1-11. はかりごと
茶会から数日、さまざまな令嬢の家から夜会の招待状が届きはじめた。
皇子もいくつかには出席する予定らしく、お誘いが花束と一緒に届けられてきたが、マルティナは父と一緒に参加する別の夜会の予定があると言って断った。
自分がいなくても皇子は予定の夜会には行っているらしいことが確認できると、皇子が誘ってくるたびに、皇子がこの夜会には出席するらしいという情報に加えて、残念ながら自分がその日行けないことを、さりげなく茶会などで周囲にこぼしていく。
必ずローザリンデの側で残念そうに話すようにしていた。
幸いにも夜会のハイシーズンである。
皇子が出席する夜会と別の夜会の招待状も侯爵宛に届いていたりしたため、そちらに出席することで言い訳は立っていたが、あまりにも避けているように見えるのも角が立つと思い、数度は同じ夜会に参加して皇子と顔を合わせたりした。
ただ、早々に帰宅し、ローザリンデが立ち周りしやすくなるよう、かなり気を遣っていた。
努力の甲斐があり、しばらくするとまず花束が届く頻度が減った。
そして、茶会でひそひそとローザリンデがあまりにも皇子に近しいのでは、という忠告をしてくる令嬢が現れ始めた。
マルティナは優雅に扇を広げると、目を伏せ、憂いを帯びた様子で答える。
「ただの噂と、お父様には聞いておりますわ。さすがに毎日ではございませんが、今も花束は定期的に届いておりますし……。
それに皇妃になるには、彼女の家格では少し」
そう言葉を濁すと、周囲の令嬢は「まあ、そうですわよね……」と納得しきれない顔でうなずく。
けなげに皇子を信じる様子のマルティナに、同情的な令嬢も多くなってきた。
六月も終わろうとする頃、ゲルデが決定的な噂を拾ってきた。
マルティナは、その報告を聞いてにんまりと口角をあげる。
「ゲルデ、七月はじめの夜会で、皇子とローザリンデが出席する予定のものはどれかしら? わたくしもそれに出席いたします。
また、その直前に茶会を開きたいの。準備をしてくれる?」
ゲルデは片眉をあげると、ため息をついた。
「お嬢様、すっかり悪い表情が板についておりますわね。そういうところ、侯爵閣下にそっくりです」
「うるさいわね。嬉しいのよ、思いのほか事がうまく運んで。
それに、皇国一の戦略家と言われているお父様に似ていると言われても、褒められているようにしか聞こえないわ」
マルティナは心外だとばかりに腕を組む。それから、ゲルデに近づいて言った。
「それよりも、その噂、確実なのでしょうね?」
ゲルデはうなずいた。
「ええ、先日の仮面舞踏会に、皇子とバールケ子爵令嬢が参加しており、休憩室で二時間ばかりを過ごしたと、会場になった家の使用人から確認しました」
「やったわね、ローザリンデ。最高よ。あなたならできると信じていたわ」
およそ皇子との婚約が秒読みと言われている令嬢の言葉とは思えない。
しかしマルティナは、ローザリンデが目の前にいたら抱きしめて褒め称えたいくらいの気持ちだった。
「次の夜会は、気合いを入れて準備をしなければね。できれば侯爵家専用の休憩室を準備してくれる家がいいわね。
あ、でもエレナの家では避けたいわ。彼女、自分の家で事件が起きたら気に病んでしまいそうだし。
そうね、皇城の離宮で行われる夜会などがあれば一番いいかしら」
うきうきと言葉を弾ませるマルティナに、ゲルデは苦笑いする。
「お嬢様が嬉しいのであれば、わたくしはよろしいのですが。
離宮での夜会はちょうどございますね。花火が催されるとのことで、かなり大規模に招待状が出ております。
皇城の夜会であれば皇子殿下は確実に出席されるでしょうし、バールケ子爵令嬢もいらっしゃるでしょう」
それよ、とマルティナは嬉しそうに手を合わせる。
「早速出席の返事を出さなくては。
最近、暑さの疲れが出ているからという理由で、会場の近くに侯爵家の休憩室を用意してもらえるようにお願いしましょう。
