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30、「守れているよ。だから……」俺は三人を追いつこうと歩き出した。

……………………

…………

……




 終わりを許さない運命。あるいはここで終わりを許せない俺がいて、それ以外の何かもあったからなのだろう。


「ソラ………………、ソラ……。」


 真っ暗となった視界から聞こえる聞き覚えのある声。


 アイリスか…………?


 重い瞼をあげ、ぼんやりと眩しい光が徐々に景色へと変わってゆく。そこには、初めて出会った時のように視線が合う事はなく丁度その隣にいたイヨへ顔を向けているところだった。

 イヨが俺に視線を向け、アイリスもそれに気づいて俺の顔を見て目が合った。


「ソラ、まだ生きてる?」


 生きていなかったら……。そもそもココはドコなんだ?


 目の前に見える光景。日ノ国で何度も見た木板の天井、そして漆喰の壁に木の柱。


 また知らない場所か。

 あの夢はいったい? 今も背筋が凍りそうなほどに奇妙で鮮明に残る逸る鼓動。


 手を動かしてみる。布越しに胸に当たったという感覚で身体はまだ動いていると認識し、意思と行動が一致した。


 夢……か。


 今も真っ黒な記憶の過去を穴を、その夢をもしかしたらで埋めたがる気持ちを抑え、もやもやした気分に首を横に振る。


「ソラが死んだって!」

「アイリス様、首を振っているのですから生きていると思います。……たぶん」

「たぶん!?」


 このままだと生ける屍として扱われそうだ。……それはそれで展開に興味はあるが。


「ここは?」

「えっと…………日ノ国?」

「アイリス様、その説明でも間違いではありませんが、この場合はソウ東側の協会の一室といった方が良いかと思います」


 思い出した。戦いで暴走して傷だらけになったところでヒミコに止められ、協会へ向かうような事を言って牛車に詰め込まれた事を走馬灯のように。

 アイリスも認識できている。それは過去の記憶までは消えていない一つの答えを得た。


「そうか。あ……いや、なんでもない」

「よろしければその後についてお話しましょうか? 今の体調がよろしければですが」


 つまり、そういう状態という事か。


 上半身を起こしてみる。動かそうという感覚は羽のように軽く感じるのに、その身体は持ち上がるのを拒むように痛む。それを堪えつつ上半身を起こし終えると息を吐く。

 布団がはだけると身体中に白い布がまかれた状態となっており、認識した途端に身体のあちこちが固まりかけていたモノを溶かそうとするようなギスギスした鈍い痛みが余韻として続いて疼き、かきむしりたい衝動に駆られる。

 思考も寝不足かのような今もぼんやりとてあやふやではあったし身体が傾く錯覚のような眩みはした。だが、それらすべてもじっと焦点を合わせているとほどなくしてすべておさまり僅かに動かした後の痛みが残るだけだった。


「大丈夫なようだ」

「どう見ても一般的な大丈夫には見えませんが……」


 回りくどい言い方にアイリス様の方を見ると、なぜかイヨに不満げな目を向け口を結んでいた。

 だが、俺と目が合うなにニコリと笑みを見せて頷く。


「これは民にも一兵卒にも必要のない話です。そして師走様から聞いた話です」


 イヨは頷きその前置きをして、イヨの回想を辿るように話し始めた。


 俺が師走の率いる護送隊によって西側の協会に運ばれた後、ほどなくして三郎隊によって宮島房頼が討たれ、辰義経の隊によって国守の長門隆房も討ち取られた。

 結果、大空団を護送していた義経隊主力がソウに入城するまでの時間は稼がれ、城門も城壁も損壊を受けなかったために、ソウ北にあった城に居た宮島房頼の駐屯部隊は攻城の兵器がなく動けなかった。


 辰義経の反乱。


 通常であればそうなるものだった。だが、辰義経は師走の居る協会に弁明を行い仲介を依頼。師走の率いる駅衆を使って中央の侍所、参議の院、暁の聖堂へ『大空団に護人とそれを守る日ノ国の巫女が居た』報告。


 中央では参議の院では辰義経討伐論があがったようだが、暁の聖堂は協会からの報告により事実と認定し静観。侍所では意見が割れた。

 その一番の理由が、中立地帯への協定として護人への攻撃は禁じられていたため。つまり、辰義経の行為の否定は周辺諸国を敵に回す危険もあり、巫女の同行もあったために協会とも対立する事となる。

