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3-1. 騎士として

「お嬢様が騎士団と一緒に鍛錬なさるなんて……」

 

 ゲルデはマルティナの支度を整えながらため息まじりに言った。

 一昨日、城から戻ったマルティナから事の次第を聞いて以来、ことあるごとにため息をついている。

 マルティナは、早速貸与された平騎士服を身につけていた。

 フレリア王国のシンプルなグレーの騎士服は、きちんと女性向けのものがあり、動きやすいように考えられて作られている。

 どんな動きも阻害しないように、ゆとりが必要なところはゆとりを持っており、かつ手足が細めの女性のために、膝下や肘下は布地がばたつかないようぴったりとしていた。

 

「動きやすいわ。女性用の騎士服がきちんと整えられているのも、女性騎士が多いからなのね」

 

 皇国では女性の騎士はいなかった。

 ごくわずか、皇后や皇女の身の回りを護衛するために護身術を身につけたものたちがいたが、正式な騎士ではない。

 爵位を継ぐ女性は珍しくはないが、それはあくまで女当主となるだけであり、剣を振るうのは男の仕事という暗黙の了解があった。

 皇国では、女性が剣を振るうのは、よほど食い扶持がなく、かつ女ができる仕事ができず、男の仕事に手を出している、というような考えすらある。

 女性の傭兵や冒険者もいたが、非常に数が少なかった。

 だからこそ、マルティナが女性の身で剣技を鍛錬していることは、公然の秘密のような扱いだった。

 

「私は楽しみなのよ、ゲルデ。フレリアでは女性の騎士は珍しくないそうよ。旅の途中で迎えに来ていただいた弓隊の隊長も女性だったでしょう。

 女性でも実力があればきちんと役職がもらえているということだわ。ベレニス・マルタン卿といったかしら。凜としていて格好良かったわね、できれば仲良くなりたいわ」

 

 腰に剣をつるし、ゲルデに微笑んだ。

 ゲルデは心配そうな顔で、何度目になるかわからないため息をついた。

「お嬢様が良いのであれば、私はよろしいのですけれど」

 ゲルデの口癖に、マルティナはくすりと笑う。

 

「心配しないで。うまくやってくるわ」


 玄関ホールに向かうと、既にヴィルヘルムが待っていた。

 普段はもっと早くに出るそうだが、今日は紹介のため、マルティナと一緒に登城してくれるとのことだった。

 ヴィルヘルムは、マルティナの服装を見て感心したように頷いた。

 今日は布のマスクを額から鼻まで覆うように付けている。いつも付けていて蒸れないだろうか、とも思うが、本人はきっと慣れてしまっているのだろう。

 

「騎士服をお召しになっているのは新鮮ですね。どこか不都合なところがあればおっしゃってください。なにぶん、貸与のための既製品ですので」

「どこも不具合などありませんわ。お気遣いいただきましてありがとうございます」

 

 マルティナが礼をすると、ヴィルヘルムは「では参りましょうか」と言って手を差し出す。

 マルティナは自然に自分の手を重ねようとしたが、はっと思い直して引っ込めた。

 不思議そうな顔をするヴィルヘルムに、笑って答える。

 

「騎士団長が、平騎士をエスコートするのはおかしいでしょう。わたくし、一人で歩いてゆけますわ。動きやすい靴をはいておりますし」

 

 そう言うと、ああ、と今気づいたようにヴィルヘルムは自分の手を見つめた。そしてくすくすと笑う。

 

「確かに仰るとおりですね。しかしこれは自然に出てしまうな。気をつけなければ」

「わたくしも気をつけますわ。では、団長様、どうぞお先に」

 

 マルティナが手を馬車の方に差し出すと、ヴィルヘルムは軽く頷き、足を馬車に向けた。


「こちらが今日から騎士団の鍛錬に加わることとなった、シャイネン皇国のマルティナ・エーレンベルク侯爵令嬢だ。

 令嬢は皇国の剣にすぐれた名家、エーレンベルク家の出であり、自身も優れた剣技を身につけておられる。

 一年間、遊学のためフレリア王国に滞在するが、国王陛下のご意向により騎士団に籍を置き、鍛錬をともにすることとなった。

 国賓としての在籍にはなるが、特別扱いはしないつもりでいる。みな、そのつもりでよろしく頼む」

 

