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3-4. 騎士として

 ユーグは有言実行な男だった。

 見た目はへらへらしているが、剣の腕は確かだし、ヴィルヘルムからの信望も厚かった。また、部下達にも慕われていて、一声かけると集まる数も多い。

 

 というわけで、ユーグが言いだしたその次の鍛錬日の夜には、すでにマルティナの歓迎会が催されていた。

 上官に言われたから、と渋々参加するものももちろんいるだろうが、一緒に旅をした騎士達を中心として、ほとんどのメンバーが集まっている状態だった。

 来ないのではないかと思っていたベレニスですら、参加している。

 

「ささ、マルティナ嬢は主役なのでこちらにどうぞ」

 

 マルコがテーブルの中央に手招いた。ヴィルヘルムの隣の席だ。

 マルティナは一瞬足を止めた。しかし、自分の歓迎会で自分が端に座るわけにもいかないし、かといってヴィルヘルムを隅に追いやることも難しい状況だと理解する。

 一瞬の逡巡ののち、大人しく指定された席に腰掛けた。

 ユーグは向かいに座って、にっこりとマルティナに笑いかけた。今日は珍しく無精髭を綺麗にそり落としていた。

 こうやって見るとヴィルヘルムとあまり年が変わらないように見える。

 

「今日は髭を剃られているんですね」

「あれ、よく見てくれてるねえ。どう、男っぷりが上がってみえる?」


 ユーグはにやっと笑う。と、視線をヴィルヘルムに移し、「なんで睨むんだよ」と口を尖らせた。

「ユーグの軽率な態度のせいでいろいろこちらに苦情がきているんだ。少しその態度をあらためてくれ」

 ヴィルヘルムの憮然とした声を隣で聞きながら、ああ、ベレニスの件か、とマルティナは察する。

 

(でもあれは、苦情ではなくて嫉妬ですわよ?)

 

 そっとヴィルヘルムの横顔と、その数席向こうに座っているベレニスを伺う。ヴィルヘルムはユーグとの言い合いに忙しく、マルティナの視線にも、少し離れた場所からのベレニスの視線にも気づいていないようだった。

 少し離れた場所に座っているベレニスは、目の前の騎士たちとなんでもない顔をして話しながら、視線はちらちらとヴィルヘルムに向けている。


(本当に、あんなにわかりやすいのに、気づかないとかありまして?)


 マルティナは気づかれないように、ふっ、と息を吐いた。


「あれ、ティナ嬢、アンニュイだね。何か悩みごと? 俺、話聞くの上手だよ〜」


 目ざとくユーグが声をかけてくる。「だから、またそう言うところが」と、くどくど言い始めるヴィルヘルムを、マルティナはチラと眺めてから、よく通る声で言った。

 

「人生とはままならないものだと思いまして。そうですわね、そのうち相談に乗っていただけますと嬉しいですわ」

 

 そう言ってユーグににっこりと微笑むと、周囲から「おお」とどよめきが上がる。

 

「ティナ嬢、俺も得意です」

「なに抜け駆けしてるんだよ、俺も妹が三人いるので聞き上手です」


 次々にかけられる声に、マルティナは否定も肯定もせず「まあ、頼もしいですわ」と笑みを浮かべる。

 ヴィルヘルムは口を少し開けたままマルティナに何かを言いかけ、そのまま口を閉じた。


「ささ、飲み物も行き渡りましたかね、じゃあヴィルヘルム団長、よろしくお願いします!」


 マルコがぱん、と手をたたき、その場の空気を(つくろ)った。

 本当に気が回っていい子だ。

 マルティナはグラスに手を添え、にこりと微笑んだ。今日はビールではなくワインらしい。王国のワインは乾燥した気候で取れる葡萄でできており、甘みと酸味のバランスが良くて美味しかった。

 皇国でも、王国でも成人は十八歳からで、マルティナも酒を飲んでも良い年齢だ。

 皇国では夜会で少し口にする程度だったが、フレリアへの旅ですっかり夕食を騎士たちと共にするうち、飲めるようになった。

 ワイングラスに満たされた淡い朱色の液体を見つめていると、隣のヴィルヘルムが立ち上がった。軽く咳払いをすると、騎士達は声をひそめて静まる。

 

