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29-2、天井を眺めながら酔いそうな揺れを感じる前にそのまま意識を失った。

 開かれた城門からは俺たち百五十余騎が見えていたはずだった。

 門が開かれていたのは東門を通過し、東門と西門を繋ぐ門も通過した結果が存在しないとココに居ない事実。陽光が差し込み開門の時間となったからという変わらない日常。そして、その集団から見えるソウから出陣していった旗。

 目の前に命にかかわる明らかな視覚的危機異物が存在するのに、理性が異物に理由をつけて平静な行動をしようとする。違和感と判断の間に確認を入れなかったばかりに。

 ただ、それらは義経の堂々とした様子を見れば、そうなる結果を見越した仕掛けを既に施していた事を察した。


 ……これも大空団を見越して? いや、違う。おそらくは


 三郎の声が後ろから響き、旗槍を掲げる。


「お前ら! 弱者くそくらえ!!」

「口先くそくらえ! 他力くそくらえ! 俺たちは己が力で生き残るぞ! ウオォォォォ!」


 ……なんだその掛け声?


 聞こえていたらしい義経は大笑いしていた。


 義経の率いる俺と二十五騎は立ち入りを制止させようと槍を構えた四人の不運な門番たちを斬り、正門を通り抜けると壁沿いに裏門へ急ぐ。正面からの制圧は三郎たちに任せて。

 

 意外な事に馬で走り抜けた建物周囲の通りには、戦いを挑む兵がなかった。建物の入り口には見張りらしき兵たちもこちらの様子で身構えるか、浮足立つ者ばかり。


「戦いにならないのだな」

「当たり前だ。戦いは勝機がある時か互角未満の相手に挑むもの。まぁ、それでも無謀を勇気と勘違いする奴はそれなりにいるがな」


 義経が手で合図すると。騎馬が五人一組で隊から離脱しいく。それおw櫓を見かける度に義経は繰り返し、戦いはないまま裏門にたどり着きそうな時には十騎にまで減っていた。

 そして、搦手門にたどり着くなり義経たちは馬を降りると門番に向かって睨む。


「我が名は冠四位、支十二中将、辰義経。ソウの国守、長門隆房並びに総大将の宮島房頼は逆賊となった。お前らは俺たちにつくか逆賊となるかを選べ!」


 あまりにも突然の言葉に顔を見合わせて沈黙する門番たち。


「えっと、それは」


 だが、その様子をみた義経は刀を抜いて門番の一人を斬った。

 悲鳴を上げる間もなく、その首が跳び、胴が上下にわかれて崩れ落ちた。義経は刀の血をはらう。


「それで、お前らはどうする?」

「よ、義経様に従います!」


 他二人は槍を置き跪いた。その槍は義経の家来たちが回収し、その光景を見ながら俺も馬を降りて義経の傍まで歩く。


「乱暴だな」

「お前はこいつらの反応を見て信用できるか?」

「できないな」


 考えるまでもなかった。俺と義経の話に耳を傾け、ただ黙って様子を伺うように見上げた目が保身を物語っていた。

 もっとも、それは印象であり本心など知りようもないが。


「ならば殺さないは慈悲であり、殺すのは(この中で)最も有能であったからだ」


 義経は刀をしまうと本丸の建物の方を向いた。


「さて、ひと段落したところでお前に問おう。

 この本丸は政をするための五つつの建物、そして街を見渡す五つの櫓といくつかの大きな倉庫がある。建物には国守とその一家、世話役の住む中央後方が百余。その右手に陣屋として総大将とその家来や世話役がおよそ百五十、建物、櫓、倉庫の門番や見張りが五十余、巡回や建物の見張りで五十余。そして非番の控えが五十余として、他の兵は街で休みを得ている。

 その五つ建物は一つが目の前にある国守の住む屋敷となり、一つはココからも見える区切った塀越しの軍が率いた時の総大将が居座れる建物となり、一つは非番の兵が待機する建物であり、残り二つで政に使われ、五つの建物については屋根のある廊下を通じて移動できるように繋がれている。

