28-1、「この場所はあまり良くない気がする」相応しくない満足な笑顔だった。
その日は騒ぎもあってヒミコと俺の二人で見張りの交代して迎えた翌朝。これまで通りに道のりを進んでいく。
最初こそ気付かなかったが、歩みを進めて休憩を入れる度に荊井の向ける周囲の視線が違う事に気づいた。そして、その気づきに顔を向けてきたアイリスと目が合う。
アイリスは俺に合図するように頷くと、さらっと荊井に近づき話しかけた。
「イズ美は本気でソラを殺そうとしたんだよね。勇気ある!」
「……嫌味?」
アイリスの満面の笑みに対して睨みつける荊井。
聞き耳を立てていたらしい周りからは俺とイヨ、ヒミコを除いてなぜか驚いたらしく、ある者は躓き、ある者は思わず顔を向け、ある者は立ち止まっていた。。
「嫌味? よくわかんないけど、イズ美がソラに勝とうと挑戦することをすごいと言うのは嫌味なの?」
「私は寝込みを襲ったのよ?」
「そうだね。それの何がダメなの?」
「だって、卑怯じゃん」
荊井の言葉にアイリスは首を傾げた。
「それの何がダメなの?」
「私は、ソラを殺そうとしたんだよ」
「それくらいじゃソラは死なないよ。私を助けると約束したから。それに私もソラも気にしていないのにイズ美が気にするのは変でしょ」
荊井が俺を見た視線に振り返るとアイリスが手を振ってきたので振り返す。
「意外です。アイリス様には手を振り返すのですね」
「……嫌味か?」
「はい、嫌味です。 ……そういえば私もソラ様を殺そうとした事がありましたね。アイリス様も」
「そうだな」
後ろから姫夜が「私もそうした方がいいの?」と才加に問いかけ「おやめください」といった会話をしていた気がしたが、気にせずイヨと再び前を歩いた。
そして最後の山を越えた日の朝、男二人の中竹境、小梅内が俺に近づいてきた。
「あの、ちょっといいですか?」
イヨを見ると、何かを察したのか無言で頷きほかの女子を連れて先に進んでいく。そして、少し距離ができたところで突然頭を下げてきた。
「すみませんでした」
表情の見えないその姿に首を傾げる。
「アイリスに何かしたのか?」
「いえ、アイリスさんには何も。ただ、その、砦ではソラさんを殺そうとしたから」
理由を聞いてもなぜ謝ってきたのかわからない。あの時は敵同士として戦っただけの事。それもこちらから一方的に倒して捕らえたという結果に対して恨まれる理由はあっても謝られる理由がない。
「そうするように誰かから言われたのか?」
「いえ」
「じゃあどうして?」
「最初は団員となったときに聖宮さんに謝りました。そうしたら言われたんです。ココは今までの知っている世界じゃない。誰も私たちを守ってくれないし、世間の目やネットといった憂さ晴らしの悪意からも陰口を広められる事からも怯える必要もないって」
……ネット?
「あと、団員になるより過去の罪を問う事はないとも。よく考えて、行動にはきちんと意思を持って、必ず生き残る事とも言われました」
ぎこちないながらも必死に理解してもらおうと伝えてくる表情に拳を強く握る姿。
残念ながら伝える事に集中するあまり、何を伝えたい事が見えない。
……要領の得ない説明。 姫夜が言いたい事はわかったが。
緊張している時というのは往々にしてそういうもの、か。
「それで、考えた結果どうしたいんだ?」
俺の言葉に二人は顔を見合わせ戸惑った様子をして、そして勇気を振り絞るようにしていった。
「俺たち、もっと活躍したいんです! それに、もっと評価されたい。それに女の子からモテたい。でも、それ以前に大空団で活躍するにはどうしたらいいのかわからなくて。年も離れたソラさんに聞いてみようと」
「モテたい?」
「そこですか? えっと、その、女性から好かれるような男になれたらいいなって」
未来ある夢見る少年から青年になろうとする男が抱くごく普通と思える言葉。かどうかは知らないがそう思う事とした。
……それを自分で考えろというのが姫夜が言葉だと思うのだが?
