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剣 ~勇者のいないその後の物語のその後の世界で~  作者: .
はじまりの始まり ―終焉の森編―
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6、「……シンデ」光が俺の心臓を貫き視界が真っ暗になった。

ソラ       ・・・男。過去の事を覚えていない。名前は仮称。人。

アイリス・コーエン・・・獣耳と尻尾がある少女。

神無月イヨ    ・・・日ノ国の巫女。人。

 暗い夜の森の中、イヨが赤い灯りを手に照らしながら先頭を走り、俺はその後に続く。


 すぐ目の前の木々すら、直前まで気づかない暗さだというのに、巫女服と呼ばれる足元までたぶついた動きにくそうな服装をしているはずのイヨは、つまずくことも木にぶつかることもなく軽やかに駆けていた。何度も振り返って俺の様子を気にかけ、走る速度を合わせる余裕さえある。


 一方の俺はというと、木の根に足を取られないよう注意しながら、一歩一歩を慎重に進むしかない。


「ところで、誰に、村が襲われているんだ?」


「おそらく、百鬼の仕業です」


 百鬼。たしか、あの村の獣人たちにも問いかけられた名前だった。


「……味方か?」


「そんなわけないでしょう! 彼らは魔の王の復活を目的とする集団ですよ!」


 走りながらなのに、イヨの声には息切れも見えない。抑えた激情のような響き。

 以降、言葉を交わすこともなく、ただひたすら森を駆け抜ける。


 そして、ようやく辿り着いたその場所に広がっていたのは


「……あぁ……なんて、惨いことを……」


 イヨが呟く。俺も思わず頷く。


 獣人たちの村の入口。そこは、すでに手遅れだと分かるほど、血と炎にまみれた惨状だった。

 倒れた獣人たちが何人も門の前に転がり、村の奥ではいくつもの家々が炎に包まれ、その赤い光が辺り一帯を照らしていた。

 そして、そこには俺たちと同じ、人間の姿をした者たちが、仮面を被った状態で何人も倒れていた。


 人間と獣人が戦った痕跡。俺やイヨと同じような姿の人が普通にいのか……


 漂う血の臭いに、イヨは吐き気を覚えたのか袖で口元を覆い、こちらを睨んだ。


「……なんで、亡くなった人を見て嬉しそうな顔をしてるんですか!?」


「いや……俺とイヨ以外にも人がいるんだなって思っただけだ」


「意味が分かりません! そんなことより、この光景を見ても、何も感じないんですか!?」


 イヨに出会うまでは獣人としか会っていなかった俺の感覚を共有しろという方が無理な話か。


 イヨが指差す先、燃え上がる家々から煙が立ち上り、村中が血の色に染まっていた。

 人と獣人の亡骸が無造作に転がり、首だけのものや切り裂かれた肉片があちらこちらに散らばっている。

 獣人たちの遺体は無惨で、武器すら持っていなかった者まで徹底的に切り刻まれていた。


「まるで、鬼の所業だな」


「その他人事みたいな呟き、気に入りませんが……」


 イヨは俺を睨みつけながら、やがてため息をついた。


「これが、百鬼のやり方です。抵抗する相手は容赦なく殺し、降参した者も、無力な者すらも嬲り殺す。ここまでバラバラにしたのも、逆らったらどうなるか、見せつけるためだそうです。吐き気のする話でしょう?」


 なるほど。イヨが「味方か」と尋ねた俺に怒った理由ががわかった。

 だが、この世界で強者が生殺与奪を握るのは当たり前のことだ。ここまでする必要はないとは思うが、力無き者がただ殺されただけのこと。


 そんなことを考えていた俺に、再びイヨの鋭い視線が刺さる。


「俺、何も言ってないぞ」


「私も何も言ってません!」


 意味のないやり取りを交わし、目の前の惨状から必要な情報を探る。


 炎の勢い、血の乾き具合。そこから判断するに、それほど時間が経っていない。

 つまり、百鬼はまだこの近くにいる可能性が高い。


 本能的に腰へ手をやるが、そこで気づく。


 ……剣が、ない。


「何をしているんですか。剣を持っていないなら、落ちているのを拾えばいいでしょう」


 イヨが冷めた目で言い放つ。


 頷きながら、近くに落ちていた武器の中から適当な槍を手に取る。

 オオカミと戦ったときの教訓を思い出しながら、振り払い、持ち替え、突きを放つ。

 それから再び振り払って感覚を確かめる。


 その様子を見て、イヨはため息をついた。


「……まさかとは思いますが、正面から突破するつもりですか?」


「まだ何も言っていない。アイリスは、その先にいるのか?」


「ええ。おそらく村の反対側の出口から真っ直ぐ進んだ先に。たしかに村を抜けるのが最短の方法ですが、百鬼が村の中にまだ残っている可能性もありますし、多人数で一人を囲んで殺す戦法を使います。

