一話
――魔塔 第一階層
「ふん…!」
身の丈より少しばかり大きめの剣を全身を駆動させて振り切る。
―ブゥンッ
重い風切り音。
『ギ……』
体を半分に断ち切られたゴブリンは小さな断末魔と共に床に転がった。コイツが最後の一匹だった。
「ふぅ……今日はこれくらいにするか」
武器を背中に背負い直し、一息つく。
「ひいふうみ……とりあえず今日の分の晩御飯にはありつけそうだな」
石造りの床に散らばっている不思議な色合いの石ころ――魔石を拾い、数を数えた。
全部で五つ。それを腰の袋にしまった。もとから入っていた魔石と合わせるとそこそこの数だった。
まあ、雑魚の魔石ばかりだが。それでも少しばかり重量を感じる袋に少しうれしくなったりもする。
「それじゃ帰りますかね…」
俺は周囲を警戒しながら魔塔第一層の地図を開き、帰路につくことにした。あまり長居ができる余裕もないためさっさと退散するに限る。
――魔塔前 探索者ギルド
魔塔からすぐそばに建っている建造物――探索者ギルドに入る。
時間帯は夜に近く日は落ちかけていた。ギルド内には人がまばらにおり、それぞれの目的で行動していた。
その中には俺にちょっかいかけてくるやつもいたりするが……今日は大丈夫そうだった。
めんどくさいやつがいなくてラッキー。さっさと魔石を換金して晩飯にありつこう。
入って左側にある受付まで真っ直ぐ歩く。不愛想なおっさんがカウンター越しに立っているが、あれが換金を担当している人だ。
「おっさん。いつものやつ頼む」
「おう。今日も失礼な奴だが、生きて帰ったか。そんじゃ見せてみろ」
そのいつもの対応に俺は慣れた手つきで袋をカウンターに置いた。じゃらりと音が鳴る。
「その音からするといつもより少し多そうだな」
そう言いながらおっさんは袋の中身をぶちまける。一見適当に見えるが、これでも床には落ちていない。
おっさんは一つ一つ手に取り、レンズ型の魔具で魔石を見ている。これもいつもの対応だ。なんでも魔石の質や濃さがわかるらしい。小さくても高く換金できるやつもあるから馬鹿にできない。
「……数は全部で12個。そのうち二つは属性付きだな。属性付きは一つ銅貨5枚で他は1枚。合計で銅貨20枚ってとこだな。文句はあるか?」
「あるわけない。それで換金してくれ」
その言葉におっさんは少し口角を上げて銅貨を用意してくれた。それをさっき出した布袋に入れてくれた。
ここまでがいつものセットだ。
「ありがとう」
これまたいつも通りの感謝の言葉を言って俺はギルドを後に――できなかった。
「――おっと? 今日も雑魚狩りおつかれだね? ジン君」
「はぁ……」
来やがった。
ゆっくり振り向くと、そこには一人の女がいた。人のことを馬鹿にした表情で。
俺より頭一つ分小さい背丈。炎のように赤い髪を肩でそろえた活発そうな見た目の獣人。
彼女は俺と同じ探索者のレイラだ。
ピコりと頭頂部に生えた耳がぶんぶんと動いている。
今日はいないと安心していたが……時間差で来たか。
と、思わずため息を一つ。
「ため息とは失礼だね君……まあいいけど。……それで? 雑魚狩りジン君は今日もゴブリン相手に日銭稼ぎかい?」
「そうだよ。日銭稼いだから俺は帰る。じゃーな」
めんどくさいので適当に肯定して横を通り過ぎる。が、阻止された。
「ちょっと待ちなよ! いつまで君は一層で日銭を稼ぎ続けるんだい? いい加減先に進もうと思わないのかい?! 僕と一緒にもっと上階層を目指そうよ!」
毎日毎日絡んできては同じようなことを言うな、この女。最初に煽ってから、次に勧誘。もう何度も繰り返されている日常。いい加減うんざりしていた。
「――その大剣を扱える実力を持っているなら、もっと上でも君は稼ぐことができる! だから…「興味ない」……うっ」
圧を強めに睨みつける。
「何度も断ってるだろ。俺には俺の生活がある……それを邪魔するな」
「け、けど!」
それでも食い下がるレイラを無視して俺は歩き去る。
「ジン君……!」
背後から視線を感じるが……知ったことではない。
早く市場に行って今夜の晩飯を物色したい。
「――君の力が必要なんだ……」
そんな呟きが今日は聞こえてきた。
―都市内部 中央市場
「安いよ安いよー! 今日のおススメは海から捕れた魚だ!」「一本銅貨3枚! プチオークの串焼きはどうだ―?!」「お兄さん! さっき焼きあがったばかりのパンはどうだい? 一つ銅貨2枚さね!」「そこゆく探索者の人よ! 俺んとこの武具を見て行ってほしいなぁ!」「回復ポーションや地図に小道具なんでもござれ! マリー商店だよー!」
「……今日はどこで何を買うかな」
中央市場は今日も賑やかだった。そこら中からアピールしてくる声や音に思わず耳がつられてしまう。
ここは人の往来も多い。この時間帯ならなおさらだ。多種多様な種族がごった返している道はちょっとした警戒も必要だが、俺はもう慣れた。
