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生意気従者とマグナム令嬢  作者: ミドリ


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24 領主城へ帰還

 サイファからの突然の抱擁は、文字通りマーリカを混乱に陥れた。


 自らキラにしがみつくことはあっても、あれは魔具制作に伴う作業の一環であって、それ以上でも以下でもない。いくら恥ずかしかろうが、そこに明確な理由があったから、辛うじて平静を装うことが出来た。それが傍から見ても成功しているかはどうかは、また別の話として。


 だけど、サイファからの抱擁は、全く以て理由が思い当たらなかった。しかも、同時に頬にもキスをされている。あれは一体何を意味するのか。家族以外に頬にキスをされたことなどこれまで一度たりともなかったマーリカは、その意図を理解できずにいた。


 尚、マーリカの中で「サイファに恋愛的に好かれた」という選択肢はない。サイファとは出会ってひと月が経つが、年がそこそこ離れていることもあり、どう考えても子供扱いされているのはさすがのマーリカとて感じ取っていたからだ。まだキラの方が年齢が近い分、あまり子供扱いされていない気がする。


 それに、サイファがそういった雰囲気を一度でも匂わせていたら、ムーンシュタイナー卿とキラが全力で二人きりになるのを阻止しただろう。丁度、シヴァ・ナイワールにそうしている様に。


 マーリカは、自分はもしかしたらちょっとそういうのを感じ取るのが苦手なのかもな、と思ったことはある。決して認めてはいないが、ひょっとしたらそうなのかも? と疑問を持った程度だ。


 宿舎学校時代、友人の令嬢たちに「マーリカはまあ……そのままでもいいんじゃない?」「そうそう、その鈍感さがいいって言ってる一派もいるしね」と散々なことを言われた経験があるので、もしかしたらそういった例も一度くらいはあったのかな? と考えたことがあったというだけだ。しつこい様だが、決して認めてはいない。周りの勘違いだと思っている。


 自分がもてた記憶は一切ないので、友人たちは多分からかっているだけで、ムーンシュタイナー卿とキラはただ過保護を拗らせているだけだと認識していた。


 だが、少なくともそういった空気を感じる能力は、ムーンシュタイナー卿とキラの方が高いだろう。その二人が、サイファと二人の外出を認めた。すなわち導き出される答えは、サイファは自分を恋愛的に好きではない、ということだ。我ながら完璧な論理だわ、とマーリカは心の中で独りごちた。


 次に、キスの問題についてである。


 ちなみにムーンシュタイナー卿は「僕のマーリカは可愛いねえ」とあまりにもぶちゅぶちゅやっていた為、寄宿学校に入るのを機に「私はもう淑女なので子供扱いはやめて下さい」ときっぱりとお断りし続けている。「マーリカが僕に冷たくなった」と毎度泣き真似をされるが、顔中に父親の唇が触れるのは、淑女ならずとも思春期の女性ならば勘弁してもらいたいと思うのは全国共通だろう。


 話がずれたが、男女の頬へのキスは、家族や恋人関係にない者同士では普通はない、とマーリカは認識していた。だけど、もしかしたらそれは貴族間だけの話であって、平民の中では普通なのかもしれない。


 これは是非平民出の誰かに確かめるべきだろう。その上で、平民の間でも主流でないと判明したら、その時はサイファが育った国の習慣だと考えれば納得出来そうだった。そうと決まれば、とりあえずは領主城に戻るまでは忘れよう。考えても無駄だ、とマーリカは意識的に切り替えることにした。


 幸い、マーリカを離した後のサイファは、抱擁やキスなどまるでなかったかの様に、いつもの明るい調子でマーリカに話し続けてくれた。様々な土地を旅してきたというサイファの話は刺激的で、王都とムーンシュタイナー領しか知らないマーリカにとって、聞いていて非常にワクワクするものだ。だから、すぐにサイファの話に引き込まれた。


 船着き場に到着する頃には、先程のは夢か幻だったのかと思われるほど、二人の間に流れる雰囲気は元に戻っていた。


 サイファが、縄を手に持ち先に船着き場へと飛び降りる。係船柱(けいせんちゅう)に船と繋がった縄を括り付けると、恭しくマーリカへと手を差し伸べた。


「マーリカ様、お手を」

「あら、ありがとう」


 マーリカは素直に手を取ると、勢いを付けて飛ぼうとした。船と船着き場の間には多少距離がある為、令嬢だからといって遠慮がちに飛んだら、確実に湖に飛び込むことになるからだ。魔魚は怖くないが、服が濡れると色々と面倒臭い。


