公爵令嬢エバレットの、『最後の挨拶』
バッドエンドです。 耐性の無い人は、ブラウザバック宜しくです。
「もう既に、其方には判っていると思うが、其方との婚姻は私の意思で止めさせて貰った。 王族の婚姻に関しては、愛情など存在はしないと云う。 それを踏まえても、其方には『情』というものすら感じない。 其方の家族への行動は、眉を顰めざるを得ない。 今後、この国を背負い、共に未来を築く伴侶として、其方を選ぶことは、国の将来を鑑みてもあり得ない。 ……仮令、王族の婚姻とはいえ、『情』すら育めない女性とは未来を紡ぐ事は出来ない。 この事は陛下にも言上申し上げ、其方の家の当主も承知した。 今後の国情を憂う必要は無い。 『政略』という面からも、『情』という面からも、さらには、私の伴侶として未来の国母としての『慈愛』を持つ者として、其方の異母妹である、フレデリカ゠ノニエール゠ウルガスト公爵令嬢との婚姻を結ぶ事になる。 自身の妹への行いと、自身の心根を見直し、悔い改める事を期待する」
「承りました。 ……一つ、お聞きしたい事が有りますが、最後にその望みを叶えて頂けますでしょうか?」
「うむ…… まぁ、良い。 聴こうか」
「ファルクス王太子殿下に於かれましては、誠に情け深いご判断、感謝申し上げます。 既に国王陛下、及び、我が家の当主からの承諾と承認を受けて居られると、そう申されました。 『その宣旨』の効力…… つまり、わたくしとの婚姻契約破棄と、フレデリカ゠ノニエール゠ウルガストとの婚姻発表は、明日以降となりますでしょうか?」
「明日、昼の貴族議員総会に於いて発表され、施行される」
「承知いたしました。 それまでに、王城内の部屋からの退出、及び、身辺整理を済ませねば成りませんね」
「私も其処までは求めない。 発表より一週間以内にウルガスト公爵家に戻るがいい」
「わたくしには、王室典範第27条、8項、その①より、その③が適用されると思われますが、その条文を適用しても宜しいのでしょうか?」
「勿論、王室典範の求るところなれば、その様に。 あぁ、王宮内の君に下賜されている部屋の私物は全て公爵家に送り返す様に。 フレデリカが未来の国母として、その部屋を使用する予定だ」
「承りました。 では、殿下、御前失礼いたします」
淑女の礼を捧げ、呼び出されていたファルクス王太子殿下の執務室より退出する。 遂にこの時が来た。 来たんだと、心の中でそう嘆息する。 ウルガスト公爵家の長女として、王太子殿下の妃となるべく研鑽に研鑽を重ねて来た結果がコレだ……
カツ、カツ、カツ と、ヒールの踵を鳴らしながら、自分に与えられている王城内の部屋に戻る回廊を歩む。 胸の徽章は、未だ王太子妃予定者のソレが着いていたが、それも今夜迄。 王家と公爵家の間の政略結婚なのは、この契約を結んだ時から理解していた。
何故なら、私がウルガスト公爵家の娘であって、娘では無いから。
誰よりも努力した。 誰よりも研鑽を積んだ。 誰よりも…… 誰よりも……
“愛して欲しい……”
たった、それだけを胸に、今まで努力を重ね、歩んできた。 しかし、その愛する人から、『情』すら感じられないと、そう云われてしまった。 理由も有るのだ。 それを、彼に伝えるのは、彼に苦悩を与える事になるのも、理解している。
ただ一つ、言える事は…… 信じて欲しかった。
『情』も無い、悪辣冷酷な女などでは無く、状況がそうせざるを得ず、本当のわたくしを見つけて欲しかった。 その為の手がかりは、幾つも、幾つも、置いて来ていた。 でも……
でも、それは、全く無駄なモノだったと云う事。