 周囲の庭と合わせた通路で本丸は一周でき、塀と繋がる形で角にある櫓では武器の予備が管理されいる。

 この本丸は東と西側の街に接している部分は水堀と高い石垣となっており、街に接していない部分は空堀により、塀から飛び降りたとしても、怪我をして堀から登れない。

 既に俺たちと分かれた隊と三郎隊からの隊で先に櫓を占拠しているはずの状況だ。ソラ、お前ならココからどう動いて追い詰める?」


 義経は余裕があるのか口角をあえて笑みを見せていた。俺は目の前に見えている国守が住んでいるであろう建物を目の前に眺める。

 


 義経隊はおよそ百五十余騎で行動を開始した。対して、相手の兵は約四百余。普通であれば愚策もいいところ。だが、門番や櫓番を戦闘前に無力化していた経過、そして説明の意図を考えると伝えられた数字とは違う数が見えてくる。

 門番を含む多くの見張りや巡回は少人数で分散していて既にいくつも無力化している。非番の兵も認知までの間を思えば戦う準備ができていない可能性は高い。国守の居る建物はそもそも世話役を含めた数字。陣屋の世話役も除けば、数は激減して百から二百まで減る事になる。

 対して、こちらも櫓への分散で、三郎隊が百余騎とココの十余騎。


「……数ではなく個々の力量で戦況を覆すつもりなのか」

「そういう事だ。ここまでの作戦はな」


 既に三郎隊に結果を託している状況でできる事はないはずだが。……義経が五千を率いていたのに本丸に兵が四百?


「総大将が率いている兵はどこにいる?」

「総大将の宮島房頼は臆病者で人任せだ。だが愚かではない。ソウのこの搦手門の先に見える丘に城があるそこに主力の五千が駐屯している。そして、東と西の駐屯にはそれぞれ五百が非番と巡回や門番をし、戦いとなれば褒賞を目当てに民も兵として加わるだろうな。

 あぁ、そうだ。その丘の城からは本丸が見えている」


 五千で動かなかった理由はそういう事か。そして搦手門を自ら動いて最初に押さえた理由も。ではなぜどう動くか俺に問う?


 返事を待つ義経の目は見定めようとするように問いには惜しげもなく答え、俺からの立案を待っていた。


「ココを俺に任せて門を閉ざし、貴様とその十騎を連れて総大将と国守の捕縛へ向かう」


 理由も作戦も単純で、義経は建物を把握していたから。そして将が自らが最前線で奮闘する姿は家来たちに実力以上の力を発揮させる。士気も忠誠心が厚い姿を見れば妥当な判断であり、義経の家来ではない俺が搦手門を守ればそれだけ逃げる者に不意を突きやすい。


 義経はこの言葉に顎を指先でなぞるようさわると少し考えたように視線を上げ、そして、少しの間を開けて頷いた。


「……なるほどな。それでは命令する。お前は家来のうちの五名を連れて好きなように暴れてみろ。門を開けたまま、俺は最後にやって来るであろう総大将の宮島房頼を討つとするか。国守の処遇は、会ってから考えるとしよう」


 何がなるほどなのだろう。三郎隊と遭遇した時に同士討ちも発生するおそれがある命令だが。


 私情を飲み込み頷く。


「わかった」


 その先については考えるより動いて確認すればいい事。そのお墨付きを命令として加えられた言葉に逆らうのは無意味。


 馬を降りて目の前にある建物へと進むと、義経が手で合図するだけで後ろから五名もついて来た。

 その建物の入り口に入るなり、視界に入る二名の衛兵。その手には屋内にもかかわらずさすまたの形の刃物を先端につけた短槍を縦にして手にしていた。


「何者だ!」


 敵味方を確認しようとするその第一声。そして、ようやく短槍を降ろして穂をこちらに向けようと重さで下げていく姿。その動きよりも早くに走り抜けて回り込み、背後から剣で一人の首を斬った。そして、短槍を手放さないまま振り返ろうとしたもう一人も胴から胸へと斬る。

