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生意気従者とマグナム令嬢  作者: ミドリ


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10 シヴァ・ナイワール

 マーリカが何としてでも魔具製造を成功させたいのには、明確な理由があった。


 未来の旦那様が隣領の口ひげ令息シヴァ・ナイワールでは絶対嫌だ、という私的な理由も勿論ある。だがそれ以上に切迫した理由は、今年中に何とか商売として軌道に乗せないと、来年この領が滅びている可能性が高いというものった。


 それが分かっているだけに、キラもムーンシュタイナー卿も、マーリカの魔具作りについてそれ以上強く反論出来なかったのだ。彼らとて、この危機感は痛いほど理解していた。


 魔魚が泳ぐ湖が領地の殆どを占めてしまったムーンシュタイナー領の重要性は、元々大して重要でなかったのに、国にとって更に低くなってしまったのは一目瞭然だった。国に援助申請を行なった際、湖底に魔泉が存在している為封印が必要との報告を上げていたのが、裏目に出ていた。


 つまり、封印を施さない限り、ムーンシュタイナー領はいつまでも水没したままということが既に露呈しているのだ。金を生まない領地に、大金を出して魔泉を封じる必要性があるか。誰がどう考えても、答えは否だろう。


 魔魚まみれで特産品がない湖の領は、そのまま廃領となる可能性が非常に高かった。ナイワール領にマーリカを差し出して領の命を生き長らえさせたとしても、ケチなナイワール領主がタダで資金を提供してくれるとも思えない。期限付き利息付きの資金援助しか得られないだろうことは想像に難くなかった。


 よくても数年で援助は打ち切り、結局は廃領となる未来が領主と領民の目にはくっきりと映っている。これでは、どう考えてもマーリカの差し出し損だ。マーリカの資産価値はそんな低くない筈だと、ムーンシュタイナー卿もマーリカ自身も信じたかった。「ていうか、アレはないよね」というのが領全体の共通認識なのは、言うまでもない。


 アレことシヴァ・ナイワールが入り込む隙をなくす為には、年末の納税をきちんとするしかない。さすれば、マーリカを安売りしなくとも済む。最悪延納申請をし、延納期限である半年内に復調の兆しがあることを実証して見せれば、シヴァ・ナイワールみたいなちょびひげ令息よりも全然いい物件が現れてくれるかもしれない。


 ムーンシュタイナー卿とて、出来ることならマーリカには幸せな結婚をして欲しかった。それが親心というものだ。


 ちなみに、シヴァ・ナイワールをここまで領主領民一体になって嫌っている最大の理由は、彼の横柄で粘着質な性格にあった。それに異様なまでの自己肯定感の高さが、彼のウザさをかさ増ししている。


 外見自体は、そこまで拙いものではない。身長は高くも低くもない平均的なもので、顔も美しくも醜くもない平凡な作りだ。眼窩が少し凹み気味でいつもちょっと睨んでいる様に見えるのが特徴らしい特徴だろうか。体型もそれなりに気を遣っているのか、少々肉付きはいいものの、肥満というほどではない。ちょっと柔らかそうだな、という程度だ。


 これまた何の変哲もない茶色の髪の毛を貴族らしくきちっと撫で付けていて、着用している服も上等なものである。十代後半から生えてきた口ひげを、父親である領主同様きちっと揃えていた。ちなみに、ナイワール領の跡取り息子でありシヴァの兄も同じ口ひげを付けている。


 どうやら代々続く自慢の伝統らしいが、残念なことにマーリカはそのひげが大嫌いだった。とにかく気持ち悪い。喋る度に動くのがまた不快感を煽った。生理的に苦手なものは、どうしようもない。とにかく嫌、それに尽きる。


 だが、ひげの全てが駄目でなかったことは、キラによって証明された。


 前回の冬。マーリカが熱を出し、キラが看病に追われたことがあったのだ。朝まで看病を続けたキラがマーリカの寝台の横に置かれた椅子で船を漕いでいた時、目を覚ましたマーリカは見た。キラにうっすらと銀色の無精髭が生えているのを。まだ年も若いからかパラパラと僅かばかりだったが、それでもそれはちゃんと髭だった。


