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剣 ~勇者のいないその後の物語のその後の世界で~  作者: .
はじまりの始まり ―終焉の森編―
9/45

7-2,意識が途絶えた。


 視界が閃光に包まれたかと思えば次の瞬間には薄暗い森へと転じていた。

 走る足音が近づき、音のする方へ顔を向けると、そこには。


「……ソラっ!」


 驚きに目を見開いたアイリスが、息を切らして立っていた。胸元のペンダントが、微かに光を放ったままで。


「アイリス……!」


 見つけた。


 だが、まだ終わっていない。彼女の背後から、あの黒紫の不気味な霧が、今も迫っていた。


 霧は消えていない。それが意味することは。


 嫌な予感と推測が重なった直後、アイリスのすぐ背後に再び彼女が現れた。それも首元から片腕を失った、血まみれの姿で。


「しゃがめっ!」


 剣を抜き、叫ぶと同時に、アイリスは反射的にしゃがんだ。


 間一髪。彼女の刀と、俺の剣が激しくぶつかり合う。


 片腕にもかかわらず、剣筋は重い。俺は腹に力を込め、必死に耐えながら叫ぶ。


「振り返らずに逃げろッ!」


 アイリスが駆け出す気配を背で感じながら、剣を弾いて反撃に出る。が、彼女は後方へ飛び退き、距離をとった。


「……私を斬るなんて……絶対に、絶対に、絶対に許さない!!」


 三度繰り返したその顔に、もはや笑顔はなかった。彼女は一歩も逃げずに、黒紫の霧に飲まれた。直後、周囲だけ霧散して再び姿を見せた。

 失われたはずの片腕も、元通りとなって。


「悪魔か……」


「失礼ね。絶対強者に対して悪魔なんて」


 そう言って彼女は、復活した右手の指をパチンと鳴らす。


「ソラ!」


 背後からアイリスの叫び。振り返れば、周囲が黒紫の霧で塞がれ、完全に包囲されていた。

 逃げ道はない。俺はアイリスを庇うように前へ出て、剣を構える。


「大丈夫か?」


「うん。でも、ソラはどうしてここに?」


「言っただろ。約束を守ると」


 アイリスは、泣き出しそうな顔をしていた。

 ずっとこの奇妙な空間で、ひとり逃げ続けていたのだろう。疲れ切った顔。だが、今は気遣う余裕がない。


「この霧の正体に心当たりは?」


「わからない。でも、私の言う通りにすれば助かるって、ミコト様が」


「ミコト……?」


 記憶の底に、何度も聞いた名が浮かぶ。この状況でその名を出すということは。


「……物語の勇者と、会ったのか?」


「うんっ!」


 さっきまで泣きそうだった表情が、一転して輝く。

 アイリスは目を潤ませながら嬉しそうに頷いた。


 だが、その勇者とやらは、本当に実在するのか?


 物語は二百年前の話。それでも、もし本人もしくはそれに連なる存在ならこの空間から脱出する手段を知っているかもしれない。


「その勇者は今、どこに?」


 俺の問いに、アイリスは頷いて、まっすぐ指を差した。

 

 「…………」

 「…………」ニコッ


 指さしたのは先ほどまで嘲笑い剣を交えていた彼女の方向だった。


 「…………あの女の、後ろの遥か先にいるという意味か?」

 「ううん、ミコト様はあそこにいる人だよ」


 ……わかっていた。だが、しかしだ。


 「だが、俺とアイリスを殺そうとしていたのだぞ?」

 「え?」


 アイリスは、きょとんとした様子で俺を見ている。

 たしかに、斬られそうになった場面をアイリスは直接見ていなかった気はする。だが、察するくらいはしているだろう。

 そう思っていた俺の予想は、あっさりと裏切られた。


 「殺す? でも、そうだってミコト様が言ってたの。ねぇ?」

 「ええ、そうよ」


 アイリスに笑顔で頷くミコト。

 俺に対する時とはまるで違う柔らかなやり取りに、言葉が出ない。


 「いろんな話を聞かせてくれてね。次は、ここよりもずっと平和で暮らしやすい異世界に生まれ変われるって。透き通った赤茶色の甘い飲み物を差し出されながら、いろいろと話してたの」


