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2-12. 隣国へ

 フレリア王城の謁見室(えっけんしつ)はとても壮麗な作りだった。

 マルティナは薄紫の布地を幾重にも重ねたドレスのスカートを優雅に持ち上げると、国王に向かって礼をする。

 

「国王陛下に拝謁(はいえつ)(たまわ)り、誠に恐悦至極(きょうえつしごく)に存じます。こたびはわたくしのフレリア王国への滞在をお許しいただき、大変ありがたく思っております」

「……そう堅苦しくせずともよい。旅をした仲間であろう」

 

 豪奢(ごうしゃ)な作りの赤い玉座に座ったフレリア国王は、ダルセー伯爵を名乗っている間にかけていた眼鏡をはずしていた。

 橙色がかった明るい金色の髪はまとめずに下ろし、燃える太陽の色の瞳がマルティナに向けられている。

 

 居心地の悪そうな王の言葉に、王妃の座に座っている、淡い茶色の髪をした女性はため息をついた。優しそうな薄緑の瞳が、国王に向かってすがめられる。

 

「陛下がずっと(だま)しておられたんでしょう」

「なっ、人聞きが悪いな、ダルセー伯爵の名義を借りていたのだ、すぐに「実はダルセー伯爵ではなく、国王なのだ」などと話せるわけがなかろう」

「出発の朝に臣下を脅しつけて、自ら隣国に使節としておいでになる国王がどこにいますか。

 本当に驚かせて申し訳ないわ、エーレンベルク侯爵令嬢」

 

 子リスのようなあどけない顔をしているにも関わらず、しっかりと王を叱りつけている王妃を見ながら、マルティナは苦笑し「いいえ」と首を振る。

 ずっとダルセー伯爵だと思っていた、豊かな金髪に太陽のような瞳の男性は、バルテレミー・フォン・フレリア。

 現フレリア王国の国王陛下である。

 隣にいる小柄な女性はブリュエット王妃。

 

 弓隊との合流時に、国王だと知ったときには確かに驚いたが、それよりも納得することが多かった。

 人を()きつけてやまない人柄、人を動かす力、話し方、説得力。まだ年若いが、王たるものの風格だったのだろう。

 フレリア王国の国王は臣下に非常に好かれていて、一つにまとまっている。

 

(大きな力だわ。シャイネン皇国とは全く違う)

 

 マルティナはたった十日前に()ってきた自らの国を(かえり)みる。

 皇帝も皇子も、末端の騎士の顔が変わっても恐らくほとんど気づかないだろう。そんなもの達の顔を覚えるのは自分たちの仕事ではない、とすら思っていそうだ。

 しかし、フレリアでは王が末端の騎士まで認知している。

 考えたくはないが、万が一、王国とことを構えることになった時には、この差はきっと大きなものになる。忠誠心が桁違いであることは、もはや動かせない事実だ。

 

 マルティナは心の中にその懸念(けねん)をしまいこみ、よそ行きの笑顔でにこりと微笑んだ。

 そのまま、国王の隣に立つ四十歳は越えていそうな男性を見やる。

 彼が本当の宰相で、ダルセー伯爵らしい。茶色の髪を後ろで結んで眼鏡をかけており、細身で真面目そうだ。髪の色も年齢も性格も、王とは全然違う。

 

 昨日、王国到着時に会った時には、礼儀正しく、しかし困ったような顔で国王の非礼を詫び、自己紹介してくれた。

 その時には、胃のあたりをしきりにさすりながら、忙しくて挨拶だけになることを侘びつつ王と共に執務室に戻っていったことを思い出す。

 今も胃が痛むのか、おなかを(かば)うように手を置いている。

 

(確かに、今後宰相として再度皇国に行くことがあれば、騙されたと言われてもおかしくないでしょうしね……)

 

 マルティナは少し同情した。

 こんなに見た目が違うのに、ダルセー伯爵としてシャイネンに行こうとした王の胆力にも感心する。

 

「それで、ケーリッヒ子爵家の居心地はどうかな、マルティナ嬢」

 国王は味方が少ないことを察して、露骨に話を逸らした。

 

「大変よくしていただいております。過分なほどの待遇で、身に余る光栄です」

 マルティナは穏やかに答える。

「子爵とは会ったか?」

「はい。大変お優しい方でした」

 マルティナは、予想以上に年の離れた子爵を思い出した。

 祖父と呼んでも差し支えのないほどの年だ。穏やかだが厳格そうな瞳をしていた。

 若い頃は王国の騎士団長を務めていたとかで、確かに父とは気が合いそうだと感じた。

 小子爵である長男もすでに三十五歳、子爵領に妻子と暮らしており、子爵邸には子爵夫妻とヴィルヘルムだけが住んでいるとのことだった。

 子爵家にしてはとても広い邸宅で、手入れも行き届いていた。

 使用人達もとても礼儀正しく、由緒正しく古い家柄だということが分かった。

 

