32 ユーリス・メイテール
何故か考え込んだ様子で言葉を発しなくなってしまったキラを見て、サイファがやれやれと言わんばかりに肩を竦めた。
「とりあえず、そんなお偉いさんなら待たせちゃ駄目だろ。断るにしろ行くぞ」
「ああ。……お嬢、手を」
「ええ、ありがとう」
キラは船から軽く飛んで着地すると、マーリカに手を伸ばした。マーリカは素直にその手を掴むと、キラの隣に向かって飛び降りる。
「ではいきましょ」
「そうね」
マーリカの手を握ったまま、キラが歩き出した。手を繋いだまま歩いていいものかと思ったが、普段は太々しい態度を崩さないキラがやけに落ち込んで見えた為、マーリカは手をふり解けなかった。
騎士団。確かに、ムーンシュタイナー領の様な弱小領が相手取るには、権威があり過ぎる相手とも思える。力の差がここまで歴然としている場合、交渉にすらならない可能性も十分にあった。
騎士団に関し、理不尽な行ないなどの噂は聞いたことはなかったが、相手が相手なだけに伝わってきていないだけかもしれない。あんなものに目を付けられたら、向こうがその気になればひと晩で潰されるだろうからだ。
恐らく、キラが心配しているのはその部分なのだ。これまでのノリで、軽く請け負っていい様な話ではないのだろう。世間に詳しいとは決して言えないマーリカに出来ることは、しゃしゃり出て交渉の方向を見誤り、取り返しのつかない事態にさせないことだ。
ここはキラに任せよう。それでもし、従者であるキラを馬鹿にする様な態度をもし見せたら、その場で切り上げてしまおう。マーリカはそう決めた。
マーリカは、騎士団と直接関わりを持ったことはなかった。だが、寄宿学校に在籍中、兄が団員だという者や、騎士団に内定が決まっている同級生もいた。なので、騎士団という存在がこの国で如何に重要視されているかくらいは、肌感覚で理解していた。
とりあえず、生半な相手ではない。それだけは確かだろう。
だから、ムーンシュタイナー領の出店の裏手にある休憩場が見えた時、マーリカは緊張しまくっていた。騎士団といえば、知力に武力、体力に魔力に家柄と全てが揃った者しかなれない花形職業である。田舎領のいち令嬢など手のひらで転がしてしまえる手練れに、一体何を言われるのか。
ごくりと唾を呑み込んで、切り株の上に腰掛けている栗色の髪の男を見ると――。
「あ、どうも! 突然お呼び立てして大変申し訳ない!」
騎士団というのは確かなのだろう。引き締まった体躯に盛り上がった筋肉は、明らかに武人の類いだ。短く刈られた髪は後ろに綺麗に撫でつけられ、着ている服は普段着であろうが、かなり仕立てがいいことは見てすぐに分かる。
なにより、所作がキビキビとしていると同時に無駄がなく、洗練されたものであることは一目瞭然だった。これは本物だ、とマーリカですら一瞬で理解するほどに。
「あ、いえ……こちらこそお待たせしてしまい申し訳ありませんでした」
早速ですが、と栗色の髪の男、ユーリス・メイテールは立ち上がると、マーリカに握手を求めた。気圧されながらも握手に応えると、ユーリスは想像していたよりも人懐こい笑顔を見せる。
「今朝の魔物を一撃にて仕留めた物が、魔法ではなく魔具だと聞きましてね。これまで使用者の魔力増強の効果しか得られないと正直みくびっておりましたが、まさかあの様に爆発させることが出来ると知り、驚きました」
「え? 普通は爆発しませんの?」
思わず尋ねると、ユーリスはやや驚いた様子を見せながらも頷いてみせた。
「そうですね。聞いたことがないです。だからこそ、魔力の扱いにムラのある騎士団員でも安定的な攻撃が行なえる様になるのでは、とこうしてお話に参りました」
なので、是非騎士団と個別契約を結んで安定供給していただけませんか、と言われて、マーリカは困った。
爆発させるつもりなどなく作ったものであるし、そもそもあれはキラが作っている。マーリカはあくまで魔力を提供しているだけだ。
あまりにもマーリカがきょとんとしていたからか、キラが教えてくれた。
