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剣 ~勇者のいないその後の物語のその後の世界で~  作者: .
はじまりの始まり ―終焉の森編―
6/45

5-2、俺も後に続いた。

09/27 分割

「その話には、続きがあります。


 『しかし、数十年後。魔の王は再び現れ、人々を襲いはじめた。

 勇者はすでにおらず、各地の神子人たちも、守りで身動きが取れなかった。

 そんな中、逃げ延びた当時の護人が“天啓を受けた”と告げ、封印の儀式を人々に伝えた。


 それは、その時が来るまでは、選ばれた護人を毎年生贄として命を捧げることで、魔の王が力を取り戻す前に再び封印するという儀式だった。


 人々は、より多くの犠牲を避けるため、毎年たった一人の命を差し出すその儀式を選んだ。

 そして魔の王は再封印され、それ以後、生贄の儀式は“恒例”となった。

 ──それが、勇者のいない世界で語られる“その後の物語”です』」


 ……なるほど。アイリスは生贄なのか。

 だから、彼女を助けることは儀式の失敗を意味し、ひいては魔の王の復活に繋がると言っていたのか。


「……だったら、なぜアイリスは俺にそれを言わなかった? それにその時ってのは、いつなんだ?」


 問いに、イヨは頷いて答えた。


「それは護人に選ばれた者だけが知らされる、秘密だからです。いわば、死の宣告のようなものですが。

 そしてその時については……私にも分かりません。ただ、その者の名はソラと、村の長と思しき獣人から聞かされました」


 沈黙が降りた。イヨは俺の返答を待ちながら、じっとこちらを見つめている。

 俺はこんなとき、何を選び、どう行動するのか。記憶を辿って解決策にも何ひとつ思い出すことができない。それをするとは何も考えていないも同然の沈黙だった。


「つまり、俺は……アイリスの願いで、ソラと名付けられたわけだ」


「……はい。そして、もしあなたがその人でないならばあなたの行動は儀式を妨げる存在。つまり、私のように儀式を支える立場の者にとっては敵、ということになります」


 頭を抱えたくなるような状況だった。


 どうしてこうなった。あの夜、アイリスに籠を渡し、助けると約束しただけ。たった数日で、こんなことになるなんて誰が想像できる……

 だが、イヨの話でようやく疑問の多くが繋がった。アイリスが俺にソラという名を与え、夜に交わしたあの約束の意味。村人たちが俺を閉じ込めた理由。イヨが俺に驚いた理由が。


「……それで、どうして俺にそんな話をする? そもそも、話してはいけない決まりなんじゃないのか?」


 俺の問いに、イヨはわずかに目を伏せながら答えた。


「護人になった者は、この事実を他者に漏らしてはならない。そう言われて、私はこの場所に閉じ込められました。けれど、アイリス様がご存命のうちは、建前上、まだ正式な護人ではないのです。……だから話せました。まあ、仮に話したところで普通は諦めるのでしょうけどね」


「……なぜだ?」


「なぜって……。生贄の儀式を止めて、魔の王の復活という危険を冒してまで、たった一人の命を守ろうとする人なんていないからです」


「なぜ、そう思う?」


 重ねて尋ねると、イヨはふっと笑って答えた。


「……誰も、そうしなかったから。今、私はここにいるんです」


 苦笑いを浮かべながらも、イヨは何かを押し殺すように拳を握りしめていた。


 ここで同情の言葉をかけたところで、何の価値もない。残酷な優しい言葉など、俺には似合わないし、そもそもそんなことで引き下がるつもりもない。


「……そうか。だったら、なおさら俺はアイリスとの約束を守らないとな」


「なっ……!? 話、ちゃんと聞いてましたよね!? 一人のために、世界中の人々に災いをもたらすつもりなんですか!」


「俺はただ、アイリスと交わした約束を守るだけだ。自分たちの保身のために、その一人を見捨ててきた会ったこともない世界中の人のことなんて、知ったこっちゃない。それに、今は二人になったしな」


 我ながら、無茶な理屈だと思う。でも、こうして重苦しい空気をぶち壊すのは、案外、気分がいい。


「……二人?」


 イヨは小さく呟くように言い、困惑した表情を浮かべる。だが次の瞬間、はっとしたように目を見開いた。


「……あ」


 ──ないと思っていた選択肢が、目の前にある。そのことに、ようやく気づいたか。

 