 子爵夫妻とヴィルヘルムは本邸に住んでおり、玄関ホールで繋がっているこぢんまりとした東館に、マルティナの部屋を用意してくれていた。

 小さくはあるが、東館だけでもキッチンや浴室が備えられていて、わざわざ玄関ホールを通って本邸に行かずとも食事などが取れるように配慮してくれていることが嬉しかった。

 

「お優しい方? ケーリッヒ子爵が? 俺は何度も稽古でどやされたんだがなあ」

 国王はぼやく。

 

「お強い方だとお聞きしました。わたくしも、ご指導いただきたいと思っております」

 マルティナが答えると、国王は物好きだな、と言ったような顔でふう、と息を吐いた。

「本当に剣術が好きなのだな。ヴィルヘルムを育てた方だ。剣技については非常に厳しいが、とても強いし、指導の経験も豊富なので良い鍛錬になるだろう。ついでだから、このまま我が国の王国騎士団に入るのはどうだ?」

 

 マルティナは返答に詰まる。

 さすがにシャイネン皇国の侯爵令嬢が、フレリア王国の王国騎士団には入れないだろう。

「いい加減になさいませ。マルティナ嬢が困っておられます」

 王妃がたしなめる。

 が、王の勢いは止まらなかった。

 

「まあ、さすがに王国の正式な騎士として叙勲(じょくん)はできないが、騎士の経験を持つことは悪くはないぞきっと。

 そうだ、騎士団に剣客(けんかく)として一時的に招くのはどうだ。既に充分強いのだろう? 社交のために来たわけではないと聞いているし、子爵邸で鍛錬するだけじゃ暇なのではないか? 腕もなまってしまうぞ。

 ケーリッヒ子爵もたまに指導と称して王国騎士団に来ているし、一緒に鍛錬してもらえば良いではないか」

「それは……そうかもしれませんが」

 腕がなまると言われると心が揺らいだ。


 子爵邸で鍛錬するだけでは確かに足りないだろう。子爵と一緒に王国騎士団の鍛錬に参加できれば、いろいろ学ぶものもあるに違いない。

 ただ、ひとつだけ懸念があった。

 

「わたくしが入ることで、混乱は起きないでしょうか」

 他国のものが騎士団に入るとなると、まず疑われるのは間諜(スパイ)ではないかということだろう。その点をぼかして訪ねると、王は笑顔で答える。

 

「お、前向きだな。ヴィルヘルム、彼女の実力なら大丈夫なのだろう? 私は見ていないが、騎士団長のお前が大丈夫というならば騎士達も文句は言うまい」

 

 王妃の横に控えていたヴィルヘルムは、とつぜん話を振られて口を引き結んだ。しばらく考えたあとに慎重に口を開く。

「マルティナ嬢の実力であれば問題はないかと存じますが、マルティナ嬢が尋ねているのはそういう事ではないのではないでしょうか」

 

 ヴィルヘルムの言葉に、王はきょとんとする。

「どういうことだ?」

 ヴィルヘルムはマルティナをちらと見たあと、咳払いして告げる。

「……ご自身に、間諜(スパイ)の疑いがかけられることを懸念されているのではないのかと」

「マルティナ嬢は、間諜(スパイ)なのか?」

 振り返ってマルティナに向けられたまっすぐなオレンジ色の瞳に、マルティナは苦笑した。

 

「いいえ。しかし、そう疑うものもおりますでしょう。

 わたくしは皇子と縁談が持ち上がりそうになった身にございます。遊学を申し出たのは表向きで、実際は婚約が継続しており、フレリアの国内を探るために参ったのではないかと勘ぐるものはきっとおりますわ」

 

 なるほど、と王は天井を見上げてしばらく考えるが、マルティナに向かって首をかしげ、じっと見つめる。

 十秒ほどもマルティナと向きあっただろうか、王はにっと笑った。

 

「俺はな、人を見る目だけはあるのだ。エーレンベルク侯爵令嬢。そなたは間諜などになるような人物ではない」

 マルティナは目を丸くする。

 が、次いでじんわりと胸が温かくなるのを感じた。

 

「ヴィルヘルム、もしそのようなことを言う輩が出てきたら、俺に直接文句を言いにこいと言ってやれ。

 では、来週からでも早速騎士団の鍛錬に参加するが良い。俺もときどき参加するからな、楽しみにしておるぞ!」

 楽しげな王の言葉に、ヴィルヘルムは、やれやれ、と言った様子で首を振っていた。

 マルティナはほほえみを浮かべると「ご配慮、誠にありがとうございます」と深く礼をし、謁見室を辞した。

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