 そのため参議は『知らなかった』故の事故とし、現場で確認と判断ができる国守と命令を受けた総大将が護人と認識しながら討伐しようとしたのかが問題となり、現場を把握しているのは辰義経軍しかいないという結論に至った。


 結果、知ったうえで正当化させるのかについて中央の参議は意見がまとまらず、調査隊の派遣が決まったらしい。


 つまり結論はまだ出ていない。そのため中央からの判断が下るまでソウの政から治安維持のすべてを正式な命令はないまま義経が担っている。


 説明をしたイヨの内容を大まかに整理するとこのような内容で、イヨは説明を終えるとアイリスを見て、頷き、再び俺を見た。


「現状については以上です。お二人については安全のために協会でしばらく滞在していただく事になります。調査隊の説明については聖宮様にもご協力をお願いする事になっており、既に同じことをお願いしています」


 つまり、だから街へは出るなという事か。


 頷くとイヨは軽く礼をすると立ち上がった。


「それでは、聖宮様からお目覚めしていた時には教えてほしいと言われておりますので」


 そういうと周りに控えていたらしい他の修士二人を連れて部屋を出た。

 目で見送り終えるとアイリスと目が合う。


「ソラ、私との約束を覚えている?」


 約束。『私を助けて』という約束を確かめた時の事は今でも覚えている。

 渡したペンダントは今もアイリスの胸元で輝いていた。


「あぁ。俺は今も守れているか?」


 アイリスは俺の手を両手で握った。


「守れているよ。だから……」


 アイリスは言葉を詰まらせ、ただ頷いた。肯定の言葉にその続きも想像するしかない言葉。

 胸がざわつき何かがこみ上げる。気づけば言葉よりも先に頷いていた。


「わかった」


 いつもなら笑顔で何かを話すアイリスは静かで手を握ったままただ俺を見ていた。。

 お互いに顔を見ているだけそんな無意味な行為の時間。それは長かったようで過ぎてみれば一瞬だったようで。




 遠くから聞こえた三人の足音にアイリスは耳を動かし、一緒に音の方へ顔を向ける。


 ほどなくして、気遣いを感じさせる軽く戸を叩く音の後、手を離す時間はあっても待たせはしない完璧な間合いで姫夜、才加、ヒミコの三人が入ってきた。


 姫夜は俺の身体を見るなり目を見開き、アイリスの顔を見ると安心したように手を胸に当てて大きく息を吐いた。

 そして、姫夜は「少しだけお傍でお話しさせてください」とそれに頷いたアイリスの隣に座り、才加とヒミコはその後ろでひっそりと座った。


「ソラ様、ソウまで護送くださりありがとうございました」

「感謝はアイリスに言ってくれ」

「そのアイリスさんからソラさんにもと言われましたから」

「そうだったのか」


 姫夜が協会の者にも感謝を伝えている姿を思い浮かべるのは難しくなかった。


「それとソラさん。これはアイリスさんとご一緒の時にお渡ししようと思っていたモノです」


 そういって姫夜が袖から取り出した後に、伸びた棒状のものは袖に収まるはずがない天井に届きそうな見覚えのある竹の槍だった。


「それをどこから?」

「辰義経様からソラさんへの褒美だとお預かりしました。それと、ソラさんの活躍に対する褒賞として銀子も」


 その言葉に合わせるように才加が両手でもつ布の袋を見せ、そちらはアイリスに渡した。


「銀子なら中立地帯の周辺を含む諸国の庶民に広く流通しているので持っていて交換に困る事はないだろうと。そして、受け取った事は信用出来る者以外には言わないようにとも」

「わかった」


 アイリスが頷いた。


「俺には槍を見せてくれ」

「はい」


 竹の槍は姫夜の意思を汲み取るように巻物ほどの大きさにまで小さくなった。それを俺が受け取るが、何も起こらない。試しに握りながら念じてみたがピクリとも変化が生じる気配はなかった。


