自称婚約者が追ってきた〜悪役令嬢の義理の妹…じゃ無い方の妹【番外編】
こんばんは。
前回書いた『悪役令嬢の義理の妹…じゃ無い方の妹』のブクマが有難い事に1000件を超え、デイリーランキングでも一時3位まで上がっていたようなので、続編のようなものを書いてみました。
前回同様の作品傾向の為、楽しんでいただけそうな方だけどうぞよろしくお願いします。無理だと思ったら迷わずお逃げください。
姉の婚約破棄騒動の末、隣国へと移住した私。仕事にも慣れ、職場の大先輩方(おじいさん方)にも孫のように可愛がられ、偶に上司(王子)が茶々を入れにくることを除いて、充実した毎日を送っていました。……先程までは。
祖父母が用意してくれていた温室で、花を愛でつつ休暇を優雅に過ごしていた私の前には、何故だか2人の男性が。…あ、おばあさま達が気を遣って入れてくれたと。そうですか。…そうですね、家の外で騒がれても困りますし、祖父母に迷惑がかかるのは嫌です。
「リリア!愛する俺を捨てて国を出るなんて許されないぞ!!」
1人は大変興奮したご様子でテーブルを叩いた非常に不快な男性。つまり、知らない人です。誰が誰を愛したと?
もう1人は、
「ねえリシュ?コレ最近君の周りをコソコソしてたんだけど、どこの勘違い男?」
まさか、本当にリシュの恋人じゃないよねぇ?カラカラと笑いながら、目は全く笑っていない王子。怒ってますよね?何でですか。怖いです。
人生捨てたもんじゃ無い、これからまた新たな地で頑張ろうと思っていた私のモチベーションは下がりに下がってきています。一度ならず2度までも。しかも今度は私自身すら知らなかった婚約話の縺れだなんて。びっくり通り越して最悪です。
「で?知り合いなの?リシュ」
「婚約なんてしておりませんし、そもそも貴方の事を私は知りません。ついでに婚約話なんてもう御免です」
「そんな…!っ、お前が身持ちが固い女だったから、俺はついメリアに靡いてしまっただけなのに!それを…黙って婚約破棄の同意書を送りつけて姿を眩ませ、漸くこうして必死に君を見つけた婚約者に対して知らぬ存ぜぬとは……冷徹にも程があるだろう?!」
「いえ。まったく」
だから私は、貴方のことを知らないんですけど。
しかも、どうやらこの男、私と自分の婚約者を勘違いしてとんでも無い事を言っている。堂々と不貞を暴露した上にそれを婚約者のせいにするような不届き者に、同情の余地一切ないけど。
「ああ…探して漸く見つけたというのに、嫉妬深い君は俺を冷たく責めるだけ…。どうしてなんだ!?此処にくるまでにメリアとはきっちりと関係を清算したし、関係のあった女性たちとも別れて来た!これからは君だけを愛すると誓っているだろう!?」
1人芝居、いつまで続きますか?
いつ私がこの他人を責めたのか思い当たりはないですが、とりあえず最低の部類の男と割り切った婚約者側が、婚約破棄を突き付けたんでしょうね。女性関係清算してからくるあたりはまだいいですが、これより戻したらまたすぐ外に女性作りますよね。婚約者かわいそうに。私関係ないですけど。
王子はこの男の勘違いに気付いたのか、もうすでに傍観モードに移行して、紅茶を楽しみながらベストポジションで本来私には関係ない修羅場を観覧しています。随分楽しそうですね!今すぐ助けていただいても!?と目で訴えればとても嬉しそうに君なら大丈夫、頑張れがんばれ。とちっとも有り難く無いお返事をいただきました。光栄ですこと!!
これだから愉快犯は…!