ならば、絶望しか無いでは無いか。 義務と責務に縛られた “わたくし” には、それ以上どうする事も出来なかった。 王太子殿下に伝えた、王室典範第27条、8項の①から③。 多分……殿下は、単なる守秘義務条項だと、そう思っておられるわ。 そうでなくては、『情』深い殿下の事ですもの、必ず、御止めになる筈ですもの。
いえ…… そうじゃ無いのかも。 王室関係者が、王室典範を軽く見る事など、あり得ないもの。 つまりは、そう云う事? 国王陛下も、御当主様も…… そう云う事なのね。
クフフフフ……
小さく、笑いが口から零れるの。 もう、誰もそれを咎める事は無いわ。 今晩限りで、準王族の地位を失う女に、誰も注意を払う事は無いもの…… 既に、関係各所には伝達は終えられて居る筈なんですものね。
理解いたしました。
予想はしていたけれど、半ば『騙し撃ち』の様な、王太子殿下の『宣下』に、真っ向から対処して見せましょう。
王子妃教育、王太子妃教育、そして、王妃教育の全てに於いて、優秀と言わしめた、この『わたくし』が、殿下と陛下、そして、男性方の甘い認識を覆してごらんに入れましょう! 貴方方が成した、正義が、何を引き起こすのか……
楽しみに御座いましてよ。
薄暗い王城回廊。 歩む足が向かうのは、わたくしに下賜されたお部屋への廊下。 最後の角を曲がれば、そこに有る扉の向こうが、目的地。 でも、わたくしの歩みは、その角を曲がる事無く進む。
「エバレット様?」
背後に続く王宮女官が声を掛けて来る。 予定外の行動に、驚いた声を発している。 でも、既に遅い。 後宮最外郭への廊下を歩む、わたくしを止める者は誰も居ない。
「こ、此方は、お部屋では御座いません! エバレット様!」
「王太子殿下の御要望通り、王室典範第27条、8項を履行致します」
震えずに声が出せたわ。 ええ、最後まで、凛として…… それが、わたくしの矜持なんですもの。 突き進む廊下の先。 一際、質素な扉が見えてくる。 厳重に魔法結界に閉ざされ、行く人を拒む仕様なのは、その場所に入る人が、どのような人なのかを物語る。 そして、至るは、扉の前。
『聖結石』に手を添えて、わたくしの練る、体内魔力を与える。
【 我、ファルクス王太子殿下が妃 エバレット゠ニールス゠ウルガスト。 契約の完遂を成さしめんが為、この部屋に入室す。 すべては王国と臣民が為。 開門 】
密やかに【神聖魔術語】を紡ぐ。 この部屋に入る為には、三つの事が必要。 一つは、王族の一員である事。 二つ目は、十分な純化した体内魔力を練れる事。 三つめは神聖魔術語が口に乗せられる事。 そして、この三つを習得する為には、王妃教育が必要な事。 背後で王宮女官が息を飲む。
この部屋の用途が、余りにも不吉な為、この部屋の警護は居ない。 扉の前には誰も居ない。
つまり、わたくしを止める人員は配せられていない。 この部屋に入る資格のある人物は限られている。 王宮女官が、わたくしが成すべきを成すまでに、この部屋に入る事が出来る資質を備えた人物を連れて来る事は、絶対に有り得ない。
扉は開いた。
わたくしは、歩を進める。 足音は敷かれた絨毯に呑まれ、消える。 王宮女官も続こうとするが、部屋の結界に弾かれ部屋に入る事は出来ない。 そして……
パタリと扉は閉まる。
耳を澄ませば、王宮のざわめきが潮騒の様に、耳朶を打つ。 シンと静まり返った部屋の中、わたくしは歩を進める。
――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ―――