 痛みで倒れた二人を順に止めを刺して五人の方を見ると、我に返ったように俺に対して目線を向けて身構える姿。


 恐怖……違うか。やる気の覚悟ができたといったところか。


 これから先の自身の死を覚悟する身体の震え。そして死者ではなく俺に視線を向ける姿。

 それはそれなりの場数を経験している有能な勇姿だと理解した。


「行くぞ」


 頷く姿は確認せずに廊下の奥へと歩きつつ見渡す。廊下は二人が悠々と歩けるほどの幅があったが明りは入り口に頼るように薄暗く、左右には戸があった。


 一つ一つ確かめる余裕はない。裏から入ってすぐの場所に国守が居るとは思えない。避けられる騒ぎは避けるべき、か?


 とりあえず奥へ進み曲がる。右側は光を取り込むように窓があり、反対がはまた戸があった。廊下も襖で仕切っており、襖、廊下の窓から外を覗くと中庭で衛兵や世話役が慌ただしく動く様子が見える。


 さて、ココからは戦いながら国守を探すわけだが方法を考えなければ…………。


 『好きなように暴れてみろ』そう言った義経の言葉を思い出した。


 迂闊だった。義経の目的と俺の役割を間違えるなんて。「好きに暴れていい」。


 心でそう呟いた時、不意に鎖が音を鳴らして壊れた気がした。

 本能に従い、襖を開けて中庭に突入する。そして、こちらに向かう途中だった二人の衛兵を続けざまに斬り、周囲の反応を伺いつつ身構える。

 他数名の衛兵と世話役たちは立ち止まり、その中の世話役一人と目が合う。が、俺たちを見るなり後ずさってなぜか我先にと悲鳴をあげて逃げ出した。


 衛兵までも正門の方へ逃げる? …………罠か?


「この建物に国守がいるのだな?」

「国守の屋敷に間違いない」

「衛兵が主を守らずに逃げるのか?」

「それは忠義しだいだ。敵う相手かにもよるだろ」

「そういうものか」


 廊下から見える廊下の先や戸と壁を眺めながら歩みを進める。と、不意に左奥の妙に扉に目が行きそのまま進む。


「……そこに国守が居るとは思えませんが」

「そうだな。だが予感がする」

「は?」


 予感。一見すれば変哲もない光景に感じる気持ち悪さに似た違和感。

 ただ、その理由に気づけたのは扉に顔を近づけるとわかる微かな眉を顰めて思わずそらすような臭いだった。


「お前たちは左右に控えて備えろ。倒せる自信があるなら加われ」


 五人が頷いたのを確認し、手で合図して身がまえたのを確認してから扉を蹴破る。


 来る!


 血が逆流するような恐怖の感覚に中の視界を確認するより早くまず避けた直後、モノが先ほどまでいた場所に飛ぶ風を切るような音が聞こえた。

 後ろで起こった事を見たくなる気持ちに息を吞み、まずは相手の顔を確認する。


 その目は俺を敵と認識している目を細め、歯を食いしばって睨み、手にはどこかで見覚えのある竹の槍を握っていた。

 顔も身長も年端もいかない男の子。腕の至る所に傷を持ち、見ればわかるほどその体に見合わない大の大人が持つような筋肉を持つ姿。それが俺の鼓動を早めて本能が警告していた。


「こ」「死ね下郎!」


 感情的な甲高い叫びながらも足は動かそうとしない。

 経験ある姿に本能で避けると、先ほどまでいた場所に地面から槍の束が床を破壊して竹の槍が突き上げた。


 これは、弥生との戦いで? いや、今は。


 地面に着地した足で踏ん張り、地から突き上げる槍をかわしつつ一気に距離を詰める。そして、斬りかかろうと剣を振り上げる。が、その直後に竹の壁が目の前に出現した。


 やはり。か。


 既にわかっていた結果。振り下ろすふりをしていた腕を降ろして剣の向きを変え、地に着いた足で踏ん張り向きを変える。避け続ける事も後ろに距離をとる選択もできない廊下よりもまっしな幅というこの部屋の空間において退く判断は最初からなかった。


 二分の一!


