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3-10. 騎士として

「来週、でございますか」

 マルティナが動揺を隠しながらそう言うと、王はため息をついた。

 

「本当は王妃が勧めてすぐに、婚約だけでも整えておいたら良かったのだが、少し待っていたら急に事態が進んでしまってな。

 これから婚約を結ぶ、となると、崩御の知らせを受けて慌てて整えた事が分かってしまうだろう。

 しかし、婚約は既に進んでいて結婚したことにしておけば、偶然と言い張ることもできよう。そなたの父であるエーレンベルク侯爵には私から許可を取っておいた」

 

 そう言って侍従に手をあげると、侍従がそっと何かを王に手渡した。

「読むといい。侯爵からの手紙だ」

 マルティナは王から封書を受け取る。

 開くと、侯爵の字で丁寧に王に当てた文章が目に入った。

 そこには、ヴィルヘルム卿との結婚を認める内容と、もしも二国間に何かがあったときにはよろしくお願いしたいという旨がしたためられている。


「分かりました」

 マルティナは言葉少なに手紙をたたみ、元の通りにしまうと、王に返した。

「マルティナ嬢はそれでよろしいのですか」

 王妃が声をかけた。見ると、心配そうな薄緑色の瞳と目が合った。

 前回マルティナに同じ内容を勧めながらも話を強引に進めなかったのは、王妃なりの気遣いだったのだろう。

「ええ、大丈夫です。わたくしにとっては、またとないお話ですし、それにヴィルヘルム卿に何の不満もありません。お父様が快諾したところを見ると、侯爵家にとっても理想の相手と言えるのでしょう」

 王妃はその言葉を聞いてヴィルヘルムに視線を向けた。何か言いたげな視線だが、ヴィルヘルムは視線を下げたままだ。

 マルティナは王妃のもの言いたげな視線が気になりつつも、王に目を向ける。

「お話をまとめていただきましてありがとうございました」

 そう言うと頭を下げる。

 王は、良い、と言うように手をあげた。

「ヴィル、何か言いたいことはあるか?」

 王もじっとヴィルヘルムを見たが、ヴィルヘルムは「いえ」といったきり、頭を下げただけだった。


 

 

 そのまま子爵邸に戻って来たが、ヴィルヘルムは馬車でも無言だった。

 食事を一緒に、という話もうやむやのまま、短い挨拶をすると本館の自室に戻っていく。

 

(何度か思わせぶりな態度をとっていらっしゃったのに、本音ではわたくしとの結婚は気が進まないのかしら)


 マルティナはそう思いながらゲルデに帰宅後の湯浴みを手伝ってもらっていた。

「お嬢様、どうかなさいましたか」

 ゲルデが洗い終わった髪を梳きながら尋ねる。

 マルティナは、ふふ、と笑いながら言った。

 

「……ゲルデ、わたくし、来週結婚することになりましたわ」

「さようで……ええっ、結婚でございますか?!」

 ゲルデの手が驚きで止まった。

「そう。ちょっと急な話だけれども」

「ちょっと急どころのお話じゃございません! 侯爵閣下はご存知なのですか?!」

「お父様もご存知よ。国王陛下に、お父様からのお手紙を見せていただいたわ」

 そんな、来週だなんて、準備は、とうろたえるゲルデに、マルティナは声をかけた。


「ゲルデ」

「は、はい」

 マルティナはゆっくり言い聞かせるように話す。

「戦争が起きるかもしれないのですって。皇国と王国の間に。ですから、国王陛下がわたくしを守るために差配してくださったの」

 ゲルデを見上げながら言うと、ゲルデは「え、戦争……」とマルティナの言葉を噛みしめていた。

「そう。わたくしがヴィルヘルム卿と縁を結べば、この国で安全に過ごせるだろうと考えてくださったの。そしてそれにお父様も賛成なさったのです」

 ゲルデはマルティナの肩に手を置いた。

 

「お嬢様は、それでよろしいのですか」

「いいのよ。貴族だもの、いつかは結婚すると思っていたし、それにヴィルヘルム卿は良い方でしょう。こんな状況なのに、わたくしは運が良かったわ」

「……お嬢様がよろしいのであれば、私は良いのですが」

 

 ゲルデの声が震えていた。マルティナは肩に置かれたゲルデの手にそっと手を重ねる。

 ぽんぽん、とゲルデの手の甲をたたくと、ゲルデの指がぎゅっとマルティナの肩をつかんだ。

 ヴィルヘルムのことを心から愛している、とは言えないが、貴族の結婚としては理想的な相手だ。

 特に、政治的な理由で急ごしらえの縁であることを考えると、マルティナは非常に運が良いと言える。

 しかし。


(ヴィルヘルム卿が何かを隠している様子なのが、気になりますのよねえ……)