わたくしの父、エルネストは、ウルガスト代公爵。 そう、代公爵なの。 母は、伯爵家の令嬢。 父がウルガスト公爵家に婿入りする前に、交際していたメーレンダス伯爵家の次女だった方。 当時の王国は内憂外患で王家も貴族家も大変だったらしい。
父エルネストも、そんな歴史の荒波の中に翻弄された一人。
本来ならば、父の生家である、ゲラルディーニ侯爵家の継嗣として、メーレンダス伯爵家の次女エメラルダ嬢と何の問題も無く婚姻される筈だった。 しかし、貴族社会の柵と、その時の混乱により、ゲラルディーニ侯爵家も呑み込まれた。
二人の婚姻の約束は反故にされ、父エルネストは継嗣から外され、ウルガスト女公爵様に配として、婿入りするしかなかった。 父は、諦めきれなかった……
婿入りし、エミリーベル゠レバルト゠ウルガスト女公爵様の配として、公爵領を纏め内政に尽力したのは間違いの無い事実。 しかし、父は公爵領内に自分の妾宅を極秘で造った。 其処にエメラルダ嬢を囲った。 最初は極々、細やかに。
配として、義務を果たし、第一子であるクラージュ゠エネスト゠ウルガストが生まれた。 公爵領を上げての祝いが執り行われる程、待望の赤子だった。 続く、第二子、第三子が望まれる。 が、エミリーベル女公爵様には悲運が訪れる。 第二子をご懐妊されるも、その赤子は流れ、寝込む事が多くなった。 領内は重苦しい雰囲気が包み込んでいたと云う。
そんな中、産れたのがわたくしだった。 本来ならば、秘されるのが普通。
しかし、悪い事は続くの。 エメラルダ様は、産後の肥立ちが悪くなる。 幾ら公爵家の配とはいえ、妾宅の女性には、公爵家当主の様な手厚い看護は望めない。 幾許も立たぬうちに、彼女は遠き空の虹の橋の向こう側に逝ってしまわれた。
今でも凄いなと思うのは、エミリーベル女公爵様の御判断。 彼女の目を盗むような真似をした父エルネストを赦すばかりでは無く、わたくしをも公爵家に入れた。 庶子としてでは無く、第二子長女として……
多分、流れてしまった第二子の代わり…… なのだったと思う。 そして、きっと…… お父様との婚姻時に何か、重大でエミリーベル様にとって、後ろめたい事が有ったのだと、私は思う。 そうでなければ、私が受け入れられるはずも無く……
そして、私は、貴族籍に入れられ、公爵令嬢として兄から『猜疑』と家の者からの『蔑み』の視線の中、育てられた。 ……二年後、御当主様に新たな命が芽生える。 それが、フレデリカ゠ノニエール゠ウルガスト。 厳密には異母妹にあたる彼女だった。
昏く、重かった公爵家の雰囲気が、一気に明るくなったのは言うまでもない。
第一子の継嗣は大切に、大切に育てられ……
第三子の末娘は、真綿でくるまれる様に愛され……
名目上の第二子、長女たる私は、公爵家の面目と責務と義務を全うする者として、産れた時から厳しく教育された。 公爵家当主である、エミリーベル女公爵様に受け入れられて、公爵家の一員とされて居るのだからと、幼少の頃より教師達より、洗脳に近い教育を…… ね。
その場所に座れることを、有難がれ…… 公爵家の血を持たぬ公爵令嬢ならば、その価値を自身で作り上げろ…… 今、お前が生きて居られるのも、全ては公爵様の慈愛の賜物である。 公爵家に受けた大恩を返せ。 有用な駒となれ。
幼子に云うには辛辣で、情け容赦の無い言葉の数々。
だから、願ったの。
“愛してくれる 誰か” をと。
“信じて呉れる 誰か” をと。
勉強したわ。 マナーも、学業も。 誰にも後ろ指を指されないように。 決して隙を見せないように。 大公家の令嬢として、一分の隙も無いように。 そうすれば、『愛してもらえる』と、そう思っていたから。
“ 愛さない者は、愛してもらえない ”
