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生意気従者とマグナム令嬢  作者: ミドリ


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20 サイファと二人

 ムーンシュタイナー領が水没してから、おおよそ二ヶ月が過ぎた。サイファが来てからは、ひと月が経過している。季節は夏に移り変わり、まだ朝だというのに、湖の水面(みなも)から照り返す日光は眩しく熱を帯びている。


 水面を割りながら力強く前へ進む木船の脇を、七色に輝く魔魚の群れが通り過ぎていった。当初、あまりにも好調な魔魚料理販売に、この速度で魔魚を乱獲したら拙いのではという心配もあった。


 だが実際に蓋を開けてみれば、漁獲量は一切落ち込まず、魚影の数も全く減っていない。むしろ増えている様に見えることから、魔魚の繁殖率は高いのでは、と考えられ始めているところだった。


 七色の魔魚の群れよりも深い場所を、赤く発光した大きな魚影が優雅に泳いでいく。時折魔泉から新種の大型魔魚が突如現れることはあったが、七色の魔魚という餌が豊富にあるからか、これまで人や船が被害に遭ったことはなかった。


 尚、何とかあの赤い魔魚を捕まえられないかと領民たちが釣りに励んでも、赤の魔魚は水面近くまでその姿を見せにきたことは一度もない。


 もしかしたら元々は深海に住む種類なのかもしれないぞ、とは各地を旅して見聞が広いサイファの意見だ。深海魚には脂身が多く含まれているとサイファが漏らした為、領民は「いつか捕まえて味わいたい」と投網(とあみ)の導入の検討を始めたところだった。


 領民は商魂逞しいが、食欲も旺盛なのである。


「風が気持ちいいわね」


 マーリカは、広い帽子のつばを両手で掴み、日差しを避けながら、高揚を隠し切れない表情でサイファに話しかけた。帽子を被らないとどうなるか分かってますね? とキラに脅しの様な注意を受けてきたので、肩と腕には日除けの肩掛けがしっかりと巻かれている。


「肌が赤くなったら、大変なのはお嬢ですよ。まあ俺は全然治すのはぜーんぜん! 構わないのでいいですけど」と言われて日焼けをして帰るほど、マーリカの心臓は強く出来ていなかった。


 キラにうまく転がされている自覚はあったものの、いざ本当に日焼けで赤くなった時のことを考えただけで、顔面に枕を押し付けて寝台の上を転がり回るくらい恥ずかしくなった。


 そんなマーリカなので、勿論実践など耐えられる筈がない。下手をすると、領地を水浸しにしたあの水魔法を錯乱して唱えかねない。今度こそ領地全てが水没したら、これまでの苦労が水の泡だ。


 そんなキラだったが、散々マーリカに注意しておいた癖に、現在ここにはいない。サイファと大工のラッシュ作である組み立て式の小型木船初号機に乗っているのは、マーリカと漕ぎ手のサイファの二人だけだった。


 勿論、キラも直前まで共に市場まで行くつもりでいた。だが今朝になり、ムーンシュタイナー卿が支払い期日の近い請求書の存在を失念し、且つ一週間以上帳簿を付けていなかったことが発覚したのだ。


 ムーンシュタイナー卿に張り付いて逃げないか見張っていないといけなくなってしまったキラは、マーリカに今日は市場に行くのをやめませんかと提案した。


 だがマーリカにはとある思惑があった為、「あら、サイファがいるから大丈夫よ!」と笑顔で返してしまう。まさか断られると思っていなかったのか、キラが面食らった様に口を閉じた。その瞬間、サイファが追い討ちをかけるように「そうそう、お嬢は俺が面倒みるから。キラ、お前少し過保護だぞ」と言ったのだ。


 二人に断られた瞬間、キラの表情は無表情のまま固まった。いつも小言ばかりのキラが、何も言わない。これは拙かったかとマーリカが不安になりかけた頃、キラは「……分かりました」と温度を感じさせない普段より低めの声で答えたのだった。


 ピリピリとした雰囲気に居心地の悪さを覚え、マーリカとサイファは顔を見合わせる。キラは二人に一瞥をくれると、くるりと振り返り――そろりと逃げようとしていたムーンシュタイナー卿を見つけた。