 ……使えなければただの棒だな。


 そう眺めてただの槍での戦いを振り返ったとき背筋が寒くなるのを感じた。


「あの、何か気になる事でもありましたか?」

「……これはソウの屋敷で戦った相手が持っていた槍のようだ。そして、おそらくは日ノ国の帝都で手合わせした弥生が持っていた竹の槍と同じ」


 アイリスが目を細め、ほほを膨らませた。

 意味がわからなかったらしい姫夜たちは首を傾げる。


「帝都で出会った巫女の弥生、そいつはソウで俺がこの竹の槍の相手と戦う未来を知っていたようだ。この槍の性能を知らないまま戦っていたら俺は死んでいたのかもしれない」

「この槍はそんなにすごいのですか?」

「扱える者が持てば、たった一人で数百の兵と戦う事もできる代物。……いや、むしろそのための武器か」

「これが……私には竹でできたただの槍にしか見えませんが」

「ただの槍という名前らしいぞ」

「そうなんですね…………ん?」




 ただの槍については姫夜に渡し、「やる。いらないなら捨ててくれ」と伝えて後の扱いは任せた。

 三人はそれで用は済んだらしくそのあとは慌ただしくも平穏な一日が終わった。


 翌日。鈍る身体の感覚に剣の稽古をはじめた所を九条に見つかり激怒された。

 アイリスは何も起こらない日常の常にある変化として日ノ国料理と食べ物の話。九条とは、診察前に天気の話。そして、お見舞いと姫夜や才加が来た日はイヨが先生となって日ノ国の暮らしと経済(?)という座学。


 市場には金貨、銀子、銅銭と呼ばれる三種類に分類され、金貨は金塊、大判、小金貨に分けられ、銀子は大銀貨、一分銀、一朱銀に、そして銅銭は文銅銭、半銅銭がある事。

 金のそれぞれの交換比率は一対十。小金貨と大銀貨は等価であり、銀の交換比率は一対五。一朱銀に対して文銅銭は五十枚必要で、半銅銭はその半分の価値。


 なお、その話を聞いた姫夜は円というなぜか丸の形に変換できない事を嘆く愚痴をこぼしていた。


 モノの価値は大きな塩にぎりが銅銭二枚の価値に対して、米米の一俵が一分銀の二枚相当。ただし、調理済みの肉やら魚、氷菓子やらは銅銭は十枚を越えるのが屋台の値段、都市の働く者の稼ぎは一日がだいたい銅銭は三十枚から一朱銀程度とされていいるのだとか。

 食べ物や家賃は基本的に銅銭払い、理器や家具、衣服、陶器やガラス、そして家の建設は銀子払い、鎧や剣、邸宅や商取引は金貨と銀子を組み合わせた支払いなど、払う物に対して貨幣が変わるため商人や職人、政官などは金貨と銀子をよく手にする事も多い。

 これら金、銀、銅については周辺国との流通について貨幣条約があり、等価交換が行われる、結果、商人による国境を超えた商売とその流通を道路と共に支えている。

 また、貨幣は組合で現地通貨と交換でき、預ける事もできるが異なる地で引き出すことはできない。ただ、預けるとは鉄の金庫に保管で鍵は旅商人が保有し、保管料も発生する。


 アイリスは途中でうつらうつらとして膝で眠るまでがいつもの事だった。


 そんな話だけをする待っている時は一年にも感じられ、終わってみれば一日分ですら記憶として残りそうにない確かに過ぎた七日。

 それも「この回復はおかしい! 絶対に!」という古傷しか残っていない俺の身体を診察した九条が人体実験を嘆願する中で「逃げられるように」とイヨの了承をもって認められた。


 その日からは協会の庭を借りて走り込み、剣を振る。そして休む。それを夜明け前、朝、昼に行う。

 夕方にはただの槍と戦った時の記憶、乱戦の記憶を辿りながら身体を動かし、腰をねじらせ、姿勢を低くして剣を操る。動きだけでなく剣に対する勘をたしかめながら。


 そして十五日目。俺の稽古をアイリスが眺め、暇を持て余している荊井といつの間にか笑顔で会話していた。

 そんな庭で、辰義経が十名ほどの家来を引き連れた辰義経が現れた。それも、さらに後ろから一級護士二名に警戒されながら。その辰義経の頬はややこけ目元ににも隈があったが俺を見つけるなり目をギラつかせた。