「さあいくわよ! せーのっ」


 勇ましい掛け声と共に勢いよく飛んだ直後、マーリカは自分が何故かサイファの逞しい褐色の腕の上に乗っていることに気付いた。


 少し垂れ目の優しい紫色の虹彩が、マーリカを見下ろしながら苦笑の弧を描いている。「くく……っ」という小さな笑いが、堪えきれないとばかりにサイファの喉から漏れ伝わってきていた。


「え!? サ、サイファ、あのっ」


 横抱きに抱かれて、マーリカは瞼をパチパチさせる。何がどうしてこうなったのか。


「マーリカ様、あのなあ。元気なのもいいが、淑女が「さあいくわよ、せーの」はないだろう」

「あら、駄目だったかしら?」

「まあ市場で口上述べてる時点で大分あれだけどな」


 アハハ、とサイファは楽しそうに笑いつつ、マーリカを抱えたまま岸へと向かった。マーリカだって大人の人間だし、別に特別小さい訳でも軽い訳でもない。なのにこうもあっさりと持ち上げられると、何だか恥ずかしかった。


「あ、あの、サイファ? もう降ろしても平気よ?」


 これじゃまるで子供みたいじゃない、と内心焦りながら声を掛けたが、サイファにあっさりと却下されてしまった。普段よりも優しく感じる声色で、囁かれる。


「部屋の前まで連れて行ってやるよ。今日は疲れただろう? 最後の方、足がふらついていたぞ」


 気付かれていたのか、とマーリカは思わず口を閉じた。


 今日は歩き回るだろうことを予想して、しっかりめの紐靴を履いてきていたのだ。だが久々に履いたからか、途中から指先が痛み始めてしまっていた。


 だけど、靴擦れ程度で弱音を履いて、折角得た贈り物を選ぶ機会を無駄にしたくはない。だから頑張ったのだが、まさかバレていたとは。


「隠してたのに……」

「バレバレだよ、マーリカ様」


 サイファに苦笑され、マーリカは思わず頬を膨らませる。どうして自分はこうも色々と人に見透かされてしまうのか。もう少し表情筋に力を入れ制御出来れば違うのか、と頬をぐにぐにしていると。


「――お嬢!」


 城から、キラがこちらに向かって駆け寄って来ている姿が目に映った。城の外壁には篝火(かがりび)が掲げられ、キラの美しい銀髪に赤が反射している。


 キラの姿を見ると、帰ってきたのだと実感出来た。自然と大きな笑みが浮かぶ。


「キラ、ただいま!」

「お嬢、どうしたんです!?」


 だけど、恐ろしい勢いで飛んできたキラの顔には、いつもの余裕は見えなかった。顔を歪めながら、サイファに噛み付かんばかりの勢いで問い詰める。


「サイファ! 何かあったのか!?」

「ああ、マーリカ様が靴ずれしちまってな」

「靴ずれ……あ、そ、そうか」


 サイファの返答を聞いた途端キラの表情が和らぎ、肩の力が抜けるのが分かった。そこでマーリカはようやく気付く。どうやらキラは、マーリカにもっと何か酷いことがあったのではと思ってしまったらしいと。


 全く心配性なんだから、と日頃はツンと澄まして感情なんてちっとも読ませてくれない従者の端正な顔を見て、マーリカは微笑んだ。


「ごめんなさい。いつもと違う靴を履いたら失敗しちゃったわ」

「……部屋に戻って見てみましょ。さ、お嬢はこちらへ」


 キラが当然の様に両手を出してきたが、サイファはその横をスイ、と通り過ぎる。


「サイファ! 俺が変わるからお前はここまででいい!」


 サイファの腕をグイッと掴んで止めようとしたキラだったが、キラよりもひと回り大きなサイファは、あっさりとその腕を振り払ってしまった。


「マーリカ様の今日の護衛は俺だからな。ちゃんと部屋まで送り届けるまでが仕事だ」

「――ッ!」


 キラがあからさまに睨みつけると、サイファは歩みを止めないまま、愉快そうに笑う。


「なんだよその顔は。俺に託したのはお前だろ?」

「……部屋の前までだ。中までは入るな」

「はいはい、分かったよ、従者様」


 カカカッと笑うサイファに対し、キラの奥歯からギリ、と歯を食いしばる音が聞こえてきたのを聞いてしまったマーリカは、護衛の中でも順列があるのかしら? と悩むのだった。

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