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4-12. 隠された決意

 急いで水を飲んだあと、また水袋を水で満たす。

 足早にヴィルヘルムの元に戻ると、ヴィルヘルムは座っていた姿勢から、横向きに崩れるように地面に倒れていた。


「ヴィル」


 声をかけながら駆け寄る。

 頭を上に向け、少し抱え起こしたが、ヴィルヘルムは目を開かない。紫色の斑点は既に顔の半分までを覆っており、首元はほぼ紫に染まっていた。


「ヴィル、聞こえる? 水を汲んできたわ、飲んで」


 口元に水袋をあて、水を少し流すが、水はそのまま口元を伝って一筋に落ちて行ってしまう。

 何度か試したが、するりするりと流れ落ちて行くだけの水に、マルティナはしばらく迷っていたが、思い切って自分の口に水を含んでヴィルヘルムに口づけた。

 そのまま水を流し込むと、こくりと喉を鳴らして水を飲むのが分かる。マルティナは必死で、その後も続けてヴィルヘルムに水を飲ませた。

 

 首元から顔にかけての斑点が、やや薄くなっていく。マルティナもときどき自分で飲みながら、ヴィルヘルムに水を飲ませ続けていると、ヴィルヘルムの苦しそうに寄せられていた眉根が開かれ、粗い息が規則的になってきた。ほっと安堵しながら再度水袋を口につけたところで、袋が空になっていることに気づく。

 再度水を汲みに行こうと立ち上がりかけた時、マルティナの耳にかすかな足音が聞こえた。足音はざっざっ、と近づいてくるようだ。

 とっさにヴィルヘルムの上に覆い被さった。ここは立ち上がらない限り、道側からは見えない場所だが、意識を戻したフィルヘルムが不意に立ち上がらないようにするためだ。

 耳を澄ませていると、足音に混じって話し声も聞こえてきた。


「本当にこっちに行ったんですかね」

「この近くの村と言えばこの先の村しかないからな。恐らくそこを目指したはずだ」

「村には王国騎士団がいる可能性があるのでは?」

「そうだ。合流されるとやっかいだから、合流する前に追いついて殺すしかないな」


 恐らく追っ手の、皇国の男達らしかった。マルティナは目をこらすが、やぶになった木の向こう側を歩く男達の姿は見えなかった。

 少しだけでも、と頭を伸ばすために身じろぎをしたところで、マルティナの背にヴィルヘルムの手が回って固定された。

 はっとヴィルヘルムを見ると、意識を取り戻したらしいヴィルヘルムは、かすかに首を横に振っている。危険だから動くなと言う意味のようだった。

 マルティナは頷いてじっと身を固くした。ヴィルヘルムの胸の鼓動が先ほどよりも力強くなっていることに安堵する。


 男達の声はどんどん大きくなっていた。

 

「しかし、ここまで来て姿も見えないとなると足が速いですね、二人とも元気だと、殺すのも厄介かもですね。ヴィルヘルムとか言う男はかなり腕が立つんでしょう?」

「そうでもないだろう。まず女からやればいい。皇帝陛下の話だと、女はそれほどの実力ではないという話だった。人質に取れば男も言うことを聞くだろう」

「確かに。でも第二騎士団のやつらが一度のされたって話も聞きましたよ」

「油断してたんだろ。ドレスの女に殴られるなんて誰が想像する?」

「お前ならのされるかもな」

「やめてくださいよ」


 ははは、と笑い声を響かせながら男達は歩いていく。足音からすると四人、おそらく川岸でマルティナ達を襲ったメンバーだろう。

 声と一緒に足音は遠ざかっていった。

 聞こえた(あざけ)りの言葉にマルティナがふっと笑うと、ヴィルヘルムはマルティナの背中を慰めるように軽くぽんぽんと叩いた。足音も話し声も聞こえなくなったところで、二人は身を起こす。ヴィルヘルムは声を落として、そっと囁いた。


「彼らは後悔するでしょうね」

「……後悔させたいですわね」


 マルティナが不適に笑って見せると、ヴィルヘルムも声を殺して、くく、と笑った。


「水を?」

 ヴィルヘルムが脇に置いてあった水袋をみつけ、マルティナに確認するように聞いた。

「ええ、あちらに小さな湧き水があって。本当はあなたの髪や顔も水で拭きたかったのですが、意識がなかったのと汚染がひどかったので、まずは飲ませないとと思い。もうなくなってしまったので、また水を汲んできますね」

