29-1、「それに何かあっても助けに来てくれるって信じているから」
「殺めるなら最後までやれ」
義経は刀の血を払うと鞘にしまう。
「それで、どうして殺させた?」
義経は口角を微かに上げ、首を横に振った。
「俺は殺せなどと命じてはいない」
「なに?」
周囲の俺を見る視線を伺う。口を結び目を細めてこちらを見る目からは好意的な印象はない、しかし、その言葉を合図にして動く様子も足音もない。
それを見ていた義経がふっと笑った。
「目付は俺が命令通りに戦うように監視していた者だ。そして家来の中に中央への密告者が居たところで俺に目付はお前に殺されたが真実。そしてココは戦場だ。あいつはお前を殺そうとし、だからお前は自衛の為に殺した。そして敵に自ら近づいたのは目付自身だ」
それが俺が今すぐ殺されない理由であり、俺が殺される理由でもあるわけか。
義経は笑うのをやめると眉を潜めて睨む。家来らしき男のひとりがひっそりと近づいてもそれには目も向けずに手だけを伸ばして槍を受け取った。
「これにより停戦を速やかに行う。大空団の団長と合流してから今後を話す。お前は俺とついてこい」
俺はもう一度だけ周りを見て一度だけ頷く。義経は兜に装飾にない鎧に身を包んだ家来の一人に目を向けた。
「三郎、至急、各隊に進軍の停止と停戦命令だ。近づきすぎた隊には十分な距離をとるようにとも伝えろ」
「承知」
三郎は背から頭を下げると陣の出口へ走り出した。
続いて、義経は兜に葉らしき模様をした異なる装飾のある二人の家来の方に向く。
「不在の間の指揮と判断は京に任せる。静はその補佐をしろ」
「御意のとおりに」
「御意のとおりに」
二人は跪き順にそう答えると、義経は歩いて近づき京は扇子が閉じたようなモノを両手で受け取った。
そして立ち上がると速やかに動き出し、慌ただしく手と口で指示をだして他の家来たちもその指示に従い動き出した。
あれには指揮を任せる意味があったのか?
「ほら、お前も行くぞ」
「あぁ。だが移動はどうする?」
義経が向けた視線の先には先ほどまで義経が乗っていた馬に加え、その隣には手綱を手にした者ともう一頭の馬が並べられていた。
しかも俺が剣を失った事を理解して、代わりとなる剣まで用意して。
「俺が言ったのだ。用意するに決まっているだろ」
「そうだな」
……そんな手早く用意できるものなのか?
その疑問は目の前にある馬が疑問のまま答えとして出ていた。
用意された馬に乗ると義経は松明を受け取り先に馬を走らせたのでそれに続く。家来も兵たちも伝達もよく訓練されているらしく、暗い中での松明の灯りに対して兵たちは道を開け、兵たちの松明で灯された道沿いにひたすら馬で走る。
そして暗闇と木々と兵たちの松明による薄暗い景色から見えた義経の背を見ながら考える。
情報収集に手を尽くし、俺を招いた。そして、五千もの指揮をしていたかと思えば、あっさり家来に任せて敵地に赴く身軽さ。
……義経は俺を殺す時期を迷っている今、後々の事を思えばこの停戦の成立前に殺すべき、か?
義経が松明で横に振ると、それに気づいた配下らしきものが「整列」叫び、先ほどまで盾をを使って道に埋め尽くていた隙間もない隊列が一斉に左右に割れて道を開けた。
「前線を出たところで前後を入れ替わる! お前は大空団へ速やかに停戦命令をしろ」
「そうだな。……どうやって?」
「はぁ!? 決めていないのか!」
それでも前線を抜けたところで義経は馬の走りを調整して横並びとなった。
「松明を持って顔は見えるようにしておけ。後は運しだいだ」
松明を受け取り、前を向いて走ると程なくして道脇の左右から赤黄色い灯りが見えた。
「来るぞ! 今すぐ何か考えろ」
「…………考える必要はない。狙うなら松明を持った俺に向かっている」
その言葉を聞いた義経が俺から距離をとった。
避けるくらいはできる。か? この馬で?
