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生意気従者とマグナム令嬢  作者: ミドリ


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38 母の墓前にて

 もの凄く嫌そうな様子のキラと緊張気味のその他数人が、魔魚の目玉を持って王都へと旅立った。「絶対に日帰りで帰ってきますから」と若干血走った目でキラに言われたマーリカは、コクコクと頷くことしか出来なかった。


 キラとユーリスは、あまり良好な関係でないのかもしれない。ただ、キラはともかく、ユーリスはとにかくキラが好きな様である。一瞬男色の気でもあるのかと疑うぐらいの密着度であったが、よく考えてみたら彼は既婚者で、現在妻は妊娠中だという。


 だが、嫌そうな態度を隠しもしない癖に、キラがユーリスに対し心を許している素振りが見え隠れする時があった。悲しいことに、マーリカといる時よりも遥かに。


 どういった関係なのか。尋ねれば、もしかしたら答えてくれるのではないか。


 そうは思っても、これまでの様に悲しい目で拒否されることを想像すると、その一歩が踏み出せない。


 気を紛らわす為、キラがいない間【マグナム】を作りたいと言ったら反対された。ならば市場に行って売り子になりたいと言っても却下。では一体何ならいいのかと問えば、「怪我をせずサイファの様な男と二人きりにならないもの」と言われてしまった。


 尚、騎士団の所に行ってみたいと真っ先に伝えていたが、秒で却下されている。ちなみにこれにはムーンシュタイナー卿も即座に反対していた。曰く、「獣の巣に小鹿を放り込む様なもの」なのだそうだ。騎士団は栄誉ある職な筈なのに、とマーリカが首を傾げても仕方がないだろう。それほどに、実に嫌そうな言い方をしていた。


 という訳で、とりあえずムーンシュタイナー卿の元を尋ね「何かないか」と尋ねようと思い執務室に向かったら、もぬけの殻だった。執事のゴーランが部屋の中にぽつんと立っていて、マーリカを見て「逃げられました……」と呟く。


 あまりにも悲しそうな様子だったので、可哀想に思ったマーリカは、ムーンシュタイナー卿をゴーランの為に探してあげることにした。かくれんぼみたいで、これはこれで楽しいかもしれない。


 マーリカは、四階からひとつひとつ部屋を確認していく。領民の住居部分はさすがにひと部屋ずつ覗く訳にはいかないが、その代わりにムーンシュタイナー卿を見なかったかと尋ねたところ、中庭で見たとの有力情報を得ることが出来た。


 中庭は、一階部分にある。城の中ほどにある庭園で、執事ゴーランの妻、マーヤの生き甲斐である花壇がある場所だ。


 そして――マーリカの母が眠る墓も。


 陽の当たる中庭の床には、花壇以外の場所は白い小石が敷き詰められている。マーリカが中庭に一歩踏み出すと、ジャリ、と音が立ち、白い大きな墓標の前に佇んでいたムーンシュタイナー卿が振り返った。


 背後に立つのがマーリカと気付いたムーンシュタイナー卿は、小さく微笑むとマーリカを手招きする。腰まで伸びてしまった赤みを帯びた金髪を持つ父が纏う雰囲気は、緩くて柔らかい。四十を超えたところだが、ぱっと見二十代でも通るかもしれない、とマーリカは父の横顔を見ながら思った。


 マーリカがムーンシュタイナー卿の隣に立つと、ムーンシュタイナー卿は微笑んだまま墓標に向き直る。


「ここのところ、ばたついていて来られなかった。すぐ近くにいるのに申し訳ない」


 一瞬自分に話しかけているのかと思ったマーリカだったが、どうやらムーンシュタイナー卿は亡き母に向かって話しかけているらしい、とすぐに気付いた。


 ムーンシュタイナー卿は、ゆったりと語りかける。


「久々に、学生時代の夢を見たんだ。高飛車な高位の貴族のところになんか嫁ぎたくないと、高嶺の花だった君が僕を選んでくれた頃の夢だよ」


 照れくさそうに、ムーンシュタイナー卿が小さく笑った。


 マーリカの母親は、マーリカが幼い頃に流行り病にかかって亡くなっている。その為マーリカの記憶に全くなく、母親の話を聞いてもどこか他人事に感じていた。


 ムーンシュタイナー卿は率先して母の思い出は語らず、マーリカもあえて尋ねなかった。マーリカは猪突猛進な部分が目立つが、相手が躊躇いを一度でも見せたことについてはもう尋ねない傾向があった。キラ然り、ムーンシュタイナー卿然りである。幼いながら、身近な大切な家族の心の機敏を感じ取っていたのかもしれない。


