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2-10. 隣国へ

 エルマークの宿に到着したのは、午後四時を回った頃だった。

 宿に着いてしばらくすると、ヴィルヘルムが部屋を訪ねてきた。ゲルデが扉を開けると、部屋には入らず、廊下で用件を告げる。

 

「本日の夕食も、ダルセー伯爵が「美味しい店を知っているのでご一緒しませんか」とのことですが、いかがしますか」

 

 こうやって誘われるのは初めてでなかったので、マルティナは二つ返事で承諾する。

「では、五時半頃に玄関ホールにて」

 ヴィルヘルムは礼儀正しく下がっていった。

 

 初めこそやや緊張したものだが、こうして声をかけてくれるときには、かならず騎士もほぼ全員を伴って行き、みなをテーブルに着かせて賑やかな夕食会となっていた。

 マルティナ達を特別に誘っているわけではなく、むしろ使節団の夕食にマルティナ達をついでに加えてもらっているような形だ。

 貴族らしからぬ振る舞いに、最初はマルティナも戸惑ったが、二回で慣れた。

 

 ダルセー伯爵は、騎士団長のヴィルヘルムと仲が良いだけではなく、騎士の一人一人までよく名前を知っていたし、騎士達にもとても慕われているのがうかがえた。

「我が国の宰相殿とはだいぶん違いますねえ」

 と、ゲルデが言うのに、マルティナは思わず頷いてしまう。

 フレリア王国式なのだろうか。高官である宰相が騎士達と飲み食いして笑っている姿など、皇国では想像もつかなかった。

 

「皇国の夜会は、さぞかし堅苦しいと思われたでしょうね」

 マルティナが街に馴染む服装に着替えながら言うと、ゲルデはそれを手伝いながら「さようでございますね」と微笑を浮かべた。

 

 一度目に食事に誘われたときには、それなりのドレスに袖を通して向かおうとしたが、宿の入り口で会ったダルセー伯爵に大笑いされながら、乗馬服か何かに着替えてきて欲しいと言われたことを思い出す。

 騎士達と一緒に連れて行かれたのは大衆的な食事処で、マルティナはたいそう納得したのだった。

 そんな場所にドレスで向かえば、目立つこと間違いなしだった。

 

 ゲルデは、はじめこそ「こんなところでお嬢様に食事を」と渋っていたが、ダルセー伯爵の太鼓判はたしかで、これまで行った二カ所とも食事は非常に美味しかった。

 ゲルデもすっかり慣れ、今日など機嫌が良さそうに「本日のお店ではどんなものが食べられるでしょうねえ」と言いながら着替えをしまっている。

 マルティナも最初はあまりにも庶民的な食事に戸惑ったが、食べ方をダルセー伯爵やヴィルヘルムが教えてくれて、すぐに慣れることができた。

 

「昨日の夜に食べた鳥は本当に美味しかったわね」

「あれはこちらの地方の郷土料理ですね。香草と鳥を鍋に入れ、鍋ごとオーブンに入れて蒸し焼きにするそうです。あれはもう一度食べても良いくらいですね」

 

 二人で思い思いに昨夜の食事を思い出していると、マルティナのおなかがぐう、と鳴った。

「お嬢様ったら」

 ゲルデはこらえきれないようにくすくすと笑う。が、次の瞬間、ゲルデのおなかも大きな音を立てた。

 そうして、二人で声を上げて笑った。


 「光る月夜亭」という看板を掲げた店は、平民向けの宿屋を兼ねた食事処だった。

 マルティナとゲルデ、ダルセー伯爵やヴィルヘルムが宿泊している、貴族向けの宿から少し離れており、平騎士達が泊まる宿でもある。

 

 マルティナ達が到着したときには、すでに騎士達がテーブルを寄せ、店の一角に全員が座れるよう、整えていた。

「あっ、ダルセー伯爵様がいらしたぞ」

「団長、こちらにどうぞ」

「マルティナ嬢もようこそいらっしゃいました」

「ゲルデ嬢も、ささ、お二人でこちらに座ってください」

 

 騎士達の流れるような案内を受けて、四人は席に着く。

 マルティナは麻のブラウスに軽い生地の紺色のスカート、ゲルデも似たような服装だ。髪はゆるく編んで後ろに流している。

 町娘にはさすがに見えないが、貴族のご令嬢かと言われると確信も持てない、せいぜい領主の娘だろうか、というような格好だ。

 

 席に着くやいなや、料理が手際よく並べられていった。

 どうやら騎士達は先に注文を通しておいたらしい。毎度の事ながら手際が良い。

 

「何か食べたいものはありますか」

「あ、お嬢様が、昨晩召し上がった鳥がとても美味しかったので、また食べたいと」

 騎士の一人に聞かれたゲルデが、ちゃっかりマルティナの要求として注文している。

 

「ちょっと、ゲルデ、人のせいにしないでよ。あなたでしょう、食べたいの」

 マルティナが笑いながら言うと、騎士は笑顔で頷いた。

「あれは美味しいですからねえ。俺たちも食べたかったので既に注文済みです!

