三話
「どういうことかなのか簡単にさっさと話せ」
「まず人払いの結界を一階層全域に広げます!」
「……あ゛?」
「こわいよ~」
まじで何やってんだこいつ。
……道理でほかの探索者と出会わなかったのか。
一度口を止めた彼女がこちらをにこにこと見つめてくる。俺は無言で続きを催促した。
「そして~ゴブリンを一ヵ所に誘導してからのー……殺し合い!」
いい笑顔だった。
「馬鹿か?」
率直な悪態をついた。
何やってんだこいつ。
論理感をどこに置いてきた。
何の目的でそんなことをしやがった。
言いたいことはいろいろあったが……
「つまり人為的に進化させたってことか……」
「そのとおり! ちゃんと理由を説明したいけど、アイツは待ってくれそうにないね……!」
「ちっ…」
会話中にゴブリンナイトはじわじわと距離を詰めてきていた。慌てず動きを観察する。
向こうの武器はロングソード。対してこちらの得物は大剣。武器の重量差が歴然だ。そしてゴブリンナイトの剣速はさっきのレイラとの攻防を見るに、そこそこ速い。ならば狙うはカウンター。俺はズッシリと迎撃態勢をとる。だが――
『ゴガァ!』
――気づくと間合いを潰され、剣が迫っていた。
「うおおっ!」
甲冑を着込んでいるとは思えない速度。咄嗟に剣を盾に防御行動をとる。ゴブリンナイトの剣を受け止めると、今までに体験したことのない重さが襲ってくる。片手で剣の腹を抑え耐える。
「てぇやッ!」
俺が剣を受け止めた直後にレイラが横からゴブリンナイトの顏をねらった。鋭いショートソードの刺突は兜の壊れた部分――剥き出しの顔に向かって一直線に走る。だが咄嗟に顔を逸らしその刺突を避けていた。
「ふぐっ……」
それと同時に俺の腹に衝撃がきた。ゴブリンナイトの蹴りが飛んできていた。少しだけ吹き飛んだが、歯を食いしばって正面から視線は外さない。レイラはすでにゴブリンナイトの間合いから離脱していた。身軽な奴だ……。
「……ごほっ。かなり強いぞ、あの野郎」
よくこんな魔物とやりあってたな、コイツ。呆れ八割、賞賛二割だ。
「強いねぇ~……ちょっと強すぎるくらいかな」
と呑気に言っていた。奇しくも挟み込む形にはなっているが……
『ごるる……』
ゴブリンナイトは俺たち両者をその濁った瞳でねめつけている。さっきより更に慎重になった気配を感じる。……こりゃ無理だ。
所詮ゴブリン系の魔物だと侮ってたが、強さの桁がゴブリンとは比べ物にならない。俺も対魔物と経験なんてゴブリンしかないし、やつの攻撃を受け止められたのはほとんど運だ。
「おい! 人払いの結界はいつ解けるんだ!?」
「うーん……」
と困り顔で首をかしげている。
おいおいまさか……。
「たぶん、一時間くらい?」
と笑顔で言いやがった。耳もピコピコと動いているのがむかつく。ふざけるなよこの女。
「はぁ~……」
一時間もコイツを抑えておく?……できるわけがない。持久戦をしようにもこちらはけが人というハンデを背負っている。……そうなると俺たちが取れる選択は二つ。
殺すか、殺されるか。
「やるしかないぞ」
「もちろん最初からそのつもりだったさ! ……ただちょっと手こずってるけどね」
といいながらレイラは苦笑している。手こずるどころか手に負えなくなってるだけだろ。巻き込まれてしまった俺がかわいそうだ。その原因を恨みがましい目で睨むが、レイラは飄々とした表情をしていた。
「俺が隙をつくるッ!」
「はいよー!」
そう叫びながら俺は大剣を地に引きづりながらゴブリンナイトに接近していく。同時にレイラも静かに目立たず距離を詰めていた。
作戦のさの字もないが、レイラは理解したようだ。俺がパワーファイトで攻め続け、レイラが隙を見てとどめを刺す。いたってシンプルだが、さっきの攻防からそれが一番殺せる確率が高いと俺たちは感じた。
今度はゴブリンナイトが迎撃態勢をとっているが、俺はお構いなしに突っ込む。
普段はゴブリン相手になんて滅多に使わん技だが……コイツ相手ならちょうどいい。動かないところもなおさら都合がいい。この一撃で終わらせるつもりで行く。
「そのままジッとしてろよ…!」
ガリガリと床を削っていた大剣は、さらに深くまでその刃先を沈める。
床を斬りながら更に速度を上げゴブリンナイトに肉薄する。
「おおおお…らァッ!!!」
気合一閃。地に溜めていた力を一気に解放する。床ごとひっくり返すつもりで大剣を振りぬく。遠心力も相まって途轍もない高威力を誇る剛撃。
武技の名は【地剛斬】。俺の師匠が教えてくれた武技の一つだ。一定の条件下じゃないと使えないが、その威力は絶大だ。そして魔塔の床は石で出来ているため、大剣を振りぬいた衝撃でついでとばかりに石つぶてが正面に飛んでいく。
当たる。胴に向かっていく刃先の進路にはゴブリンナイトの剣が置かれているが、関係ない。まとめてぶったぎる。それだけの威力を込めたつもりだった。
だが――
「な、に……!?」
大剣が触れた瞬間――いなされた。
……どんな技量してやがる、コイツ!
俺はあらぬ方向にぶれる大剣に身を任せたまま、受け身をとって何とか最小限の動作で持ち直す。
『グルァ!』
舐めるなよ、と言わんばかりの声を上げゴブリンナイトはくるりと背後を振り向き斬撃を放った。
空中から奇襲していたレイラは咄嗟に剣をクロスして防御したが、剣もろとも斬りはらわれた。
「……ぁあ!」
悲鳴を上げながらレイラは床を転がり、剣だった残骸が宙を舞った。
完全な無防備を晒しているレイラにゴブリンナイトはさらなる追撃を仕掛けようと動いている。
「させるかよくそ野郎!!」
歯を食いしばりやけに軽くなった大剣を持ち上げ疾走する。レイラの目の前で振り上げられた剣に、俺は滑り込んで受けの姿勢をとり来るべき衝撃に備えた。
その時点で初めて気づいた。己の武器が限界だったのだと。刃の大半が失われたそれはもう武器とは言えなかった。柄と鍔だけの無残な姿に俺は一瞬呆けた。
「……結界玉」
背後から投げられた白い球体が一瞬だけ光り輝き、俺たちの周りに半透明の膜が張られた。
その数瞬後ゴブリンナイトの剣は結界を斬りつけた。
『ごるる……グガアアア!』
敵に攻撃が届いてないと理解した瞬間ゴブリンナイトは怒り狂ったかのように結界を滅多切りにしはじめた。
「悪い、助かった。この結界はどれくらいも……つ」
「あは。そう……だねぇ……多分三分くらい? かなぁ……ゴホッ」
俺を守ってくれた彼女は、血まみれの腹を抑えてそう答えた。