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生意気従者とマグナム令嬢  作者: ミドリ


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19 ムーンシュタイナー領の箝口令

 サイファのゴルゴア民の特徴である黒髪と褐色の肌は、最初こそ物珍しい目で見られたが、彼の気さくさと人懐こい性格もあり、すぐに領民に受け入れられた。


 力仕事も子供たちの相手も、サイファは嫌な顔ひとつせずにすぐに動く。元々身体を動かすことが好きで、人付き合いも全く苦にならない性分なのだそうだ。


 魔魚事業が軌道に乗るにつれ段々と人手不足に陥りつつあったムーンシュタイナー領の民にとって、何でも快く引き受け卒なくこなしてしまうサイファの存在は、徐々に大きくなっていっていた。


 そんな中。


 ひと回り大きな船があれば、漁獲量も上がる筈だ。そう考えたキラの指示の元、現在造船作業が進められていた。


 男性領民は、これまで市場班と魔魚漁班に分かれて作業していた。そこに新たに、造船班が加わったことになる。造船班の指揮をとっているのが、他国からひょっこりやってきて今やすっかり領民のひとりになりつつあるサイファであった。尚、マーリカの護衛以外で働いた時間に対しては、きちんと給金が出ている。金銭が発生していないのは、マーリカの護衛に対してのみだ。


 シヴァとの契約でやや懐疑的になっていたサイファにキラが提示した雇用契約の内容は、概ね満足のいく内容だったらしい。以降、毎日実に楽しそうに働いてくれている。


 これまで領民が量産していたのは、丸木舟と呼ばれる大木をくり抜いたものだったが、やや波に弱い特徴があった。湖は海に比べ波は立たないものの、魔魚が自由に泳ぎ回る水中に、出来ることなら落ちたくはない。更に、炎を使ってくり抜き作業を行なう為、魔法が使えるキラがいないと作業があまり進まないという難点があった。


 領民の中にも魔力がある者はいるにはいたが、そもそも魔法は、呪文を詠唱しないと発動しない。魔法の勉強をしたことのない領民がいきなり魔法を唱えるのがあまりにも危険なのは、一目瞭然だ。勉強を始めたばかりだったマーリカが領地を水浸しにしてしまった苦い経験から、領民は「魔法は気軽に手を出しちゃいけないものだ」との共通認識を持っていることもあり、脱丸木舟の検討の時期に入っていた。


 そこで、ならば組み立て式の船を作ってみようじゃないか、という話になったのだ。これまで様々な土地を旅してきたサイファは、領民よりも知識が豊富だ。そこで大工とサイファの二人は、組み立て式の船の設計図を他領から入手し、造船作業を開始した。これまで乗船した中で一番安定していた船に近いものの設計図を選んだのはサイファ。それが自領で生産可能かの検討をしたのが大工である。


 ねじり鉢巻をして釘を打っていたサイファが、世間話をしていた大工の話を聞き、口をぽかんと開けた。口に挟んでいた釘が、地面にぽとりと落ちる。


「え? この湖って、マーリカ様の魔法でこうなったのか?」


 丸太の様な腕を持ち、白くなって久しい見事なあご髭とツヤツヤに光る頭頂が特徴の大工、ラッシュが笑顔で応えた。


「そうだよ。あれ? 知らなかったか?」


 尚、マーリカの口ひげ嫌いは、領民なら全員知っている。その為ラッシュは、マーリカに嫌われるなんてとんでもない、と毎朝口ひげのみ綺麗に剃っていた。領民は皆、マーリカが大好きなのである。


「知らなかったよ……て、ええ!? この水を全部!?」


 通常、ひとりの人間がどんな強力な魔法を唱えたところで、ここまでの広範囲を水に沈めてしまうことは出来ない。その前に術者の魔力が尽きてしまうからだ。


「いやあ、うちのマーリカ様は規模が凄いよなあ。アハハ」


 ラッシュは、何故か照れくさそうに自分のツルツルの頭頂を叩いた。


「アハハって……」


 笑い事ではない、とサイファは更に詳細をラッシュに尋ねることにした。


 マーリカとキラで魔具【マグナム】を量産していることは、勿論サイファも知っていた。【マグナム】は、今やムーンシュタイナー領の二大名産品のひとつとなっているからだ。


 マーリカは魔力量は多いが制御能力が著しく低い為、魔力量は多くないが制御能力が高いキラが実際の制作にあたっていることも全員が知っている。ちなみにもう片方の名産品は、当然ながら『魔魚のホクホク目玉揚げ』である。