手綱の握りを軽く上げて、二人からの一撃を避ける備える。
が、直後にその灯りは消え、中央に見覚えのある青い火の玉が見えた。
……イヨか。
その青い火の玉を目印にして馬を走らせ、近づいたところで歩かせて止まる。
「おかえりなさい。ソラ様は馬にも乗れたのですね」
道の中央で凛とした姿で立つイヨは俺と義経の姿に様子を前にしてただいつものように話しかけ立っていた。
見ればわかる問いをなぜ? それよりも。
「よく俺だとわかったな」
馬から降りる。地にしっかりと足を踏みしめた直後に感じる身体が浮くような感覚と重心が揺れる違和感を足に力を入れて地に踏みしめる。
「襲撃であれば灯りはたくさん見えるはずですから。逆に奇襲を狙うなら灯りは消します。罠も考えましたが、ソラ様をお送りしたのですから使者だと想定したまでです。それよりも……」
暗がりから見えたイヨの表情が義経を見るなりわずかに強張った。対して義経は口角を上げて不敵な笑みをした。
「部隊を率いる将が直々にいらっしゃるとは思いませんでした」
イヨが手慣れた様子で俺が降りた馬を撫ではじめた。というよりも馬の方から撫でてもらえるようにむしろ望んで頭を下げているように見えた。
「コホン。神無月、久しぶりだな」
「支十二中将様、ようこそお越しくださいました。お一人とは驚きです」
「嫌味はいい。団長のもとまで案内を頼む」
「それもそうですね」
直後、義経も馬を降りた。
イヨは仰々しく頭を下げ、「ではこちらへ」とイヨは馬の手綱も手に、中竹境と小梅内へも労いの言葉をかけ、揃って姫夜のもとへ向かう。
それほど長くはない暗い道のりは終始無言。中竹境と小梅内は義経が気になるのか何度もチラチラと見ていた。そして、二頭の馬は義経のすぐ後ろから自ら着いて来る。
陣などない大空団の本陣は焚火がある程度で、灯りに入る手前の手頃な木の傍で馬は立ち止まり大人しく待機を始めた。
その様子を中竹境と小梅内と共に驚きで見ていたが、イヨと義経は当たり前のように先へと進む。そして、五人で姫夜たちの前にまで着いた。
目の前には俺たちに気づいて立つ姫夜とその隣で同じく立った才加、座ったままの荊井とアイリスの四人がいた。
真っ先に姫夜が一歩前に出る。
「イヨさん! ソラさんは……」
その問いに答えるように灯りに照らされ姫夜の姿が見えた。姫夜は俺の顔を見るなり手のひら胸に当てて安堵の息をついた。その仕草に才加が耳打ちし、姫夜の目が義経に向かった。
「これは失礼しました。私が大空団の団長、聖宮姫夜と申します」
姫夜は姿勢を正すと片方の足をもう一方の足に添えるように下げ、膝を少し曲げ、手は何かをつまむ仕草をしながら、背筋を伸ばしたまま器用に倒して礼をした。
……知らない礼だ。だが。
その仕草に対して義経の息を呑む動きが見えた。義経は礼を返さないまま姫夜に対して向かい合うように立る。おおよそ槍二本分というそれなりの距離を維持して。姫夜は無防備に微笑み、義経は奥底を測るように睨み、対照的な二人は沈黙が続いた。
その間に姫夜の後ろへイヨに続いて場所を移す。アイリスは座って欠伸をしていたが、その様子を見た荊井も才加の後ろに立った。
そして、全員の場所移動も終えたところでその沈黙を破ったのは義経。初めて見る背からの礼をする。
「丁寧な礼に感謝する。俺は日ノ国の侍士で冠四位、支十二中将の辰義経。対峙する部隊の将として交渉しに来た」
姫夜は頷き手を自身の胸元に添えた。
「話し合いにお越し下さいました事を心よりお礼申し上げます。必要であれば他の者たちもご紹介致しますがいかがしましょうか」
義経は目線を右から左、左から右に見て、最後に斜め後ろに居た俺を顔ごと動かして見てから再び正面を向くと、首を横に振った。
「お心遣い感謝する。だが不要だ。