 今度皇国に来るのはいつかなあ。王国騎士団は、滅多に国境は越えませんからね」

「あら、ではわたくしが帰国するときには是非とも護衛していただきたいわ」

「えっ、本当ですか、指名してくださいよ! 俺はマルコです!」

 

 喜色を浮かべて元気よく挨拶する騎士の腕を、ヴィルヘルムがぎゅっと引っ張った。

「こら、調子に乗るな。何を勝手に約束している。騎士団のメンバーはその時に適任を選出しているんだ」

 腕を引っ張られたマルコは、情けなく眉尻を下げた。

「そんなあ。だって今、お嬢様が護衛して欲しいっておっしゃったんですよ」

「王国騎士団に、だろう。お前個人にではない」

 呆れたように言うヴィルヘルムと、ええーー、と声を上げる騎士に、マルティナは口をおさえて笑った。

 

「ささ、テーブルから腕をどけてくださいよ、ヤケドしますからね〜!」

 赤い髪をぎゅっと高い位置で縛った、元気の良い女性が、分厚いミトンで鍋をつかんでやってきた。

 慌てて体を避けると、テーブルの中央に据えてあった鍋敷きの上に、表面が焦げた、ひと抱えもありそうな鍋をどんと置く。

 女性が鍋の蓋を開けると、何とも言えない香草の香りがあたりいっぱいに広がった。中にはたっぷりの鶏肉と根菜が敷き詰められている。じゅわ、と鳥肉の皮の上に脂がにじみ出し、根菜もてらてらと脂にまみれて光っていた。

 

「光る月夜亭の看板メニュー、鍋焼き鳥ですよぉ」

 蓋をミトンで抱えて下がりながら女性は言った。

 

「アイラ、飲み物もってってくれ」

 店の奥からの声に、「はいよ」と元気な声を返しながら、アイラと呼ばれた女性は奥に帰っていく。

 と、すぐまた両手いっぱいにジョッキを持って戻ってきた。年の頃は二十歳そこそこといったところだろうか。低めのよく通る声で、元気よくジョッキを配っていく。

 

「お兄さん方、騎士の人たちかい? どこから来たの? へえ、王国から。じゃこれからまた山越えなんだね。

 いやあ、騎士の人は体格が違うねえ、いっぱい飲み食いしとくれよ! うちをたくさん儲けさせとくれ!」

 そういうと、あっはっは、とあっけらかんと笑う。

 近くにいた騎士の背を、ぱん、と手で叩くと、次の料理を取りに戻っていった。

 

 マルティナは目の前に置かれたジョッキに手を添えながら、女性を目で追っていた。

 感情を隠さず、大きな声を出し、大きな口を開けて笑い、あけすけに儲けさせてくれ、と言い、騎士に手を触れる。

 貴族の女性には何一つ許されない行動を、人前でなんの抵抗もなくできる彼女を見て、何故か悪くは思えなかった。

 むしろ少し、羨ましい気持ちが優る。

 

(もし、わたくしが平民だったなら)

 

 そういう気持ちも頭をもたげた。

 ヴィルヘルムやダルセー伯爵にさえも軽口を叩くアイラのように、そう、まるで、歌いたいときに歌い、飛びたいときに飛ぶ、自由な鳥のように暮らせたら。

 

「さて、ジョッキは行き渡ったかな」

 ダルセー伯爵が立ち上がり、話し始めたのが聞こえ、はっとマルティナは我に返った。

 

「今宵で皇国とはお別れだ、明日は国境越え、みな英気を養って明日は元気に王国に戻ろう。

 腹が減っているので長い挨拶はなしだ、乾杯!」

 ダルセー伯爵の掲げた杯に、おお、と騎士達が賛同する。マルティナもそっと腕を差し出す。そして、浮かんだ考えを振り払うように、頭を軽くふった。

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