57 鈍感な強情娘
マーリカの魔力を使い、キラが魔具を次々に作っていく。作ってはユーリスに手渡し、更にそれを受け取った兵が馬を走らせ、魔泉へと先行した。
所々に、戦闘の痕跡が見られる。魔物の死骸がそのまま転がっていたりしたが、魔泉が出来ている様には見えなかった。中型や小型の魔物ばかりなので、魔法で留めを刺していないのかもしれない。
討伐隊に所属する兵たちにどれほど魔法を使える者がいるかまでは聞いていなかったが、キラの様に自由に唱えられる存在は希少だ。殆どが純粋な物理攻撃により倒されたのだろう、とマーリカは考えた。
魔法に長けている者がいるとしたら、ユーリス率いる騎士団の配下にある兵団の方が多いかもしれない。この国の王は、強い戦力を自分の周りに固めるのに必死なようだから。
気付いてから、改めて見る。ユーリスは彼の配下の人間に魔具を手渡している様だ。しかも人選している風である。
青竜は水属性だ。キラ率いる討伐隊が到着するまでに自ら魔泉に戻ってくれたらいいが、そうとも限らない。森から外へ出さない為には、こちらから赴き魔泉へと追い立てるしかなかった。
やがて先行隊が現場に到着したのか、前方からドオオオオンッ! という激しい爆発音が振動と共に鳴り響く。魔物の叫び声も混じっている様だ。やはり青竜は、まだこちら側に留まっているのか。
「もし予想通り反対の属性がぶつかり合うことで魔泉が出来るなら、属性攻撃をして倒したらいけないのではないの?」
マーリカの疑問に、キラは眉間に皺を寄せつつ唸る。
「確かにそうですが、中型の魔物ならさておき竜相手に属性攻撃が出来ないとなると、こちらの被害が心配なんですよ」
なるほど、とマーリカは納得した。
「だとすると、倒した瞬間に聖属性で魔泉を閉じるしかないわね」
「それしかないでしょうね」
キラが重々しく頷く。
だが、その方法が本当に有効かは、実際に魔泉まで行き試してみなければ判明しない。
今はとにかく、出来るだけ多くの【マグナム】を作り出し急ぐしかないのだろう。
キラは火属性の【マグナム】を複数個作り終えると、今度は聖属性の【マグナム】に着手した。
マーリカの手にある魔魚の核が、白い光を放ち始める。球体の内部にポンと小さな太陽の様な光が生まれると、キラはそれを受け取った。だが、何故か今度はユーリスに渡そうとしない。
「……キラ?」
何故ユーリスに手渡さないのか。マーリカが訝しんでいると、キラは淡々とした口調で答えた。
「俺らが話したことは、あくまで推測に過ぎませんからね。それを兵に任せるつもりはありません」
つまり、魔泉に聖属性の【マグナム】を投げ込むのはキラがやる、と言っているのだ。
すかさず、マーリカも言う。
「私も行くわ」
途端、キラが弾かれた様にマーリカを見た。相変わらず涼やかな顔に見えるが、苛立ちを隠しきれていない。キラは一見無表情で無愛想だが、実は案外目で感情を表していたりする。毎日一番近くで見てきたマーリカだからこそ知る、キラの知られざる特徴だ。必ずしも毎回読めるとは限らないが。
そして今も、心配と苛立ちが混じった目でマーリカを見ている。
「お嬢っ!」
だが、マーリカも負けてはいなかった。
「私がいれば、キラは防御魔法を掛けていられるでしょう?」
「……っ!」
「私はその為に一緒に来たのよ」
マーリカがここに来たのは、魔力源としてだ。魔力量があまり多くないキラだけでは、万が一竜や大型の魔物と一対一となった時、対処し切れない。
マーリカがキリッとキラを見上げると、キラは悔しそうに唇を噛み、唸るように言った。
「……この強情娘がっ」
また言われた。つい頬を膨らますと、キラが唇をぎゅっと横に結びプルプルと震え始める。大丈夫かな、とマーリカが心配していると。
キラが、吐息と共に呟いた。
「か……っ」
「か?」
「……あ、いえ」
目をフッと逸らされてしまった。ふー、はー、と呼吸を繰り返しているが、どうしたのか。
訳が分からずにキョトンとしていると、キラが大袈裟な溜息を吐く。どう考えても、マーリカに見せつける為のわざとらしい溜息だ。
「俺はね……お嬢をあんまり色んな所に連れ出したくないんですよ」
「え?」
キラが突然何かを言い始めた。ほんのり目の下の肌が赤らんでいるのは、余程腹に据え兼ねているのか。眉間に皺を寄せながらチラチラと見られて、若干居心地が悪い。
