28 どこかで聞いたような話だ。おかしいな。デジャブかな。
普通の猫が、キーボードを叩いて文章を書くなんてことはありえない。
だとしたらやっぱり本当に、この猫は私と同じように元々人間で、猫に転生してしまったということなのだろうか。
白猫はさらにキーボードを叩き続ける。ゆっくりと、だが確実に文章を書き上げていく。
『カゴから出してあげようか。大丈夫、食べたりしないから』
白猫は前足をちょいちょいと動かして、小さな扉を開ける真似をする。キーボードが打てるぐらいなら、このぐらいお手の物ということだろうか。
いくら食べないからと言われても。
確かに、キーボードで文字を打つような相手が、さすがに文鳥をガリッとやるような、野蛮なことはしないはず。とはいえ、やっぱりまだ信用できない。こちらを油断させてから、その隙を狙うという可能性もあるからだ。
私が動こうとしないのがわかると、白猫は再びキーボードを叩きだした。
『私、本当は女子高生だったんだ』
な、なんだってーっ。私も。私もそうだったの。
そう伝えるつもりで、私は何度もジャンプして、バサバサと羽ばたきながら、チチッと鳴いた。
『バレンタインデーに、男子バスケ部の部長に、交差点で告白しようとしたんだけど』
え? どこかで聞いたような話だ。おかしいな。デジャブかな。
もしかしてこれって。まさか。まさかあんたは。
『残念ながら振られちゃって』
えぇーっ?! あんなに仲良さそうに話してたのに? 振られてたなんて。
『私なんか、死んじゃえばいいのにって思ったら、本当に暴走自動車にはねられて、死んじゃった』
お、お前もかーっ!
確かに、あの交差点に同じタイミングでいたのなら、事故に巻き込まれて、私のように亡くなっていても不思議はない。
だけども、よりによってどうして、この白猫なのか。
もしかして、私たちが二人で死を望んだせいで、あんな事故が起こってしまったのだろうか。だとしたらいろいろと申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
やっぱり私たちは考えることが、よく似ているのかもしれない。似すぎているからこそ、親友であり、ライバルであり、恨めしい相手でもあったのだ。そんな相手と、また再び会うことになろうとは。
『私、ちゃんと守ったんだから、部長のこと。なのに……』
白猫はギロリと睨みつけている。
『好きな女が、他にいるからなんて……しかもアイドルとか。そんな断り方なくない? ひどいでしょ』
え? 部長がアイドルを? リアル女子高生より虚像を取るなんて、嘘でしょ。
あの残念な斉藤と、同じようなことを言うなんて。信じられない。だとしたら、じゃあ私は勝手に勘違いして、無駄死をしただけなのか。ちくしょーっ。
ずっと悔やんでいたのが馬鹿らしくなってくる。そうとわかっていたら、とっとと告白して玉砕でもなんでもして、次の恋でも探せばよかった。そうしておけば、今頃こんなことにはなっていなかったのに。
あーなんてことだ。でも、そっか、部長も普通の男子なんだな。学校ではストイックで、そんなそぶりを見せたことがなかったのに。
斉藤と同じレベルだなんて、ちょっとばかしがっかりだ。けれど、そのギャップが可愛いとも思えてくる。
同じ残念なことをしたって、好きな相手ならチャームポイントに見えてしまうのは、猫宮が博士のうっかりミスを、ドジっ子だと認識するのと、同じようなものかもしれない。結局は惚れた弱みというやつだろうか。
『それにしても……こんなところで、会えるとは思ってなかった。久しぶりだね。ずっと会いたかったよ、知世』
私の名前を書き記した後、白猫はこちらをギロリと睨みつけた。
どうして私だって。
『ギャグを見て、笑いすぎてくしゃみするの、あんたぐらいしかいないでしょ。生まれ変わっても、なんにも変わってないんだね』
それはこっちのセリフだ。喋れないけど。
『知世と違って私、即死じゃなかったから、集中治療室でしばらく生きてたんだよね。知世のお母さんと、うちのお母さんが話してるの、少しだけ聞こえてたんだ。こんな時までお揃いのことしなくてもいいのにって、二人とも泣いてたよ』
そうだったんだ。ごめんなさい。
いまさら遅いだろうけど、勝手に先に死んで、本当にごめんなさい。それしか言えない。
『あの日、知世も告白しようと思ってたんでしょ。遺品の中から、部長宛のチョコレートが見つかったって』
うわっ、それなんか恥ずい。むっちゃ恥ずかしいんですけど。
メッセージカードとか、みんなに見られたってことだよね。うわー死にたい。いやもうすでに一回死んでるんだけども。
『どうして私に嘘をついたの。あの事故の少し前に聞いた時、気になる男子はいないって言ってたくせに』
だって、もし話して、うっかり部長に興味を持たれたら、横取りされちゃうかもしれないから……なんてことは、死んでも言えない。一回死んでるけども。
『悲しかったよ。親友だと思ってたのに。知世は嘘つきだね。どうして本当のこと言ってくれなかったの。私に黙って、出し抜くつもりだったんでしょ?』
出し抜くなんて。そんな大それた。どうせ告白しても失敗すると思ってたし。ただひたすら、ひっそりと実行したかっただけで。
