遠き日。あるいは夢幻
見ていたのは夢だった。
目の前に広がる景色。それは男の背から五人の全身を鎧に身を包んだ相手と戦う姿をその眺めていたから。
男は衣服に身を包み、手に剣を握りしめる。対して相手の鎧兵は足や腕は部分的で走るゆとりもあるらしく、顔を覆う兜も揃ったその姿から国に属する精鋭である事を察した。
男は鎧兵の身動きを優先した欠点を狙って巧みに一太刀で次々と斬り、視界に映る最後の一人を斬り終えると倒れた兵を見渡す。
「くそっ! くそっ! くそっ! どうしてこうなった! 俺たちは何を間違えた」
俺が眺めている事に気づく様子はない。俺も周囲を見回してみる。
石造りの柱に、壁には光を取り込むいくつものガラス窓、廊下は大理石の中央に赤い絨毯が通路として敷き詰められ、夜だというのに左右から灯油灯を使った照明で一定の明るさが保たれていた。
そして、その内装をすべて台無しにする床に倒れた鎧を着た者の屍とその血だまり。
血が全身を駆け巡る感覚。高鳴る鼓動。まるで俺自身も先程まで戦っていたかのような。
戦い足りないとも感じる飢えた感情に息を飲み込む。
「頼むぞ。相棒」
男は手に持つ剣にそう呟いていた。血をはらうと両手で握り直し走り出した。
……どこへ?
疑問に合わせるようにその男についていくように歩いてもいないのに俺の視界も動く。
その後も兵士たちが現れては男に襲いかかり、男はそれを返り討ちにして先へ先へと絨毯を辿るように進んていく。そして、部屋の前に立っていた十五人の兵士を一合も交える事なく斬り、こじ開けようとした痕跡が多数ある鉄で出来たらしい扉を一撃で斬った。
「アカネ!」
「……レイ!」
アカネと呼ばれた女は床に座っていた。両手で自身を抱きしめて怯えていた表情から希望を見つけたように輝く瞳。
「ここは兵士だらけだ。逃げるぞ!」
「どうして…………。私たちは願いのめに魔の王を倒した。なのにどうしてこんな事に」
「それは」
レイと呼ばれた男の顔は後ろからは見えなかった。ただ拳を強く握っていた。
「ごめんなさい。私は……、その、困らせるつもりはなかったの。…………うん、そうだよね、逃よう。一緒に。今度はちゃんとレイの言葉を聞くから。だから」
「わかっている。お前はいつだって正しい判断をしている」
レイが手を差し伸べるとアカネは手の人差し指を口元に添えて口角を上げる。
「何がおかしい?」
「出会って間もない事もレイは同じ事を言っていたなって思って」
「そう、だったか?」
レイはアカネの手をとり立ち上がらせる。
そして二人は手をつなぎ走り出して部屋を出た。
「いたぞ! 」
その声にレイが小隊規模の敵兵を睨み舌打ちする。
「ココからは俺に任せろ。正面突破して敵を引き付ける。アカネは背後に気を付けて今は大量を温存するんだ」
「でも」
「アカネを守る。それが俺の役目でありあいつとの約束だ。それに俺とアカネとの誓いでもあるしな」
「でも。それは…………」
アカネの言葉を待たずにレイは剣を握り直して走り出だしていた。
「我はミコトに使えし護人が一人、名は黎明。俺を倒そうなんて命知らずは来るがいい! …………あぁ、戦いに生き、戦いで死ねる。その願いが叶うのか」
剣を握り直し、敵中へと突入して、一人一人順に、確実に、一合も交えることなく鎧のない部分を狙って斬る。手、足、腕、首、目。人は痛みを堪えて戦えるほど強くない。
「だが、今じゃない」
倒れたり呻く敵を置き去りににして進めば、騒ぎ声に駆け付けた新手と戦い、そして同じ結果を繰り返して先へ進む。斬って、斬って、斬って、斬って、斬って……………………。血で身体は染まり、数えれば三桁を上回るかもしれない敵を倒し、迷路のようで洞窟のような長い廊下となった城にあったいくつもの扉と部屋を越えてたどり着いた玄関口とそこに立つ三人の姿。
。そして、城の玄関口へとたどり着いたとき、三人の見覚えのある姿があった。
「見て! 三人も助けに来てくれたみたい。これで私たち助かるよ」
アカネはその三人を見かけるなり、後ろから敵は来ていない事を確認してから笑顔で彼らのもとへと走って先に向かう。
そして、三人に挨拶らしき会話をして、振り返ると笑顔を見せてその手を挙げてはやく来てと振っていた。
「曙、白日、黄昏。あいつらも俺と…………。何かがおかしい?」
レイこと黎明の呟きに違和感を探し、三人とその周囲を交互に見て、レイの姿をみてから気づいた。
……三人は整然として綺麗すぎる。
三人には血で汚れた姿はなく、息があがっているような疲れた雰囲気もない。ましてや玄関口で待ちながら、その周囲で倒れている兵の姿が一人として見当たらなかった。
「レイ」
走り出す黎明。それに応えるように笑顔を向けるアカネ。
「アカネ! 逃げ……
直後、何かに遮られたように視界は視界が真っ暗となった。




