五話
とりあえずここまで
俺は彼女の首に噛みつき血を飲んだ。
口の中に広がる芳醇な血の味。ああ、そうだ……懐かしい。
「……ジン君!?」
慌てた声ような声が聞こえてくるが、今はこの久しぶりの血の味に集中する。
ちゅるる。少しだけだ。少しだけ……。ああ……うまい。なんて、うまいんだ。
「これが君流の愛情表現……――ってそんなわけないよね!?」
バッと素早く後ずさるレイラ。……ちょっとだけ飲み足りないが、まあ十分だろう。
「ごちそうさまでした」
「いや、どういたしまして? ……ってなんで僕血を飲まれたの!?」
とレイラが詰め寄ってくるが、今は時間がない。
「理由はあとで話す。そろそろ結界が――『ガシャン』――ああ、割れたな」
『グハァ……!』
やっと割れたとばかりにその顔を悦びで歪ませていたが、そこに俺の拳をぶち込む。ゴブリンナイトは碌に反応できずにモロに俺の拳撃を受けて吹き飛んだ。
「あとは俺がやる。そこで見てろ」
「う、うん……」
吹き飛んだゴブリンナイトはジタバタと手足を動かして地面を転がっている。殴った感触はかなり硬質なものだったが、ちゃんと効いているようだった。こちらの拳が少し傷ついたが、ちょうどいいか。
「……血を使うか」
殴り殺してもいいが……そのあとの死体が酷いことになりそうだ……。そう考えながら左に握っている柄を目の前にかざす。
「創血術【血ノ刃】」
拳にできた傷から血が柄に流れていく。瞬く間に血で覆われていく武器。
折れて刀身が無くなった大剣は、その姿を変え、【血ノ大剣】と成った。
「……重さは軽いな」
その場で一振りすると鋭い風音が鳴った。しげしげと自分で創った血の武器を見る。刀身部分だけが見事に赤い。だが、ただ赤いだけではない。宝石にも負けない美しさも備えている。重量はそこそこ。血を使っているが、元の大剣と大して変わらないだろう。
……まあ、俺自身の腕力が上がっているから、軽く感じるのかもしれない。どっちでもいいがな。
「さて、切れ味はどうだ?」
『ぐるぉおおおおおおお』
怒り狂った咆哮。ゴブリンナイトはどしどしと床を踏みしめながらこちらに迫ってきていた。その姿を冷静に観察する。
さっきはそのスピードに目を剥いたが……見える、な。
「なら大丈夫か」
『!』
振り降ろされた剣を血ノ大剣で受け止め、払う。ゴブリンナイトから驚愕した気配を感じた。
体勢を崩したゴブリンナイトに追撃。払った大剣の遠心力をそのままに一回転し真横へと大剣を振り回す。ゴブリンナイトは慌てて剣で受けようとしたが――横薙ぎ……たったそれだけの動作で剣ごと胴体を真っ二つになった。
静かにゴブリンナイトは床に崩れた。一瞬だけビクビクと両断された体が痙攣していたが、すぐに動かなくなった。
「……ふぅぅぅぅ」
深く息を吐いて俺は座り込んだ。さっきまで全身を包んでいた高揚感はさっぱりと無くなり、残っているのは強い疲労感だ。久しぶりに血を使ったせいもあるが……一番の原因は創血術だろう。普通に無理をした。
「大丈夫!?」
「あぁ……疲れた」
傍にレイラが来た。オロオロとこちらを心配そうに見ている。手を出したり引っ込んだりしているあたり、混乱してそうだ。少しだけ恐怖も感じているだろう。けど……
「手を貸してもらえないと帰れないな……困った」
わざとらしくそう呟いた。その言葉はしっかりとレイラに届いてた。
「……しょうがないなー! 帰ったらちゃんと話してね!」
「もちろん」
しっかり話すさ。……まあ説教もプラスされるけどな。
レイラはいそいそとゴブリンナイトが倒れていた場所から大きな白い魔石を拾いあげ、それから俺に手を貸した。忘れてなかったな。深魔石。
その後、俺たちは肩を組みながらよろよろとした足取りで歩いて行った。
ああ、それにしても……
――喉が渇く。