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3-2. 騎士として

 ヴィルヘルムが審判としてマルティナとマルコの中央に立った。

「木剣を相手に当ててはいけない。必ず寸止めとすること。また、手から木剣が離れたら負けだ。双方、ルールに合意できるな」

 ヴィルヘルムの言葉に、マルティナとマルコは頷く。

 

「では、はじめ」

 ヴィルヘルムが下がった。

 

 マルコは様子をうかがうように、木剣を下に構えた。マルティナもやや下に剣を下げたままマルコの出方を見ている。

 

 しばらくお互い、じりじりと足を動かしながらお互いの出方をうかがっていたが、マルコが先に動いた。

 右足を踏み出し、長い剣を突き出してくる。マルティナはすぐに右に避け、マルコの剣を軽くいなす。

 マルコは少し面白そうに口角をあげ、そのまま進みながら何度かマルティナに向かって剣を繰り出した。

 マルティナはそれらを全て受け流す。

「防御、だけだと、勝てませんよっ、と」

 更に踏み込んでくるマルコに対して、マルティナが笑みを浮かべた。

 

「では、お言葉に甘えて」

 そう答えた次の瞬間、マルティナはぐっと姿勢を下げ、マルコに向かって数歩素早く走った。

 マルコは驚いたように剣を引き戻すが、間に合わない。

 マルコの剣の手元近くを強くマルティナが叩くと、マルコの剣はあっけなくマルコの手を離れ、右側に飛んでいった。

 周囲の騎士からどよめきがあがる。

 

「えっ……、え?」

 マルコは、信じられない、というように自分の手を見ている。

 

「マルティナ嬢の勝利」

 ヴィルヘルムが片手をあげた。

 

「ありがとうございました」

 マルティナが頭を下げると、マルコは感動したように叫ぶ。

「えっ、すごい、本当にお強いんですねマルティナ嬢。すみません、俺、ちょっぴり(あなど)ってました」

 マルティナは何も言わず口角をあげて微笑む。

 

「気にしておりません。みなさまそうかと思いますので」

 マルティナが微笑んだまま周囲を見渡す。

 騎士達は顔を見合わせた。次に誰が行く? でもマルコがあっけなく剣を手放したぞ、とひそひそと交わされる会話が聞こえてきた。

 マルティナは汗一つかいていなかった。

 

(鍛錬をしばらく行っていなかったからどうだろうかと思いましたが、むしろ調子が良いですわね。休息は大事ですわ)

 木剣を眺めて次の挑戦者を静かに待つ。

 

「では次は私がお相手をさせていただいてもよろしいでしょうか」

 そう言葉を発したのは、ベレニスだった。

 赤銅色の髪を高い位置で結び、焦げ茶色の瞳は強い色を発している。

 むしろ憎しみさえ感じる瞳に、マルティナは息を吸い込んでぎゅっと唇を引き結んだ。

 

「よろしくお願いします」

 マルティナが会釈をする。

 ベレニスは木剣を選び取ると、マルティナと向きあう位置に進み出て、礼儀正しく頭を下げた。

 

「こちらこそよろしくお願いします」

 ベレニスの穏やかな言葉とは裏腹に、殺意が体中からみなぎっている。

 

(わたくし、何か彼女の気に障ることをいたしましたかしらね……)

 あまりの態度に、マルティナはため息をつきそうになった。

 

「はじめ」

 ヴィルヘルムの合図が終わるやいなや、ベレニスは大きく踏み込んできた。

 マルティナはなんなく左に避けてかわすが、ベレニスはそのまま大きく右になぎ払ってきた。

 マルティナは思わず両手で木剣を縦に支え、その剣戟(けんげき)を受け止めた。

 ガアン、と音を立てて剣と剣がぶつかり合う。もし受け止めなければ、そのまま胴体に当たっていただろう勢いだった。

 ヴィルヘルムが口を少し開いたのが見えたが、マルティナはヴィルヘルムの方を向いて、視線で口出しを制した。

 そうして、マルティナは何事もなかったかのように数歩下がって距離を取る。

 

(どうしましょうか……)

 マルティナとして脅威を感じるほどの速さではなかった。

 しかし、マルティナに怪我をさせたいのだろうなと思えるほどの勢いでこられると、手加減するのもプライドを傷つけてしまいそうだ。

 かといって軽くあしらうのもまたベレニスの感情を(こじ)らせそうに思えた。

 

「やあっ」

 ベレニスが気合いを感じさせるかけ声とともに、また踏み込んできた。

 マルティナは、ベレニスが渾身(こんしん)の力で振り下ろしてくる重い剣戟を全て受け止めながら、じりじりと下がっていく。

 

(仕方がありません、本気でゆきましょう)