この交渉にあたってまず俺から質問を一つする。この日ノ国で貴様は何をするつもりだ」
……面倒な会話になりそうだ。「滞在を許可する」それで終わる話だろうに。
よく響く威圧感ある声に対して、姫夜は動じることなく凛として立つ。だがすくには答えなかった。
「それは私が」
その様子を見たイヨが一歩前に出て言おうとしたところで姫夜が手を横にしてイヨを制止させた。
「まず、私の不戦宣言があったにも関わらず監督不行き届きでソラがあなた様の部隊に突入した事に対してお詫び申し上げます」
「謝る必要はない。こいつが来なければ討伐命令に従い貴様らを殺していただけだ。仮にそちらに戦う意思や武器を捨てていたとしてもな。それよりも質問に答えよ」
姫夜はその言葉に頷いた。
「お答えします。ですがひどい作り話と思ったとしても最後までお聞きください」
「善処しよう」
「私たちは異なる世界、私たちが呼ぶところの異世界から女神様に連れてこられてこの世界にたどり着き、国も地図も知らないまま彷徨い、今に至っています。その女神様から言われた事はただ一つ、来るべき魔の厄災から世界を守る勇者となりなさいと」
「女神、魔の厄災……」
はた迷惑な女神だ。まるで先の勇者の物語の……
ちらりとアイリスを見たが、眠たそうに欠伸をするだけだった。イヨやヒミコ、姫夜のクラスメイトも驚くような様子はない。
俺以外は知っていたらしい。
「もし日ノ国の常識を知らない者が中途半端な正義感で秩序を破壊することを警戒されているのでしたら、おそらくその警戒は正しい認識でしょう。女神様から魔の厄災に立ち向かうための力を私たちは頂いていますから」
姫夜の目線が中竹境を見て、小梅内を見た。その二人は目をそらし、荊井は首を傾げていた。
唯一、才加だけが表情も微動だにせずただ姫夜に畏まっている。
「その女神の名は?」
「イザナ様です」
「…………」
義経は無防備に腕を組み、鼻で大きく息を吐いた。その視線は姫夜に向けたまま。
「私たちにはまだ元居た国の価値観しか物事を図る術がありません。悪い者は裁き、弱い者は助け、自由とは素晴らしい。そして皆は平等と教わりその価値観を道徳として教わってきました」
「…………」
「ですがその言葉も所詮は理想。私たちは理想を理解していても欲望に負ける事はあります、堕落や傲慢で自身も気づかないまま周りに迷惑をかける事もあるでしょう。力を得たとはいえ、今の私たちは義経様に恐るに足らない存在かもしれません。ですが日ノ国が導いていただければ有益な存在となる事もあるでしょう。私たちの国では郷に入っては郷に従えという言葉がございますから」
「そうか。だが」
義経は大空団の団員を見渡し、再び姫夜に目線を戻した。
「俺の直感では、それを考えている貴様だけで、解釈違いがあるように思うがな」
「味方や友人であっても内心を測るのは難しいものです。ましてや今そうである事が未来もそうだとは限りません。であれば義経様が導けば結果が変わることもあるでしょう」
「そうだな。たしかにその通りだ」
義経が頷き、肩から大きく息を吐いた。
「声も身体も震えてはいるその姿はまだ未熟。だが、貴様についてはいずれ脅威になると俺は考えている」
「ぇ?」
姫夜の表情が固まり、才加とイヨが同時に身構えた。
ただ、義経が手を刀の柄に向けるような仕草は一切ない。
「……それが答え、という事でしょうか?」
不敵な笑みをみせた義経は頷いた。
「今より大空団団長以下、その配下である将兵を俺の独断で一時的に俺の部隊の保護下に置く。これにより日ノ国への入国を許可しよう」
「……保護、ですか」
「不満か?」
声を低くし、睨む義経。しかし、姫夜は臆する様子もなく目を見て微笑み続けるだけ。
「辰義経様のご意見は理解しました。ですがその返答には団員の意思を先に確認させてください」