姫夜の言葉に従って旅路で素直によく考え、その答えを俺に求めたらしい。
まぁ、考えるがわからないなら聞くから始めるだけ前進か。
「それならイヨに頼むのがいい。提案として話せば必要とされる役割を得られるだろ?」
「それは……。その」
中竹境が小梅内を見て二人は頷いた。
「俺たちは歓迎されていないみたいで。俺たち男と他の女子との間に壁というか、距離を感じるというか」
イヨを見る。すると目が合いなぜか顔を逸らされた。注意深くよくよく見ればその傾向は荊井や九条だけでなく、才加、姫夜からも視線を感じる。
唯一、アイリスについては俺と目が合うと笑顔で返していた。
なるほど。こう見えているのか。
「状況はだいたいわかった」
旅は山道を終えて既に林道となり、日ノ国の国境からも近い。イヨやヒミコの様子からして食糧は心許ないがソウまでならおそらく間に合う。
厳しい山道を終えて荷物も軽くなった。体力に余裕が感じたからこその相談だったのだろうし、その判断は的確ではある。が、目に見えて男手が必要な状況にはもう無い。
できる事。日の国の国境。
冷えてもいない身体から冷や汗に手が湿るのを感じた。
「あの……」
「二人は人を殺した事があるか?」
「え? ……ないです。まだ。魔のモノ(?)を火で殺す事をさせられたくらいで」
目を開き、手と首を横に振る二人。
視線を前に向ければイヨとヒミコが一緒に姫夜へ何か伝えているようだった。アイリスに至っては耳を廃道から街道に変わった道の先へと耳も目も向けている。
その意味はすぐにわかった。
三十一名の集団が遥か前方より姿を現して近づき前を塞ぐ。そして、俺と同じほどの年齢らしき者が前へと立ちふさがると大空団のイヨを睨んだ。
「神無月様、これより先は日ノ国の領内となります。大空団は所属不明の天津原で活動する集団。許可なく越境して立ち入る事は認められません」
姫夜と目配せし、続いて俺に目配せして頷いたイヨが前に出る。
俺もイヨの傍まで行くと、後ろに中竹境と小梅内もついて来た。
「私たちは護送としてソウを向かう命令を受けています。まず、あなたは何者ですか?」
「冠八位、領官を務める田祐と申します。この対応は中央からの正式な命令によるものです。大空団の方々をお通しする事はできません」
「…………」
イヨがちらりと俺を見て、物言いたげ視線を送っていた。
「……殺すのか?」
領官を見る。すると領官は目を見開き一歩後ずさった。
それとほぼ同時に左右に居た二人が領官を庇うように前へ立ち、左右の後ろで構えていた他兵たちの槍が一斉に俺へと向けられた。
……兵たちは勇敢でよく訓練されているらしい。
視線をイヨに戻すと、イヨは頷いた。
「ソラ様、私たちの目的は聖宮様と逢野様をソウまでお連れする事です。目の前の三十一名をソラ様で確実に逃がさず殺せますか? 私とヒミコは参加しないで」
「そうだな。後ろの二人の協力があれば何とかなると思うが?」
「なるほど、考えましたね……。聖宮様、私はソラ様の提案も一案かと」
「却下です!」
一瞬の迷いも感じさせない断言。フッと笑ったイヨはその笑いを隠さず領官を見た。
一方で、中竹境、小梅内からは安堵の息が聞こえた。そんな中を割り込み、大空団の姫夜が先頭に立った。
「ココからの交渉は団長の私が引き継ぎます」
「はい、お任せいたします」
「領官の田祐様。ココは既に日ノ国の国境になのですか?」
「そのとおりだ」
「イヨさん、事実ですか?」
「中立地帯への立ち入りは政官、侍士、師子であっても国が主体での活動は原則として禁止されています。もっとも、国境といっても明確な線があるわけではなく、あくまで天津原までの間にある山の日の国近くまでという曖昧なものです。
ただし、中立地帯で名声を得た大空団とココで争えば、他国にどう解釈されるかはわかりませんが」
付け加えた言葉に領官の眉がひくつかせて睨んでいた。
「そうですか」
その睨みを受け止めた姫夜は表情を変えずに頷く。
「事情は理解しました。では、少し下がったこの森の道沿いで待機し、とりあえず野宿の準備をしましょう」
「別の道を探すおつもりですか?」
「いいえ。その必要はありません。というよりも」
姫夜は領官の表情をしばし見て、大空団すべての人を見渡してから頷く。
