四話
「ッ! 止血するぞ!」
「ありがと~……けど三分後には僕たち二人ともお陀仏っぽいけど、だいじょうぶ?」
彼女の戯言を無視して俺は手当をする。……吐血もしてるとなると内臓も斬られたか。
俺は常備している止血用の布に小瓶に入った液体をふりかけ、患部にぐるりと巻き最後に強く締めた。その時に悲鳴が聞こえたが無視する。
「わぁ。ポーションまで使ってくれるんだ。ちょっと楽になったかも」
「呑気な奴だな……それでどうする? なにか策はあるか」
俺が止血している最中にもゴブリンナイトは猛攻をやめていなかった。小さく結界内にもその衝撃音が鳴り響いていた。
「僕はもうタネ切れだね……結界玉が最後の小道具さ。結構良い値段するんだよ?」
そういいながら彼女は静かに俯いた。人払いの結界に結界玉。そしておそらく魔物を誘導するのにも何か使ったんだろう。……一体どれだけの金をかけたんだ。
「……なんのためにゴブリンを進化させた? まさか死ぬためじゃないだろう」
死にかけてまでどうしてそんな暴挙をやらかしたのか理由が気になる。
俺は黙って続きを待つ。そんな俺に彼女は言いづらそうにしていたが、口を開いた。
「そうだねぇ……ジン君は深魔石って、知ってるかい?」
「いや、知らないな」
首を振って否定する。聞いたことのない名前だ。
「知らないのは当たり前さ。この情報はね、本来は金級探索者にのみ開示されてる情報なのさ」
そう言って彼女はおもむろに何か紙を取り出し、俺に渡してくる。
その紙を受け取り内容を確認する。
「進化した直後の魔物のみが生成する……特別な魔石」
「そこに書いてあるのは深魔石の入手法だね。ただのゴブリンが一段進化した程度じゃ生成されないよ。最低でも五段は存在進化をしないといけない」
……確かゴブリンナイトは普通のゴブリンから数えて四段目の進化にあたるはずだ。そうなると深魔石は生成されないはずだが……。
「ジン君がなにを考えているかわかるよ~。ここでその疑問に答えてあげる。今も必死に結界を斬りつけてるあの魔物。多分ゴブリンナイトじゃないかも」
「……なんだと?」
騎士のような甲冑にロングソードを装備したゴブリン。俺の記憶だとゴブリンナイトしか思い当たらない。
どういうことだ。その言葉が出る前に彼女が口を開く。
「あれは見た目はゴブリンナイトさ……けど中身はおそらく――ゴブリンジェネラルだね」
「……なるほど。合点がいった」
あの凄まじい技量を体験した俺は納得した。道理で俺の渾身の一撃をいなされたわけだ。五段階目の存在進化個体……つまり俺の手には余る強者ということだ。
……そう考えると最初に一人で戦っていた彼女は本当にすごいな。今度は心からの賞賛を送った。
「まあそのゴブリンジェネラルの深魔石が欲しかったんだけど、ある意味もういらなくなっちゃった」
「――そうだ。その深魔石がなぜ必要なのか聞いてなかったな。用途はなんだ?」
ここまでお膳立てしてまで欲した深魔石。何が彼女をそこまで駆り立てたのか。
単純な疑問をぶつける。
「簡単なことだよ。僕はとある病気を患っててね。……深魔石がないと死ぬって、お医者さんに余命申告されてたのさ」
微笑を浮かべた彼女の顔は、ひどく悲しげだった。
……。
だから、あきらめたような顔をしているのか。だから、体が震えているのか。
「……ごめんね。ジン君を巻き込んじゃった。いや、本当は巻き込む予定だったんだけど、ジン君つれないからなぁ」
「あのしつこい絡みは計画につき合わせるためか……馬鹿女が」
俺はすこし怒りを感じたので、手加減してデコピンをお見舞いする。「いてっ」っと額を抑えて彼女は俯いた。
「死にかけの女にデコピンだなんて……ひどいなぁ」
「うるさい。 お前が全部悪い」
「それはそうだけどさぁ……」
文句を言っているが、顔は上がっていない。それから俺たちは静かになった。
……もうそろそろ結界が壊れそうだな。視界の端に罅が入っている半透明の膜が目に入る。もう時間がない。そして彼女には策が完全にないのを理解した。死を受け入れ始めているのを感じるからだ。
ならば俺も諦めるべきなのか?