 竹の壁を左から回りこんだ直後に、少年が足音から選んだであろう槍の穂で俺に突こうとする姿が視界に映った。それを屈んでかわし、さらに一歩進んでさらに回りこんだときに敵の槍の後ろが竹の壁につっかえる音。

 その直後に敵の視線が俺からつっかえた方に向き、俺は回り込んだ勢いに身体をねじらせ回りながら剣を振りぬき、敵の首を刎ねた。

 

 その首は床に落ちるまで俺を睨み続けてはいたが、敵の胴が槍を手放し倒れた。

 すると竹の壁も、突き出した竹槍の束までも消滅した。

 

 ただ、それでも尚続く殺気とは違ういくつもの視線に見渡して気づく。


 ……ココは、牢屋?


 部屋が狭いと感じたのは入り口から左に格子があり、その扉も外から鍵がなされていた。その中には見た目はいい少年、少女らしき者が五人ほどいた。が、俺と目が合うなり身を寄せ合って震えている。

 右側には戦いのものではない黒ずんだ跡がいくつもあり、奥には地下へ続いているらしき暗い廊下が見えた。


 ……なんだ。この部屋は?


「ココは制圧した。二人は外で警戒し、他は入ってくれ」


 大雑把な指示に対して阿吽の呼吸で三人が中に入ってくると周りを見渡しながら俺のもとまで近づいた。


「この部屋が何かわかるか?」

「牢屋?」

「いや国守、長門隆房の嗜好部屋……かと」

「人身売買の部屋では?」


 それにしては……


 その男女の子が震えているのは俺たちに対してであり、奴隷を示す首輪も拘束しているモノも:なかった。

 個々の身体を見てもその衣服に目立った汚れはなく扱いは同等のようにみえ、、身体こそ華奢な者ばかりで古傷もみられたが、それにしては痣は見当たらない。

 その答えの手掛かりを求めて先ほど斬った者をを振ると、義経の家来の一人が首のない屍を見て呟いた。


「愚かな」


 対して今も睨む目を続ける首。


 愚か……か。俺には忠義に見えるが。


 その解釈に正解は必要ないし、無意味に考える時間もなかった。三人の顔が俺と目が合うのを待っていた。


「ご指示を」

「三人でこの部屋と階段下の状況を確かめてくれ。他に人がいた場合、戦う意思がないものは格子の中へ。逃げ出す者や抗う者、襲い掛かる者は殺してもかまわない。

 武器は取り上げ不穏な動きをする者、他状況の変化による判断は任せる」

「は!」


 三人が一斉に同じ言葉での返事頷き、部屋から出る。


 すると廊下では二人の義経家来が敵に身構える姿があった。

 裏口へ続く襖と、こちらの扉側で身構える家来と、その間に挟まれるように居る九人の身分の良さそうな華やかな女の衣装を着た女性と少年少女たちと、その廊下の襖側と扉側に倒れる四人の衛兵らしき屍。

 再び九人の者たちに視線を戻せば、その女の衣服を来た者のうちの三人は全身を隠すようにしていて性別を偽っているあからさまな怪しさ。他六人については屍と刀を前に足がすくんで震えていた。


