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3-7. 騎士として

 王妃は周りをはばかるように前屈みになっていた姿勢を正し、紅茶を口に運んだ。それからゆっくりとカップを下ろし、大きく息を吐く。

 

「国王陛下から聞く限り、今の皇子に国を統べる能力が高いとは思えません。もし皇帝陛下になにかあれば、皇国の情勢は徐々に不安定なものになるでしょう。我が国に飛び火することは充分に考えられます」

 そしてマルティナに申し訳なさそうな顔を向ける。

「その時にあなたを、敵として牢獄に入れるようなことはしたくないのよ。結婚まで至っていなくてもいい、この国の誰かと婚約でもしてくれていればと。

 国王陛下があなたは間諜(スパイ)ではないと言っていた、わたくしはそれを信じたいと思っているし、あなたを守りたいと思っているのです」

 

 しんと冷たさを含んだ風が、二人の間を吹き抜けていった。


「それに、珍しくヴィルヘルム卿があなたのことを憎からず思っているようですし」

 重苦しい空気をうち破るように、王妃は軽い声で付け足した。

 マルティナの頬にかっと朱がさす。

「いえ、彼には……もっと相応しいひとがいらっしゃるのではないでしょうか。ヴィルヘルム卿のことを、わたくしよりもずっと強く思っていらっしゃるひととか」

「誰の事かしら」

 不思議そうに首をかしげる王妃に、マルティナは付け加える。

「例えば……ベレニス卿……とか」

 口に出してから、これではまるで告げ口のようだと思い、そっと王妃を(うかが)い見る。

 王妃は可愛らしい頬に手を当てて、うーん、と考えている。

「……厳しい意見になりますが、平民出身の彼女には、ヴィルヘルム卿の妻はつとまらないと思います」

「えっ」

 ベレニス・マルタン。彼女は確かにそう名乗っていた。姓があるので、いずれかの貴族の出身かとマルティナは思いこんでいた。

 

 目を丸くしたマルティナに、王妃は微笑む。

「王国騎士団に所属する平民出身のものには、後見の家がつくの。実力があるものには機会を与えるという国王陛下の意思でね。

 だから彼女も姓を名乗れるのだけれど、彼女は貴族出身でもないし、それにまだ騎士爵を(たまわ)るほどの実力ではないはずです。今の状況でヴィルヘルム卿と結婚したら、かなり苦労をすると思うわ」

「ですが、ヴィルヘルム卿は子爵家の次男で、家を出れば爵位も財産もないと伺いました。騎士団長なので騎士爵を賜る可能性は充分にあるとは思いますが。

 騎士爵を賜った騎士が平民と結婚するのは、あまり珍しくないことでは?」

 不思議に思って尋ねるマルティナに、王妃は視線を伏せ、薄く頷いた。

「彼の出自がありきたりの子爵家の次男であれば、あるいはそうであったでしょう」

 マルティナは口をつぐんだ。

 確かにヴィルヘルムも「私の出自が少々複雑だからです」と言っていた。

 どんな複雑な事情があればそういう事になるのだろう。

 

(もしや、王室の隠し子であるとか……?)

 

 深刻に眉を寄せて黙ってしまったマルティナに、王妃はいたずらっぽい笑みを浮かべた。

「何か良からぬ想像をしているでしょう。王室の隠し子などではありませんよ」

「――!!」

 見透かされたマルティナは動揺して目をそらした。

「でもそうね、子爵家よりも高貴な出自であることは認めましょう。もし彼が元の家に戻るようなことがあれば、妻の出自にはとても注目が集まります。たとえ騎士爵を得たとしても、ベレニスではそれに対応することができません。

 それに、ある程度高位な貴族の出身でなければ、妻になっても早々に命を落とすと思います」

「命を落とす?!」

 予想もしていなかった言葉に驚いて繰り返す。

「ええ、ですからマルティナ嬢であれば、とわたくしは思ったのです」

 王妃は何でもないことのように紅茶を口にし、焼き菓子をつまんだ。

「あらこれ美味しいわ。あなたもどうぞ」

 にっこりと勧められた焼き菓子を見ながら、マルティナは何も言えずに口を閉じる。

 そうして、お茶会は不穏な空気をまとったまま、終了した。


 

 

