54 爆発宣言
キラとマーリカが部屋から出ると、ガッシャンガッシャンと騒々しい音が響いてきた。一体何事かと音源を探すと、通路の先からオージンが駆け足で向かってくるところだった。
「キラ! ザッカから聞いたか!」
先程までとは違い、今は黒の鎖かたびらに所々凹んだ銀の鎧を上に身に付けている。肩のあたりには、明らかに獣の歯形と思われる痕があった。表情は固く、この様子から見るに、自身も戦闘に参加する覚悟を決めているのだろう。
だが、実兄を見るキラの目は冷たかった。まあ大体いつも冷たい印象ではあるが、普段よりも二割、いや三割増しに見える。周囲の空気がひんやりしてきた様な気さえしているマーリカだった。
「……はい。今から向かいますが、まさか兄様も行くつもりじゃないですよね?」
キラの呆れた様な口調にも、オージンは当然とばかりに頷いた。
「総司令官は俺だからな!」
堂々と胸を叩いたオージンだったが、ガシャン! という大きな金属音が響き、普通にうるさい。マーリカの中でのオージンの第一印象は強面の迫力がある武人だったが、この人は思ったよりもちょっと斜め上な人かもしれない、とそこそこ失礼なことを思った。
直感は大事に。ムーンシュタイナー卿の教えである。
何より、キラの目がそれが真実であることを語っている。あの冷たい目。よくムーンシュタイナー卿が言い訳を重ねて仕事をサボろうとしている時に見せる目と一緒だ。
「兄様、俺が何の為に司令官になったと思ってるんです? 前線に出ちゃ拙い人を出さない為でしょうが」
「だがっ!」
オージンがグワッとキラに近寄ったが、キラは腕を組んだまま一歩も引かなかった。さすがはキラだ。滅多なことでは動じない。
「だが、じゃないです。俺が陣頭指揮を取りますから、兄様は森に入らないこと。いいですね」
「な……っ!」
キラの言葉に、オージンは目を見開く。強面なのでそういう顔をすると迫力たっぷりだが、キラには一切通用していない様だ。
「これだけ人死や怪我人が出ているのだぞ! ここで総司令官の俺が出ないでどうする!」
言い募るオージンに、キラが大仰な溜息を吐いてみせた。なんとなく、メイテール兄弟の力関係が垣間見えた気がする。
真面目で熱血な長男、愛想がいいが策士で強引な弟愛がちょっと怖い次男、そしてそんな兄たちを厳しめに躾ける三男。こんな感じかな、とマーリカは考えた。多分そう外れてはいないに違いない、と心の中でひとり頷く。
キラの口撃は止まらない。
「そうやって父様も突っ込んでいって怪我したんですよね? 同じことを繰り返す気ですか? 親子揃って馬鹿ですか?」
自分にもその血が流れていることには、キラは言及しなかった。
「だ、だが!」
「まだユーリス兄様も到着していないのに、城を空にする気ですか?」
「そ、それは!」
オージンはタジタジだ。そしてキラは容赦がない。
「ハアー……。その隙に敵にここを奪われたらどうするんです」
「奴らは城も狙っているのか!?」
「敵はウィスロー王国を大したものではないと侮っていますし、何を仕掛けてくるか読めないんですよ」
キラの言葉に、オージンは難しそうな表情に変わった。いまいち敵の最終目的が見えていない状況では、隙を見せるのは良策ではないのは確かだ。
それに、双子の目的は、メイテール領で魔泉を人為的に作る実験を行なうことである。調査を終えたムーンシュタイナー領を魔物だらけにしてしまえと指示したことといい、ウィスロー王国乗っ取りなどではなく、単に破壊活動をしたいだけにも思える。