との、言葉を貰ったのは、利発で聡明な公爵家の長女という噂が社交会に流れ、ついに王室に迄届いた時。 当時の第一王子の婚姻予定者の候補に挙がり、王城で候補の令嬢達が集まった場所で、王城の教育官からの言葉。
今では理解できる言葉。 自己愛ばかり強い貴族の令嬢に対し、愛情を持って相手の事を思う事。 相手の立場に立って、考える事を促す為の言葉。 その言葉に、私は強い衝撃を受けたの。 欲しい、欲しい、ばかりでは、相手を疲れさせてしまう。 ならば、与えよと…… 愛情を示し、相手の望んだ姿に自身を塗り替えよ…… って、云われたと思ったの。 思ってしまったの。
だから、研鑽を重ねた。
ファルクス第一王子に、愛して貰うために、私は王子を愛した。 王子を取り巻く全てに満足をして貰い得る様に、勉強し、研鑽を積んだ。 王子が王太子殿下に立太子される頃、わたしは、正式に王太子妃予定者の準王族決定を受けた。
父も喜んでくれた。 しかし、それは、公爵家の役に立ったから。 決して私の幸福を喜んでくれた訳では無い。 公爵家の勉強は更に苛烈に成り、甘えなど許しては貰えなくなった。 続く王城での教育は、ドンドンと高度になり、十八の歳を数える頃には王妃教育が完了してしまう程。
何故に、それ程の教育が施されたのか。
答えは、王家の問題に有った。 王妃陛下の出自の問題。 父たちの代での、大きな混乱というのが、それが原因。 現国王陛下は、決まっていた婚姻予定者を無理に変えたから。 それも、本来なら王妃となる資格の無い子爵家の女性に。 本来ならば、側妃の一人や二人を作っても当たり前なのに、陛下はそれも良しとはしなかったから、余計に。 この事で、王室の求心力は霧散する。
ならばと、その頃の貴族家の者達は、皆、王家との縁を結ぶ事を見送る。
その状況を受け、王宮関係者の奔走は始まったわ。 そう、幾ら優秀な王室の教育官でも、子爵家令嬢を王妃となる迄の教育を短期間では熟せなかったの。 無理があったのよ。 婚姻式までに、何とかマナーを叩き込む事は出来たけれど、政務に関して言えば、土台無理なのは、誰が見ても理解出来るわ。
よって、王室関係者は考えたのよ。 王が側妃を持たぬのならば、次代の王族は先細る。 また、政務に於いても、王妃が役に立たないとなれば、全てに於いて王国の国力に蔭りが出る…… とね。 王妃の政務については、王太后陛下がその肩代わりを為し、子については陛下と妃陛下に励んでもらわねばならぬとね。
王室関係者の涙ぐましい努力は、やがて実を結ぶの。
陛下は恙なく子を儲け、ファルクス王太子殿下を筆頭に三人の王子と二人の王女を得た。 王妃陛下もまるで、その為に居るのだと云うように、王子、王女に手を掛け、慈しみ、 …………甘やかした。
老齢となって、既に政務には支障が出てきている王太后陛下の肩代わりを成す為に、王室関係者は高位貴族の子女の情報を集め、分析し、選別したわ。 そして、その網に掛かったのが私と云う事ね。
王子妃、王太子妃、王妃教育の階段を上る速度を、何よりも重要視され、子供らしい感情を捨てさせられ、外交と交渉に長けた者達による、専門教育が施されたのよ。 その後は……
王太后陛下と共に、国の社交外交を務め上げる事に成ったの。 そう、王妃陛下の代わりに……
公務は膨大となり、ファルクス王太子殿下との時間も取れず、また、大公家に帰る事もまま成らない。 常に時間に追われ、要衝との折衝に頭を悩ませ、身を繕う為に食事の制限が必須となり…… 誰も知らぬ場所で血を吐く毎日……
そんな中、優雅にも王国礼法院で学んでおられるファルクス王太子殿下は、滅多に会わない自身の婚姻予定者よりも、その異母妹である者に心奪われたの。 周囲を固める者達も含め…… 皆で仲睦まじく。 それは、まるで御伽噺の様に……