 マルティナは立ち上がりかけ、そこでふと思いついたようにヴィルヘルムの目をのぞき込んだ。


「目は大丈夫ですか?」

「……え? あ、ええ、目には入っていなかったようです。恐らく他の部位の汚染が視力に影響して……いたのだと」

 

 視力が心配で至近距離に近づいたヴィルヘルムの顔が薄く赤くなったのを見て、マルティナは急に恥ずかしさを憶えた。

「すみません、では私は水を汲んできます」

 ぱっと立ち上がったマルティナの手を、ヴィルヘルムが掴んだ。

 

「一緒に行きましょう。その方が効率が良い」


 マルティナはほのかに顔を赤くしたまま頷き、一緒に湧き水に向かう。

 湧き水で顔の血を拭き取り、二人とも顔を洗った。流されたネトルベアの血で小さな湧き水が染まっていく。

 ヴィルヘルムは水袋からひとつ聖清石(クリアネラフィム)を取り出すと、湧き水に浸した。みるみるうちに浄化されていく水を布に含ませ、再度体を清めていく。

 ばさ、とヴィルヘルムが上に来ていたシャツを脱いだので、マルティナはふっと目をそらした。体をぬぐうヴィルヘルムを見ないようにする。


「服にしみこんだ血も何とかしたいですが、こればかりはどうしようもないですね。村に行くしか」

「そうですね。ここでは洗えるほどの水量はありませんし」


 目をそらしたまま答えるマルティナに顔を向けてヴィルヘルムは薄く笑い、ふと気がついたように言った。

 

「あなたの髪も拭きましょう。このままではあなたの目にもネトルベアの血が入る危険があります」


 そう言ってマルティナの髪を持ち上げた。

 

「じ、自分でやりますから大丈夫です」

「長いからやりにくいでしょう。もし目に入ったら困ります」


 慌てるマルティナの髪を、ヴィルヘルムは手に持った、浄化水をしみこませた布で丁寧に挟んで拭いていく。


「……ありがとうございます」


 ヴィルヘルムの手つきは優しく、マルティナは心臓がどくどくと不自然に音を立てるのを感じていた。しばらく髪を拭いてもらうに任せていたが、ヴィルヘルムの手が止まったタイミングでお礼を言おうと見上げると、ヴィルヘルムは真面目な顔をしていた。


「どうかしましたか?」


 マルティナが問いかける。


「いえ、村につく手前に、あの男達が待ち伏せしている可能性が高いなと思いまして」


 ヴィルヘルムはマルティナの髪を下ろすと、布を再度、湧き水に浸した。

 

「そうですね」

 マルティナが肯定すると、ヴィルヘルムは再度マルティナの髪を持ち上げながら言った。

「……私が先に行って男達を引きつけましょうか」


 マルティナは少し首をかしげる。

「私が囮になった方が良いのではありませんか? 私を人質に取るつもりのようでしたし」

「危険な目に遭わせるわけには」

「ヴィルが一人で行くと、警戒して出てこないでしょう。それに、あなたの方が瘴気の影響は重大だったのですよ。今も本調子ではないでしょう?」

 マルティナは振り返り、ヴィルヘルムの首をちらりと見あげる。紫色の跡が首元にまだらに残っていた。


「私が先に行き、わざと捕まって油断させ、全員を捕らえた方が良くないでしょうか? ヴィルは助けに来てくれるのでしょう?」

 にこりと微笑んだマルティナに、ヴィルヘルムは苦笑する。


「分かりました。ではそうしましょう」

 

 マルティナは満足そうに頷いた。


「……ひとつご提案があるのですが」

 ヴィルヘルムはマルティナの髪を丁寧に拭きながら、慎重な声色でそう言った。

「なんでしょう?」

「皇后になる気はありませんか?」


 マルティナは驚いて振り返った。


「どういうことですか? 離婚して皇帝に嫁ぎ直せと?」

 

 あまりの嫌悪に眉根を寄せながら、鋭く問うマルティナに、ヴィルヘルムは両手を挙げて目を閉じた。それから慎重に口を開く。


「すみません、言葉が足りませんでした」

「言葉が足りない、とは?」


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