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4-4. 隠された決意

(不思議な石ね)

 

 マルティナはそう思いながらそっと袋に聖清石(クリアネラフィム)をおさめた。


「マルティナ嬢、火の罠にかけた後、鋼の綱をつないだ火の矢をあのドラゴンに打ち込みます。しばらくは持ちこたえるでしょうが、仕留められるかは分かりません。最悪、泉に戻っていこうとするかもしれないです。

 できるだけ長く陸に食い止めますが、作戦を速やかに実行し、聖清石(クリアネラフィム)を泉の底におさめたらすぐに泉から出てください」

「分かりました」

 

 マルティナはマルコの言葉に頷いた。そうして、選ばれた騎士六名を連れて泉の逆側に回る。水の流れからも、水源は先ほどマルティナが浮かんできたあたりだと考えられた。

 

 マルティナは騎士達を眺める。みな、泳ぎはうまいといわれていた。聖清石(クリアネラフィム)を身につけた騎士達五人は泉の中に滑り込む。一人だけは浮かんできた騎士達を引き上げるために岸に残ることになっていた。

 

 しばらく岸辺に体を浸していると、全員のもつ聖清石(クリアネラフィム)の力か、水の赤色が薄まった。

「行きましょう」

 マルティナは騎士達にそう言うと自らも水の中に頭を付けた。先ほど見えた赤色の光に向かって進む。

 先ほどよりも多くの聖清石(クリアネラフィム)を持っているおかげか、かなり見やすくなっていた。それほど深さもない。泉の水が湧き出る場所も、薄まった赤色が溶け出した絵の具のように流れているため、見て特定できた。


 マルティナは指を差し、四人に湧き出る場所へ行くように手で指示をする。四人は頷くと、そちらに向かって泳いでいった。

 マルティナは、布が巻き付いたように見える赤い大きな結晶に向かって泳いでいく。

 他の騎士に聖清石(クリアネラフィム)を託したらしい騎士が、すぐあとからついてきた。


 赤い巨大な石の周りには、赤い血のような色の水が色濃くまとわりついていた。石には浄化が及んでいないようだ。

 石の周りには、ひらひらとした布が水流にゆるくまとわりついている。


(何かしら、この石の周りの布は……護り布かなにか……それとも呪術に使う布?)


 そう思いながら近づく。巻き付いていた布の一部を広げ、布のように見えたものの正体が分かった瞬間、マルティナは危うく叫びそうになった。

 

(皇国の騎士の制服ではないの!)

 

 驚きのあまりごぼりと空気が口から流れ出ていく。慌てて口を閉じるが、息が続かなくなり、一度騎士に合図を送ると、そのまま浮上した。


 水面から首を出した瞬間、ギャアアアアアアアア、というドラゴンの叫び声が耳を刺した。対岸を見ると、火に包まれたドラゴンの体に幾本も槍が刺さっている。どうやら想像通り、火にあぶられた体は剣や槍などの攻撃が通りやすくなっているようだ。

 しかし、槍につながれた鎖を引きちぎらんばかりに暴れているのが見える。泉にとって返そうとしているようだった。


(時間がないわ)


 マルティナはまた大きく息を吸うと泉に潜った。

 先ほどの赤い光を放つ石の側に寄る。先ほど見たのと同じ、皇国の騎士の制服が見えた。水に浸っていたからか、それともドラゴンが引きちぎったのか分からないが、ボロボロに破れてはいるが、見慣れた騎士の制服だ。

 上半身の制服はほとんど形を為していないが、肩に残った皇国の紋章と、ズボンに刺繍された模様は確かに皇国のものだった。


(なぜ、皇国の騎士が泉の底に?)