「却下だ。貴様が大空団の団長というのであれば自身で今決めろ」
姫夜は一度周囲を見渡してから目を閉じた。
そして再び、今度は義経を睨んで答えた。
「ではこの場で申し上げます。私たちが求めているのは日ノ国へ入る許可で会って保護ではありません。保護は既にイヨさんたち協会の方から受けており、義経様はその恩を無碍に扱えとおっしゃっている。その要求を聞けないという事であればお帰りください」
姫夜はそう言うと手を胸に添えながら軽く礼をした。
その直後だった。義経の後方から聞こえる馬の走る足音。それも数十騎は近づきほどなくして姿を現した。
「殿、お迎えに参じました。交渉は……上々のようですね」
義経は迎えに振り返る事もなく大笑いして頷いた。
「いいや、交渉は大失敗だ。だがこの団長の言葉については信用できる事はわかった。俺を前にして堂々とお帰りくださいと言いやがった」
「お帰りください、ですか?」
義経は無防備に姫夜へ背を向け、馬上に居る自身の家来を見上げた。
「これより大空団の入国を許可する。われらは大空団を援護し、ソウへ転進する!」
「ですが、中央からの討伐命令では……!」
「神無月を俺の目で確認した。神無月は護人候補として終焉の森へ向かう道中で中立地帯への立ち入りを許されているし、終焉の森に至るまでは少数のお供も認められている。また、既に月ノ巫女が保護している大空団が日ノ国の敵とはなりえない。それがすべてだ」
「保護、ですか」
家来たちが目を細めて姫夜を見ていた。
「丁重に扱い信用できる者以外は大空団に近づけないようにしろ。俺は一足先に本陣に戻り、ソウでもてなせる準備を行う」
「承りました」
話をした家来が後ろの者に目線を向けると、その者は頷くなり馬の踵を返して戻っていく。
そして、近寄る二頭の馬の手綱を手にとると義経は俺の方に振り向いた。
「ソラ、お前も来い」
姫夜とイヨは頷いた。そしてアイリスを見る。
「私は大丈夫。それに何かあっても助けに来てくれるって信じているから」
「そうだな」
「んな!?」
荊井は奇妙な声を上げ、口を開けて、手をアイリスに向けながらも動きも言葉も迷子になっていた。
「……大空団に危害を加えても俺の部隊が壊滅するだけだろうがな」
「あ、主……!」
淡々と呟く義経に対して、家来たちが顔を目線を彷徨わせて見合わせいた。
「同行すると決まったようだな。お前は俺のすぐ横で馬を走らせろ」
用意された馬に乗り、義経を先頭にして、その右を俺が走り、左と後ろに義経の家来の半分ほどが続いた。
が、殺気ともいうべき目を細めた視線が松明だけのろくな灯りのない中でもはっきりと想像できる程度にはグサグサと刺さるのを感じた。そして、その気配に気づいたらしい義経は俺を見るなり右の口角を上げ、俺に顔を向けた。
「しばらくは我慢しろ。それが好奇心、僻み、嫌悪。つまりどこの馬の骨かもわからない奴が俺に気に入られている事に対しての警戒というやつだ。この後は更に増えるだろうしな」
「…………そうか」
本陣にたどり着いた頃には既にソウへ向かう編成の終えた三百余名が騎乗した状態で整列して待機していた。
義経や俺たちはその騎馬に向かい合うようにして馬を止める。そして、駆け寄った家来の者から日に照らされた龍の描かれた旗槍を受け取るなり騎馬隊を見渡した。
「お前たちは何のために生きる。日ノ国の長き平和といわれるこの時ですら、我らは幾度となく辺鄙な地へ赴き、命を懸けた戦いを続けてきた。
今ココで宣言する。我らの正義を示す時が遂にきた。栄誉を、富を、そして忠義を。お前たちが活躍をすれば相応しい報いる事を約束しよう。そして、今ここで俺はその第一陣としてお前たちに命じる。
敵はソウにあり! 信じる者共は俺に続け!」
旗槍を掲げる義経の一言に対して騎乗していた兵たちが槍や松明を掲げて雄叫びをあげる。