 マルティナはゲルデの手を撫でながら、別の事を考えていた。


 

 

 夕食は別かと思っていたが、本館の食堂へ、と侍従が呼びに来たため、マルティナは本館へ向かった。

 食堂に入ると、既にヴィルヘルムは着席している。子爵は同席しないようだった。遅い時間になってしまったので、食事は先に済ませたのだろう。

 ヴィルヘルムには、帰宅中の寡黙な様子はなく、落ち着いた仕草でマルティナに向かって口元には笑みを浮かべていた。

 

「ご心配ごとは解消されましたか?」

 マルティナが、席に着くなりヴィルヘルムにそう問いかけると、ヴィルヘルムは少し肩を揺らし、それから軽く咳払いをした。

「帰りのことでしたら、申し訳ありません。少し気がかりなことがありまして。しかし間もなく解消いたしますのでお気になさらないでください」

 多少居心地が悪そうに答えるところを見ると、自覚はあったらしい。

 マルティナはちらとヴィルヘルムを見たが、相変わらずマスクのせいでその表情は伺い知れなかった。

 間もなく食器が運ばれてきて、夕食が始まった。


「結婚のことですが」

 ヴィルヘルムが食事をしながら口を開いた。

「はい」

「急なことでご迷惑ではありませんでしたか?」

「いえ……どちらかというとヴィルヘルム卿の方が迷惑を(こうむ)った形なのでは?」

 マルティナが不思議そうに聞き返すと、ヴィルヘルムは「そんなことはありません」と目をそらす。

「式も簡素なものになりますし、ドレスも既製のものになるでしょう。侯爵家のご令嬢にとって、それはどうなのかと……。ご両親もいない状態ですし、落胆されているのではないかと思っておりました」

 気遣うようなヴィルヘルムの言葉に、マルティナは少し黙って考えを巡らせた。

 

 荘厳な結婚式は、前世で皇妃になるときに思い切りやった。

 皇国で最も歴史のある大聖堂で、贅を尽くしたドレスを作り、数年かけて準備を進め、神の前で愛しいひとと愛を誓い合ったのだ。幸せの絶頂だった。

 しかし、その頃には既に、皇子の心はローザリンデのもとにあった。

 そしてそれから二年で、マルティナは死んだ。


 マルティナは軽く頭を振る。死ぬことに比べたら、ドレスが既製品であるくらいなんだというのだろう。肝心なのは、自分とゲルデが生き延びることだ。

「特に憧れはありませんでしたので、式もなくて結構ですわ。書類だけでも良いくらいです」

 マルティナのきっぱりした言葉に、ヴィルヘルムは虚を突かれたように手を止めた。

 

「どうかいたしまして?」

「いえ、女性は結婚に憧れがあるものだと思っておりましたので。私の思い込みですね。気分を害したなら申し訳ありません」

 ヴィルヘルムの言葉に、マルティナは苦笑した。

「謝る必要はありませんわ。それにわたくしは怒ってなどおりません。

 戦争が起きて、敵だと見なされて牢に入れられたり、命の危険にさらされるようなことがあるのであれば、結婚式やドレスなど些末なことでしょう。

 父もきっと、さっさと結婚して私が無事に生きている方が喜びますわ」

 マルティナがそう笑うと、ヴィルヘルムががたん、と立ち上がった。

 

「ど、どうなさいましたの」

 驚いたマルティナがヴィルヘルムに問うと、ヴィルヘルムは「失礼しました」といって着席した。

「ですが、あなたを敵と見なしたり、命の危険にさらすようなことからは、全力を尽くしてお守りいたします」

 ヴィルヘルムの真面目な言葉に、マルティナは不意を突かれてときめき、それからくすくすと笑った。

 

「ヴィルヘルム卿、それは無理ですわ」

「……何故ですか?」

 否定されて憤然(ふんぜん)としたヴィルヘルムに、マルティナはいたずらっぽく付け加える。

「だってわたくし、騎士として冬期の魔物討伐計画に参加いたしますもの。命の危険にはさらされるでしょう? どうしても」

 マルティナの言葉に、ヴィルヘルムはうなった。

「危険ですので、参加されなくとも」

 そう言いにくそうにいうヴィルヘルムに、マルティナはきっぱりと言った。

「いいえ、参加いたしますわ」

 そうしてマルティナは静かにヴィルヘルムを見据えた。

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