 そして、俺の前で立ち止まるなり不敵な笑みを見せた。


「久しぶりだな。すっかり回復したようで何よりだ」


 剣を義経に向けると、なぜか後ろの家来たちが一斉に刀を抜いた。


「試してみるか?」


 俺の言葉に対して義経はただ大笑いした。


「お前と話すと気分がスッキリとする。本能が目覚めるとはこういうのを言うのだろうな。政もこれくらい…………。あぁ、そうだった。お前らは刀をしまえ」


 義経は視線だけ部下に向けて言った。


「しかし支十二中将の主に剣を向けるなど許される事ではありません」

「言っている事は日ノ国として正しい。だが侍士なら許すか許されないかは力で決まる」


 義経は剣を向ける俺に背を向けて家来の方を見た。


「そもそもお前らはこいつを相手に勝てるのか?」

「我らとて刀の腕に自信があります」

「そうか」


 義経は話を遮り別の者を見た。見覚えのあるその者だけは刀をおさめていた。

 義経はその者に顔を向ける。


(しずか)はどう思う?」

「私は……。主がお守りできていればそれで。ご命令であれば従います」

「それは侍士としての矜持だ。俺は勝てるのかと聞いている」

「それは……」


 (しずか)は俺を見て、目を細めた。


「主がお望みであれば善戦してみせましょう」


 義経はため息をついた。


「俺が聞きたいのは心地よい言葉ではない。お前が思う展開を正直に話してみろ」

「私たちが斬りかかれば彼は応戦するでしょう。屋敷での話が事実なら、ソラという者を相手にしたときココに居る者たちの多くを失う相打ちか返り討ちとなるかと。

 加えて、犠牲をはらいながらも仮に討ち取れたとして、それは協会が保護している者を殺した意味となる。それも護人が率いる者を。……ソウでの主の大義名分は失われ中央からは反乱とみなされ朝敵となるでしょう」


 静が淡々と語っている間に義経の家来たちは顔を見合わせはじめ、眉を下げる表情をしながらも命令に従って刀をしまいだした。それを見届けた義経は再び俺の方を向いた。


「そういうわけだ。手合わせもなしだ」

「そうか」


 その言葉を受けて俺も剣をしまった。


「俺の用事はひとつ。今の大空団の団長と話をしたい」

W

 アイリスの方を見ると、アイリスはただ俺の方を見て頷いた。そして、荊井については手をあたふたさせながらアイリスと俺の方を交互に見ていた。


「いいそうだ」


 既に見えてもいる座って待つアイリスの前まで案内する。

 そして、アイリスを前にして跪いた義経の姿に義経の家来たちが不服や困惑の表情を見せながらも渋々といった感じて続いた。それに合わせるように協会の護士たちも続く。

 アイリスはその様子に目を丸くし、尻尾は様子を伺うように彷徨わせた。


「どうして跪いているの?」

「護人は終焉の森を守る守護者。日ノ国で例えるならば神子人と同位。知っているなら日ノ国で冠四位である俺が跪くのは当然の礼儀でしょう」

「私を率いた姫夜へは対応が違ったのに?」

「中立地帯周辺国も認める護人と無名の集団の長では地位も意味も違います。例え護人が後ろ盾にあったとしても名も知らない者を相手に隊を率いる俺が跪けば、家来に屈辱を強いる事になります。率いる者にとっては見合うだけの地位や理由というモノが必要なのです。人の世界に平等など存在しませんから」


 アイリスは尻尾をゆっくりくねらせその答えにただ頷いた。


「面を上げて。あらためて名を教えて」

「俺の名前は辰義経。冠四位の支十二中将の一人」

「私はアイリス。よろしくね。それで話とは?」

「数日以内にソウから旅立ってもらいたい」

「……わかった」


 アイリスは俺に目を向ける事もなく頷いた。


「感謝する」


 義経は跪いたまま再び首を垂れると立ち上がり、アイリスに背を向けて歩くとそのままアイリスを睨む家来を引き連れてこの場から出て行った。


「私の場所はないみたい」

「そうか」

「いや、そこは俺がそばに居るとかもっと言葉があるでしょ」


 荊井の呟きに俺とアイリスが同時に視線を向けた。


「私の場所はないみたい」

「え? そこでやり直す!? …………え、えっと。べ、別に。アイリスの好きにすればいいじゃない。嫌がろうが好かれようが居たい場所が居場所。まぁ、私はアイリスが居ても嫌がったりなんてしないけど。そもそも、その髪の色は夜空に輝く月色の如く、艶音ある輝きから整えられたさらっとした髪質の何から何までかわいい。耳は大きすぎず小さすぎず表情に変わって見せる警戒した時の動きや興味や関心に動くのがかわいい。その瞳の色は青く透き通った南国の海色のように爽やかな風を感じさせる温かな心を表しているようで愛らしいし。その……」