 あの中に国守かその一族がいると思っての行動だろう。実際その予想は正しいだろうが。


「…………通してやれ」

「だ、だが!」

「これは命令だ。だが、襲ってくるようなら斬れ」


 義経の家来二人は口を噛み締め頷かなかったが、通れるように道を譲った。

 そして、振り返る事もなく裏門に向かって逃げ出す九人の女の衣服を着た者たち。そのうち二人ほどは二度ほど俺の方を見ていた。


「どうして手柄を得る機会を奪った」

「命令を思い出せ。好きに暴れろと言われて、お前たちは武器を持たない者を斬るのか?」

「だが手柄は失った」

「手柄、か……」


 その言葉に引っ掛かりを感じて周囲を見渡す。


 何かがおかしい。……おかしい。


 逃げられる者は既に逃げた後の廊下に人がいないのは変ではない。

 部屋を一つ一つ確かめれば隠れている者が様子を伺う気配があったとしても驚く事ではない。

 順に異変にたしかめ答えをだし、そして異変ではない事を探る。


「……」


 …………音だ。おかしいのは今の状況そのもの。正門からくる三郎隊は手柄のために最短でココと総大将を探して向かっている。裏門から回りこんだ俺たちに対して、三郎隊がココまで来るのは何もなければ大きな差になるとは思えない。

 ココで出会った世話役や衛兵たいした戦いもせず逃げ出している。それなのに三郎隊がこの廊下へ近づく音が聞こえない。


「……三郎隊はどちらの方角からくる?」

「えっと、おそらくあちらかと。建物には詳しくありませんが、本丸の建物は政を優先した合理的な作りと聞いた事があります。なので正門の方へ向かえば枝分かれはあっても合流に至るはずです」


 答えた者が指差した先を見て走り出す。すぐ曲がっている廊下の先からは人の来る様子はない。


「では、今回の討伐部隊の総大将の居る建物はどこだ?」

「えっと。裏門側から見て右側が建物だから、左側。……先ほど戦った部屋の扉を通り過ぎた先がそうかと思われます」

「突き進めば通り抜けできると思うか?」

「普通に考えれば塀があるでしょう。向かうならこのまま建物の正面から向かうか、おそらくですが建物から出て裏側に通り抜け用の門があるかと思われます」


 正門は確信し、裏は思う、か。密かに最短で動くなら塀を登ってとなるが……。


 その高さにもよるが登るとなれば武器を一旦手から離す必要がある。陽光も指している。


 たしか総大将の宮島房頼は臆病者で人任せ、と聞いた。

 臆病は慎重で用心深い、人任せとは優秀な将を手元に置いて柔軟な判断を許容していると読み取れる。


 視界も良好で無防備な姿を特別な力で狙われれば、自身が火だるまなり、矢で狙われ致命傷を負う姿が想像ついた。



「正面から突入して、可能であれば三郎隊と共に総大将の討伐を行う」

「ですが、それは主の居る搦手門の守りが手薄になってしまいます」

「辰義経が敗戦した経験は?」

「いいえ、私がお仕えしてから無敗です。中央でも常勝将軍と有名だと噂程度には」

「そうか。なら正面からで問題ない」

「…………ご命令とあらば従いましょう」


 納得はしていないが俺の命令には従うか。いや、従うのは義経からの命令だからか。


 義経の家来の言う通り方向かえ合って進むと建物の出口らしき所にまでたどり着き、地に敷き詰められた石畳の渡り廊下へ飛び出す。


 直後、感じた本能で身体がかわすと何かが腕と頬をかすった。

 屋内から屋外へ出た光の白い眩しさから見えた光景、放たれた元の方向へ視線を向けると弓兵が五名ずつ渡り廊下の左に。そして、こちらを見つけるなり刀を手に襲い掛かってくる五人の兵の姿があった。

 さらに奥にはこちらと三郎隊からの侵入を防ぐように更に弓兵や刀や槍を持った兵たちが見える。そして、渡り廊下の合流地点から正門側に向かっては庭から三郎隊と交戦している様子も見え、一騎打ちをしている姿まである。


