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文鳥は斉藤を殴りたい。  作者: 入口トロ
24/29

24 急にそんなことを言われても。こうか。こうなのか。それとも、こんなか。

 気分転換の意味も込めて、久しぶりに外にお出かけだと言われ、連れ出されたのは大学の研究室である。初めて訪れた時と少し違っているのは、部屋の隅っこに寝袋とキャンプ道具が置かれていることだろう。


 どうやら家を出た先輩は、本当にこの研究室で生活をしているようだ。数日のつもりが、思ったよりキャンプ生活が気に入ったらしい。


 だだっ広いお屋敷での生活に比べたら、不便で仕方がなさそうだが、お嬢様にとっては、何もかもが新鮮で楽しくて仕方がないようだ。わざわざ苦労をして、何が楽しいのだろう。金持ちの好みというのはよくわからない。


 私ならきっと小さなカゴの中よりも、大きな温室の方が絶対に住み心地がいいはずと考えて、そちらを選びそうだ。


 いや、あの変なヨウムと同居するぐらいなら、小さなカゴのほうがマシという考え方もありうる。大きいか小さいか、どちらが良いかというのは、時と場合によるということかもしれない。


 先輩の生活はともかく、今日私がこの研究室に連れてこられたのは、ある実験をすることになっていたからである。


「今日は、『文鳥にも遠隔操作プログラムが使えるのか』を検証することになっていたはずだが。おい、斉藤はどうした」


 教授が研究室を見回している。

 さっきまでいたはずの斉藤の姿が見えない。


「結衣ちゃんがアイドルをやめて、勉学に専念するって発表が、ついさっきあったみたいで。耐え難いダメージを受けたからって、さっき出て行きましたよ」


 先輩がそう説明すると、教授はやれやれという表情で、肩をすくめた。だがすぐに何事もなかったかのように、いつもの無表情な顔に戻っていた。


 斉藤の家にいるはずの猫の今後が、若干心配ではあるが、他猫の心配をしている余裕はない。

 今日の私は大事な実験に、立ち会わねばならないからだ。


「では実験を開始する。文鳥くん、少しこちらに来てもらえるかね」


 教授がシワシワの手を差し出してきた。もうタバコの臭いはしない。枯れ枝みたいで、ちょっと頼りないが、私は教授の指に飛び移った。


 頭に変な電極のついた、カバーみたいなものを被せられる。脳波をチェックするらしい。


「なんだ。思ったよりは脳波が安定しておるな。よろしい。なかなか肝が座っているようだな」


 教授は神妙な顔をして、モニターのグラフや数値を確認している。


「では実験を開始する。博士、そちらの装置を頼む」


 合図をされた博士が、大きな布をめくると、その下には少女の顔があって、ギョッとした。女子高生アイドルの結衣ちゃんこと、猫宮に負けないぐらいの美少女な義体が椅子に座っていた。


 あの白いワンピースを着ている。きっと斉藤が先輩に渡したものを、そのまま流用しているのだろう。


「さて文鳥くん。今、君の脳と、この義体は繋がっている。何かイメージしてみてくれんかね」


 急にそんなことを言われても。こうか。こうなのか。それとも、こんなか。

 色々と頭で考えてみるが、義体は一向に動く気配がない。


 難しい表情をした先輩が、腕組みをして唸っている。


「さすがに鳥の思考とリンクさせるのは、まだ時期尚早だったのでは」

「だが、ヨウムによる思考の実証例があったわけだし、あながち不可能というわけではないと思うのだが」


 そう答える教授も同じように腕組みをしている。しかめっ面をした二人が並ぶと、なんだか怖い。何もかも私が悪いのだ。だからそんなに悩まないでください。


「アレックスという名前のヨウムは、ゼロの概念も理解していたらしいです。僕たちが知らないだけで、いろんな動物に、すごい能力が隠されているかもしれません。僕がこうして動いているように、きっといつか文鳥でも遠隔操作をできる日が来ると思いますよ」


