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生意気従者とマグナム令嬢  作者: ミドリ


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27 キラ

 ムーンシュタイナー卿とマーリカとの夕食が、つつがなく終了する。


 片付けを手伝うと言うマーリカを速やかに自室に戻らせるべく「今日は早く休みましょ。おやすみのキスはいります?」と表情を変えないままマーリカの耳元で囁いたところ、マーリカは顔を真っ赤にして部屋へと戻っていった。これでいい、とひとつ頷く。ムーンシュタイナー卿の訝しげな視線をさらりと無視しながら、食器を大きな盆に乗せた。


 それでもまだこちらを見ていたので、ムーンシュタイナー卿に「お仕事は終わってますか」と声を掛けたところ、ムーンシュタイナー卿は肩をすぼめて目を逸す。こちらもこれでもう今日は近付いてこないだろう。


 仕事を溜めに溜めていた彼は、今日は日中、延々とキラに小言を食らっている。あの量では、さすがに今日一日で片付く筈がないのは分かっていた。その上で、キラは声掛けをしている。自分でも性格が悪いとは思うものの、あまり知られたくない腹を探られるのは遠慮願いたかったからだ。特に今日の様なことがあった日には。


 食器を運びながら、口の端を小さく上げる。先程の、照れて真っ赤になったマーリカの顔を思い出したのだ。マーリカの表情豊かな顔を思い浮かべる度、何を考えているか分からず怖いと言われ続けてきた自分の表情が和らぐことを、キラは驚愕を覚えながらも明確に認識していた。


 冷たく見えるこの顔の所為で、本来ならばしなくてもいい筈の苦労も沢山した。逃げる様に、いや実際にこの地に逃げてきたキラは、当時十六歳。成人年齢を迎えていたとはいえ、働いた経験のないキラをよく雇ってくれたと思う。あの時マーリカが熱心にキラの雇用を説得してくれなければ、こうして誰かの顔を思い浮かべる度に温かい気持ちになることなど、今でもなかったのではないか。


 そういった意味では、マーリカはキラの恩人であり、一生仕えてもいいと思うほどには大切な存在だった。


 そんなキラの気持ちが変わったのは、マーリカが寄宿学校を卒業し、社交界デビューを果たした頃だ。


 ムーンシュタイナー卿は目ざとい。キラの僅かな変化を即座に見抜き、キラにとある条件を持ちかけた。


 キラにとっては、悩ましい条件でもある。逃げて捨ててきたものを、また拾いにいかなければならない。だがその前に、きちんと証明せねばならない。難しい挑戦だが、向き合わずに得られると思うほど、ムーンシュタイナー卿は生易しい相手ではないことは、それまでの付き合いで理解していた。


 ムーンシュタイナー卿は、評判にある様な能天気でも愚鈍な領主でもない、というのがキラからの評価だ。見た目が貴族らしからず、喋り方も緩い。その上いつも金欠なのでそう見られがちだが、ああ見えて案外食えないことを、キラはよく知っていた。


 目ざとい癖に、周りにそれを悟らせない。それが出来るだけの力量があるとキラは見ていたが、何故それを貫いているのかが分からなかった。尋ねたところで、のらりくらりと躱されるのがオチだ。


 そんなムーンシュタイナー卿に「まだ時間はあるよ」と言われれば言われるほど、キラは焦燥感に襲われた。だけど、焦ったところで仕方がないのも事実だ。絶対に失いたくないものを手に入れる為、ひとつひとつ着実に積み上げていっていたところだった。


 そんな中で起きた、黒竜墜落事件。燃え盛る領地を見て、キラは絶望に襲われかけた。


 それを救ってくれたのが、やはりマーリカだったのだ。荒れ狂う炎を沈めていく荒々しい水流を見た時、あれぞ奇跡だと思えた。何故かマーリカは責任を感じてしまっている様だったが、そんなことないと伝え続けている間に、ようやく少しずつ自信が戻ってきてくれたところだと思っている。


 一階に到着したので、キラは意図的に笑みを引っ込めた。


 食器を調理場まで運び、執事の妻であるマーヤに皿洗いを頼む。普段は一緒に皿洗いをすることもあるキラだったが、今日は用事があるのでお願いした。


 調理場を出て、領民が食事を取っている一階の食堂を見渡すが、目的の人物の姿はない。領民に居場所を尋ねると、酔い醒ましに城の周辺に散歩に出たと教えてもらい、後を追った。