「本来であればもう少し早く催すべきだったが、遅くなってしまったことをお詫びしよう。

 マルティナ嬢、我が団によく参加してくれた。期間が決まった仲間とはいえ、我々は心より貴女を歓迎したい」

 そう言ってマルティナに向かって杯を傾ける。マルティナは微笑むと立ち上がった。

「皆様、今宵はこのような場を設けていただきまして本当にありがとうございます。まだあまりお話しできていない皆様とも、今宵は楽しく交流できることを楽しみにしております。

 あと十一ヶ月あまりではありますが、どうぞよろしくお願いします」

 

 当たり障りのない挨拶をして、ヴィルヘルムに杯を掲げる。チン、とグラスの当たる音がして、騎士たちが「乾杯」と叫んだ。

 そこからは出される料理を食べ、次々に近くの席に入れ替わる騎士たちとの話に花を咲かせた。

 隣に座っているのに、ヴィルヘルムとはほとんど会話を交わす暇はない。

 かなり時間が経った頃だろうか、気がつけば、ベレニスがヴィルヘルムの向かいに座っていた。ヴィルヘルムと話したそうにしているが、マルティナのことをちらちらと気にしている。


(……席を外そうかしら)


 マルティナがそう思って立ち上がりかけた時、横にいるヴィルヘルムがマルティナの腕を掴んだ。

 マルティナがびっくりしてヴィルヘルムを振り返ると、黒の皮のマスクをつけたヴィルヘルムは「気分でも悪くされたのか?」と聞いてきた。

 一瞬、ベレニスがいることで気分を害したのか、と問われたのかと思った。先日の盗み聞きは知られていない……はずだ。

 視線をユーグに向けるが、ユーグは別の騎士との会話に夢中でこちらのことには気づいていない。けれど、先日の様子から、ユーグがヴィルヘルムに盗み聞きのことを話したとは考えにくかった。

 では、ワインの飲み過ぎで具合を悪くしていないか聞いているのだろうか。


「……お手洗いに行こうかと思いまして」


 少し黙ったあとにそうマルティナが答えると、ヴィルヘルムはハッとしたように「失礼」と言って手を離した。向かいのベレニスからの視線が痛い。

 マルティナはベレニスの視線には気づかないふりで「いえ」とだけ答え、そのまま席を立った。


 手洗いに行くふりをして、そのままキッチンで水を一杯もらい、開け放たれた店の戸口から少し外に出た。

 夜の街はまだ暮れる様子を知らず、街は明るい。石畳の道にはひとが溢れ、どの店からも明かりが漏れていた。賑やかな声が漏れ聞こえてくる。

 マルティナは水を飲みながら夜風にあたる。

 夜風にはひんやりとした冷たさが混じっていて、マルティナの頬を優しく冷やした。


「あれ、酔い覚ましですか」


 声に振り向くと、ジョッキを二つ手に持ったマルコが立っていた。戸口が開けっぱなしだったので、外にいる自分に気がついたのだろう。

 マルティナは「秘密にして」というように、そっと唇に人差し指を当てた。マルコは心得たように頷くと、そのままジョッキを持って去って行く。

 

 少しだけ喧噪(けんそう)から離れていたかった。

 ワインも食事も美味しかったし、騎士達との話は愉快で面白く、楽しかった。

 しかし、先日のことを思い出すとやはりベレニスとヴィルヘルムの間に挟まるのは何とも居心地が悪い思いもあった。

 

 マルティナは、特にまだヴィルヘルムに特別な感情は抱いていない。

 単に、家柄的には都合が良い、剣技が得意なのも好ましい、丁寧な性格も悪くない、額に傷があったとしても構わない、第一、お父様が好ましいと思って進めたがっているようだった。それだけだ。

 これでは皇子が皇子妃を選ぶのと大差ない。

 そう思ってマルティナは苦く笑った。

 ダンスは楽しかったし、ヴィルヘルムのことは嫌いではない。むしろ好ましいと思っている。だけど、好き合っているかもしれない間に割り込んでまでヴィルヘルムを婿にしたいとも思っていなかった。

 

(丸く収まると良いのですけれど)

 

 他人事のようにそう思いながらしばらくちまちまと水を飲み、杯が空になった頃、店の中に戻ると、店の中は少々異様な雰囲気に包まれていた。

 騎士達が気まずそうにしており、会話も少しヒソヒソとしたものになっていた。どうしたのかしら、とマルティナが見回すと、その原因はどうやらベレニスらしい。

 ベレニスは、うつむいて顔を(おお)っていた。泣いているようだ。


(あらまあ)


 マルティナはふう、と息を吐いた。

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