 待ち伏せされていたか。三郎隊も、俺も。


 三郎隊に何か起こったのであれば屋敷で騒ぎを起こせば逃げた世話役たちの姿を見て待ち伏せされる事は予想すべきだった。

 敵兵たちの鎧に身を包んだ姿からわかる本丸へ突入する前から準備が行われていた事を察する。


 ただ、その理由を考える時間はなく、襲いかかる五名を前にして俺自身も剣を握り直して走り出す。


「押し通る!」

「こい!」


 敵の大振りな一撃をかわして胴を斬る。が、厚い鎧がそれを許さず手に反動が響いて手が痺れて歯を食いしばる。


 面倒な。


 手の感覚を感じられないまま剣を強く握り、すぐ目の前に迫った次の相手の刀の動きを見切ってかわすと三人目に向かって剣を突き、鎧のない目へ突き刺す。

 潰れた(うめ)き声を上げたその者をを盾にして四人目の一撃を防ぐと、今度は五人目と一人目が前後から斬りかかってきた。剣を抜くには諦め突き刺した男の緩んだ手から刀を奪うと、一人目の盾に使った男へ被せ、五人目の一撃をかわしてから刀を手前にひくようにしながら斬るが、敵の腕部分の鎧が邪魔をして刃の欠ける鈍くぶつかる金属音だけが響いた。


「動きは鈍いが守りは堅い、か」


 鎧を斬れない。焦りに心音がひどく響き、吐き気に似た息が苦しくなる感覚。


 斬れない。ならば斬れるところを斬るまで。


 すぐさま敵の全身の動きと鎧に守られていない部分が関節部と首の後ろと見極める。今度は同時に襲いかかってきた二人に対して、今度は兜を刀の柄で殴り、蹴りをいれて関節部の腕を内から斬る。悲鳴に恐怖で焦ったように襲いかかってきたもう一人には、回りこんでしゃがんで足の関節部を後ろから斬る。

 悲鳴を上げて跪く二人と、またしても襲いかかる二名の敵。


 だが、その二人については義経の家来二人が的確に背後から首を突き刺した。そして、腕を失った者と足を失った者は俺が止めを刺した。

 そして、痛んだ刀を捨て、倒れた敵兵から新たに刀を手にして弓兵に向かって走り出す。


「家来、か」


 呟いた理由は自分自身でもわからなかったし考えるより目の前の敵を倒す方が先だった。


 既に再びこちらを狙う五人弓兵の焦りと訓練の成果で無意味に一斉に放たれた矢。それをかわして一気に距離を詰め、回り込み、弓を捨てて刀を抜くのを遅れた者から軽装な胴を斬っていく。その五名については一合も交える事なく斬り捨てると刀の血をはらい、息を吐く。


「……これが(いくさ)? いや、ここからが戦か」


 今度は血気盛んな刀を持った兵が弓を引き終えた弓兵の前へと躍り出てまで三十人も一斉にこちらに向かって来た。

 その誰もが全身を鎧に身を包み、腕に自信があるは名を名乗り、雄叫びには力が籠っている。


 絶望的。


 そう認識するには十分な光景を前にして、身体から力が抜けていく感覚。

 そして、それを埋めるようにして起こる身体が疼く感覚。


 ……あぁ、何かを思い出せそうな気がする。


 絶望『的』。ただ諦めの恐怖を促す絶望に対して『的』という言葉が勝てる可能性の存在を信じてるの自覚する。


 この先に、生き残れた先に何かが……?