決定的に成ったのは、エミリーベル女公爵様が体調を崩され、成人した御継嗣、クラージュ゠エネスト゠ウルガスト様が公爵位に就かれた事だったの。 そう、父エルネスト代公爵は、その地位を失ったのよ。 妻が苦しんでいる時に、妾に現を抜かす愚物は、排除対象だったのでしょうね、クラージュ様としては。
父様は、忸怩たる思いを持ちつつも、エミリーベル様と一緒に公爵領の静養地に向かわれたわ。 私の後ろ盾が消滅したのよ。 クラージュ様は、当然、私の事は良く思ってらっしゃらないわ。 だって、生きている、『不義たる証拠』なんですものね。 そして、美しく成長したフレデリカ゠ノニエール゠ウルガスト様が、常に側に居た。
彼は、考えたのでしょうね。
この美しい実の妹に、栄耀栄華を与えてやりたいと。 そして、密かに流すわたくしの悪い噂。 外交に、他国での政務に尽力しなくてはならない私は、国内に出回る醜聞…… もっと言えば、王国礼法院での噂話など歯牙に掛ける時間すら無かった。
状況は作り上げられ、ファルクス王太子殿下はフレデリカに心を奪われる。 用意周到なクラージュ卿は、現国王陛下の様な無様な真似はさせまじと、貴族議員たちを丸め込み、私の排除に動いたの。 それに、婚姻予定者を変更するといっても、現国王の様に下位の貴族令嬢と強引に婚姻を結ぶのとは、訳が違う。
同じ…… そう、同じウルガスト公爵家より、真の蒼き血の継承者から『配偶者』を選出すると云うのだから、高位貴族である貴族院議員たちからは、文句は出なかったでしょうね。 だって、私には、ウルガスト公爵家の血は、一滴も流れていないのだしね。
それを、知った時は、時すでに遅しよ。
王太后様と共に諸国を廻り、一定の成果を出しつつ安寧を模索していた私は、王城に帰り『影達』の話を聞いて、足元から崩れ落ちそうな気持がしたの。
結局……
わたくしなんて、必要無いんだって……
血筋が全てを凌駕するんだって。 努力を重ね、研鑽を積んで、国の為に、この国に住まう人の為に懸命に努力していても…… 見る人が見なければ、誰も知らないって……
私の成した事は、全て王太后様の成果となり、国王陛下に奏上されているわ。 その中に私の名は無いのよ。 王城の官僚達にしても、私は王太后様の補助くらいにしか見ていないわ。 ほとんどの実務は私が成したと云う事は、闇の中。 王家の面目を保つために必要な事だから……
王国礼法院の中では、私は悪女とされて居るわ。 蒼き血を持たぬ者。 礼法院で勉学を修めていない者。 代公爵エルネストのごり押しで、王太子妃に押し込まれた、愚物。 王家の財を貪り、栄耀栄華を極めている尊大な女…… ウルガスト公爵家内でも、王太子妃として振舞い、年少のフレデリカに高圧的に接し、いわんや、フレデリカがファルクス王太子殿下と親交が有ると聞けば、茶を掛け、ドレスを裂く非道を成している…… とね。
もう、ここ何ヶ月も大公家の王都の屋敷には帰っていないし、まして、前公爵様が譲爵位されたのを聞いたのも、他国でよ? 王都はおろか、王国にすら居なかったのに、どうやって異母妹を苛むのよ……
―――― バッカみたい
それを鵜呑みにして、信じ込む人達も……
もう…… 疲れた……
もう…… いいや……
良い子で居ても……
勉強が出来ても……
マナーや所作が美しくても……
社交外交が狡知に長けていても……
誰も、だぁ~れも……
―― “ 私を愛してくれる人 ” ――
なんて、いないのよ……