 

 マルティナは制服に包まれている怪しい赤い光を放っている石を観察した。よく見ると水上に手を伸ばした人のような形だ。

 透き通った赤い石は、体の末端に行くにしたがって薄い赤色になっている。体の中心はより濃い赤色で、末端の赤色が泉の水に溶け出しているようにも見えた。

 心臓のあたりで、まるで拍動するように赤い光が強くなったり弱くなったりしている。

 マルティナの周囲の水は聖清石(クリアネラフィム)で浄化されて透明に近いが、その赤い石の近くに行くと再度赤い血の色になってしまう。

 この泉の水を魔力で汚染しているのは、その人型をした赤い石のようだった。


(これが汚染の元凶のようね)

 

 マルティナは短剣を取り出した。水の中で短剣を振りかざし、その拍動する光に突き立てた。しかし、水の中だからかうまく力が入らない。

 諦めずに何度か刃を突き立てていると、やりたいことを察したらしいもう一人の騎士が同じように短剣を取り出し、逆側から突いてくる。

 

 何度も突き立てるうちに少しヒビが入ったが、息が続かなくなり、交代で浮上しては息継ぎをする。その様子を見て、先に聖清石(クリアネラフィム)を設置し終えた三人が加勢しに来てくれた。

 

 水面に上がるたび、暴れるドラゴンが徐々に泉に戻ってこようとしているのが見えた。騎士達が集団で陸に食い止めようとしてくれているが、じりじりと迫っている。また、水の中にいても叫び声がビリビリと伝わってくるため、マルティナにも焦りがでてきた。

 

 しかし、何度目かの息継ぎのあと、マルティナの渾身(こんしん)の一撃によってついに赤い石は壊れた。

 拍動する石の部分を壊すと、まるで最初から赤くなどなかったかのように、石全体の赤さがすっと消え、砂のように崩れていく。

 泉の水の赤みも、急激に薄まっていった。


(良かった、これで汚染は止まるわ)

 

 マルティナは周囲にいた騎士達に頷くと、水上を指した。ドラゴンの声はもう間近に迫っている。早めに浮上して退避しなくてはいけない。

 全員で浮上しながら、ふとマルティナはまだ腰に聖清石(クリアネラフィム)をおさめた袋を付けたままだという事に気がついた。

 

 目をやれば、水が湧き出る場所はすぐそこだ。騎士達が水面に上がるのを見て、もう一度湧き出す場所を振り返る。

 ドラゴンの声が近い。浮上したあとだと間に合わないかもしれない。マルティナは体を反転させた。


 湧き水の場所につきかけた瞬間、どぼん、という音とともに水流がマルティナの体を打った。

 ドラゴンが泉に戻って来てしまったのだ。


(……判断を間違えたかしらね)


 マルティナは急いで浮上しようとするが、痛みと熱で怒り狂っているドラゴンは泉の中で体を冷やすように泉の中でのたうち回っている。

 水流に巻き込まれたマルティナは、初めはなすすべなく流されていたが、泉の中の土に張り出した木の根のようなものが手に触り、夢中でつかんで止まった。

 

 目の前を動いていく泥まじりの水流に目を細めながら、水面を探す。明るい方を見上げてそちらに浮かび上がろうとしたとき、ドラゴンの赤い目と水中で目が合った。

 慌てて目を閉じたが、体をしびれさせる、じわりとした魔力がマルティナの体を包む。

 次いで、ふわりと目眩が襲ってきた。

 

 身につけている聖清石(クリアネラフィム)のおかげか、強い魔力でも意識を失うようなことはなかったが、体がうまく動かず、水面がどちらか分からなくなってきた。先ほどまで感じていた息苦しさも遠のいていく。


 ごぼ、と口から空気が出ていくのを、他人事のようにぼんやり見ていた。


(あら、これは、死んでしまうかもしれませんわね)


 木の根をつかんでいた手を離す。水に流される体の浮力を感じた。ドラゴンが口を開いてこちらに向かってきているのが見える。

 

「マルティナ!」


 その時、ヴィルヘルムの声が聞こえたような気がした。


(幻聴が聞こえるなんて、わたくし、案外ヴィルヘルム卿のことが好きだったのかしら)


 あたりが白く見えてくる。

 

(いきなり妻を亡くした夫にしてしまって申し訳ありませんわ)


 そんな事を思いながら、ふふ、と微笑んだ瞬間、あたりは銀色の光に包まれ、マルティナの意識はそこで途切れた。


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