お父様からも口添えいただいたらきっと大丈夫ね。
あ、そうだわ、衣装をいくつかあらかじめ運ばせるように手配しなくては。
ゲルデ、あのエレナにプレゼントする予定だった黄色のドレス、絶対に忘れないでちょうだい」
マルティナは背を伸ばす。
七月の使節団来訪が中旬以降なので、皇子のパートナーを依頼された夜会はまだ先だ。
首尾良くいっていることを、お父様にまず報告をして、次の夜会で騒ぎが起きることをあらかじめ知らせておかなくては。やることが山積みだ。
「忙しくなるわね」
そう言うと、マルティナはここ一ヶ月で一番の笑顔を見せた。
夜会直前の茶会では、わざと浮かない顔をしているマルティナに、エレナが心配そうな顔で近寄ってきた。
「マルティナ様、暗い顔をなさっていますわ」
「大丈夫よ、エレナ。すこし暑さに負けてしまっているようなの。ここのところ気温が高いでしょう?」
「マルティナ様……わたくしには打ち明けてくださっても良いのですよ。心配事がおありなのでは」
ささやくように気遣うエレナに、マルティナは弱く微笑んでみせる。
「平気よ、エレナ。ありがとう。噂くらいで、情けない姿を見せられませんわ」
マルティナの痛々しい様子に、エレナは心底同情しているようだった。
(ごめんなさい、エレナ。あなたにだけは打ち明けてしまいたいのだけれど)
マルティナはエレナの手を、安心させるようにそっと握った。
そこに、明るい声が割って入った。
「マルティナ侯爵令嬢様、本日もお招きいただきましてありがとうございます」
ローザリンデは弾む気持ちを隠しきれないようで、普段よりも少し高めの声でマルティナに挨拶する。
エレナは、きっとローザリンデを睨んだ。
「来てくれて嬉しいわ、ローザリンデ子爵令嬢」
マルティナはエレナの手をそっと撫でて気持ちをなだめ、ローザリンデに挨拶をした。
ローザリンデは軽く礼をしたのち、そそくさと席に向かう。
最近はある伯爵令嬢と懇意にしているようで、甲高い挨拶を交わし合っていた。
「彼女のせいでマルティナ様がお心を痛めていらっしゃるのに、なんて無神経なのかしら。
ご婚約も間近なのを知っていながら、どこの夜会でも皇子殿下にまとわりついて……恥を知れば良いのよ」
エレナが珍しく怒っている。
「わたくしは皇子殿下を信じていますわ。エレナ。大丈夫よ。
そんな怖い顔をしていたら皆が心配しますわ。さ、あなたも席について」
マルティナは何でもないことのようになだめると、エレナを席に促した。
エレナは「マルティナ様はお優しすぎます」と悔しそうに言うと、席に着いた。
(優しいわけではまったくありませんけれど……)
マルティナは心の中で苦笑する。
その日の茶会は、暑さを避けた夕方、涼しい北側の屋内で催されたものの、ドレスを着込んだ令嬢達はかなり暑そうに過ごしていた。
今年はこの時期にしては雨が少ない。気温も高めで、茶会の途中では冷たい飲み物を欲しがる令嬢も少なくなかった。
「皆様にお伝えしたいことがありますの」
マルティナが茶会途中で立ち上がって声をあげると、令嬢達は一斉に振り向いた。
「今度の皇城の離宮で催される夜会に出席される方は大勢いらっしゃいますわよね。
本日のお茶会に参加してくださっているご令嬢は、会場のすぐ近くにエーレンベルク侯爵家の休憩室を用意してもらいましたので、自由にお使いいただいて構いませんわ。
当日も、夜になっても蒸し暑いと思いますの。ご気分が悪くなった方はすぐに休めるようにしておきますわ」
令嬢達はざわざわとしている。本来であれば侯爵家の休憩室はマルティナと一緒にしか入れない。
そこを自由に使って良いとは、かなり魅力的な話のはずだった。
とはいえ、さすがに自由に出入りする肝の据わった令嬢は、きっと一人だけだろう。
ローザリンデを見据えて、マルティナがにっこりと微笑むと、ローザリンデは挑戦的な目で笑い返してきた。