 そう言って微笑んだ博士が、スマートフォンを出して写真を撮影したようだ。実験の記録にでも使うのだろうか。


 しばらくすると、廊下を走り抜けるような、ものすごい足音がした直後、研究室の扉が勢い良く開いた。


 扉を開けたのは斉藤である。慌てて戻ってきたらしき斉藤は、息が上がっている。


「なに、どういうこと。なんで美少女が、研究室にっ」


 どうやら先程撮影された画像は、斉藤に転送されていたらしい。


 ついさっき推しメンのアイドル活動中止を受けて、あれほど落ち込んでいたであろう男が、別の美少女を見ただけで、この態度とは。あまりにあんまりではなかろうか。


 こんな薄情なファンがいるぐらいだから、女子高生アイドルの猫宮も、さっさとアイドルを辞めることにして、正解だったのかもしれない。


「って、義体かよー。くっそー、騙された」


 斉藤はぐったりと、椅子に倒れこむように座った。


「いや、でも今回の実験で使うのって、博士のスペアの義体じゃなかったでしたっけ」


 斉藤の問いかけに、教授が答える。


「アイドルの脱退が相次いでいるという噂の、芸能事務所から依頼があったのだよ。ほら、よくあるだろう。CGキャラでやるVチューバーの代わりに、一周回って今度は、リアルな義体を遠隔操作してみてはという話になってだな。その義体を新たなアイドル形態として、売り出すのはどうかという計画が進んでいてね」


 なんだかよくわからないが、博士のように遠隔操作する義体の、美少女アイドル版ということだろうか。


「この義体があれば、どこにいても営業ができるし、本人が病気や、なんらかの不祥事などで休業したり引退したりしたとしても、代わりはいくらでも用意できるという、優れものなのだよ。いわゆる大人の事情というやつだね」


 先輩は美少女義体の首筋もとに、三本指を押し付けた。ピッと音がして、フタのようなものが空いた。機械の部分がむき出しになっている。見た目はただの美少女だが、やっぱり中身は機械のようだ。


「最初は導入を渋っていた事務所のお偉方も、バッテリー問題がかなり改善されて、重い腰をあげたようだ。新型なら、コンサートツアーのような長期にわたる活動も可能になった。中身の人さえ入れ替えれば、二十四時間戦えるアイドルだ」


 ただでさえ、アイドルは使い捨てという印象が強いが、さらに中身が誰でも、外側さえ同じなら挿げ替え自由となると、代わりはいくらでもいるという状態に、拍車がかかりそうだが、大丈夫なのだろうか。


 人間の芸能界のことなんかを、私が心配しても意味がないのかもしれないが。


「ちなみに、博士の義体に比べて、二倍の稼働時間がある」

「二倍ですか。すごいですね」


 博士は羨ましそうに美少女義体を見ている。やっぱり充電とか大変なのだろうか。

 先輩は自慢げな顔で答える。


「いずれ博士の義体にも、新しいバッテリーを積んでやる。それまでは楽しみにしていろ」

「わかりました」


 先輩がフタを閉じると、斉藤が美少女義体に近づいた。


「もしかしてこれって、理想のアイドルを、自分たちで作れちゃう、夢の装置なのでは」


 斉藤が初めてのおもちゃを見る少年みたいに、ワクワクした目で、美少女義体を見つめている。義体の手を掴むと、ほっぺたにスリスリし始めた。完全にヤバいことを想像してそうな目だ。だめだこいつ。なんとかしなきゃ。


 必死に私はイメージして、遠隔操作で斉藤を殴れないか試してみた。だがウンともスンとも動かない。

 なんでだ。ちゃんと動けよ、私の分身たる美少女義体よ。私の心で動くんじゃないのか。こんちくしょー。


 そんな時、ふいに研究室の扉をノックする音が聞こえてきた。




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