格子柄のチェックメイト
高校1年の春、名前順で決められた出席番号通りに決められていた座席順。俺の一つ前の席に座った女は、初日から俺に変なあだ名をつけてくれた。
「へぇ、5月生まれなんだ。じゃあ、こうしって、呼んでいい?」
「良いわけねぇだろ」
そんな初対面で印象が良くなるはずもなく、何かと自分勝手なそいつ。だが、頭の回転が速く、社交的で、自分勝手なくせに肝心なところで空気を読む性格は、周りから見れば好意的に見えるらしく、いつもそいつの周りは賑やかだった。
騒がしいのが嫌いな俺にとっては、どちらかといえば苦手な部類の人間だった。
「ねぇ、こうし」
どれだけやめろと言っても呼び名を変えることはなく、ひと月もする頃には、俺も諦め、訂正することを止めていた。
「っんだよ」
「今日勉強付き合ってくんない?」
「なんで俺だよ。イズミのほうが勉強できんだろ」
「みんな部活で忙しいって付き合ってくんない」
「俺が暇人みたいに言うな。俺も部活あるわっ」
「時々さぼってんじゃん」
「あれは部活が休みなんだよ。うちは文化系運動部だからゆるいの」
「……今日は?」
「……休み」
引きずられるように一緒に帰り、ファミレスで勉強する。そして本当にただ勉強するだけ。
時間も遅くなり、帰ろうかと声を掛けようとした時、そいつが目に涙を浮かべてることに気付いた。
「なんで泣いてんだよ」
「なんでもない」
「なんでもなくない」
「だって怖いんだもん」
「は?」
聞けば、中学時代、突然仲の良かった友人達が手のひらを返したように自分を無視するようになったらしい。
何をしたのかわからない。ただ、自分はいないものとして扱われ、そのまま卒業した。
今は、みんな仲良くしてくれるかもしれない。でもまた同じことが起きたらどうしよう。それが頭から離れないのだという。
普段はそんな素振りを見せないから、そんなことを考えていたなんて思ってもみなかった。
「それ、話していいのか?俺だって……」
「だって、こうしだもん」
「……意味わかんねぇ」
「こうしなら大丈夫だもん。いっつもちゃんと相手してくれないから、仲悪くならないもん」
なるほど、と納得させられてしまった。
仲良くないから仲悪くならない。道理だ。
「じゃあ、たまに愚痴れよ。優しくはしねぇけど」
「……うん。……ねぇ、こうし」
「なんだよ」
「ありがと」
まったく、おひつじ座生まれのお前のほうがよっぽど迷える子羊じゃねえか。
そう思うと、自然と俺はそいつの頭をなでていた
ねぇ、と泣く子羊を
もぉ、と鳴きながら見守る子牛
優しくしないと言いつつ頭撫でるとか……。
詰められたのはどっちでしょうか。