 キラは即座に微弱な雷魔法を掛けて「ぎゃっ」と痺れて動けなくなったムーンシュタイナー卿の襟首を引っ掴むと、「さっさと片付けましょうね。逃げたらもっと強い魔法を使いますよ」と執務室へと引き摺っていった。


 雇い主に攻撃魔法を掛けるのもどうなのかという話もあるが、そもそも逃げようとするムーンシュタイナー卿に原因がある。そんな訳で「いやあ、この国の従者って立場が強いんだなあ」「お父様を管理出来るのはキラだけですしね」と噛み合っているのか微妙な会話を後ろで交わしながら、マーリカとサイファは二人の背中を見送った。


 階段の先に消えようとしていたところで、キラが銀髪をふわりと宙に舞わせながら振り返る。


「サイファ! お嬢から絶対目を離すんじゃないぞ!」

「おー。分かってるって。任せなー!」

「……ちっ」


 サイファがにこやかに応えると、キラは心底苛立たしげな顔で遠慮のない舌打ちをした。そしてそのまま「ほら! 働きますよ!」とムーンシュタイナー卿を連れ去っていった、ということが今朝あったのだ。


 微妙なニヤニヤ笑いを浮かべながら、サイファが城の方面に向かって顎をしゃくる。


「てっきりマーリカ様は、キラが行かないなら自分もって言うかと思ってたんだけどな」


 ギイー、ギイー、と勇ましく櫂を漕ぎながら、サイファがマーリカに苦笑を見せた。太さのある腕には力が籠り、動きに沿って筋肉が浮き上がる。元傭兵というのは本当らしく、その腕には戦いで出来たと思われる傷の痕が無数見受けられた。


「……実は、キラに内緒でしたいことがあったの」


 マーリカが、目を輝かせながらサイファを見つめる。そんなマーリカを、サイファは眩しそうに目を細めながら見返した。穏やかな声色で、マーリカに問う。


「キラに隠し事なんて、マーリカ様も相変わらず大胆だな。ばれたらキラの血管が切れるんじゃないか?」


 低めのクスクスという笑い声は、マーリカを非難するものではない。むしろ、マーリカを見守ろうとする類のものに聞こえた。


「だって、キラを驚かせたかったんだもの」

「驚かせる? しょっちゅうやってる気が……」

「そういうのではなくてよ!」

「あははっ」


 サイファは今年で二十五になるそうだ。マーリカとは九つ離れているからか、兄の様な大らかな態度でマーリカに接してくれている。サイファがもつその大らかな雰囲気を、マーリカは嫌いではなかった。


 キラと二人でいる時の異常な心臓の動きがサイファとでは確認されないこともあり、マーリカにとってこの異国人は、今や気の置けない兄の様な存在に変わっていた。


「――で? それで何か俺にお願いがあるって感じかな?」

「そうなのよ! 【マグナム】が売れた後でいいのだけれど……」

「うんうん?」


 最初こそ丁寧な口調だったサイファだったが、マーリカが遠慮するなと何度も伝えたので、最近ではすっかり砕けきった口調になっている。


 キラはどうもそれが気に食わないらしく、事ある毎に「お嬢はもう少し距離感てものを覚えないと駄目ですよ」と小言を言ってきた。


 だが、そもそもキラの口調とてかなり崩れているものだろうと言い返すと、「俺はいいんです、俺は」と言って、何を考えているかいまいち読めない切れ長な青い瞳を逸らされた。


 キラはよくてサイファが何故駄目なのかを考えてみたマーリカだったが、「異国人だからかしら」という考えをキラに伝えてみたところ、溜息を吐かれた。よく分からない。


 マーリカが、おっとりとして見える柔らかな笑みを浮かべた。


「付き合ってもらいたいことがあるのよ」

「ん? そりゃまあ構わないが……何をするんだ?」


 サイファが尋ねても、マーリカは微笑むだけで答えなかった。照れくさい、というのがマーリカの言い分である。


「まあ、それはその時に……。な、なので、時間が欲しいので頑張って売りましょうね!」

「ははっ、分かった分かった。しかし頼もしいご令嬢だなあ」


 サイファは、見た目にそぐわず大胆で元気一杯とここのところ噂になっている自分の護衛対象に微笑み掛けると、「よーし! じゃあ急ぐか!」と櫂を漕ぐ腕に更に力を込めたのだった。

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