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生意気従者とマグナム令嬢  作者: ミドリ


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29 化け物出現

 あの日から、サイファの様子がおかしい。


 いや、おかしいと言っては語弊があるのかもしれない。マーリカに対するサイファの態度は、一般的な令嬢に対するものと同程度だと思われるからだ。


 これまでサイファは、マーリカに対し陽気で優しい兄の様な態度で接してきていた。冗談も言うし、領民と一緒になってワハハと輪になって笑っていた。要は、その辺の人たちと大差ない扱いだったのだ。


 それがどうだ。今ではまるで、マーリカが深窓のご令嬢であるかの様に恭しく扱ってくる。これがむず痒くならない訳がなかった。


 そもそもマーリカは男爵令嬢ではあるが、上層階級の貴族令嬢・令息たちと自分とは明らかに住む世界が違うと思っている。なので、働かざる者食うべからず理論は自分にも適用されると考えていた。暇を持て余す人間を養えるほど、ムーンシュタイナー領に余裕はないのだ。


 領主は領民から税を徴収し、税を国に納め、余った額で生活をする。だが、同時に領民だけでは出来ない公共設備を整えたり、代表として他領や国との折衝を行なう義務を負う。


 マーリカが様付けをされるのは、領主の娘でいつかその責を負う立場にあるからだ。逆に言えば、役に立たない娘など、敬われる価値はない。


 キラはマーリカがそう意見を述べると、「お嬢、とてもいい心掛けだと思います」と褒めてくれた。


 だけどサイファに同じことを伝えたところ、「この華奢な手はそのままでもいいんじゃねえか? 俺は我儘だからな、自分が守りたいと思った女には苦労はかけたくないね。笑顔でお帰りなさいと疲れを癒やされたいのはどこの世界の男も一緒だと思うけどなあ」と言われた上に、手の甲をそっと撫でられてしまった。


 どちらの意見がより現実に則しているのか。経験の浅いマーリカには、未だ判別はついていない。


 話を戻すが、サイファの元々の態度がそうだったのであれば、マーリカだってここまで気にならなかっただろう。宿舎学校では生徒全員が貴族だった為、きちんと教育された令息などは、田舎のさびれた領地出身のマーリカだって淑女として扱ってくれていた。


 自分の品位が落ちるからという明確な理由がそこにはあった為、マーリカはそれが自分に対する特別扱いなどと勘違いしたことは一度もなく、そしてそれは正しかったと思っている。


 だが、今回は違う。


 元々サイファは、口調こそやや丁寧ではあったが、どう考えてもその他大勢と同等の態度を貫いてきた。多少差がある部分について強いて言えば、雇い主一家のひとり、といった程度であろうか。


 それが今ではどうだ。ふと視線を感じ振り返ると、驚くほど真剣な眼差しでマーリカを見つめている時がある。給金の交渉がしたいのかと当初は怯えていたが、交渉に踏み込む素振りは見受けられない。


 事ある毎に、マーリカの手にキスをする。手を握る力は、丁寧ではあるが案外がっしり掴まれていて、意外と引っこ抜けない。そして、とにかく優しくされる。階段を降りるだけでも手を差し出される。キラは一段おきに降りても、苦笑はするが何も言わない。


 これは確実に何かが起きている。マーリカは考えに考えた。だが、当然ながらよく分からない。分かっていたら、そもそもこんなに悩んでいない。


 だったら相談すべきは何でも知っている完璧従者のキラなのだろうが、キラに言ったら何となく拙いのではと野生の勘が告げていた為、まだ相談できていない。直感は信じろ。ムーンシュタイナー卿の教えである。


 そんなキラは、余程贈り物が嬉しかったのか、「お嬢、小さなことでも俺に何でも言って下さいね。こんな素敵な贈り物を下さったお嬢の頼みならなんだって叶えたいんです」と言ってくれるのはいい。


 だが、それをムーンシュタイナー卿の前で言うものだから、「なんで僕のはないの……っ!」とムーンシュタイナー卿が泣き真似をして正直ちょっと面倒臭かった。


 まさか、キラはわざとやっているのでは。マーリカが思わず疑ってしまうくらい、キラは嬉しさを隠しもせずに自慢しまくった。もしかしたら、こうやって仕事を溜めがちなムーンシュタイナー卿に対し、日頃の鬱憤を晴らしているのかもしれない。