 だから、ムーンシュタイナー卿と母親が寄宿学校時代に知り合い、卒業後暫くして結婚したことは聞いていても、細かい馴れ初めまでは知らなかった。


 それを、ムーンシュタイナー卿が今語っている。気にならない訳がなかった。


「思い出しても、周りの嫉妬や嫌がらせは酷かったなあ。あいつら、性根腐ってるよね。うちの領に嫌がらせしたら、周り回って君に迷惑が掛かって余計に嫌われるだけなのにさ」


 そんなことがあったのか、とマーリカは内心驚く。曲がったことが嫌いで、はっきりとした性格だったとは聞いていた。だけど笑顔で許されちゃうと皆彼女の虜になっちゃうんだ、とかつてムーンシュタイナー卿が惚気の様に語っていたことがあったのを思い出す。笑顔が益々似てきたね、と言われた記憶と共に。


「向こうもまさかやり過ぎた心労で父さんが倒れてそのまま帰らぬ人となるなんて、思ってもなかったんだろうなあ」


 それは酷い。マーリカが生まれた頃には祖父母は既に他界していたので事情はよく知らなかったが、まさかそんな経緯があったとは。


「そこからは嫌がらせはピタリと止んで、残されたのは多額の借金と、君と僕と領民。――でも、君とああでもないこうでもないと知恵を出し合う日々は、楽しかった」


 ムーンシュタイナー領が貧乏領に落ちぶれた原因は、まさかの嫉妬だったらしい。しかし、そこまでする相手とは、一体どこの誰だったのか。実は相当な権力者を振ったのかもしれないな、とマーリカは考えた。


「借金があと少しでなくなるというところで君が儚くなって、ゴーランや領民の皆に助けられながら、歯を食いしばってここまでやってきた。君はそんな僕を見てどう思った? 少しは格好いいと思ってくれたかい?」


 墓標を見上げるムーンシュタイナー卿の横顔を見て、マーリカは小さく息を呑んだ。ムーンシュタイナー卿の瞳がしっとりと濡れていたのだ。


「マーリカを絶対にろくでもない男に渡すもんかと思って守ってきたつもりでいたけど」


 ムーンシュタイナー卿はそこで一旦言葉を切ると、笑みをたたえたままゆっくりとマーリカを振り返る。


「気が付けば、僕よりもマーリカを必死で守っている男がいたよ」

「お父様……?」


 ムーンシュタイナー卿が、突然「はあああ……」と大袈裟な溜息を吐いた。突然どうした、とマーリカがムーンシュタイナー卿の様子を見守っていると、ムーンシュタイナー卿はべそべそと愚痴を言い始めたではないか。


「あーあ……もうちょっと僕だけのマーリカでいて欲しかったのになあ。よりによってあんな可愛げのない優秀すぎる男が相手だなんて、僕に勝ち目なんか最初からないじゃないか」

「あの、お父様?」


 ムーンシュタイナー卿は、マーリカが誰かのものになる様な言い方をしている様に聞こえるが、一体誰との話なのか。自分のことを話されているというのに、さっぱり分からない。


「……私、どなたかをお婿さんに迎えるのですか?」

「まあ、近々そうなるんじゃないの? そろそろ条件も満たされるし」

「え? 条件? 何のことです? え? 顔合わせもしていない方と話が進んでいるのですか?」

「そんな訳ないでしょう。僕が大切なマーリカをどこの馬の骨とも分からない男に渡すと思う?」


 唇を尖らせて言われても、誰のことだかさっぱり分からない。領地を受け継ぐ資格があり、入婿となれる者といえば、会ったことのある人物ではひとりしか思い当たらない。


「まさか……シヴァ様ですか?」


 物凄く嫌そうな顔をしてマーリカが尋ねると、ムーンシュタイナー卿も負けず劣らず物凄く嫌そうな顔になった。


「冗談でしょう。あんなのが親戚になったら、お父さん部屋から出てこなくなるよ」


 自分が閉じこもるのが前提なのが如何にもムーンシュタイナー卿であるが、ならば一体誰だ、とマーリカが首を傾げると。


「……ぷっ。あれ、もしかしたらマーリカは、思ったよりももう少し長く僕のマーリカでいてくれるのかもなあ」

「え? お父様、先程から意味がよく分からないのですが」

「うんうん、まあ今はいいよ。君はそのくらいでいい」

「ちょっと、お父様」


 ひとり満足げな様子のムーンシュタイナー卿を見て、マーリカは更に首を傾げるしかなかったのだった。

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