34 豪華な手土産
騎士団への【マグナム】販売を断ってから、暫くの後。
「ありゃあなんだ……?」
湖畔で大工連中と共に造船作業をしていたサイファが目にしたものは、これまで地味なムーンシュタイナー領ではお目にかかったことのない、立派な船団だった。その全てが、大きくはないが帆船だ。風を含んで膨らむ帆は、真新しいのか白が目に眩しい。
よもや敵襲か!? と思われるほどに整った隊列を見て口が開けっ放しの状態になっていたが、先頭の船の船首に立ちにこやかな笑顔で大きく手を振っている男を見て、サイファはほっと肩の力を抜いた。見覚えのある顔だったからだ。
「……誰か、従者の坊ちゃんを呼んできてくれ」
掠れ声でサイファが大工仲間に頼むと、年若い男がひとり「いってきます!」と挙手をして走り去る。
サイファが見守っている間にも船団は湖畔に近付いてきて、やがて先頭の一艘が船着場に横付けにされた。船の甲板から、木板が船着場に渡される。まとめた縄を肩に掛けた船員が駆け降りてくると、係船柱に輪を通した。
その後を、ゆったりとした歩みで降りてくる者。きっちりと後ろに撫でつけた栗色の短髪は相変わらず貴族然としているが、服装に関しては多少は勉強してきたのか、シャツにベストだけの軽装だ。それでも、素材の良さは隠しようがなかったが。
「やあ、どうも!」
明る過ぎる挨拶に、サイファは戸惑いを隠し切ることが出来なかった。とりあえず、状況の把握が出来ない。
「これはどうも……。あの、今日はどうされましたか?」
何しにきたんだと言われた様なものだったが、男は取り立てて気にした様子はない。
「なに、先日食した『魔魚のホクホク目玉揚げ』があまりにも美味だったのでね。是非とも王都でも食べられる様になりたいと、勝手ながら商談に参った次第だ」
屈託のない笑顔で挨拶をしてきたのは、先日キラにきっぱりと魔具の商談を断られた騎士団の男、ユーリス・メイテールその人だった。
サイファは背後を確認したが、まだキラは来ていない様だ。領民は、ユーリスの醸し出す煌びやかな雰囲気に気圧されたのか、一歩どころか十歩ほど引いてしまっている。ムーンシュタイナー卿やマーリカの様な気安い貴族しかほぼ目にしたことのない領民には荷が重いだろう、とサイファは更に一歩前に出た。
「今、呼びに行かせてますので」
「ああ、うん。約束しないで来てしまったからね、平気平気」
ひらひらと手のひらを振る様は一見、全く似ていない様にも思える。だが遠目から見ると、不思議とサイファに既視感を覚えさせた。輪郭が似ているのかもしれない、とサイファは気付く。
会話が途切れると、ユーリスは穏やかな眼差しで周囲を見渡した。ぐるりと一周見てから、サイファに視線を戻す。
「そういえば、先日も会ったね。ムーンシュタイナー領とはどういった関係で?」
ユーリスは笑顔のままだが、目の奥に探る色があるのにサイファは気付いた。この辺りではあまり見かけない褐色の肌を持つサイファが、この領地の出身でないことを想定した上での質問だろう。
サイファは、人好きのする明るい笑みを満面に浮かべた。
「隣国からやってきた旅人ですよ。元は傭兵だったんですが、今は各国の名産品の食べ歩きをしています」
「それは羨ましい!」
ユーリスが目を細めて頷く。サイファは微笑みを絶やさぬまま、続けた。
「ムーンシュタイナー領が魔魚という未知の食材を使った料理を提供していると聞きやってきたんですが、人手不足を見兼ねてこうして雇われているところです」
「なるほど、何せいきなりの水没だったからね。人手はいくらあっても足りないだろうね」
うんうん、と頷いた後、ユーリスは笑顔のままで尋ねる。
「そういえば、紫眼はかの国ではとある家系の者にしか現れないと聞いていたんだが、あれはあくまで噂だったのかな?」
サイファの瞼が一瞬だけぴくりと反応したが、同じく笑顔のまま答えた。