 巧みな言葉の羅列に尻尾をくねらせ、時折頬を人差し指でかくアイリス。

 荊井が我に返ってよくわからない気まずい雰囲気が流れたところでイヨが「大丈夫でしたか?」と小走りでヒミコを連れてやってきた。




 こうして、更に三日の旅立ちの日。


「行こっか」

「ああ」


 準備を整え、荷物を背負い、剣を腰につると部屋を出て、屋敷の門へと向かう。

 そこには既に同じく準備を終えて新しい巫女服姿となったイヨが待っており、姫夜に才加、師走、そして協会の者たちが見送りに待っていた。

 が、イヨの後ろに同じく旅をするような姿で短弓に矢筒、そして荷物も背負う荊井の姿があった。その表情は不服そうに俺を睨み、口を尖らせていた。


「荊井もついてくるのか?」

「……私の名前、知っていたんだ」


 俺の問いに対して答えになっていない。


「荊井様はアイリス様の強いご要望です。聖宮様からは留まって傍にいて欲しいという要望をされていたようですが、最終的に荊井様ご自身で決めたそうです」

「そうか」

「仕方なくよ! ……で、いいんだ?」


 アイリスが走り出して荊井に抱きつく。それを離そうと「はなれて」と言いながらも目も口元も緩んでいた。

 それを見届けたイヨが先頭で歩き出す。


「え?あ、ちょっと!」


 助けてくれないと察した荊井は難なくアイリスをはがすとイヨのもとへ走り、俺の方を向いて微笑えみ尻尾をゆらすアイリスが歩き出したのに続いて俺も歩く。

 そんな旅立ちを師走や姫夜たち、そして護士たちまでもが丁寧に頭を下げ、見送られて協会を出た。




 ソウの協会を出て、景色の変化に気づく。協会の近くには衛兵たちが見張り。さらに歩みを進めて渡してみれば、二人一組の衛兵の見張りらしき姿が大通りで歩く姿も見られた。


「……なんか兵士がよく見かける気がするんだけど?」

「荊井様、目は合せないようにお願いします。中央から急ぎの調査隊が訪れている状況ですので彼らは気が立っているのです」

「私たちのせい?」


 アイリスが耳を畳んで眉を下げながら尋ね、イヨは頷いた。


「たしかに大空団を助けた事が今の状況ではあります。ですが辰義経は情で動くほど優しくはない男です。彼の目的はおそらく……」


 ……体制の再編。


 弥生が言っていた事をイヨが言おうとしていたのかはわからない。

 ただイヨは口を閉ざして眉をひそめ、そして首を横に振った。


「それよりも今は私たちが襲撃されても大丈夫なように警戒をしましょう」

「心当たりでもあるのか?」

「衛兵として見回る侍士が協会を襲うという噂を何度も。もっとも、そういう噂を民がするという事は衛兵に偽装した辰義経に反感を持つ者たちでしょうが。まぁ、これだけ厳戒態勢であれば大丈夫でしょう」

「……フラグかな?」


 荊井様のフラグという意味はわからなかったが、イヨの話が伝わっている事はわかった。


 ソウの東側の協会を出ると牛車も行き交える広い通りを通り、帝都と天津原を繋いでいる更に大きな通りに出て進む。その道中では衛兵が睨む姿を何度かみかけ、民からもこちらの視線を向ける者は何人もいた。ただ、感じるのは不快な視線ばかりで何も起こらずに西側とを繋ぐ門にたどり着いた。


