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文鳥は斉藤を殴りたい。  作者: 入口トロ
19/29

19 一番恐ろしいのは人間ということかもしれない。

 聞き覚えのある能天気な声。紛れもない斉藤である。


「面白いものが見られるかもしれないって、教授が言うから、いてもたってもいられず戻ってきた。で、どうなった? ねぇねぇ」


 さすが、空気を読まない男。

 いいところだったのに。黙れ、斉藤。


 博士と着物女が同時に、責めるような目をして、教授の方をちらりと見る。


「すまぬ。うっかり電話してしまった。まぁ観客は多いほうが盛り上がるかと思ってな」


「何をしてるんですか、教授」

「何をしてくれてるんですか、教授」


 博士と着物女の返事がシンクロした。私も同じ気持ちだ。


 よりによって、一番呼んではいけないタイプの男を召喚することはないだろうに。斉藤はスマートフォンを取り出して、自慢げに見せびらかした。


「教授、俺の調査能力、役に立ったんでしょ。あのボンクラ社長は、派手に遊んでたみたいだから、空接待、空出張の裏取りは簡単でしたよ。SNSの写真ひとつで、一瞬でバレるのに。使い慣れてないお偉い人には、それがわからんのですよ」


 どうやらSNSを駆使して、アイドルのおっかけをやっている日々の鍛錬が、少しは社会の役に立ったということなのだろうか。


 着物女が教授を見た。


「資金援助の件だけじゃなく、脱税案件のほうも、教授の仕業だったのですか」


「査察部の知り合いに、少し情報を提供しただけだがね。あの会社の会長、小学生の頃にワシをいじめておった嫌な奴でな。昔のことだしワシは水に流していたつもりだったんだが、最近ワシの孫をいじめているのが、その会長の孫息子らしいことがわかってな。さすがに我慢できんと、いつか借りを返してやろうと思っていたから、ちょうど良かったよ」


 教授は孫娘の頭を優しく撫でる。


「問い詰めたら、ヒヨコを送りつけて、うちの孫をいじめていた少年は、どうやら好意の裏返しだったと白状したようだが、時すでに遅しというやつだ。自分でやったこと報いは、必ず返ってくる。因果応報というやつだな。うっかり、あんな男やその孫と、親戚にならずにすんで良かったよ」