 俺に対して何の説明もなく斬りかかってきた彼女が、アイリスには優しく接していたらしい。

 だが、その話の中で、ひとつ気になることがあった。


 「その飲み物を飲んだのか?」

 「うん。そしたら直後に、ペンダントが急に輝き出してね。次に気づいたら森の中だったの。それで霧に追いかけられていたら、再びペンダントが光ってソラが現れたの」

 「…………どういうことだ?」

 「どういうことなんだろう?」


 いや、俺が聞いてるんだが……。


 結局、その飲み物が無害だったのかすらわからない。

 話の内容を俺の体験と照らせば何か答えが出るかもしれない。だが、そこにミコトの意図が見えなければ推測の域を出ない。


 「アイリス。目の前の彼女を殺せば元の場所に戻れると思うか?」

 「ミコト様を、殺す? ダメだよ!」


 アイリスはとんでもないと言わんばかりに、首を必死に左右に振っていた。


 自分が殺されかけたというのにダメらしい。

 ミコトは不敵に微笑み、会話の成り行きを楽しんでいるようだった。幸い、まだ襲ってくる気配はない。


 「だが、他に方法がなければ、そうするしかない」

 「それでも……ううん。方法ならあるよ」


 彼女は頷くと、ミコトの方へ視線を向けた。


 「少し、話す時間をちょうだい」

 「…………認めましょう」


 認めるのか。


 殺伐とした空気がわずかに緩むのを感じながら、アイリスが俺の手を引いた。


 「耳をかして」


 認めたとはいえ、襲いかかってこない保証はない。

 俺は身構えながらも、言われるがままに姿勢を低くした。すると、アイリスが耳元でそっと囁く。


 「えっとねぇ」


 なぜか躊躇した様子で言葉を継いだ。


 「ソラがミコト様に、口づけすればいいの」

 「……………………?」


 何を言っているんだ。


 「だってね。私が知ってるお話ではそうだったの。絶対にそうだよ!」

 「…………」


 本気で言っているのか?


 アイリスを見れば、目を輝かせて力強く頷いていた。その姿からは、相当な自信がうかがえる。姿勢を直して目の前の勇者ミコトを見ると、彼女は俺を睨み臨戦態勢に入っている。どうやらこの会話の内容には気づいていないようだ。


 「……なら、確かめるしかない。か」


 不意を突いたとしても不気味な霧に包まれて元通りになってしまうような存在。そんな相手に勝てる方法が思いつかなかったからアイリスに聞いたのだから。


 嘘のような話だが、それでもアイリスの案を試す価値はある……あるのだろうか?


 どう考えても無意味で、危険しかない方法。それでも、疑念と動揺を抱えながら俺は剣を握り直し、身構えた。


 「……話は終わったようね」

 「うん、ありがとう」

 「どういたしまして」


 イヨとミコトのやり取りは終わったようで、ミコトが再び俺を睨む。

 その落差に納得はいかないが、はじまりから何度も繰り返してきたことだ。そろそろ慣れてきた……気もする。


 「あらあら、動揺が見えるけど覚悟は決めたのね」


 たしかに覚悟は決めた。


 「身構えてるけど、そんな鈍ら剣でどうやって私を殺すつもりなの?」


 誤解している。だが、それでいい。


 俺は剣を構え、勇者ミコトへ向かって走り出す。

 それに呼応するように、彼女も刀を構え、こちらに向かってくる。

 こちらの動きをうかがう様子からして反撃を狙っているようだ。つまり。


 「この一撃にすべてを賭ける!」

 「えっ!?」


 大きく剣を振り上げた直後、俺はその剣を手放した。

 反撃を狙うからこそ、待つその一撃が来ない隙だらけ姿が想定外だったのだろう。ミコトは明らかに混乱して視線を俺の周りに動きがないかと彷徨わせ、アイリスへと向けた時にはその身体の動きも止まっていた。

 その一瞬の隙を逃さず、ミコトの刀を握る手を掴む。


 「しっ!?……んぐっ!?」


 しまった。おそらく何か言おうとしたミコトの口を、俺の口で塞いだ。


 何が起きているのか理解できていない様子は容易に想像がついた。逃げようと反射的に身を引こうとする勇者の体を俺は強く抱きしめ、離さないまま、ただアイリスの案を忠実に実行する

 だが、何も起こる気配はない。


 ……やはり、効果はないのか。


 動揺してもがくミコトの手から刀を奪うのは容易だった。

 直後に、彼女が唇を噛み切ろうとしたのを間一髪で避け、近づきすぎた間合いから一歩引きながら刀を振り。


 「ダメェッ!」


 アイリスの叫びに、思わず動きを止めてしまった。

 引いた一歩が地に足を着き、更に下がろうと足が浮き、両手で勢い失った刀を握ったまま後ろに傾く姿勢。そんな隙をミコトが見逃すはずもない。

 瞬く間に、手元から不気味な黒紫色の霧が刀の形を成し、それを振るって、彼女は俺の胴を斬った。


 「ぐっ……」

 「ソラっ!」


 焼けるような痛み。霞む視界。そして、急速に失われていく力。

 アイリスの悲痛な叫びが聞こえていた。だが、どうする事もできないまま倒れ込み終える前に意識が途絶えた。

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