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3-8. 騎士として

 表情だけは笑顔のマルティナと、完全に敵意をむき出しにしているベレニスに、ヴィルヘルムが割って入った。

 

「いい加減にしろベレニス、マルティナ嬢の言うとおりだ。足手まといだなどと、非礼が過ぎる。謝れ」

 ヴィルヘルムの言葉に、ベレニスはきっとまなじりをあげた。

「マルティナ嬢は騎士見習いと同等だとお伺いしていますが。非礼というのは目上の方に向けての態度では?」

 言い返すベレニスに、ヴィルヘルムは額に手を当て、ため息をついた。

「他の騎士見習いに対しても、「足手まといだ」と言い放ったりしているのかお前は。それはそれで問題なのだが。隊長としての資質を疑わなければならなくなるぞ」

 ヴィルヘルムに指摘されて、ベレニスは頬に朱を上らせ、うつむいた。

「……失礼しました」

 マルティナに向かって形ばかり頭を下げる。マルティナは大げさにならないよう、細く息を吐いた。ヴィルヘルムの顔を立て、謝罪を受け取ることにした。

「よろしいですわ」

 

 ヴィルヘルムはマルティナの言葉に頷くと、二人を見て、ついでユーグを振り返った。

「マルティナ嬢には私の隊に入ってもらうことにするが異存はないか」

 ベレニスがうつむけていた頭をばっと上げた。

 ユーグが頷いて同意する。

「まあそれが良いだろう。何かあったときに他の隊長では責任が取りきれない。我が隊は盾班だし、彼女に入ってもらうのはさすがに無理があるだろうからね」

 マルティナはベレニスの表情が気になったが、そちらは見ず、知らぬふりを通すことにした。

 

(貴族でしたら、表面上は仲良くしておいて自分の隊に取り込み、そこで失脚を狙うなんてこともできたのでしょうが、ベレニス卿にそういう腹黒いところがないのは美点かしらね)

 

 そんなことを思いながら、「承知しました」と頭を下げた。ベレニスからの言葉は何もなかった。

 


 その一時間後、マルティナはユーグと一緒に団長室の窓の下に座り込んでいた。

 団長室の窓は開け放たれている。まだ部屋の中には誰もいないようだった。


(どうしてこんな状況になっているのでしょうか)


 良い日和だ。青空はすっかり秋の色になり、うっすらとした雲が薄紙のようにかかっている。

 葉を落とし始めた木もあるが、まだ緑濃い植え込みの陰に二人はしゃがんでいた。

「ユーグ卿、やはりこんなことは……」

 と、小声で話しかけようとしたマルティナの唇に、「しっ」と言ってユーグは指を当てた。

 誰かに見られたら完全に誤解されることだろう。

「もうすぐだから黙って」

 ユーグがほとんど囁くような声で言ったその時、団長室のドアが開く音がして、賑やかな声と共に誰かが入ってくるのが聞こえた。

 

「ですから、私は反対だと申し上げているのです」

「それはもう聞いた」

 ヴィルヘルムとベレニスの声だ。

 反射的にマルティナがユーグの顔を見ると、ユーグは肩をすくめた。予想通りというような表情だ。

 訓練が終わったあと、「ちょっと来て欲しい場所があるんだけど」といって連れてこられたのがここだった。


 (不可抗力の盗み聞きと、しようとおもってやる盗み聞きは違いますわ)

 

 マルティナは場所を離れようと身じろぎしたが、ユーグにがっちり腕を掴まれてしまう。口の形だけで「はなしてください」と伝えようとしたが、ユーグは知らんふりだ。

 静かな攻防を繰り返しているうちに、ベレニスの声がだんだん険しくなってきた。


「どうしてマルティナ嬢をそのように特別扱いするのですか?!」

 マルティナとユーグは窓の下で固まる。

 ベレニスの声に対して、静かなヴィルヘルムの声が響いた。

 

「……特別だからだ。知っているだろう、王国の客人で、我が子爵家とも関係が深い。私が気にかけるのは当然のことだ」

 