しかし、ここで過保護キラの言い分を聞いてしまえば、救えるものも救えなくなる可能性だってある。なので、マーリカは「分かってるよ」というつもりで大きく頷きながら伝えることにした。
「キラの言いたいことはよーく分かるわ!」
「本当かよ」
キラの独り言とも取れるぼやきは、流す。
「分かるわよ! 私とキラは長い付き合いなのよ!?」
「へー。じゃあ言ってみて下さいよ」
それになりより、マーリカが一番救いたいのは、目の前にいるキラなのだ。キラが危険に突っ込んで行くなら、マーリカも付いていく。魔法で何とかなる場面なら、まるで二人でひとりの魔術師の様な存在のマーリカとキラは、極力一緒にいた方が安全だから。
「魔物がいる場所は危険だから、それで行かせたくないのよね!」
「まあ、それは勿論ありますよ」
まさか、これ以外に何か理由があるのか。マーリカは必死で考えた。……何も出てこない。
すると、キラがマーリカの耳元に息を吹きかけつつ囁いた。
「でもね、それ以上に俺は、他の男にお嬢の姿を晒したくなかったんです」
「……はい?」
話の意図がいまいち掴めず、マーリカは間抜けな声を返す。
「メイテール城の中にいてくれる分にはよかった。なのに一緒に魔泉まで行くとか言い出すから、そうすると色んな奴にお嬢の姿を見られるじゃないですか」
「はあ、まあそうね……?」
キラが、マーリカの耳たぶに唇を押し当てた。
「王都暮らしの奴らもいるじゃないですか」
「騎士団の方たちよね」
「公爵の馬鹿令息にまで、お嬢の噂が伝わったらどうします?」
まさか、そんなことを心配していたのか。あまりにも飛躍している内容に、マーリカが絶句していると。
「……ということで、お嬢にきちんと伝える前でしたが、男どもにはお嬢が俺の結婚相手と伝えたんです」
「え? 何が、ということ?」
さっぱり分からないマーリカが聞き返すと、キラは親切のつもりなのか、細かく説明を始めた。
「精霊の御子とは、メイテール領では崇められている存在なんです。これのどこが精霊の御子だよとは思いますが、今回はそれを利用させてもらいました」
「はあ」
「だって、精霊の御子の未来の妻には手を出せないですからね」
ふふ、と耳元で笑われても、マーリカにはその笑いの理由が理解出来ない。
「あれは【マグナム】が凄いぞって思わせる為に言ったことじゃなかったの?」
「はあ? お嬢、また変なこと考えたんです? はあーいつもいつも……」
呆れた様に返され、マーリカは黙り込んだ。
「あのね、お嬢」
マーリカの耳から顔を遠ざけると、代わりにマーリカの目を覗き込む。
「俺はね、ムーンシュタイナー領を継ぐには爵位がいるから司令官を引き受けたんですよ?」
「あら! キラがムーンシュタイナー領の次の領主という話になっていたの? お父様ってば『条件はほぼ揃った』と仰ってたのはそのことだったのね!」
マーリカでは領主になれない。それが国の決まりだ。なるほど、そうやってムーンシュタイナー卿は領地を守ろうとしたのか、とマーリカは納得した。
キラが、目を細める。
「……へえ、ムーンシュタイナー卿がそんなことを」
「ええ! キラに伝えておいてくれと別れ際に」
マーリカの言葉に、キラがくすくすと笑い始めた。
「ふふ……そうですか、ふうん」
「?」
キラは侯爵に戻ったのに、自分で言うのも何だがあんな田舎領がいいらしい。そこでマーリカは、はた、と気付く。
「あら? でもそれなら、キラがお父様と養子縁組をしたら済んだ話なのでは……?」
「……お嬢、まさか意味分かってない?」
「え?」
何の意味が分かってないのかが分からないマーリカは、再びきょとんとした。
「嘘だろ……ここまで鈍感なのかよ……」
キラが、失礼な言葉を本人の目の前で呟く。
そして、少し唇を尖らせながら言った。
「あのね、お嬢。俺はお嬢といたいから、爵位を取り戻しにきたんです」
「え?」
どういうことかとマーリカは首を傾げる。するとキラは、マーリカをギュウウッと引き寄せ、「鈍感すぎる……」と囁いた。やっぱり失礼だ。
キラが、きっぱりと言った。
「マーリカ、俺と結婚して。俺が領主になるから、絶対他の奴のものにならないで」
「……ふええっ!?」
へんてこな声が、出た。