そして、馬を走らせる義経を先頭に俺がその右隣へ続き、左側には静が続いていた。その後ろに騎馬隊が道沿いに列をなして続く。
が、そうやって疾走せていたのは森の中の道だけで、森を抜けると馬は小走りとなり歩みへと変わった。
「ソラ、せっかくの機会だ。もう少しだけ話をしよう」
「あぁ、わかった」
「静」
「承りました」
静と呼ばれた家来はそう言うと馬の歩きを遅めると、義経と後ろに居た騎馬隊との距離を離しはじめた。
「話はどこで聞かれているからわからんからな」
義経は旗槍の旗を隠すように丸めて降ろした。
「これより俺たちはソウの拠点を襲撃する。時は明け方、対象となる場所は東側の役所、西側の役所と衛兵舎、そして、西と東をまとめるソウの本丸。制圧時は本丸で国守を速やかに捕え、大空団の討伐命令を受けたという総大将の首もとる。お前には俺と共に本丸の制圧に同行してもらうつもりだ」
「それを三百騎ほどでするのか?」
「数も数えていたか。城塞都市ソウは平時でも一千の兵が門番や見回りをし、戦となれば三千にまで増える。
数字ではこの国にある攻者三倍の法則という言葉で俺たちは全滅だ。だが、そういう広く知られた生半可な知識は逆手にとれる。逆を言えば不審に思われたとしてもこの数だからと俺の名で門を進める数が三百であり、門番や見回りで塀が分散している敵よりも俺たちは有利に戦える数字だとな。
だから兵数は問題とならない。いつ気づかれるかが問題だ」
……この作戦をいつから考えていた?
「つまり、反乱を起こすのか?」
「反乱かについては謝りだ。定義として反乱であったとしても結果はそうならない。
これは神子人を中心に師子に多い勇者信仰派と参議を中心に政官に多い摂政貴族派との権力争いで小競り合いだ。
神無月は冠一位の神子人の命令で護送として動き、俺やソウの総大将は政官の冠三位の参議から討伐命令を受けているからな。そして最終的に判断するのは帝である主上だ。俺たち勤皇派は主上の勅令に従うだけだ」
…………主上の勅令?
「ココまでの話で質問はあるか?」
「ない」
俺を見て口角を上げた義経の表情には確信ある勝算があるように思えた。
義経の言葉の真偽を知る術はないが、死地から生還した直後かのような口の軽さすら感じさせた。
「少し時間が余ったようだ。他に何か聞きたい事はあるか?」
聞きたい事はない。が、もしかして何かを聞いてほしいのか?
空を見上げ、黒一色に混じる不純物を見つめて考え、思い浮かんだ言葉。
「なぜこんな遠回りな行動をした。貴様は森に行く前からすべて把握していたと言っていた。ならばソウに居た時に一気に制圧する方が楽だったはずだ」
「その認識は正しい。だがそれでは大義がない。兵を率いるには率いるに足るだけの理由が必要となるんだ。例えば、世を正し優越に浸れる正義、恨み滅ぼすことを志す仇敵、ご恩に対して規則と忠誠をもって行動で従わせる勅令。そして、未知や理想を求める好奇心。守らない者を悪とする法律。
そうやって人を率いる理由ができたうえで、俺自身が国に反乱する意思も力もない事を示すために、大空団にイヨの存在を知らず、交渉の場でイヨと護人が居るのを知り、今に至る理由へと繋がる事実が先に必要だった」
「面倒だな」
「そうでもない。将であれば本来なら勅令で十分だからな。だからこそあの女、聖宮姫夜は……」
義経が話すのを止めて後ろに目線を向ける。後ろで静の待つ視線に俺も気づいた。
義経は手を挙げて指先でクイクイと前に来るように合図すると、速やかに俺とは反対側の義経の横につき。俺に対してひと睨みした。そして、静は義経と顔を合わせるなり旗槍を受け取り代わりに掲げだす。すると後方の距離を詰めた騎馬も馬を巧みに操り距離を詰め、張り詰めて細める目が和らいだ事に気づいた。
……これが忠義というやつか?