 ヴィルヘルムが紹介する間、マルティナはぴしりと背を伸ばしていた。歓迎するような瞳もあれば、好奇心、警戒、または嘲り、揶揄(からか)いを含んだような瞳もある。

 それはそうだろう、と思いながら黙って前を向いていた。

 社交界でも似たような状況はしばしばある。

 否定的な気持ちや悪意を貴族の仮面で覆い隠しているか、隠そうとしていないかの違いだけだ。むしろ根が深いのは貴族同士の方かもしれない、と、マルティナは苦く思いだした。

 今回は、すでに旅の道中で見知った顔もあり、社交界デビューよりもずいぶんとマシな状況だと言えるだろう。

 

「侯爵令嬢から一言いただけますか」

 

 ヴィルヘルムに(うなが)されてマルティナは頷いた。

 そして目の前に並ぶ騎士達をしかとを見据え、声を張る。

 

「マルティナ・エーレンベルクです。本日からこちらにお世話になります。

 すでにフレリア王国への道中で見知った方々もいらっしゃいますが、わたくしの皇国での身分や、国の客人であることとは関係なく、こちらにお世話になる間は一人の騎士見習いとして参加させていただきます。

 幼い頃から剣には親しんでまいりましたが、まだまだ学ぶことの多い身、不足があれば忌憚(きたん)なく接していただきたく思います。

 また、皆様、エーレンベルク侯爵令嬢では呼びづらいと思いますので、ここにいる間はどうぞティナとでもお呼びください」

 

 そう言って頭を下げ、しばらくして頭を上げたときに、騎士の表情をざっと確認する。好意的な表情に変わっている騎士もいたが、変わらず否定的な視線を投げかけているものもいた。

 その否定的な視線を投げかける面々の中に、弓隊隊長のベレニス・マルタンを認める。

 実力があるだけに、立場を利用して入ったようで腹立たしいのかも知れない。仲良くなりたいと思っていただけに、マルティナは内心で若干の落胆をおぼえた。

 マルティナが唇を引き結んでいると、旅の途中で親切に接してくれていたマルコという騎士が手をあげた。

 

「団長、では本日は、手合わせをメインとした訓練にするのはどうでしょう? 俺もですが、みんな令嬢の実力を見てみたいと思うんですよね」

 マルコの言葉に、ヴィルヘルムは顎に手を当てた。


「なるほど、そうだな。確かにそれが手っ取り早かろうな。

 マルティナ嬢、旅の疲れなどは問題ないか」

 ヴィルヘルムに問われ、マルティナは頷く。


 旅行中に鍛錬ができなかった上、昨日も一昨日も子爵邸でゆっくり休みをとっている。逆に体力には余裕があると感じていた。

 

「むしろ、さっそく皆様に認めていただけるかもしれない機会を(たまわ)ることができて、ありがたいお申し出です」

 にこりと微笑む。

「ではそうだな、誰からにするか」

「はい、はい! 俺からお願いします!」

 マルコが飛び上がるようにして手をあげる。

「お前な」

 呆れたように言うヴィルヘルムに、マルティナは「結構ですよ」と笑って答えた。多少見知った相手の方が、緊張はせずに済む。

 マルコの心遣いがありがたかった。

 

 お互いに木剣を選び取る。マルティナは少し考えて、あまり太くなく長さも短いものにした。

「そんなに短いもので良いのですか」

 マルコが気を使うように言った。

「使い慣れてないものの時には、軽い方が良いですわ」

 マルティナはにこりと微笑む。

「剣のせいにしないでくださいよ〜〜、どっちが勝っても恨みっこなしってことで。あ、怪我はさせないようにしますね」

 マルコは長い木剣を手に取った。

「もちろん恨みっこなしですわ。お気遣いありがとうございます」

 完全に侮られているが、マルティナは気にしなかった。

 

 おそらくここにいる騎士のほとんどが同じ気持ちでいるだろうことが、容易に想像できたからだ。

 

(わたくしも、怪我はさせないようにいたしますわね)

 

 マルティナは心の中でこっそりとマルコに告げる。

 二人は練武場の真ん中に進み出ると、距離をとり、お互いに剣を構えた。騎士たちはぐるりと取り囲むようにして二人を見ている。

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