実験活動が終わり次第その土地を壊滅させたいのなら、城を乗っ取って司令塔をなくしてしまえば、メイテール領を魔物の巣窟に変えることも可能だ。そう考えると、魔泉に兵力を集中させている間にという可能性は充分にあるだろうな、とマーリカは納得した。さすがはキラ、マーリカの推しなだけある。
そんなキラは、涼やかな表情で続けた。
「相手は闇魔法の使い手らしいですからね。どうやって入ってくることやら」
「うっ」
「討伐から戻ってきたら城の中が屍だらけだったりとか」
「ううっ」
オージンが、キラの淡々とした猛攻に後退る。
「森から戻ってきたら父様が絶命してたなんてこともあるかも」
「ひっ」
ちなみに、怪我をして寝込んでいるキラたちの父親である領主は、治療魔法師たちの尽力により一命を取り留めた。だが迷惑なことに、今度は起き上がって再び指揮を取ると言い始めた為、現在は見張りを立てて寝台に縛り付けられている。
「う、うう……っ」
オージンは、とうとう折れた。強面がちょっぴり泣き顔になっているのが、彼の人の良さを現している様に思えたマーリカだった。
「わ、分かった! 城にいるから!」
「分かっていただけたようで何よりです」
表情を変えないまま、キラがそう答えた。オージンが、上目遣いでキラに尋ねる。
「それにしても……昨夜の内に早馬でユーリスが知らせてくれたのだが、ゴルゴア王国に遊学中の帝国メグダボルの双子皇子が黒幕というのは本当なのか?」
「ええ。なんせ情報源がゴルゴア王国の第二王子ですから」
「はあっ!?」
キラはさり気なくマーリカの手を握ると、オージンに軽く一礼した。
「詳細はユーリス兄様に尋ねて下さい。俺たちは、とにかく今は急いであの青竜を何とかしないといけませんので」
「何とかと言うが、あれを何とか出来るものなのか!?」
通常、竜には勝てないとされている。攻撃力が高い魔力の塊である竜に出会ってしまったら、住処を即座に捨て逃げろとまで言われている。マーリカが黒竜を倒せたのは、黒竜が既に瀕死の状態だったからだろう。勝てたのは本当に運がよかったのだ、とマーリカは思っていた。
オージンが、矢継ぎ早に問いを投げかける。
「それに、俺たちってどういうことだ!? さっき言ってた『勝利の女神』というのと関係があるのか!?」
そう尋ねたオージンの視線は、キラに手を繋がれたマーリカに移動した。ただの男爵令嬢が竜相手に一体何が出来るのか、当然だが疑問なのだろう。剣も持てなさそうな細腕の令嬢など、暴れる竜の前ではひとたまりもない。
キラが、さも当然とばかりに頷く。
「そうです。その理由もユーリス兄様が存じ上げておりますので、到着したら教えてもらって下さい。今は時間が勿体ない」
キラはサッと軽く一礼するとオージンの横を通り過ぎようとしたが、キラの肩をオージンの手が掴み引き止めた。
「いやいや、ちょっと待てキラ! どういった理由があるのかは知らないが、まさか魔物が彷徨いている森にマーリカ嬢を連れていくつもりではないだろうな?」
「残念ながら、そのつもりです」
残念ながら、と言う時にキラがマーリカを恨みがましい目で見たが、マーリカは気付かないふりをした。
「俺もすっっっごい嫌ですが、この強情! がちっとも言うことを聞かないので」
フン、と鼻息が聞こえてきそうな勢いで言われたが、ここでめげるようなマーリカではない。
マーリカは魔魚の核詰めの瓶をオージンに見せた。
「これがあれば、魔具が作れるのです! 私、頑張って沢山爆発させてみせますから!」
「いやお嬢が爆発させちゃ駄目でしょ」
「爆発……」
オージンが可哀想な子を見る様な目で見た気がしたが、マーリカはとにかくここはやる気を見せるべきだ、とにっこりと笑って頷いてみせたのだった。
キラの盛大な溜息が聞こえてきたのは、言うまでもない。