「お通りください」


 衛兵たちの時間をかけた対応からようやくソウ西側へ入って進むとと大通り徐々に朽ちる光景に変わりながらも衛兵が大通りを見回す姿が見えた。

 その大通りは馬車や牛車が行き交えるほどの広さがありながら東区と違って賑わいも人通りも少ない。


 ……二度目の道なはずだが状況が変われば見え方も違うものなのか。


 イヨを先頭に四人が歩き出そうとしたとき、バタバタとした複数の足の走る音。姿を見せたのは騎乗した見覚えのある顔とそれに従って付き添う騎兵およそ百もの姿が現れた。

 その集団は俺たちのもとまで近づく。そして見覚えある顔の(しずか)が馬から降りてイヨに片足を立てつつ跪くとそれに合わせて後ろの兵たちも一斉に同じ姿をとった。

 「おぉ」とアイリスが目を輝かせて感嘆するくらいに足並みの揃った動きに対して本能的に身構える。


「私は主よりソウの西区衛兵舎の長および西区統括を任された静と申します。城門までの安全を保障するために護衛に馳せ参じました。ご許可をお願いいたします」


 アイリスはイヨに顔を向け、イヨは頷く。


「許可してもいいかと。名も任も偽りはありません」


 イヨがアイリスと静が対面となるように丁寧に下がると、アイリスは耳をピコピコさせ尻尾をくねらせてから少しの間、静を眺めてから頷いた。


「わかった。イヨの意見を採用するね」

「それではココは私にお任せを」


 イヨはアイリスが再び頷いたのを確認してから静の方を向いた。


「静様は隊の先頭を率いてください。兵については前衛、後衛をお願いし、割り振りはお任せします。アイリス様の身の回りについては私たちが居るので不要。その条件でよければよろしくお願いいたします」

「ご配慮いただき感謝いたします」


 四人からそれに前七十余名、後三十余名と一気に仰々しくなった。アイリスは挙動不審な荊井と手を繋ぎ、周囲の視線を集めながら進んでいると荊井が呟く。


「こんな仰々しい護衛、いる?」

「騒ぎが起こってからでは困るからです。長である静様が護衛するという事は無視できない何かを警戒したのでしょう」

「だったら協会から送り迎えしてくれればよかったのに」

「それでは協会の立場がありません」

「じゃあ、私たちが協会の人たちに護衛してもらったらよかったんじゃ」

「それでは調査隊に対して協会が辰義経の統治を信じていないと示す事になります」

「あぁ。配慮ってそういう」


 その道中では三度、アイリスの耳が荊井との雑談中に動いた。だが、アイリスは耳を向けるだけで好きな食べ物は何かで丸くて甘い、いくつもの名を持つ未知の名前の食べ物についての話をするだけだった。


 その後も、廃墟な街並みを通り、ソウの城門を少し超えたところまで進んだところで護衛が立ち止まると。割れるように左右に兵が道を開け、その間を通って静がアイリスの前まで歩くと跪いた。


「この度の無礼に対し、我が主に変わってお詫び申し上げます」

「それは……本心?」


 アイリスは静の目を見て、耳を動かした。


「本心であり、建前でもあります」

「正直なんだね」

「その耳その瞳を前に嘘をつく意味がない事は理解しています」

「そう。なら次は隠した重みに気取られないようにね」


 さらに深く頭をさげた静にアイリスは興味を失ったようでその目は道の先を見ていた。


「話も終わったようですし参りましょうか」


 イヨの言葉にアイリスは頷くと跪いたままの静の横を通って歩き出す。

 イヨは静に軽く礼をしてから続き、俺は素通りする。荊井についてはアイリスに手を繋がれながら交互に目を向け、その次には左右に居る兵たちに怯えるように左右を何度もみながらも進んでいた。

 目の前に広がる道。馬車と牛車並んで行き交い出来るほどの広さがありながら、車のための石畳は至る所が朽ち、道の至る所に侵食を試みたらしき草の色が緑と枯れ色として見えた。

 ただ、それでも道としての姿を残しているのはこの先から国境に至るまでの村々へと繋ぐ道だから。その国境の先は……


 天津原の那ノ国。そこにある理剣を手にしたとき、俺は約束を守れるだけの力を得られるのだろうか。


 そう考えたとき、不意に弥生との対戦で負けた事を引きずっている自身に気づいた。


 強さを求めるのは悪くない。勝てない相手に武器で補うのは必要な手段だ。

 だが、努力を武器に頼るようになったら致命傷となるかもしれないな。


 イヨ、アイリス、荊井。前を歩く三人が、立ち止まった俺に気づいて振り返った。

 導くように先頭で待つイヨ。気ままに俺を来るように導き手を振るアイリス。弓を手に矢筒を背に黒光りする瞳で睨む荊井。


 ……これはこれで絵になる光景だな。俺の心境をよく表している。


 アイリスに応えるように、俺は三人を追いつこうと歩き出した。


文章校正は後日

2章 終わり

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