 見つかれば、格好の餌食です」


「ああ。なら、見つかる前に突破するしかないな」


 イヨはもの言いたげなため息をつく。だが、吹っ切れたように微笑んだ。


「考えなしで動く人に、何を言っても無駄ですね」


「よく分かってるじゃないか」


「……嫌味なんですが」


 頷いて走り出すと、イヨも後ろから続いてきた。


「繰り返しますが、村の中にはまだ百鬼がいるかもしれません。それに、私は武器を持っていませんからね。……これは最後の警告ですよ。本気で、突っ切るつもりですか?」


「ああ。本気だ。このまま真っ直ぐ、村の中心を通って突破するぞ」


「……本当にわかってるんですか!? あ、待って!伝えてしまった私の気持ちも少しは考えてください!」


 何度も警告されながらも俺は走り出し、村の門をくぐり抜ける。そのまま一直線に、村の中心部と思しき広場へ。


 そのとき、突然、後方と左右の地面に矢が数本、突き刺さった。


 それが合図だったかのように、左右と後方から仮面を被った人影が現れる。それぞれ鎖帷子を纏い、剣とたいまつ、それか黒い旗を携えている。

 五人、五人、五人の三方向から十五人。雄叫びを上げながら迫ってくる。


 ……門前にいたときから、見られていたか。


 動きからそれぞれが戦い慣れた動きで連携しているのが分かる。


「矢は、奥に誘い込むためでしょう。後ろと左右からも見つかるように来たということは、おそらく前にも待ち伏せがいます」


「なるほど。言ってた通り、囲みに来たか」


 弓での狙撃を警戒しつつ、交戦にはまだ距離があるので追いつかれる前に振り切ろうと先を急ぐ。

が、前方の門からも五人、剣を構えて、こちらを待ち受けていた。


「案の定、前後から挟み撃ちに来ましたね」


「なら、囲まれる前に正面突破するしかないな」


 さらに走る速度をあげると、前方の百鬼二人が走って向かって来た。


「何者だ! 止まれ!」


「……どうせ止まったところで殺すくせに」


 イヨが吐き捨てるように呟く。なら俺の答えはひとつ。


「押し通る!」


 百鬼にも届くであろう大声で叫ぶ。

 だが、止まれと言われても止まらないように押し通るといって道を譲る者はいない。今この瞬間をもって交渉は決裂した。


「前方の二人は、正面から一撃を放って足止めするつもりのようです」


「賢いな。ところで、イヨはなんでそんなに詳しい?」


「今は、そんなこと気にしてる場合じゃないでしょ! 前に集中してください!」


 ……それもそうだな。


 俺はさらに走る速度を上げる。そして、目の前に迫った二人が同時に身構え斬りかかってきた。

 違いざまの一撃で決めなければならない状況に、鼓動が速まり、息が詰まる。だが、それと同時に血流の熱が身体を巡り、意識が冴える。迷いも余計な選択肢も消え、思考が突破の一点に研ぎ澄まされていく感覚が妙に心地よかった。


 ああ、この緊張感。どこかで……?


 命の危険に、心が浮き立つ。そんな焦る心を見透かすように先に仕掛けてきた百鬼の一人。視界が鋭く冴え、その剣筋が遅く動くのを感じながら、寸前で身を捻り、剣をかわし、そのまま槍で突き刺す。