「そんな根も葉もない噂があるのですか? 俺の周りではよく見かける色なので、特に気にしたこともありませんでしたが」
「そうなのか。いやあ、他国の情報は正しく入ってくるとは限らないという証拠だねえ」
ははは、と互いに胡散臭い笑い声を上げていると、領民が「キラ! あっちあっち!」と領民が騒ぐ声が聞こえてくる。二人とも同時に、城の方角を振り返った。
城門を足早に潜り抜けてこちらに向かってきているのは、嫌そうな表情を隠そうともしないキラだ。どう考えても歓迎されていないのに、キラの姿を見たユーリスは、心なしか頬を赤らめて興奮している様にしか見えない。
そんなユーリスの実に幸せそうな満面の笑みを見て、サイファは思わず顔を引き攣らせた。キラが嫌がる素振りを隠しもしない理由はまさかこれか、と思わず勘繰る。
キラは二人の前までやってきて止まると、サイファに「悪かったな」と声を掛けてきた。もうここはいいと言われたのを理解したサイファは、ユーリスに一礼すると「何も気付かなかった」体を装うべく、ゆったりとした動作で造船作業に戻っていった。触らぬ神に祟りなし、である。
キラが呆れた様子を隠しもせず、問いかける。
「突然何をしにいらしたんです?」
詰問調の言葉に、ユーリスが眉を垂らして寂しそうな笑顔を作った。
「最初の言葉がそれかい? さすがの俺も泣くぞ」
かなりの人間が、この男のこういうところに騙されるのだ。それをよく知るキラは、ジト、とユーリスを半睨みしたままだ。
「あんたが泣く訳ないだろ。冗談を聞いてるほど暇じゃないんだ」
吐き捨てる様にキラが言うと、ユーリスはアハハ、と楽しそうな笑い声を上げた。
「相変わらずつれないなあ。折角いい手土産を持ってきたのに、歓迎してくれないのかい?」
そう言いながら親しげにキラの肩を抱くと、くるりと湖の方を向かせる。
「は? あの時俺たちは会わなかったって言っただろうが」
「そう、だからこれは今後のお近づきの印だよ」
「これって……」
ベタベタひっつくユーリスから少しでも距離を置こうとしているキラが訝しげに尋ねると、ユーリスは実に嬉しそうな満開の笑顔でのたまった。
「これはこれだよ。どうだい? 手漕ぎ船だと、魔物に襲われても逃げ辛いかなあと思ってね! 我ながらいい手土産だと思ったんだけど、キラは気に入ってくれたかい?」
「嘘だろ……」
驚きを通り越して諦めの表情を浮かべ始めたキラの反応を見て、ユーリスはキラの頬を指先でツンと突く。
「ほら、素直に嬉しいって言ってごらん?」
「一体どんな嘘八百吐いて用意させたんだ」
「またそういう言い方して……まあ、そこがいいんだけどね」
くくく、と耐え切れない様子で喉の奥から笑いを漏らしたユーリスを見るキラの目には、諦観と嫌悪が混ざった色が浮かんだ。
「相変わらず気色悪い……」
「大好きな相手なら、嫌がる顔ですら見たいと願うものだよ、キラ」
「俺はそこから除外してくれないか」
ポンポンと言い合う姿が、遠目から見たら従者が体格のいい武人に絡まれている様に見えることを祈るしかないキラだった。
「冗談はさておき、全部で七艘用意した。だけど俺の今後の交通手段用に一艘確保したいから、六艘を提供することにした」
「また来るつもりか? 嘘だろ」
ユーリスはキラの言葉は完全に聞こえないふりをすると、肩を馬鹿力でグイグイ自分の方に引き寄せながら、キラの耳元で囁いた。
「ついては、ムーンシュタイナー卿にお目に掛かりたい。卿はいらっしゃるかな?」
受け取るにしろ受け取らないにしろ、ここまでされて、回れ右して帰れとはさすがに言えない。ユーリスは、それを分かった上でこの豪華過ぎる手土産を持参してきたのだ。
それがこの人のやり方だとよく知るキラは、諦めざるを得なかった。
「……ちっ」
思い切り舌打ちをすると、キラはユーリスの手を振り払う。そして「……ついてこい」とボソリと言うと、城の中へと向かったのだった。