 だが、これはそれとは段違いの話なのだ。規模が凄いどころの話ではない。魔法に慣れ親しんでいない片田舎の領民だからこの話の突拍子のなさに気付かないだけで、通常ひとりの人間が起こせる規模の魔法ではないことを、サイファはこれまでの経験からすぐに理解した。


 それほどの魔力を持つのが事実であれば、国が放置する筈がない。つまり、ムーンシュタイナー領がここまでなってしまった要因は、他にあるのだ。


「なあラッシュ。この領に一体なにがあったんだ?」


 サイファは、ムーンシュタイナー卿からもキラからもそしてマーリカからも、「突然領地に魔泉が湧いてしまった」としか聞いていなかった。


「あー……そうか、箝口令(かんこうれい)が敷かれてたんだよな、すっかり忘れてた」


 箝口令とは何のことだとサイファが訝しげな表情を作ると、ラッシュはキョロキョロと辺りを見回した後、サイファに顔を近付けて耳打ちをし始めた。


「国には援助要請の時に報告してたそうだけど、結局援助を受けられなかったからな。悪評になるかもしれないからって焦った領主様が、湖になっちまった原因については絶対に漏らすなって箝口令を敷いたんだよ」

「……それは一体?」


 ラッシュが眉間に皺を寄せる。


「いいか、サイファも他言無用だぞ」

「分かった、約束するから」


 大きな男が、二人コソコソと内緒話を続けた。


「実はな、空から突然黒竜が落ちてきたんだよ」

「――黒竜?」


 サイファの顔色が変わる。


「黒竜はこの辺では見かけるのか?」

「いんや。竜なんて初めて見たよ」


 ラッシュが首を横に振りつつ、先を語った。


「でな。墜落した黒竜のやつ、何を思ったんだか領地を片っ端から燃やしやがってな。そこに現れたのが、勇ましく片手に魔導書を抱えたうちのマーリカ様だったって訳だ」

「ほおー」


 サイファが感心した様に頷くと、ラッシュは自慢げに更に続ける。


「そこでお嬢が唱えたのが、水魔法。俺も近くで見ていたんだけどな、いやあ格好良かったぜ、マーリカ様の後ろ姿」

「何となく想像がつくな」


 市場での口上の姿ももう何度か見ていたサイファは、マーリカの姿を思い浮かべて納得した様に頷いた。


「城に近付いていた炎が押し返され、マーリカ様はジリジリと黒竜に向かって進み出した。そしてマーリカ様の水魔法が黒竜の身体に触れたその瞬間、とんでもねえことが起きた」

「とんでもねえこと?」


 ラッシュがにやりと笑う。


「黒竜が吐き出していた炎に向かって、水が逆流したんだよ。水に呑まれた黒竜は、多分あの時に死んだんじゃねえかな」

「逆流……」


 サイファは考え込む様に唸った。


「そうしたら、今度は黒竜の口から水がどんどん溢れ出してな。しかも鱗から魔魚が次々と生まれてきて、いやああの時は焦った焦った」


 マーリカ様の手を握って城まで連れ帰ったのは俺なんだぜ、とラッシュは思い出したかの様に手を擦る。


「で、黒竜が沈んだ所を見てみたら、魔泉が出来てたって訳だ」

「なるほど。でも何故箝口令を?」


 サイファの素朴な疑問に、ラッシュはあっけらかんと答えた。


「お前そんなの決まってんだろうが。いくら毒性がないって証明出来ていてもな、元は黒竜なんて恐ろしいもんの鱗だったなんて評判が広がったら、売れ行きが落ちるかもしれねえだろ。だったら黙って食わせた方が得策じゃねえか」

「うわ……っ、商売根性」


 サイファが思わず呆れ顔をしてみせると、ラッシュは白い歯をキランと光らせて笑う。


「おうよ、ムーンシュタイナー領領民の逞しさを舐めるんじゃねえぞ」


 ラッシュは「まあこれでお前も秘密を共有しちまったからな、絶対外で喋るなよ」とサイファの肩を叩いた。


「さ、続きだ続き!」

「お、おう」


 何かを考え込んでいた様なサイファだったが、ラッシュの声掛けに笑みを浮かべると、再び釘打ちを再開したのだった。

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