 鈍い悲鳴を無視し、返す刃で薙ぎ払い、もう一人にぶつけるように叩きつけた。


 致命傷とはいかないか。だが、オオカミ相手よりは戦いやすい。


 勢いをそのままに、再び走り出し、今度は門の前に待ち構える三人目こそ先制しようと槍を振るったその瞬間、槍は鎖帷子に直撃すると折れた。


「……くそっ」


 だが、相手は衝撃でよろめき、苦痛に目を閉じた。俺は相手から剣を奪い、そのまま胸に突き立てる。だが、こんどは鎖帷子に剣が深く刺さり、抜けなくなった。


 そこを残る二人が剣を振り上げて迫る。


「しまっ」

「バカですね」


 その言葉とともに、イヨが赤い炎の玉を二つ放つ。炎は二人の腕を焼き、悲鳴と共にひるませた。

 その隙に俺は突進し、ぶつかりざまに剣を奪い、二人の首を斬り落とすとすぐさま鞘の留め具を斬って腰に固定し、俺を追い越し前方に走るイヨの後を追って再び走り出す。

 背後からは敵がせまっていたが、走り出せば防具の重みが差となって距離はでき、わざと速度を緩めていたらしいイヨの横に並んだ。


「よくその腕で、アイリス様を助けるなんて威勢のいいことが言えましたね」


 たしかに武器が壊れるまで思い至らなかった慢心だった。


「ああ。助かった」


「あら、素直なんですね」


 頷くと、イヨは露骨に嫌そうな顔をして袖で口元を隠しながら俺の体を見た。

 その視線の先を見ると俺の身体は、返り血で汚れていた。


 当たり前といえば当たり前の反応。……当たり前?


 俺はその血を見ても、何も感じない。事切れた三人の死体を見ても。

 そして、いつの間にか人数を増やした百鬼たちが、、で俺たちを追いかけてきていた。


 二十余 対 二。


 圧倒的に不利な状況。それなのに見れば胸の奥で血がたぎる。


 戦いたい。


 そんな衝動が、理性を押し流すほどの力で思考を支配してくる。心の奥底に閉じ込められていた何かが蓋を壊し、噴き出す直前のように。


「……どうせ追ってくるなら、今のうちに倒してしまった方がいいかもな。それに今なら、何かを思い出せそうな気がする」


 衝動的に門から村を出たところで立ち止まり、剣を構える。

 その瞬間、背後から、いくつもの炎の玉が俺の横を通り過ぎ、門へと降り注いだ。


 だが次の瞬間には百鬼の追撃を防ぐように、門は炎に包まれた。


「なぜ邪魔をした?」


「アイリス様を助けに行くのでしょう? それとも、人殺しの方がお好きですか?」


 イヨの声は、冷たく澄んでいた。


「だが、俺は何かを……」


「その何かは、アイリス様との約束より大切なのですか?」


 過去の記憶か。アイリスとの約束か。今が選ぶのがどちらかは考えるまでもなかった。

 そう認識しただけで、さっきまで沸き上がっていた何かは、霧が晴れるように消え失せていく。


「……そうだな」。


 いったい、俺は何を考えていた?


 新たな鞘に剣をしまうと目的地へと走り出した。




 先を急ぎ、ようやくたどり着いたヤシロのある場所。いや、今はあった場所となるのだろう

 そこに広がっていたのは、三つの建物から立ち上る炎と、赤く染まった地面だった。


「…………なによ、これ」


 イヨが手で口元を覆い、震える声で漏らした。


 かつて神秘的で穏やかな雰囲気を感じた場所は、見る影もなくなっていた。燃えさかる建物の赤い光。それに照らされた地は、広がる大きな血の池と化していた。そして、その池の中央に立つ一人の少女の姿。


 真っ赤に濡れた一枚着。その胸元には、見覚えのあるペンダント。

 その瞳は虚ろで、衣服は斬られたような破れがいくつもあり、肌にも痛々しい傷がいくつも刻まれている。


「……アイリス?」


 届かない声で呟く。


「……」


 アイリスが何かを呟いた。

 その直後、血の池を挟んでアイリスを取り囲み構えていた弓を持つ百鬼たちが、一斉に弓を引き、アイリスへと矢を放った。

 だが、矢はアイリスに命中する前に空中で止まり、次の瞬間には、弓を構えていた百鬼たちは全員首から上がなかった。

 支えを失ったように手がぶらんと下がり、平衡を失って倒れた身体は自壊して血だまりとなると、血の池にに吸い込まれるように合流していく。

 残されたのは自壊の前に身体からはなれた道具だけ。骨も、衣服も、鎧でさえも存在の痕跡すら消えていた。


 残った百鬼たちは、仮面で表情こそ見えなかったものの、恐怖か錯乱か武器を構えたまま震えていた。まとまりも掛け声もなく、ただ恐怖する叫び声をあげ、数名が剣や槍を持ってアイリスへと突撃する。だが。