「俺は隣のままでのか?」
俺の言葉に義経が吹き出すように大笑いした。
「まさかそんな事を考えるとはな。お前はしばらく俺の隣に居ろ。それで大空団の安全が約束される。それに隊の序列には反するが能力も信用も家来の中ではおそらく二番目だ。傍に置くなら一番信用できる」
「主、それはさすがに」
静が口を挟んだ。が、義経は気にした様子はないが顔を向けもしなかった。
「ならば問おう。静、神無月が護人に選ばれたとき、救おうとした者が俺の家来にいたか?」
「いいえ。ですが主であれば私も他の者もこの命惜しみません」
静の語気も感じる自信ある言葉に義経はフッと笑った
「だろうな。だがこいつ、ソラは主従も血縁も交友もなかった相手と約束をして命を懸け、今に至っている。静はできるか?」
「主であれば」
「そうだな。静ならそうするだろう」
義経の視線が俺に向かい、ふっと息を吐くような笑みを見せたのに気付いた。
ただ、その笑みは喜びではなく期待に届かない諦めを堪えながら俺に何かの同意を求めているかのようで。
……何を考えているのかまったくわからない。
ただ無言で頷く。それでは会話は成立したらしく、静の俺への視線は睨みから観察に変わり、義経は正面を向くと以降は静に遅れて来るであろう京が率いる四千七百の部隊の行動予定や大空団の護衛方法、周辺の勢力を確認していた。
ただし、それは義経が指示し、確認と報告を静がしている姿がこの隊を示しているようだった。
ソウの城門前。到着したのは明け方であり、陽光はまだ見えないながらも空の色が黒から青へ変わろうとするそんな時間だった。
ソウ到着前に広がる畑よりも少し手前で休憩も行っており、義経は意図的に明け方を狙って動いていた事を察した。
「正義を掲げるとは呪いなり、正義感を語るとは悪事なり。正しき義は勝利のみ」
……呟き?
「この戦いで俺たちは何を得るのだろうか」
……俺に知りようももない、が。
言いかけた言葉を飲み込む。家来たちが聞き耳を立てていることにその視線から気づいたから。
「人として生きたいならば戦わなければならない。戦うからには勝たなければならない」
義経が後ろに居る隊に向く。
「全隊は各隊に事に分かれろ。これよりソウに入る」
義経と静がゆっくりと閉ざされた門へと歩みを進めると、静が旗を見せるように城門上でこちらの様子を伺う門番に向かって振る。
すると閉ざされていた門の扉がゆっくりと音をたてながら開いた。義経は手を上げて指先で合図し、それに合わせて俺と騎馬隊も続く。
城内の街の大通り悠々と進み、西側の半分ほど進んだところで統一感ない荒んだ街並みは申し訳程度に人の営みを感じられる街並みへと変わった。そして、最後方に居た騎馬隊の一部、五十騎ほどが隊列から離れて道を分かれた。
義経は尚も進み、東側と西側の間にある城門へたどり着くと、そこでも城門の門番に向かって静が旗を見せるように城門上でこちらの様子を伺う門番に向かって振る。
それに合わせてまた門が開き、今度は整った街並みが広がる道を進むと途中で北に進路を変え、そこで静が旗槍を義経に返上して馬上から礼をすると、それに合わせるように進む義経から外れて百騎ほどが静に続く。
「三郎!」
騎馬隊の中から動きがあり、前に出てきた。
「ただいま参りました」
「これは三郎が持て」
そう言って渡したのは旗槍だった。
「これを……私が」
「そうだ」
義経は再び馬を進め、ソウの本丸前の城門前までたどり着いた。大人二人分はある高い石垣に加えてその上に城壁があり、加えて正面の門のすぐ後ろには勾配のある坂となっていてその左右は城壁と内門があったが、本丸内部は一段高い構造となっているのが伺える。城門は塔のような左右の櫓は西側も東側も見渡せるようになっていた。そして、本丸の角にも櫓が備えられていた。
そんな城門にも陽光と影が差し込みはじめ、それに合わせるように城門が開かれると俺の方を見た。
「これより本丸を制圧する。抗う者は敵と見なし逃がすな。三郎! お前には正面からの制圧を任せる」
「承りました」
「ソラ、お前は俺と共に裏門に回り込んでから制圧を始めるぞ。全隊! 前へ進め!」
」
無言で頷くと、義経は馬を走らせ俺もそれに続き、騎馬も二十五騎が続いて走り出した。
文章校正は後