「騎士様が仰る通り、普通は使用者の唱える魔法の威力を上げるのが魔具の位置付けです」
「そう……なの」
「勿論、火起こしをしたりという使い方もありますが、希少性の高い物なのであまりそういった使い方はしないですね」
一般にほぼ流通していない魔具は、守護的な意味合いで大切な人に渡されることも多い、とキラが説明してくれた。確かに守護的な意味で贈られた魔具が爆発したら困るだろう、とマーリカは考える。だがそういう問題でもない気がした。
そもそもマーリカは、ただ単に火の属性を魔魚の核に注いだだけだ。魔導書に書いてある通りにしただけだから、てっきりこれは当たり前のことだと思っていたのだが、何故マーリカが作ると爆発するのか。
いや、だが今回の【マグナム】はキラが作ったものである。となると、これは一体どういうことなのか。
「うーん?」
頬に手を当てて言うと、緊張した面持ちだったキラが薄く笑った。
「俺の推測ですけど、お嬢の魔力に含まれた何かがそうさせているのかと思いますよ」
「なるほど……?」
「現に俺だけで作ったものは爆発しないですし」
「え?」
それでは、何故今日の物は爆発したのか。マーリカの疑問は、口にせずともキラは理解してくれたらしい。
「あの時、お嬢の手を握りましたよね」
「ええ……?」
「お嬢の魔力を使って俺が作る【マグナム】には、お嬢が作る時ほど魔力を込めてません。誤って落としても爆発しない程度まで、抑えています」
さすがはキラだ。そんな細かい調節も出来るのか。しかし、やけに沢山作れるなと思ったら、マーリカの時ほどぱんぱんに魔力を注いでいなかったとは。
キラがしれっと続ける。
「安価で売る訳ですしね。ある程度使用したら魔力が尽きる程度に注入しておかないと、同じ客がこなくなりますからね」
キラの言葉を聞いたマーリカは、【マグナム】制作においても、自分が半分も理解していなかったことに気付かされた。
何が役に立ちたいだ。【マグナム】制作で、自分が多少なりとも役立っていると思っていたが、結局はキラにおんぶに抱っこだったのだ。
少なからず衝撃を受けたマーリカは、何も言えずに口をはくはくさせる。
そんなマーリカを穏やかな目で見続けながら、キラが続けた。
「ですので最初の話に戻ると、あの状態では爆発するには足りないかもしれないと思い、お嬢から魔力を拝借して風魔法に注いだんです。お嬢の魔力が【マグナム】に反応して、衝撃の勢いもあって爆発したのかと考えています」
なので、お嬢がいなければ撃退は無理だったんですよ、とキラがマーリカを見つめながら言う。まるでマーリカの先ほどの考えなど、お見通しだといった様に。
キラは、そのまま黙ってこちらの話に耳を傾けていたユーリスを見た。
「――ですので、メイテール卿のお話はとてもありがたいのですが、マーリカ様の魔力を極限まで封入しなければならない為、量産品として長くに渡り安定供給するのは難しいのです。申し訳ございません」
キラが深々と頭を下げたので、マーリカも慌てて頭を下げた。なるほど、相手に失礼にならない様断る為、事細かに説明をしてくれたのか。
自分の従者の優秀ぶりに、マーリカは内心脱帽した。やはり、キラには敵わない。確かにキラの言う通り、マーリカの魔力でないとあの爆発が起こせないのであれば、これ以上の量産は難しいだろう。
ユーリスが、苦笑しながら頷いた。
「……分かりました。個人の能力によってしか作れないものであるならば、契約は難しいですね」
ユーリスはキラの説明で納得してくれたらしい。サイファが何か言いたそうな目で見ていたが、さすがに口出しはしてこなかった。
ユーリスが、キラに目を向ける。
「……代わりと言ってはなんですが、貴方と少し話がしたい。よければ市場内を案内してもらえないかな?」
キラの眉が、ぴくりと動いた。
「……あまり市場内は詳しくありませんが」
「構わない。――ムーンシュタイナー男爵令嬢殿。少し彼を借りて宜しいですか」
「え? あ、え、はい……っ」
訳のわからぬまま、マーリカはそう返答するしかなかった。