今年、フレデリカが王国礼法院を卒業したわ。 優秀な成績なんですって。 卒業式の舞踏会には、ファルクス王太子殿下から、殿下の色をふんだんに使った素敵なドレスを贈られて、ボールルームで頬を染めていたようね。 殿下の腹心たちも、その様子を喜ばしいモノと捉え、舞踏会は最高の盛り上がりを見せたと…… 聴くわ。
「王国の影」
からね。 招待もされなかった…… そう云えば、ここ何年も、ファルクス王太子殿下からの贈り物など無かった。 私が公務の為に必要なモノは、すべては王族準備費の中から支出され、それも、ちまちまと自身で財務大臣にお伺いを立て、購入許可証を戴いていたっけ……
それが、散財なの? 何人もの承認が必要な、それが…… 個人的なモノになんて、鉄貨一枚使ってないわよ……
王国礼法院の卒業年齢は、婚姻可能年齢と云う事。
そして、ファルクス王太子殿下よりの、王太子執務室への呼び出し。
予想するのは、簡単な事。
ファルクス王太子殿下を、誰よりも頼りにし、愛していらっしゃる国王陛下に在らせられましては、王太子殿下の言葉に素直に頷かれるのは、必定。 既に、ウルガスト公爵クラージュ卿が、全てを調えていらっしゃるのだから、問題は何処にも存在しない。
反駁するには、時が経ちすぎていたのよ……
だから、頷いた。
承諾したの。 一切の反論を口にせず…… 全てを呑み込み、役に立たなかった駒は、盤上から取り除かれるだけ。
――― ☆ ――― ☆ ――― ☆ ―――
ドンドンと云う、扉を叩く音。 金切り声とも取れる、王宮女官の叫び声。 既に、定まった未来を覆すには、余りにも無力ね。
手には、強い酒精のお酒が入っていた、瑠璃のグラス。
サイドテーブルの上には、王家の秘薬を詰めてあった、赤黒い小瓶。 勿論、封は開いているし、中身は飲み干したお酒の中。
ゆっくりと、長椅子に身を横たえるの。
今までの人生で、これ程ゆっくりとした事は無かったわ。
誰にも監視されず。 誰にも咎められず。 ただ、ゆっくりとした時間が流れていく。 それも、もうすぐ終わる。 王家の仕来りで、何度も何度も行われた耐毒性獲得の為に、毒を口にしたわ。 そのおかげで、大概の毒には、強くは成ったけれども、そんな王家の者を眠る様に死に至らしめるのが、赤黒い小瓶の中にあった液体。
全部飲み干してやったわ。
もう、絶対に助からない。
王妃教育を受けた私は、この国の秘事、秘儀、秘匿事項が頭の中に存在する。 この知識は国外は元より、王城の外に決して持ち出してはならない。 この知識を持つ私は、王家より縁が切られる時、この知識と共に、命を終えなくてはならない。
王家の影に依るものか、自身で決着を付けるかは…… それは、私の裁量に任せられる。 自身で決済するのが怖ければ、他人の手で完結する事も良し……
『王室典範第27条、8項』には、その事が記されている。
だから、私は尋ねたの。 あの方にね。
もし、私を少しでも『愛してくださって居れば』…… 多少なりとも、『情』を持って頂いていれば……
私は、お願いしていたでしょうね。
『 この命を奪ってください 』って。
それすらも、叶えられなかった。
扉の外が段々と、煩くなって来たわね。 でも、もう遅いわ。
私は、私の成すべき事を……
完遂出来た様ね……
眠く成って来たわ…………
ええ、とても…………
意識が落ちる前に……
矜持を持って、皆様に……
愛しても…… 信じても……
呉れなかった人へ……
御暇させて頂きます。
…………それでは、皆様、ごきげんよう。
fin
ハッピーエンドマニアの中の人が贈る、バッドエンドな悲恋。
なんの救いも無い短編です。 新たな世界の為の習作でも有ります。
慣れない、バッドエンドは、綴っていても心が痛くなりました。