第2/10話 退屈しない柔道の時間、ジルの匂いに心奪われる
ここホールディングアーチ公立魔法高等学校普通科では、体育の授業もある。魔法を使うには体力も必要なのだろう。そうでも思わないと、運動があまり得意じゃない僕はやってられない。とてもサボりたい。でも単位落とすのはヤだし、授業サボる不良って柄でもないんだよな自分。
んで、普通の体育の他に、選択体育という授業がある。柔道、剣道、ダンス、卓球、バドミントン、サッカー、バスケ、ソフトボール、テニス、バレー。の中から好きな種目を選ぶ。運動が苦手な場合、どれを選ぶかは消去法で決まる。球技(バドミ含む)はチームを組む可能性が出てくるので、運動できるできない以前の問題で却下。ダンスはやってもいい気がするけど、ダンスを選択する生徒たちとコミュニケーション取れる気がしないので却下。剣道はキツそう却下。という訳で僕は柔道を選んだ。
そして何故かジルも柔道を選んでいた。
ジルと仲良くなりたい男子は、彼女が何の種目を選ぶのか知りたがっていた。でも彼女は誰にも教えなかったらしい。親しい女友達にも話さなかったらしい。ただ、中学の頃はバドミントンをやってたらしく、男子たちはそれを根拠にバドミントンに賭けた者と、やはり見た目のイメージからのダンスに賭けた者に分かれた。そういう事情で今年のバド選とダンス選は男子の割合が多いそうだ。
かくして柔道選択した男子はたなぼただった。他の種目を選択した男子から羨ましがられた。柔選はやっぱり男子の割合が多い。何クラスか合同でやってるはずなのに、女子は3人しかいない。内2人は割とがっちりした体型で、柔道は向いてそうだから来ましたって感じがする。だから余計にジルの存在が際立って見える。ジルは柔選の時は髪を後ろで1つ結びにし、ポニーテールにしている。…顔まわりがスッキリして見えてかわいいよね。
柔選で何をやるかって、自重筋トレしたり、柔道場の端から端までを腕の力だけで這いずったり、ドスンドスンと受身の練習をしたり、2人1組で組み手・技の練習をしたりする。
技をかける側とかけられる側に分かれて、かける側が5人の人に大外刈りをしましょうって先生が言って、僕は技をかけられる側になった。そしてジルが「パラやろう」と言いながらやってきて、大外刈りを僕にしかけた。ズデーン! 僕は足を掬われてバランスを崩し、床に押し倒される(もちろん受身は取れている)。ジルは、技をかけることに集中しているのか力強くかつ勢いよく来る。グイッと体を引き寄せられた時、ほわぁっとジルのいい匂いに包まれる。時よ、このまま止まってくれと僕は願う。願いも虚しく、一瞬で床まで真っ逆さまになるわけだが…少し痛いのだが…何故だか快感でもある。男子やジル以外の女子から技をかけられても、そうはならない。僕はジルにときめいちゃっているのかもしれない。想像してみてほしい、あなたがときめく人からかけられる大外刈り…魔法を使っているわけでもないのに、痛みが快感に変換されないだろうか。だって仰向けに倒されてすぐ目の前に胸ぐらを掴んできてる奏○かのんがいるんだよ。
でまぁ柔道の授業はそんな感じで毎回退屈しなくて。
問題はここからなんだけど。
今、7月じゃん。暑いじゃん。柔道場は空調ないからさ、いつも通り動いてるだけなのに汗が次から次へと吹き出てくる。先生の指示で生徒同士で技のかけ合いしてて、またジルと組む機会があって。
「パラ、大外刈りかけてよ」
「? わかった」なぜ技をかけて欲しい? まいいか
僕はジルに体をくっつけて、次に上半身を傾けさせてジルのバランスを崩させながら、ほぼ同時に自分の右脚をジルの右脚にひっかけて、大外刈りをかけようとする。
…むはぁっ!! なんかいつもよりいい匂いしないか!? いい、と言うか、クセのあるでもクセになるニオイ…。いつものいい匂いをベースに、何かが足されて化学変化したような。そう、匂いの中にいつものいい匂いはちゃんといる…でも明らかにいつもと違くて、オスの本能に呼びかけてくるような中毒性のある匂い…。
…んっ!? ジル右脚めっちゃ踏ん張ってんじゃん、何のつも…
「うわっっ」べちん…!
「っとと! もーパラ受身取るの忘れちゃダメだよ?」
「ごめ…いやいや予告なしに大外返しするなよ」
「やーどんな顔するかなーと思って(笑) いい顔してたよ」悪戯っぽい笑み。かわいい。惹き付ける匂い。
「コラ。…納得いかんのでもっかい組んでもらっていい?」もう一度よく嗅ぎたい
「いいよ。パラが悔しがるの初めてみた(笑)」悔しくはない。できるだけジルの匂いを嗅いでいたいだけです
「今のは誰だって悔しい」ま そんなことは絶対言わないけど
「ハハ、ごめんごめん。よしもっかいやろっか!」
こういうお茶目な所があるのが、またそれを僕みたいに仲良しというほどまだ仲良くもない奴相手に抵抗なくやってのける所が、ジルの非凡な才能だと思う。
軽くさっきの状況説明しとこう。
ジルは僕に姿勢のバランスを崩されそうになっていた所から、不意に全身で抵抗してきて、その一瞬で形勢逆転し僕の体勢は不安定になり、そのまま一気に脚も掬われ大外返しを喰らった。僕は大外刈りをかけることしか考えてなかったので、無防備に頭から床に向かって落ちていった。受身を取らなきゃとか考えるヒマがなかった。そこで咄嗟にジルが僕の体を引っ張ってくれて、僕は尻もちならぬ背中もちをつくだけで済んだ。この時一瞬だけどジルの顔がとても近くてドキドキした。あの奇妙に魅力的な匂いもこの時一番香った。
なんなのだろうあの匂いは。
恐らくいつも飛ぶジルの香りの粒子に加えて、暑い柔道場の中で体動かしてるせいで かいた汗が、皮脂や垢などと混じって、それを皮膚常在菌が分解し、生成されたニオイ物質が汗と共に気化し、いい匂いもクセのある匂いも全てがミックスされて僕の嗅細胞が感知するのだろう。…なんなのだろうあの匂いは。一言で言おう。堪らない。
ちょっと気が済むまで嗅がしてもらえないだろうか。まさか直接本人に頼むわけにもいかない。頼めるくらいの関係まで持っていく? その匂いを嗅ぐためだけに? それは馬鹿げてる。僕はジル好きだけど、そういうんじゃない。付き合いたいとか思ってない。ジルと付き合って楽しそうにしてる自分が想像できない。それはやっぱり僕とジルでは不釣り合いだと思うし、周りから「なんであいつがジルと」って目で見られるであろうことも嫌だからだ。
ということで僕にできることと言ったら、柔選の授業後のジルの柔道着をこっそり盗んで匂いを嗅ぐ。これしかない。