私の手綱握られた事について、多少絆されかけていた心が急速に冷めていきます。
もういいです。そうですよ、人間結局頼れるのは自分自身。どう足掻こうが、人間は最期は1人。何とかしましょうこの状況。先ずはこのどこの誰か分からない困ったさんが、どこの家の困ったさんか記憶を辿るところから。
隣国へと移り住む際に捨てて来た余計な情報を拾うとしましょう。
*
私のこの名前、リリアーシュは大抵の場合愛称はリリアになります。祖父母がどういうつもりでこの名前にしたのかはさておき、私の下の世代ではこのリリアという愛称や名前が大変流行ったのです。
名前にも流行があるんですよ。私の名前はその当時最先端を行っていたわけです。
まあ、流行り出した理由が、どこぞの国の王子がリリアという名前の少女と結婚すると宣ったことがある。…というだけの理由ですが、リリアという名前や愛称ならうちの子にもチャンスがあるかも、と、子供に名付けた親が一定数いました。なので流行したわけです。
私も一応令嬢でしたので、何度か参加したパーティーがあります。私の事を見てお探しのリリアだと思うのなら、そこのどれかで見かけたに違いありません。
姉の婚約者の友人もとい隣国からの留学生、アシュレイ殿下に邪魔されて、片手で数えられる程度しか参加出来なくてよかったと初めて思いました。あの当時は心の底から恨んだものですが。
だってそうでしょう?私の人生設計からすると、目立たず家を出て隣国に渡り祖父母と暮らすが第一目標。第二目標は両親にどこぞの汚い貴族に端金で売られる前に婚約者を見つけてさっさと結婚してしまう。…だったから。見知らぬ結婚相手に嫁げと言われるくらいなら、自分で見つけた相手に嫁ぐ方がマシ。
それがバレていたのか、殿下に邪魔されました。それじゃあ幸せになんてなれないよ、などともっともらしいことを言われましたが、単に私の婚活を邪魔したかったと推察。私で遊ぶの好きですからね。
よって、早々に第二目標は切り捨て、第一目標に絞り、日々努力をして来たわけです。…危うく第一目標も達成出来なくなるところでしたけど。
…それはさて置き。
私が参加したパーティーの中で、リリアと呼称される令嬢が参加し、中でも婚約者がいるリリアがいたのは1つだけ。だって、他は婚約者が居ない令嬢令息が参加可能なものですから。そして婚約者有りで参加可能年齢内のリリアは、1人だけ。
チェックしてる理由は単純。婚約者がいる令息は心底どうでもいい。どんなに見目が麗しがろうが財力あろうが婚約者には望まない。欲しいのはマトモな婚約者であって、婚約者を蔑ろにして他の女を追いかけるような男じゃ無い。ついでにその婚約者の令嬢と泥沼展開なんてもっと嫌。
……さっきからどうにも脱線し気味なのは、多分姉の婚約破棄騒動がそれなりに私に影響し続けてるからだとは思います。忌々しいけど仕方ないですね。縁切ったとはいえ姉妹ですから。殿下に言ったら、大笑いしながらそんなに繊細だった?と聞かれそうですけど。
リリアの特定が出来たので、とりあえず頑張って思い出しましょう。ええっと、そう…たしか、物静かな方で、……自分の婚約者が会場内で自分と正反対の令嬢に声をかけて親密そうにしているのを冷め切った目で見ている人でした。何となくシンパシーを感じたものです。
気になったので、並んでお話してる最中を目撃されたと見ていいでしょう。
彼女は私と同じくらいの背格好で、年齢は私より下…だった気が。
あとはそう、名前。…名前は…確か…。
*
「聞いているのか、リリアン!!」
私に相手にされていない事がそんなにも我慢ならなかったのか、再度テーブルに手を叩きつけた男性。陶器の割れる音。…カップが一つ床に叩きつけられてしまった。かわいそうに。
流石の私も腹が立って来ました。それ、初めてのお給金で買ったカップなのに。
「お前を必死に探してみればなんだ!俺の事を散々責めたくせに自分は男を作って家出か!?何で俺がお前みたいな地味な女を婚約者にしてやってたと思う!」
「婚約者の家格が、容姿が、教養が自分より劣ればそれが不満だからと理由をつけて堂々と不貞出来ると思い込み、また婚約者も自分が悪いのだと思って口出ししないと思っていたからでは?」
そんな訳がない。
「そういう輩が、私は何より嫌いです」
まるで此処にはもう居ないはずの親やら義姉を思い出す。
「自分の都合のいいように考えて、周りのことを省みない。全て自分の望み通りに動くと勘違いした愚か者。そういう輩が見捨てられるのは当然だと思います」
姉の婚約破棄…自国の王子の失敗から何も学ばない貴族は大成しないでしょうし、リリアン様はよく切り時を理解していた模様。感心しました。
図星なのか、単に直情的すぎるのか、リリアン様の婚約者が顔を真っ赤にして、テーブルに置かれた私のカップを取り、私に紅茶入りのそれを投げつけました。
…届く事なく、私が先程までいた椅子に当たって壊れましたが。
「レディーに対して、その振る舞いはいかがなものかな。ここは彼女の庭、それは彼女の私物、何より、彼女は君が身勝手に傷つけていい人間じゃ無い」
怒りを含みつつも妙にいい声が妙に近くから聞こえると思えば、抱き上げられて膝の上。誰の?この愉快犯…失礼、王子の。
恐らく私を守ってくれたものと思われます。……不覚にもときめきそう。先程閉じた心の扉が開きそう。
「私のレディー、リリアーシュにこれ以上の言い掛かりはやめてくれないか。不愉快だ」
……誰が、誰の?