 死地を前にして笑みを見せながら踏み込みたい衝動の赴くままに刀を握り直し、手の感覚が戻っている事を確認するとあとは身体の動くままに身を任せる。

 そこからの意識は、すべてを鮮明に記憶しながら覚えている事はすべてが過去の行動であった。


 終わった時には手に持った刀は幾度もの取り替えを経ても血塗れとなり、全身の至る所が赤く染まって血か傷かの見分けはつかず、痛みは全身から響いてどこが痛いのかすらわからない。

 そして、記憶が正しいなら後ろにはその結果を示すように屍が転がっている。それも、屍の中には刀によって胴が斬られた者もいくつも存在して。

 そんな赤く染まった地に対してただ一人だけ(・・・・)の状態で俺は刀を握って立ち尽くしていた。


「あぁ……。この感覚を覚えている」


 俺は、過去にも経験していた。それも人に対して。


 終焉の森で百鬼に対する感情に薄々感じながら見逃していた。人を斬るための身体の動き、過去にあった事を認識する感覚。

 更なる血を求めて身体が疼く衝動に対して、全身の痛みが理性として俺を制止させようとする。


 ココで止めなければいけない気がする。だが……


 休む暇もなく、俺に向かって貫こうとする十数本の矢。それをかわすと、その先を狙ったように襲いかかる特別な力らしき弾幕の火も水柱。考える余裕はなく本能のまま隙間を這うようにかわすと足が動き出す。

 そして、弓兵たちの強張る表情から恐怖による動きの停止を感じ取って、一気に距離を詰めようと走り出す。


 焦る表情を見せながらも我に返って矢を番え、まごつきんがらも弓を引き、狙う弓矢。冷静であれば次に狙って的中させるには十分な距離なはずだった。ただ、恐怖に時間をとられ、狙うには浮ついた足が生きようとする本能が訓練による一斉射撃となり、技能を持つが故に正確に胴を狙って放たれた矢をかわすのが一度で済んだ。

 そして、俺は弓兵のもとまでたどり着く。


 一人、二人、三人、四、五、六、七、八、九、十、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、一、二……


 数字を斬り、向かってくる敵を斬る。逃げる敵を斬る、両手をあげた敵を斬る。

 ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。すべてを鮮明に記憶しながら意識と切り離して身体が動き、そのすべてが過去の行動として自分ではない自分が斬る。そして、斬れば斬るほどに心が満たされ眠気のように意識が遠くなっていく。


 だが、それはいつまでもは続かなかった。

 横から突如としては放たれた水柱をかわして振り向いた直後に、弾幕として避ける隙間もなく丸太ほどの幅がある水柱が五十三本ほぼ同時に俺に向かって襲いかかってきていた。


 避けられないと察した身体は水柱に対しても斬りかかり、刀で水を斬りはしたもののその勢いは止まらず水圧によって足は地から浮き、腕に当たった別の水圧によって刀も手から離れた。そして、背中に当たった衝撃によって意識が身体に戻った。


「っ!?」


 立ち上がろうとしたところで全身が裂けるような痛み。

 顔だけ動かし身体を見下ろすと、浴びた血が水で洗い流された事で全身の至るところが傷だらけとなっていた事に今更気づき、動かした所も動かしていない所も水を赤色に染めながら傷口を再び隠していく。


 あぁ。…………痛い。



 歯を食いしばり、手も使って身体の支える力を分散させながら足裏を地につけ、そして起き上がる。

 そして、目の前を三郎を先頭にした三郎隊が走り抜け、俺を吹き飛ばした相手には見覚えがあった。


「ソラ」


 静かに怒りを伝えるような響きでありながら、ハッキリと諫めるような声に確信する。。

 ヒミコだった。そのすぐ後ろには九条の姿が見えた。


「……ようやく正気にお戻りになったようですね」


 三郎隊は勢いのまま戦い門をくぐり抜けて先へ姿を見送ると、その間にヒミコと九条が目の前にまで近づいていた。


「俺は……」

「説明は不要です。見えている結果がすべてですから。……こちらが剣となります」


 先に新しい剣を受け取り、渡り廊下にまで戻ると、歩みながら周囲を見渡す。

 屋敷を繋ぐ渡り廊下のそこかしくもに倒れた兵が見えた。その中には、記憶を辿ると名前を名乗った者も幾人も倒れていた。そして、その中には二人の義経の家来もいた。


 ……この記憶は、何の記憶だった?