 あれ以来、キラは徹底してマーリカとサイファが二人きりになるのを阻止してきた。どうしても護衛を頼まないといけない時は、マーリカにすぐ抱きつく癖のある少年、ショーンを張り付かせている。以前、マーリカと鎧を運んでくれた少年だ。


 ショーンは隙あらばマーリカに甘えて抱きつこうとするので、サイファが追い払おうとしようが基本離れない。大人よりは子供の方がまだマシだとキラが妥協した結果なのだが、勿論マーリカはそれにも気付いていない。


「小さな騎士さんね」とおっとりとした笑顔で言われたショーンが毎晩「マーリカ様は俺のことが好きに違いない」と吹聴していることにも、当然ながら気付いてはいなかった。


 さて、そんな何だかザワザワと落ち着かない毎日を過ごしてきたマーリカだったが、魔具【マグナム】を制作し在庫が積み上がったところで市場に赴き自ら売り子となる生活にも、大分慣れてきた。


 正直、毎度キラに抱きつきながら魔力交換を行なう魔具制作は恥ずかしい。だが、キラは抱き付かれても嫌そうな素振りは見せないので、マーリカは内心ちょっぴり浮かれていた。


 という訳で、本日マーリカ一行は自領の領境で開かれる市場に向かっていた。


 大工のラッシュ指示の下、段々と立派になっていっている船着場に船を括り付けている時だった。


「ぎゃああああっ!」

「ば、化け物だー!」


 湖畔の広場で市場の設営作業をしていた他領の者たちが、マーリカたちを指差しながら、逃げ惑い始めた。まだ船に乗っていたマーリカとキラは、顔を見合わせて首を傾げる。


「化け物お? 失礼な奴らだな」


 サイファが片眉を上げて愚痴を呟くと、「ですねえ」と首を傾げていた領民が、売り物が入った木箱を船から下ろそうと振り返る。そして、叫んだ。


「うわああっ! 後ろ! サイファさん、後ろにいる!」

「ん? ……なんだありゃ」


 サイファが驚くのも無理はない。水面からゆっくりと顔を覗かせていたのは、半透明の身体を持つ大蛇だったのだ。浅瀬へと近付いてくると、その規格外の大きさがはっきりとしてくる。


 シャーッと牙を剥いた口は、人ひとりなど丸呑み出来そうな大きさだ。爛々と黄色に輝く目が、一番近くにいるマーリカたちの船を捉えた。


「あれも魔泉から来たのかしら?」


 教会脇にある魔泉は、そこまで大きくはない。だが、確かに細長い蛇ならギリギリ潜り抜けてこれたのかもしれない。そうなると、魔泉がいくら小さいからといって、大物は絶対来ない訳ではないのだろう。


「魔泉も何か対策をしないといけないかしらね」


 ふむ、とマーリカが考え込むと、キラがマーリカを腕の中に庇った。


「お嬢! 呑気にそんなこと言ってる場合じゃないでしょ! 船から降りて逃げますよ!」


 キラは必死の形相で半ば叫びながら、マーリカを立たせようとした。だが、突然大蛇がうねりながら急接近した為に立った波で、船が大きく揺れてしまう。


「きゃあっ」

「お嬢!」


 マーリカを抱いたまま船に倒れ込んだキラに向かい、先に船着場に上がっていたサイファが怒鳴る。


「キラ! マーリカ様を早くこっちへ!」

「分かった! さ、お嬢早く……」

「キラを置いていける訳ないでしょう!」


 激しい怒りを緑色の瞳に浮かばせたマーリカが、ピシャンと一喝した。


「私はムーンシュタイナー男爵の娘なのよ! 自分だけ逃げるなんてこと、絶対にしないわ!」

「お嬢……っこの馬鹿!」


 揺れる船の上を這いつくばりながらマーリカの前に移動したキラは、その背にマーリカを庇う。今からマーリカを説得して逃す猶予は、もう残されていなかった。


「畜生……!」


 すると、マーリカが勇ましく言った。


「キラ! ひとつ試してみたいことがあるのだけど!」

「えっ!?」


 マーリカはよく突拍子もないことを言うが、中にはキラリと光る案がある時もある。


「マーリカ様! 早くこっちへ! キラ、お前何やってんだ!」


 焦りを隠さないサイファがマーリカに向かって必死で手を伸ばすが、マーリカはそのままキラに語りかけた。


「キラ、聞いて」

「……聞きましょ」


 そのことをこれまでの経験から知っていたキラは、背中のマーリカに向かってニヤリと笑いかけた。

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