「イヨは俺をその時でなければ敵だと言った。……だが、違うと思わないか?」


「それは……! …………そう、かもしれません。……それで?」


「俺たちにとって、最善の選択はまずここから出ること。そして、アイリスを救う。その責任は、すべて俺が背負えばいい。そう思わないか?」


「思いません。責任とは、それを負える立場の者が使う言葉です。ソラ様には、その地位はありません」


「その通りだ。だからこそ、イヨが付き添って、無理だと判断したら俺を止めればいい。必要なら、殺しても構わない。その奇妙な力があれば、不可能な話じゃないだろう?」


「……それは、そうですが。でも、私の判断では──」


「……助かる気はないのか?」


「そっ……その質問は……っ、…………ずるいです……」


 イヨの瞳が揺らい。だが、それでもなお決断できないでいるのがわかった。


 いつでも殺して構わない。そう言った以上、彼女が「生きたい」と願うかどうかが、俺にとっての命綱になる。

 ただ、静かに見つめ、イヨの返事を待っていたそのときだった。


 突然、地面が鈍く揺れた。


「……何が起こった?」


「あまり、考えている時間はないようです」


「時間がない? まさか──その儀式、今夜なのか?」


「……そうです。はあ……」


 悩んでいたイヨが、大きくため息をつく。


「すべてを諦めていた私が……。その名で……その言葉で惑わされるなんて……はあ……」


 その口調からは、まだ明確な意思は感じ取れなかった。

 だがイヨは、静かに微笑むと手の平を前に出してきた。


「…………何だ?」


「ずっと不思議だったんです。なぜ、私を説得しようとするのかと。……でも、分かりました。ソラ様が自力でここを出る方法を持っていなかったからですね? そして、私を助けるのはそのおまけ」


 隠す気もなかったが、すべてお見通しのようだ。


「……ですが、それでもいい。いえ、むしろ、あなたを殺す決断をするには、それくらいの方がいいのかもしれません。

 だから、力を貸します。腰に付けている袋を見せてくださいませんか?」


 俺は黙ってうなずき、小さな袋を外してイヨに手渡す。イヨは中を確認し、赤い宝石のようなものだけを取り出した。

 あれは、たしか、オオカミから拾ったものだ。


「……なるほど、そういうことですか」


 小さく納得したように呟いたイヨは、袋を俺に返すと立ち上がって格子の前に進み、宝石を握った手を鉄格子にそっと当てた。


「……何をするつもりだ?」


「これでも食べて黙っていてください。これからが大変になるのですよ」


 俺が近づこうとすると、イヨは何かをこちらに放った。

 受け取ってみると、包みに入った小さな丸い形の食べ物が入っている。


「本気なら、今夜は人生で最悪の夜です。……一晩中、動き続けることになるかもしれませんよ」


 朝から何も食べていなかったせいもあり、言われるがまま口にする。

 粉っぽくて決して美味しいとは言えない保存食のようだったが、不思議なことに、食べると空腹が和らぎ、体力と気力が湧いてくるようだった。

 驚いてイヨの方を見ると、呆れたようにため息をつかれる。


「……まったく。私は、記憶もない彼のどこに……。いいですか、責任は取ってもらいますからね!」


「ああ。わかってる」


 そう答えると、イヨは改めて柵に手を当て、何かを小声で唱え始めた。


 一体、何を……?


 そのときだった。

 宝石を握ったイヨの手から、赤い炎が溢れ出し、格子を包み込むように燃やし始めた。

 炎は瞬く間に広がり、鉄の柵を音もなく焼き尽くしていく。煙も、ほとんど出ていない。


「さて、一緒に参りましょう! ……コホッ、コホッ……」


 わずかに煙を吸ってしまったのか、イヨは咳き込みながらも、少し涙目になって俺を手招きする。

 その手に、火傷は見当たらなかった。


「……何をした?」


「それは、移動しながらでも説明できます。さあ、急ぎましょう」


 イヨの言葉に頷き、俺も彼女の後に続いて洞窟を抜ける。洞窟を出ると、そよ風が頬を撫で、月明かりが山々と森を照らしていた。


「……そんな、どうして……」


 イヨはその光景を見つめながら、呆然と立ち尽くす。その横で、俺も彼女の視線の先を見る

 森の一帯の中から不自然な光がちらついていた。そこから、黒い煙が、夜空へと立ち上っている。


「……これは、一体……?」


「見れば分かるでしょう。村の獣人たちが、襲われているのですよ。そして、次に狙われるのは……」


 イヨは苛立ったように声を強め、そのまま走り出す。

 俺も後に続いた。

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