取り自分の首筋へと導いた。キラの肌は熱くなっていて、確かに血管がドクドクといっている。
「俺も、負けないくらいお嬢が好きなんで」
「……!」
マーリカが口をパクパクさせると、キラは実に可笑しそうに「ははっ!」と笑った後、マーリカの口にチョンと口づけた。
これ以上ないくらい大きく目を開いたマーリカの肩を抱くと、告げる。
「さあ、どんどん爆発させにいきましょ。――俺から離れちゃ絶対駄目ですからね?」
「え、ええ……」
もう、掠れ声しか出せないマーリカであった。