―― 彼女は泣いているのに?
……ふざけるなよ。
ゆっくりと彼女の肩に手を置いて正面に向く。
「ジン……君?」
彼女は顔を上げた。
静かに泣いていたが、その目は確かに腫れていた。
日銭を稼ぐ日々は終わりにするんだ。
自分に課された運命から逃げるのはもうおしまいにしろ。
覚悟を決めろ。
本当の自分を受け入れろ。俺は……
『お前は……
「『化け物だ』」
――結界内部(損傷率90%)
「レイラ。今からお前に酷いことをする。いいか?」
ジン君はいきなりそんなことを言い出した。……もうすぐ死ぬから吹っ切れたのかな。真剣な顔で『今から襲う』と言われると、ちょっと照れる。
想えば短い人生だった。――僕の病気が発覚したのは、幼いころだ。物心はついていたけど、両親が二人して泣きながら抱き着いてきたときはよくわからず、遊んでくれると思って喜んでいた。
その病気をちゃんと理解したのは僕が両親の仕事を手伝い始めた時期だった。二人は商人だった。その仕事ぶりを見ていた僕は自ずと混ざっていった。
だけど、やたらと父様と母様は僕に手伝わなくてもいいと言ってくるので、僕はムキになって無理やり仕事を手伝っていた。
そんなあるとき。父様がお医者さんのところに向かうと言っていたが、例によって僕は留守番を言い渡された。まあ聞き分けがよくない僕はこっそりとついていったんだけど、そこで自分の病気を知った。
あとはあれよあれよと自分の病の治し方に絶望し……なんとか自力で治そうと体を鍛え、探索者になった。金銭面で随分と両親には世話になった。そのおかげで治すための素材の出所がわかったが、また絶望した。
なんとか手段は手に入れたけど……非常に分の悪い賭けだった。だから僕は協力者を欲した。いろいろ探したけど、みんな断られた。大体言われるのは『頭おかしいのか』だった。確かにおかしいのかもしれない。
けど、生きるために必死なんだからおかしくてもいい。治すためにはイカれないといけない。
最後の望みを賭けたのは同じ銅級のジンという青年だった。銅級の中ではずば抜けて実力が高いと僕の審美眼はそう言っていた。けど、彼はなかなか僕になびかなかった。しつこくつき纏ったけど、全部めんどくさそうな顔で断られた。今度は失敗してはいけないと計画は事前に話していないけど、やっぱり断られる。
僕の問題というより彼のこだわりのような何かを感じた。
医者の言っていた余命が近づいていた。もう僕一人でやるしかなかった。
ゴブリンの誘導。人払いの結界。そして存在進化。ここまではうまくいった。あとはこの魔物を仕留めるだけ。
ダメだった。強すぎて防戦になる一方だ。ジワジワと追い詰められている。
そこになぜかジン君がきた。人払いの結界を張ったのに、どうして。
ジン君と二人で頑張ったけど、二人してやらかしてしまってちょっと笑いそうになった。
まあ私は重症だから笑えないけど。
結局死ぬ運命は変わらなかった。最後にあがけてよかったと後悔もない。けど、涙が止まらなかった。どうしてだろう。死ぬことを受け入れたのに。……どうして。
そんな僕にジン君はひどいことをするらしい。
「……するなら早くしたほうがいいよ~……」
苦笑しながら僕は腕を広げて受け入れる。よくわからないけど、間に合うのかな? なんて場違いなことを考える。
「……そうか。じゃあ――いただきます」
そういいながらジン君の顔が近づいてきて――僕の首元を噛んでいた。