 

 マルティナは剣を頭の右横に構えると、素早くベレニスの左脇に回った。

 ベレニスが左になぎ払ってくる剣の下をしゃがんでくぐると、そのまま自分の木剣を上に跳ね上げる。ベレニスの剣が下から叩かれ、あっという間に手から離れて、大きく飛んでいった。

 

 飛んでいく剣を見上げるベレニスの首元に、木剣の切っ先を突きつける。

 数センチ手前で剣を止めるマルティナに、

「……まいり、ました」

 ベレニスが喘ぐように言った。

 

 マルティナは目尻を下げて剣を引くと、ふっ、と安堵するように息を吐き、一歩下がって礼をする。

 

「マルティナ嬢の勝利」

 礼と同時に聞こえたヴィルヘルムの言葉に、マルティナは顔を上げ、

「ありがとうございました」

 と言って手を差し出す。

 差し出された手を見て、ベレニスは一瞬ぐっと息を飲み込んだが、ひるんだのは一瞬だけですぐに手を差し伸べてマルティナの手を握った。

「ありがとうございました」

 しかし声色はまだ固い。

 ベレニスは何か言いたげに唇を開きかけたが、結局何も言わずに口を閉じた。そのまま礼をし、くるりと踵を返し、戻っていく。マルティナも声をかけそこね、そのまま見送った。


 その後も三人と手合わせをし、結果はマルティナの四勝一敗。

 最後に戦ったのは副団長のユーグだった。

 

「いやあー、俺じゃなくてヴィルヘルムがやれば良いじゃないか〜」

 ヴィルヘルムに指名されると、そうのんびりした口調で言い、面倒くさそうに木剣を選ぶ。

 金髪碧眼の男性で、ヴィルヘルムよりもすこし年かさなのか、団長と副団長という間柄ながら、ヴィルヘルムに対して敬語を使っていなかった。

 せっかく整った顔をしているにも関わらず、顎には少し無精髭(ぶしょうひげ)が生えている。

 顎をざり、と手でひとなですると、マルティナに向かって「お手柔らかにお願いしますよ、ティナ嬢」と目尻を下げ、人の良さそうな顔で笑う。

 そうして、だらんと木剣を下げたまま、ぶらぶらと振りながら前にたち、マルティナに向かって片手で構えた。

 

「いつでもどうぞ」

 そういうユーグに、ならば、とマルティナが踏み込むと、片手で軽々とその剣を払い、次いで重い一撃をマルティナの木剣に試すように当ててくる。

 

(さすがに副団長ともなると、先の四人ほど軽々と勝利させてはもらえないですわね)

 

 マルティナは受け止めながら歯を食いしばった。

 特にひとつひとつの剣戟が重く、まともに戦うとマルティナの体力が先に尽きそうだと感じた。

 数度受け止めたあとは素早く回り込んで隙を狙う作戦に方針転換したが、ユーグの剣はまったくマルティナにつけいる隙を与えない。

 

 何度打ち込んでも返され、打ち込むたびに重い一撃が飛んでくる。何度目かのユーグの剣を受け止めたとき、受け止めきれずにマルティナは剣を取り落とし、そのまま足をもつれさせた。

 マルティナが気づいたときには、ユーグがマルティナを抱きかかえるようにし、首元に木剣が当てられていた。

 

「そこまで、ユーグ卿の勝利」

 ヴィルヘルムの言葉にも答えられず、はっ、はっ、とマルティナは荒い息を吐いた。

 汗が額を滑り落ちていき、心臓が激しく拍動しているのが分かる。

 

「負け……ました」

 荒い息を吐きながらマルティナが言うと、ユーグがマルティナをまっすぐ立たせつつ、呆れたように笑う。

 

「おいおい、負けたのに笑ってるよこのご令嬢は」

「えっ」

 マルティナはそこではじめて、自分が満面の笑みを浮かべているのに気がついた。慌てて真顔に戻ろうとしたが、顔のゆるみを止められない。

 

「……あの、負けたのが、お父様の他では久しぶりで……。……とても嬉しかったのです」

 息を整えながらそう告げ、恥じ入るように頬に両手を当てるマルティナに、周囲の騎士達はどっと笑った。

 

「これはとんでもない侯爵令嬢が来たな」

「団長と副団長に匹敵する腕前だ」

「私達もうかうかしていられません」

「今度の討伐にも随行してもらったら良いんじゃないのか」

 

 したたり落ちてきた汗が目に入って沁みた。鼻の奥もつんとする。マルティナは、受け入れてもらえた喜びと、手合わせの興奮と、騎士団で鍛錬できることの嬉しさが混じり合い、ごし、と手の甲で目をこすった。

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