『前もって言ってくれたら、私は協力したのに。知世が先にちゃんと学校で告白してたら、今頃、私たち、こんなところにいなかったのに』
そんなこと言われても。
私だって、こんな未来があると知っていたら、玉砕覚悟で必死に告白してたよ。
『知世、あんたはいっつもそう。何か言いたそうな顔で、全部飲み込んで。黙ってたって、誰かが知世の言いたい事、代わりに言ってくれるわけじゃないんだよ。他人が考えてることなんて、口に出さなきゃわからないんだから』
いやいやいや。花音が部長のことを好きで、告白するつもりだったってことだって、私は聞いてなかったわけで。お互い様じゃん。なのになんで私だけ怒られてるの。
あんまりだ。理不尽だ。不公平だ。
『私がその性根、叩き直してあげようか』
白猫は口を般若のように開け、シャーっと威嚇をしてきた。
私はなんだか怖くなって、宿り木の隅っこまで、飛び跳ねて遠ざかる。
ちょっと待って。パワーバランスがおかしすぎるわけで。これパワハラというやつじゃありませんか。鳥と猫に法律が適用されるわけはないとは思いますけれど。
白猫が棚の上までやってきて、私の鳥カゴの前に座った。前足を扉に引っ掛ける。ガチャガチャと、小さな扉を開けようとしている。
やばい。なにこれ。この状況、やばすぎるのでは。
もしかして私は、始末されてしまうのだろうか。
彼女は、鳥カゴの扉を開けられると言っていた。つまり私のことを、今すぐにだって殺せるということだ。
た、助けてー。博士、お願い戻ってきて。この際、斉藤でもいいから、お願いだから、助けてください。
白猫がガチャリと扉を開けた。もう終わりだ。私はまた短い鳥生を終えることになるのか。サイクル短すぎやしませんか。
さようなら、この世界。さようなら私の鳥生。
覚悟を決めて、目をつぶって待っていた。だがいつまで待っても、襲われる気配はない。
こっそり目を開けたら、白猫は再び机の上に戻って、キーボードを打ち出していた。
『びっくりした? 私に嘘をついた知世が悪いんだからね。だから、ちょっとだけ意地悪しちゃった』
白猫はこちらを見て、ニッと笑ってるみたいに口を半開きにした。
人間だったらドヤ顔をしているというやつだろう。明らかに勝ち誇ってやがる。
『大丈夫。知世がそういう性格なのは、私が一番よく知ってる。私のために、なんでも遠慮して、我慢して、いっつも諦めてきたんだよね。ごめんね。私が美人で優秀すぎたせいで、不憫な思いをさせて』
くっそー。こいつはこういうやつだった。いつも自信満々で。
でも裏表がなくて。思ってることなんでもズバッと言っちゃうような子で。羨ましいほどに天才肌で、なんでもできて、なんでも手に入れて。だからこそ悔しくて。けど本人に悪気はないから、憎めない。
『知世もおいでよ。お話しようよ。ずっと友達いなくて、寂しかったんだ』
幼稚園で、ひとりぼっちで心細かった時に、花音が初めて話しかけてきた時と、同じことを言った。
ずっと私の隣にいたのは彼女だ。もしかしたら家族より長く一緒にいたかもしれない。たとえ、もしガリッとされても、それが花音ならいいか。もうどうにでもなーれだ。
私は鳥カゴの外に出て、机の上まで飛んで行った。
『飛べるのいいな。私も飛んでみたい。今度、転生するなら鳥もいいな』
彼女はあっけらかんと、羨ましいと思ったことをすぐ口にする。
何にも変わってないのは、花音のほうだよ。
『もしかして空、もっと高くまで飛んだことある?』
キーボードの前にとまった私は、恐る恐るくちばしで突いてみる。
文字が出た。ちゃんと文字が打てる。
『あるよ。嵐の夜に、死ぬかと思った』
『すごいね』
桜文鳥に導かれて、暴風雨の中、病院まで飛んだ日のことを思い出していた。まるでずっと前のことみたいだ。
あんなことがあっても、私は生きている。
もしかして、私って、案外すごいんじゃないの。少しだけ背筋を伸ばして上を向く。ちっちゃいから、あんまり変わらないけど。
白猫と交互にキーボードを打ち合っていく。
『知世は、ずっと一人で寂しくなかった?』
『私は寂しくなんかなかったよ』
『強がっちゃって』
『違うよ、斉藤のせいでずっと大変だったんだよ』
『わかる。すんごいわかる。あいつ最低だよね。すぐご飯忘れるし、トイレもなかなか綺麗にしてくれないし』
どうやら白猫に対しても、ろくでもない扱いをしていたようだ。さすがダメな男、斉藤である。
私たちは、斉藤に関する悪口を言い合って、ひとしきり盛り上がった。
久しぶりの女子会みたいで、時間を忘れて、夢中でお互いにキーボードを打ちまくる。
その時、部屋の中に大きな音が鳴り響いた。
私たちはビクッとして、部屋を見回す。スマートフォンの呼び出し音のようだ。どうやら博士は、うっかり忘れて外出したらしい。しばらく呼び出し音が続いて、切れた。
そのすぐ後に、外からオンボロの鉄階段を上ってくるような足音がした。通路の前でその音が止まる。ドアの鍵を探しているような金属音が聞こえてきた。
博士が戻ってきたのだろうか。
こんなところを見られたら、まずいと考えたのだろう。白猫はギリギリのところで、メモを削除して、電源を落とした。私も慌てて鳥カゴの中に戻る。
その直後に、玄関が開く音がした。