 教授は無表情のまま、声だけで「はははは」と怪しい笑いを披露する。顔と声があってない。不気味すぎるにもほどがあるのではないだろうか。


 いくら因果応報といえども、こんな理由で大企業が失脚して良いのだろうか。一番恐ろしいのは人間ということかもしれない。


「前もって、ちょっといろいろ仕込みをしていたんだがね、最後の細かい裏取りは、彼に少々手伝ってもらったのだよ。この手のことは一番向いているだろうから」

「教授、成功報酬をくださいっ」


 斉藤はおねだりをするみたいに、両手を差し出した。


「たぶんそこの二人が、払ってくれるはずだと思われるが」


 斉藤はおねだりの矛先を、博士と着物女に向けた。


「俺は、先輩を政略結婚から救った、大恩人だぞ。新しいカメラ欲しかったんだよな」


 斉藤はチラッチラと博士たちに視線を飛ばす。なかなかにうざい。しぶしぶといった感じで博士が答える。


「……今度、なんかおごるよ」

「消えものかよ。なら、焼肉か寿司でいいぞ」

「はいはい」


 どうせ博士に比べたら大したこともしてないくせに。まことに現金な男である。ムカついたので、斉藤の頭まで飛んで、高速でつついておいた。


「いででで、なんだよ。お前には焼肉も寿司もやらないぞ」


 だれもそんなことは望んでない。いや本当はちょっと久しぶりに食べてみたいけども。どうせそんな夢は叶わない。望んでも虚しいだけだ。


 ひとしきり斉藤をつついて満足していたら、教授の孫娘が泣きそうな顔をしていたから、彼女の手のひらに戻ることにした。


「シロちゃん、勝手にどっか行っちゃ、やだっ」


 しょうがない。泣く子には誰だって勝てない。わかったというつもりで、チチッと鳴いておいた。私が飛んでいくのを見守っていた博士が、斉藤に聞く。


「そう言えば、シロってオス、メスどっち?」

「オスじゃないかな。買った時にプレートに書いてあった気がする。よく知らないけど」


 やっぱりこの男はよく知りもしないで、私にお見合いさせたのか。このポンコツ野郎め。おかげでこっちは、とんでもなく気まずい思いをしたんだぞ。


「なら発情期の心配はいらなさそうだな」


 そう言った着物女が、ハンカチを出して顔を拭っている。夏場に着物は、やはり暑いのだろう。


「忘れてたっ」


 斉藤が紙袋を差し出した。


「必要になるかと思って、教授に頼まれてたやつです。駆け落ちするなら、着替えたほうがいいんじゃないかって」

「……助かったよ。だが、駆け落ちは余計だ」


 斉藤にしては、珍しく気が効くことをしたようである。


 だが、着物女は受け取った紙袋の中身を、ちらりと確認してから、少し嫌そうな顔をした。


 着物女が取り出したのは、やたらと可愛らしい感じの白いワンピースのようだ。あの猫宮という女子高生が着ていた服に似ている気がするが、気のせいだろうか。


「私にこれを着ろというのか」

「それ、結衣ちゃんが、この前SNSにあげてた服とお揃いっす。可愛いでしょ」


 結衣ちゃんというのは、斉藤がお熱を上げているアイドルのことだ。


「たまには先輩も、黒以外の服を着てもいいんじゃないっすか」

「どう考えても似合いそうにないのだが」


 怪訝そうにしている着物女に向かって、博士が優しく微笑みかける。


「黒い服を着てる先輩は、桜文鳥みたいにシュッとしてて格好いいですけど、白い服を着てる先輩は、きっとシロみたいで可愛いと思いますよ」


 急に関係ないところで私が褒められた。嬉しくて舞い上がりそうになる。


「シロみたいって……ふざけているのか」

「どちらかというと褒めてるつもりなんですが」

「鳥に例えられて喜ぶ女がいると思ってるのか。せめて例えるなら花とかだろ」


 おい、ちょっと待て。その言い方は、ちょっとあんまりなのでは。私に失礼だぞ。


「その指摘の意味がよくわかりません。花は綺麗かもしれませんが、鳥だって綺麗ですし、可愛さという意味では、鳥の方がよっぽど可愛いですし。先輩の可愛さを表現するには、花より鳥の方が最適かと」


 そうだ。もっと言ってやれ。鳥は可愛いのだっ。


「うるさい。何回も可愛いとかいうな。恥ずかしいだろ」

「どうしてですか。先輩は可愛いですよ」


「あーもう。ほんと博士は面倒臭いな。いいかげん黙れよ」

「黙れと言われても、いつまでか期限を決めてもらわないと困ります」


「いつまでって、そんなことは自分で考えろ」

「なら黙りません。先輩はきっと白い服も似合います。だから安心して着替えてきてください」


 博士はにっこりと笑った。その笑顔に釘付けになっているように、着物女は博士を見つめていた。


 いかん、このままでは博士の一番は、着物女になってしまうではないか。私は必死に羽ばたいて、二人の間に割り込んだ。


「あっ、シロちゃん」


 教授の孫娘が、私を追いかけてくる。すまないが私はそれどころではないのだ。今日知り合ったばかりの少女より、失うわけにはいかない大事な人間のために、私は戦わねばならぬのだ。


 博士の手のひらに乗って、何度もくちばしで突いて、チチッと鳴いてアピールした。私のことを忘れるんじゃない。博士に捨てられたら、私はもう行くところがないのだぞ。


「い、痛いから。シロも可愛いから」


 危なかった。うっかり博士が口にする可愛いという言葉を、着物女に全部取られるところだった。


「……まったく君という男は」


 着物女が小さく息を吐いてから、少し笑った。


「背に腹を変えられぬというのは、このことか。ずっと着物を着ているわけにもいかないし。仕方あるまい」


 斉藤をちらりと見て、何かを言いかけて飲み込んだ着物女は、そのまま研究室のあるほうへと去っていった。




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