人ごみに入る前に腰に付けた袋を大剣の柄に結びなおす。この行為の意味は『もし盗んだら斬り捨てる』という警告だ。親切な探索者の人に教えてもらった。
……なお、この警告を教えてもらう前に一度袋をスられている。その夜俺はちょっぴり泣いた。
「とりあえず腹が減った」
お腹をさすると小さく『ぐぅ…』と鳴る。
大剣を使っていると体格がよくない俺はどうしても全身運動になる。ソロで魔塔を探索しているのもあるが……とにかく疲れやすい。だから体が栄養を欲するのだ。
「……はっ」
いつの間にか俺の両手には肉の串とパンが握られていた。どうやら脳と胃が無意識に買ってきたようだ。
「美味い……」
いつものことだ。何も気にしない。少し布袋が軽くなっただけだ。
とりあえずかぶりつきながらぶらりと店をまわることにした。
――都市内 魔塔裏
天を衝くほどの高さを誇る魔塔。縦もデカいが横もそこそこ広い。魔塔の正面にはギルドや中央市場、市民が暮らす住宅街や歓楽街が広がっている。そしてその陰にあたる位置には、暗いボロ小屋たちの群れ。その中に俺の住処も存在している。
ここは通称【裏町】。表では生活できない者や流れ人、裏の人間もいる。もちろん治安もよくないため、都市の警備隊もめったに近寄らない危険区域だ。
……まあ俺は小さいころからここに住んでいるから慣れている。ちなみに裏町はもう少し細かく分けることができる。俺の住処があるのが塔に近い【浅町】。塔より少し遠い【中町】。都市の防壁に近い【深町】。
それぞれ住民の種類が違うが……まああまり気にしないほうがいい。
ガチャリガチャリと背中の大剣をわざと鳴らしながら道を歩く。ここにも手癖の悪い奴らはたくさんいる。
威嚇は必要なのだ。今の俺は全身が金になるのだから。
「さて……今日は荒らされてないか?」
視線の先に今にも倒れそうなボロ小屋が見えてくる。一応補修はし続けているが、元がボロいからか対して変わらないのは仕方なかった。
「ただいまっと」
申し訳程度の木の扉を開けてくぐる。誰もいやしないが、とりあえず言うのが日課だ。
俺は装備を外してベッドの傍にあるボロ机の上に並べる。
日銭を稼ぐ日々を過ごしている俺は自分で武具の整備をする。もちろん金がないからな。
一応整備の仕方は先輩探索者の人に教わっているから問題ない……と思っている。
「よし……終わりっと」
武具の整備と調整が終わった俺は汚いベッドに倒れこむ。色も汚く匂いもすえているが……あるだけマシだ。こんなのでも多少は疲れが取れるから重宝してる。
晩飯は市場をまわったときに食べ終わっている。あのあと追加で色々食べたり備品の買い足しとかをしたおかげで今日の稼ぎはすっからかんだった。これぞ日銭稼ぎの醍醐味だ。……少しだけ悲しくなった。
「……それにしても、今日も絡んできたなアイツ」
あの女。銅級探索者のレイラ。最初にお互い軽く自己紹介をしたのだが、俺はアイツの名前を呼ばない。しかしアイツは毎日絡んでくるときに呼んでくる。そのせいでギルド内の探索者に俺の名前が周知されてしまっている。いい迷惑だった。
――俺の探索者としての位は銅級だ。そしてあの女も銅級だが、もう少し細かく分けるなら銅級の中でも上のほう……つまり銅1級というやつだ。ちなみに俺は銅3級。これは魔塔の探索度やギルドの依頼とかをこなすと上がっていくシステムだった気がする。
最初にギルドの新人講習を受けたが、如何せん興味がなくてあんまり覚えてない。その時の俺は金を稼ぐことしか頭になかったせいもあるかもしれない。……まあいいか。
「……寝るか」
少し思考するだけで眠くなってきた。今日はもう休もう。
アイツのことはどうするべきか。
とりあえず明日対処法を考えよう。……今日はいつもよりしつこかったのは気のせいだろうか。
……いつものことだが、次の日にはもう忘れている。これが俺という人間だ。
だが今日はやけに頭に残っている言葉があった。
『――君の力が必要なんだ……』
その言葉が、いつもの彼女らしくないと気になったが俺の瞼は睡魔に閉じられた。
――???
「ジンや。お前のその力は知られてはいけない。特別な魔力は邪悪を引き寄せるのじゃ」
「じゃあどうしたらいいの? ばあちゃん」
「簡単なことじゃ。お前がいつもやめられない『ソレ』をやめたらいいだけさ」
「えー……。でも、こうしたらぎゅーんって走れたり、すごく重いものも持てたり……」
「ダメじゃ。その力が知られたらワシやお前の家族が危険なことになるんじゃぞ? いいんか?」
「それはやだ! ……わかった。我慢する……」
「――いい子じゃ。ならばワシはお前を鍛えることにしよう。日々を生きるのに苦労せん程度にな」
「それってしゅぎょうってやつ!? たのしそう! ……そうだ! ししょうって呼んでいい? 絵本の勇者さまもししょうがいた!」
「ほっほ……好きに呼びなさい。ただし……やさしくはないよ?」
「う、うん……」
その夢には見覚えのある老婆と幼い少年が――師匠と俺がいた。