 さらに数週間が経ち、十月も半ばを過ぎた。

 すでに練武場には秋風が吹き始め、木々はすっかり赤や黄色に染まっていた。葉が落ち始めるのも時間の問題だろう。

 空気は乾き、朝晩の気温もぐっと低くなってきている。

 

 そんな中、冬期の魔物討伐計画が発表された。

 ヴィルヘルムは皆の前に立って大きくえがかれた地図を指しながら説明している。

「今回の冬期討伐は、タティーマ山脈の東側のメリダの泉付近が中心となる。最近、メリダの泉の周辺での瘴気(しょうき)レベルが上がっており、大型の魔物がいるという報告が多数あがっているためだ。

 例年よく魔物が発生する地域とは少し異なるので、何か不測の事態が起きる可能性もある。所属隊はよく討伐計画を読み込んでおくように。各隊に計画の写しを配るので、各隊長は前へ」

 マルティナはそれぞれの隊長が計画書を取りに行くのを見ていた。

「支給品は倉庫に十月末までに揃う予定だ。各自取りに行くこと。不足がないか良く確認し、もし不足がある場合は各隊でとりまとめてユーグ副団長まで報告を。

 十一月七日までに申告がない場合、支給が間に合わない可能性もある。みなよく確認するように」

 支給品リストも掲示される。隊別に分類された支給品のリストは、武器や防具などの他、着替えや携行食糧などのようだった。

「隊全体の兵糧(ひょうろう)や消耗品の予備については別途補給班が確認する」

 そこまで説明して、ヴィルヘルムは地図から振り返り、前を向いた。

 

「何か質問があるものはいるか」

 はい、とまず手をあげたのはマルコだった。

「通常、討伐に向かうのは北のガウラの泉だったと思うのですが、今年はそちらの被害はそれほどないということですか?」

 ヴィルヘルムは首を振った。

「いや、そちらにも被害が出ている。しかし、例年ほどの大きさの魔物は数を減らしているそうだ。というのも、メリダの泉でかなりの大物が出ているらしくてな。そいつらが他の魔物を捕食している。

 また、メリダの泉あたりの瘴気が強いため、ガウラの泉付近の魔物も、大型のものはそちらに吸い寄せられているとのことだ」

「えええ、いつもの奴らを捕食する大きさって……ドラゴンのレベルですか?」

 マルコがいかにも嫌そうなしかめっ面をした。

「そういう報告もある」

 ヴィルヘルムはにやっと口元だけで笑った。

「注意してかからないと本当に今年の討伐は危険だ。誰一人命を落とすことのないように計画を立ててはいるが、計画通りに行くとは限らない。

 また、しっかり作戦を把握していないもの、隊列を乱して勝手な行動をするものは自らの破滅を招くことになるぞ。心しろ」

 騎士達の目の色が変わった。真剣な目つきでヴィルヘルムを見ている。

 また、各隊の隊長の中には渡された指示書に早くも目を通した始めたものもいた。

 

「はい、質問よろしいですか」

 マルティナが手をあげると、ヴィルヘルムは驚いたような顔をした。

「どうぞ」

 促されたので発言する。

「わたくしはどちらの隊の所属となりますでしょうか」

 ヴィルヘルムが固まった。

「……参加されるおつもりですか?」

「ええ、騎士団の義務なのでしょう? 剣術のレベルを考えれば、わたくしも戦力になるのではないかと思いますわ」

 マルティナがにっこり微笑む。

 ヴィルヘルムがなんと返事をしようか考えている間に、練武場にベレニスの声が響いた。

「――魔物と戦った経験がないご令嬢がいらしても、足手まといなのでは?」

 マルティナは眉を上げた。

 ベレニスは、挑みかかるような目でマルティナを見ている。一歩も引かないとでも言うような強い視線だった。

「あら、では今年、隊に入った騎士達は一人も連れていかないのですか? それでは、ずっと魔物と戦った経験がないままだと思いますが。誰だって初めてはあるのではありませんか?」

 マルティナが不思議そうに首をかしげてベレニスを見ると、ベレニスはぎゅっと唇を噛んだ。

「それとも、わたくしが行っては不都合な理由が他にあるのでしょうか?」

 マルティナはここ数週間のベレニスの態度にいい加減腹が立っていた。

 ことあるごとにこのような調子で突っかかってくるのだ。


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