「……」


 アイリスが呟いた。瞬間、その百鬼たちの身体が次々と爆発を起こしたように四散し、血が四方に飛び散る。


「……な、何よ……これ……」


 イヨが震える声を漏らす。俺は頷き、その光景をただ見ていた。


 数の優位など、無意味だった。圧倒的な力の前では、抵抗も逃走も意味を成さない。

 それを理解した百鬼の者たちが、恐怖に耐えきれず武器を捨てて、散り散りに逃げ始めた。しかし。


「……シンデ」


 ようやく微かに聞こえたアイリスの感情のない声。一瞬の間の後に逃げだした者たちの身体が、首、胴、四肢、それが骨までも見えない刃で斬ったかのように切断された。

 イヨは耐えきれず、後ろを向いて苦しそうに吐く声を漏らす。そして動かず残った百鬼たちも、正気を保てず次々に逃げ出す。だが、逃げる者の逃げない者も、再びアイリスの一声によって断末魔を上げながら次々と順に身体が膨らみ破裂していった。


 進んでも死。逃げても死。動かずとも死。


 今やアイリスが、この場を支配していいた。


「……オワリ」


 今度は強く、はっきりと呟いた一言。直後、残った百鬼たちが一斉に破裂した。


 ヤシロに残ったのは秩序ある静寂。それも平和の意味を具現化したアイリス以外は誰もいない血の赤にただ一人佇む光景だった。

 そして破裂した血だまりは意思でもあるかのように血の池へと吸い寄せられ合わさっていく。そんな血の池に囲まれる中、アイリスはゆっくりと、俺の方を向いた。

 虚ろな瞳のまま、身体もこちらへ向け、手が俺たちを指さした。


 ……殺意か。すでに、手遅れかもしれないが。


 堂々と鳥居から姿現し見せる。


「約束を守りに来た」


 俺の言葉に対し、一人で百鬼を全滅させたアイリスは虚ろな瞳のまま見つめ、首を傾げた。


「……ヤク、ソ、ク?」


 アイリスの手は下りない。瞳も、表情も変わらない。


 ……手遅れか。約束を守ると誓っておきながら……俺はまた、間に合わなかった。


 そのときだった。アイリスの瞳に、涙が伝ったのを見たのは。


「……まだ意識がある? それなら間に合うのか?」


「マニ、ア……ウ?」


 俺の言葉をアイリスが復唱する。その意図は分からない。だが、もしもあの涙が助けを求める意志だとしたら。

 まだ、約束を守れる。俺はそれを信じて動くだけ。


 前に踏み出す。一歩また一歩と進み、血の海に足を踏み入れる。

 その瞬間、首元を熱がかすめた。焼けるような痛み。その痛みでまだ生きているとわかった。


「ソ、ソラ! あなた、何を……!」


 イヨの悲鳴が背後から聞こえる。振り返らず、俺はただアイリスを見つめ続けた。


「ソ、ラ?」


「ああ。俺がソラだ。……迎えに来た。約束を守りに来た」


 その言葉に、アイリスが首を傾ける。

 それでも目を逸らさず、俺は一歩一歩進む。


「……コ、ナ、イデ……」


 血の泉が足を掴み、前進を拒む。俺を拒むように「コナイデ」と繰り返し呟きながら。手、足、胴、首、そして顔へと、次々に斬りつけてくる。


 焼ける痛み。切り裂く痛み。だがその傷の痛みが俺にまだ生きていることを証明してくれていた。


「……大丈夫。大丈夫だ」


 それは自分に向けてか、それともアイリスに向けてか。自身でもわからないまま呟く。


「だ、ダメ……キチャ……ダメ……」


 ようやく、手を伸ばせば届くところまでたどり着いた。

 目の前には、虚ろな瞳で涙を流しながら立ち尽くすアイリス。


「アイリス!」


 呼びかけにアイリスは反応する。その目で俺を見つめ、静かに問いかけるような瞳。

 近づいてわかるその姿。アイリスの身体には、今朝にはなかった傷に加えて痣。白かった服は血に染まり真紅に変わっていた。


 ……俺がここに来るまでの間に、一体何があった?


 もう一度、お互いに見つめ合う。今のアイリスは何も言わない。笑わない。そして俺を殺さなかった。


 殺さない理由が約束だとしたら。アイリスは、まだ助けを求めている? なら、今伝える事は……


 あの夜の言葉が、蘇る。


『ソラは私を助けてくれる。……そう信じてもいいんだよね?』


 あの夜、彼女は俺に何を望んでいた? 何から助けてほしかった?


『だったら、私も連れてって!』


 アイリスは何を願っていた? ……わからない。人の気持ちなんて、何もわからない。それでも俺は、約束を守ると誓った。…………誰と?


「……世界を救う、勇者になるんだろ?」


 そう言って、俺はアイリスに手を伸ばした。その瞬間。


「ダメ!」


 アイリスの胸元のペンダントが強く輝きだす。


 失敗した。


 そう理解したときには、光が俺の心臓を貫き視界が真っ暗になった。

了 A

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