 城の外に続く木製の大きな扉は、夜は閉ざされる取り決めとなっている。内側から閂も掛けられているので、出たのは横にある通用門からだろうと推測すると、やはり通用門の閂が外されて扉が少し開いていた。


 ギイ、と音を立てて通用門から外に出ると、眼下に黒い水平線が広がっている。時折底の方に星の様な小さな光が点滅しているのは、魔魚が発する光だろう。


 どこにいるのか、と周囲を見渡すと、いた。船着き場の最奥に立って空を見上げている大きな影がある。あれだろう。


 キラが船着き場の上を歩くと、木板がギシギシと音を立てる。その音が耳に届いたのだろう、サイファがのんびりと後ろを振り返った。


「よお。どうした?」


 にかっとキラに笑いかける姿に、悪びれた様子は一切ない。


 キラはツカツカとサイファの前まで進むと、自分よりも少し背の高いサイファをにこりともせずに見上げた。


「どういうつもりだ」

「ん? 何がだ?」


 緩い笑みを浮かべるサイファに向かって、キラは声に苛立ちを含ませながら問いかける。


「すっとぼけるな。お嬢から聞いたぞ」

「……そ、聞いたのか」


 サイファはあくまでも穏やかに答えた。


「からかうつもりなら、やめてくれ。お嬢はその辺に転がっている擦れた令嬢とは違うんだ」

「はあー、出たよ過保護……」


 呆れた様なサイファの言葉に、キラは冷たく言い放つ。


「自分の(あるじ)を守ろうとして何が悪い」

「ま、そりゃそうだ。仕事を全うしているだけだもんな、キラは」


 サイファはアハハと笑った後、キラが一切反応を示さないところを見て、笑いを引っ込めた。


「……俺も守りたいと思った、と言ったらどうする?」

「――は?」


 サイファは、ゆらりと大きな身体をキラに近付ける。


「この領は、領主側と領民の距離が近くていいな。お陰で、ひと月いるだけでこの領が置かれた立場が俺にも見えた」

「……どういうことだ」


 キラが眉をしかめると、サイファが苦笑した。


「これまでは現状維持で何とか赤字を出さずにやってきていた。そこに黒竜が落ちてきて、領地は水没。年末の税金を収められなければ、以前からマーリカ様を狙っているナイワールの奴らに足元を見られる可能性が高い」

「……それがどうした」

「まあ聞け。そこで領主領民一丸となって金策に走って、それはうまくいきそうになっている」


 サイファの目が、真剣なものに変わる。


「だが、今年はよくても来年はどうだ? 領主には、跡継ぎがいない。この国には古臭い法律があるんだろ? 男性しか嫡子と認めんというやつが」

「……そうだな」

「すると、ナイワールの奴らはそう簡単には諦めないだろう。マーリカ様の護衛をしているだけじゃ、いつ横から掻っ攫われるか分かったもんじゃないぞ」


 サイファの言葉に、キラはグッと下唇を噛み締めた。図星だったからだ。


「マーリカ様を、好きでもない大切にするとも分からない男に嫁がせて、お前は今と同じ様に見守ってやれるのか?」

「……俺には俺の事情があるんだ」


 サイファは肩を竦めると、静かに告げる。


「言っちゃなんだが、最近まではただのガキだと思っていたけどな。――全然違ったってことに気付かされた」

「……なんだって?」


 凍えんばかりに冷え切ったキラの声に、サイファは「おーこわ」とにやけた。


「今は彼女の目は俺には向けられていないが、俺に向けられたらその時お前はどうする?」

「――ッ!」


 サイファは「くくっ」と笑いながら、キラの横を通り抜けて城の方面へと歩を進める。


「俺なら守ってやれる。彼女が俺を見てくれたその時は、俺はもう遠慮はしない」

「……サイファ!」


 キラが噛み付く様にサイファの名を呼んだが、サイファは振り返らなかった。


「湖畔は冷えるぜ。坊っちゃんも早く戻りな」


 振り返らないまま手をひらひらと振られたキラは、ギリ、と奥歯を噛み締めることしか出来なかった。

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