 その考えを邪魔するように、意識と身体が一致した事で全身のいくつもの傷の痛みの一つ一つが悲鳴をあげだし、歯を食いしばる。

 加えて、追い打ちをかけるようにヒミコの顔が俺の目に向けていた。


「どうしてアイリス様のもとから離れたのですか?」

「……どうして?」

「貴方はココでこんな戦いをする必要があったのですか?」

「…………」

「私はただ申し上げるのみです。答える必要はございません。では、参りましょうか」

「……………………どこへ?」

「とりあえずソウの東側の協会へです。既に趨勢は決しました。辰義経は脅威である貴方を殺すでしょう」

「そうか」


 表情一つ変えず、感情のない声で淡々と答えるヒミコ。

 俺も義経を殺す事は考えた。だからこそ手負いとなった今を義経は狙うというヒミコの言葉は腑に落ちるものがあった。


「この戦いはどうなる?」

「趨勢は決したと申し上げました。ソラ様によって事態は変わり、義経の想定通りに進むでしょう」


 事態が変わった?


「辰義経は不利だったのか」


 言葉、命令のすべえてに自信ある声と迷いない目をした表情を思い出す。

 虚勢。今思い返してもそんな様子を感じ取れた記憶が微塵もない。


「その答えが欲しいのでしたら協会へ向かって歩きながらであればお話ししましょう」

「え?歩かせるの!?」


 なぜか九条は目を見開き俺の身体をまじまじと上へ下へと見ていた。


「そうだな。頼む」

「わかりました。では後ろからついてきてください」

「大けがしている人に歩かせ、目が見えない人に案内させるって……! いや、でも私道覚えてないし背負いえないけど」


 心の叫びかのように呟く九条を背に、先頭をヒミコが、その斜め後ろに俺が続き、ヒミコの後ろで九条が俺とヒミコを交互に見て続いた。

 一歩、歩くたびに太股からふくらはぎにかけて傷の裂け目が開閉して、裂け目が広がるような痛みを感じ、足に注意して腹に力を入れれば胴の傷から出血が起こる。そして歩く事で全身の微かな響きが傷口を刺激し、痛みに身体が反応すれば反射して動いた部分の傷が痛む。


「常勝将軍。そう呼ばれるほど辰義経は優秀ですが、それ故に情報から知略を駆使する義経に苦手な将軍がいました。それが宮島房頼です。

宮島房頼は、正面からの一騎駆けを厭わない赤鬼青鬼、大将として兵を率いる五勇将、それを補佐する十一知将。そして、別動隊として三中老がいます。正確には居ましたですが。

 宮島房頼は戦いの指揮を五勇将のだれかに任せ、作戦は十一知将の三人に練らせ、三中老が各個判断で動きます。事前の情報を収集して行動を予測する義経にとって、気まぐれで指揮も策も動きまでも委ねる房頼は情報で優位を得られない相手なのですよ。

 ですが、今回の件で赤鬼青鬼は倒れ、五勇将の三人までも既にソラ様に討たれました。三郎隊の突入によって知将も三中老も失うでしょうし、房頼自身も生き残れないでしょう」

「そうか」


 賭けをしていた。おれはそれにすら気づけなかったという事か。


「…………そうか。じゃないでしょ。ケガの心配しろ」


 九条の呟きがよく聞こえてくる。ただ、その指摘は正しかった。

 身体は痛み、注意は散漫で視界が動き、歩くと思考がうまくまとまらない。それでもなんとかヒミコの迷いない歩きのまま進む後についていき、建物を通り抜け、正門前にまでたどり着いた。

 そこには師走と他六名の護士らしき姿の者が牛車と共に待っていて、出迎えた師走に軽々と担がれるように牛車へ押し込められると後は車の天井を眺めながら酔いそうな揺れを感じる前にそのまま意識を失った。


文章校正は後実

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