 そして普通に「格好いい……!」と、思わず胸を高鳴らせたのだ。気持ち悪いどころか、むしろちょっと触ってみたい。残念ながらマーリカが触りたいと伝える前に起きたキラはすぐに剃ってきてしまったが。


 そのことからマーリカは、駄目なのはひげ全般ではなく揃えられた口ひげである、という結論に達している。もしかしたらナイワール一族だから余計なのかもしれないが。


 なので、シヴァがムーンシュタイナー領に用もないのに来る度、マーリカは全身に鳥肌を立てていた。そんなことなどつゆ知らず、シヴァはマーリカに茶ぐらい出してもてなせと応接室のソファーにどっかりと座り込む。そして始まるのが、いつ終わるとも知れない自慢話だった。


 僕はこんなに凄いんだという、もう何度聞いたか分からない同じ話を延々繰り返すシヴァ。それに「凄いですね」といった合いの手を入れないと、すぐに機嫌が悪くなった。毎度同じ話で耳にタコが出来ていたマーリカは、やがてこっくりと船を漕ぎ出すのが毎回のお約束だ。半分寝惚けながら「そーですか……へえ……」と適当な相槌が打てるのは、長年の苦行で得た特技である。


 尚、その間キラは、ずっとマーリカのすぐ背後にピッタリと控えていた。てめえ手を出しやがったらタダじゃおかねえぞといった凄みを利かせながら、にこりともせず出涸らしのお茶を出し続けるのだ。茶葉は一度も変えない。そもそも一杯目ですら、朝にムーンシュタイナー卿に淹れた茶葉をそのまま使っている。


 シヴァは喋りっぱなしで喉が渇くのか、お茶があれば飲む。出涸らしだと気付いていないのか、普通に飲む。多分、白湯だろうが飲むのだろう。何としてでもマーリカに話を聞いてもらって褒めてもらいたいという強い意思を毎回感じるが、誰ひとりとしてシヴァを歓迎していないのでそれを後押しする者はいない。


 尚、器が空になる前に際限なく注ぎ足されるので、シヴァの腹は暫くするとタプタプになる。そして「用足しに」と席を立った途端、最高の笑顔を浮かべたキラに「大したお構いも出来ず申し訳ございませんでした。それでは帰路お気を付け下さいませ」と追い返されるのだ。


 その時点になって、ようやくマーリカは起こされる。「お嬢、帰られるみたいですよ。そろそろ起きましょうか。いつもお寝坊さんなんですから、フフ」と肩を優しく揺すられるマーリカと、見せつける気満々のキラとの親密さを目の当たりにしたシヴァが、怒り心頭でその辺の物に当たり散らしながら帰るのはいつもの光景だった。


 ちなみに彼が壊していった最初の壺は、どうせ価値など分からないだろう、と十倍の値段でナイワール領主に賠償請求をした。あまり出来がいいとは言えない息子の婿入り先がなくなるのは困ると思ったのか、ナイワール卿は即座に支払ってくれた。そこで「これはいい案だ」とムーンシュタイナー卿が物置から安物の壺や皿を応接室の外に飾り始めたのだが、誰も止めないのはいつものことである。


 これが案外いい収入になるのだ。「迷惑料ってやつですね」としれっとキラが言うと、ムーンシュタイナーは人の悪そうな笑みを浮かべた。こういう時、この二人は仲がいい。


 領地が水浸しになってよかったことがひとつある。どうやらシヴァは船を漕げないのか、それとも湖を自由に泳ぎ回る魔魚が恐ろしいのか、水没してそろそろひと月が経つが、一度も訪れていないのだ。なので、「橋なんぞ作らないでもいいんじゃないか」と皆が何となく思い始めたところだ。マーリカは領地を水没させた張本人ではあるが、ついでに相当な変わり者でもあるが、気立てがよく正義感にあふれている、領民にとても好かれている令嬢なのだ。


 ということで、絶対に成功させねば後がないマーリカとキラの魔具作りが、こうして始まったのだった。





※シヴァ・ナイワール=シヴァ・ないわ~

(すみません)

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