 固まったまま、マルティナとユーグは顔を見合わせた。

 その後は、ベレニスがもういなくなったのかと思われるほどの長い沈黙が続いた。

 しばらくそのまま固まっていると、ぽつりと、ベレニスの声が聞こえてきた。

 

「……何故ですか。私と彼女は、何が違うのですか。強さですか。それとも出自ですか」

「ベレニス、彼女は彼女、君は君だろう。何故彼女と比較する」

 

 ヴィルヘルムの呆れたような返答に、ベレニスは噛みついた。

 

「どうして私じゃダメなんでしょうか。ずっと団長のおそばにいました。ずっと団長を見てきました。団長が結婚はされないというから、気持ちは伝えまいと思ってきました。でもどうして、……何故、マルティナ嬢とは結婚しないと断言されないのですか」

 そのあと、押し殺すような泣き声が聞こえ始める。マルティナは眉尻を下げた。ユーグも静かな目で地面を見ている。


「ベレニス、きみは」

 やっと気づいたようなヴィルヘルムの声。

「……ええ、そうです。……団長のことがずっと好きでした」


 長い沈黙が落ちた。

 マルティナは、こんなところで盗み聞きしている自分が居たたまれない気持ちで、体を硬くしていた。


「すまない、私はベレニスのことを、そのような相手として見たことはなかった」

 ヴィルヘルムの正直な言葉に、はっ、と笑うようなベレニスの声が重なる。

 

「……知っています。ですから、マルティナ嬢との違いを知りたかったのです。

 彼女は確かに剣の腕が優れています。そして貴族の出身です。でも敵国になるかも知れない相手です。私との違いはなんだったのでしょうか。団長が心惹かれる理由はなんだったのですか。

 もし、私が、貴族出身で、もっと剣の腕に優れていたなら、団長は私の事を好きになってくれたでしょうか」


 ベレニスの問いかけに、ヴィルヘルムはしばらく答えなかった。


「私は、彼女の事を好きだと言った覚えはないのだが」

「あんなに特別扱いしておいて自覚なしですか。……まあ私も、自分が一番近いと思っていた間は自覚なんてなかったので、団長のことは何も言えませんけど」

 ずっ、と鼻をすするような音がする。


「ベレニス、誤解だ」

「誤解じゃありませんよ。団長。訓練に彼女が参加しているとき、誰よりも目で追っているのは団長ですよ」

 マルティナは衝撃で目を見開いた。全く気がついていなかったからだ。

 ユーグを見ると「気づいてなかったの」みたいな顔をしている。

 マルティナの頬に熱が上ってきた。

「みんな知ってます。だからみんな令嬢との婚約が間近だとか、結婚するつもりだから家にいるんだとか、そういう事を話していたんです。

 歓迎会の時だってそうです。みんなの前で堂々と「子爵家が最後まで面倒を見る」とか言っちゃって」

「あれは、その」

 ヴィルヘルムの声がうろたえる。


「あーあ、もう、なんか、どうでも良くなっちゃいました。なんでこんな人を好きになっちゃったんでしょう私。何年も、ほんと意味ない片思いだった」

 ベレニスのやけに大きい声が響いた。

「ベレニス」

「もういいです。団長も忘れてください。全然可能性がないこと、思い知りました私。

 これまで令嬢にも八つ当たりして、ほんと嫌な奴でしたね。明日からさっぱり忘れます。令嬢にも普通に接します。

 団長よりもっといい男、見つけますから。では、失礼します!」

 カツカツと靴音が響く。ベレニスの一方的な宣言への、ヴィルヘルムの返事は聞こえなかった。


 突然、マルティナの隣に座り込んでいたユーグが立ち上がった。

「じゃあ俺、ちょっとフォローしに行くから」

 そう言うと、走って行ってしまった。

 マルティナがぽかんと口を開いたままユーグを見送ると、ユーグの走り去る音に気づいたのか、窓から「誰かいるのか」というヴィルヘルムの声が響いてきた。

 マルティナは頭を抱える。この状況、どう説明すれば良いのか。

 ため息をひとつつくと、おなかに力を入れて立ち上がった。

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