そこで漸く冷静になったのか、自称私の婚約者は、私が自分の探していた婚約者とは別人である事に気付いたようです。遅い。
「り、リリアン?」
「私、リリアン様ではございません」
「しかし、君の事をリリアと何人も呼んで…!」
「私の名前はリリアーシュですから、愛称としてリリアと呼ばれてはいます」
希望が絶たれたらしい自称婚約者は、自分の現状にやっと気付いたらしく、顔を青ざめて言い訳にならない言葉を言いかけては続かずまるで壊れた機械のよう。
「彼女はリリアーシュ・ロゼアム。君の探しているリリアとは別人だ。これまでの非礼は正式に僕の方から国を通して抗議するから」
「貴方がどんな人間だろうが私には全くもって興味もありませんが、リリアン様が貴方を捨てて出て行った理由については、小一時間程度でよく理解できました。全て教えると日が暮れそうなので言いませんが、婚約者の顔も覚えられない脳味噌を、私ならば婚約者には選びません」
フットワークの軽いアシュレイ殿下ですが、きちんとお付きや護衛は隠れているもので、自称婚約者は詫びの一言を入れる間も無く速やかに運ばれていきました。さようならー。
「…壊れちゃったね、気に入ってたんでしょ」
「…形あるものはいつか壊れるものです。仕方がないと割り切りましょう」
「今度新しいの僕が買ってあげるね」
「してもらう理由が無いので結構です」
「……そうだね、今は」
じゃあまたね、と踵を返した殿下は後日、ティーセットと共にやって来ました。
「はい。婚姻届の写し」
「……誰と、誰の?」
気のせいでなければ、殿下と私の名前が書いてあるんですが?
理解しつつもありえないと現実を拒絶したがっている私に、殿下が勿論僕と君のだと悪びれもせずに言う。
「この間、婚約話はもう御免だって言ったから、婚姻することにした」
言わなきゃよかった。
過去の自分を盛大に罵りながら、婚約飛ばして婚姻記念で渡されたティーセットを見て、どうやら手綱は握られたのではなく繋がれてしまったらしいと思った。
「埋められる外堀、もう婚約くらいだったから、婚姻出来て満足だよ。これから末長くよろしくね、リリアーシュ」
私はリリアーシュ・ロゼアム。
恐らく巻き込まれ体質。何故か事件は温室で起こる。暫くお茶は自室でとろうかと検討中。
この度手綱どころか手錠の片方掛けられて、強制的にアシュレイ殿下の嫁になりました。
「リリアーシュ、愛してるよ」
「知ってます。私も嫌いではありません」
してやられた事に腹が立ったのは否めない。けれど、多分1番腹が立ったのは、ここまで勝手に私の人生設計を乱された事にそれ程私が怒っていない事。
好きと素直に言わないのは、精一杯の反抗です。
嬉しかった私への。私を呼んだ、貴方への。
読了ありがとうございました。