「私はコユルギに客人として優しくもてなして頂いた時にから日ノ国の人たちを信じると決めました。……コユルギの巫女や護士と呼ばれていた方々や優しくしてくださった。
その方々がソウへの移転を勧めてくださったのです。であれば強行せずとも待てば自然と解決する。私はそう信じています」
よく響きハッキリとした声に、大事な所を断言し、それを誇張するように手を胸に当てて目で訴えかけていた。
何もしないで待つ。それだけの言葉が不思議と何か大きな決断をしているかのような説得力ある声。それ示すようにこちらへ槍を向けていた兵たちは槍を下げ、領官も睨みから目を彷徨わせた。
「戦う意思はないと伝わったようですし、それでは行きましょうか」
道を引き返す大空団に対して領官たちはしばし見送り、そして彼らの方もソウへと引き返して行った
大空団は少しだけ開けた道からほど近い林で休憩と野宿の準備を始める。
そして最初に話したのはイヨから姫夜へだった。
「聖宮様は待てば通れると信じているのですか?」
「信じています。ですが、それ以前に私も含めたクラスの皆さんには余裕がありません。他に選択肢があったとしても選べる体力も食料も、靴もありません」
イヨは改めて姫夜の言ったクラスの皆の表情を見回して頷いた。
「……すみやかに策を用意します」
と。
野宿の準備は何度も経験した手慣れた行動だった。今日はいつもよりも休むのも早い。ただ、それでも姫夜の言うようにクラスの者たちからは疲れの表情が見え、必要な言葉以外の雑談があまりなかった。
そんな周囲の反応を察してアイリスが俺に近づいて話しかけたりじゃれてくるほどには。
「ねえ。ソラ」
「なんだ?」
「この場所はあまり良くない気がする」
「あぁ、俺もそう思う」
山側からは旅路から様子を伺い弱るのを待つ魔のモノらしき気配。日ノ国側からは動きを見張っているらしき斥候らしき気配。加えて領内とも言い張れる人里から離れすぎてもいないこの森という場所は、領官の田祐が報告をして更に上の者が大勢の兵を動かしやすく、多勢に無勢で迎え撃つ事になる。
ましてや森という場所は魔法や特別な力を使うには木々が邪魔となりすぎる。そのうえ戦う余裕も万全からは程遠い。何よりもっとも問題なのは迎え撃って人を殺せるか。
……ココで理不尽な足止めを受けたというのによく耐えている。
姫夜を見ても才加に手伝ってもらいながら周囲の様子をよく見て、野宿の準備を自らも手伝っていた。
その表情は他の誰よりも明るく動きは機敏であり、迷いがない。自身の行動に迷いがなく自信に満ちているようだった。
「姫夜は信じてるみたい。日ノ国を……ううん、私たちを、かも」
「そうか。なら、信じた事は事実とすべきだな。アイリスは姫夜のそばで手伝いをしてくれるか」
頷いたアイリスを見送り、イヨのもとへ向かう。
「イヨ」
「来ると思いました。ソラ様、耳をこちらへ」
言われるまま耳をイヨに向ける。
「ソラ様の方であの二人を率いる体制を整えておいてください、敵襲があれば迎撃をお願いします」
「それは姫夜からの命令か?」
「いいえ。ですがそこが重要なのです。あの二人がのためにも」
「わかった」
「敵将は恐らく辰義経、数はおよそ三千。彼は手堅い戦いを好み、誰が相手でも徹底し、戦いでは策略も奇策も通じません。勝てますか?」
勝てますか? 勝てるわけがない。
耳を離してイヨの目を見る。ニコリとも微笑まないその表情。
イヨは本気で勝つ気でいた。
「勝利条件は?」
「さすがソラ様。条件は全員の無事、ソラ様が辰義経の居る場所への到達です」
「辰義経は知っているのか?」
「話し合いはしていません。ですが辿り着けばわかります。そして、おそらくはそれで私の策は完成します」
策。その言葉の直後にイヨが顔を向けて頷くと、俺の返事を待たずしてヒミコと九条がひっそりと姿を森に消した。
「なるほど。勝つとはそういう意味か。ならば俺も善処しよう」
俺から男二人だけに伝えるのは簡単だった。それだけ大空団の中で二人にはまだ距離があったから。
……
…………
………………
準備を終え、残りわずかとなった食料はイヨの提案で個々で自由に食べる事にして休む。
何もする事がなかったのもあったが、大空団のほぼ全員が疲れで横となっていた。俺を除いて。
そんな中、アイリスが突然耳を動かしだし、ゆっくりと起き上がると俺の傍に近づく。
「ソラ」
「人数は?」
「百以上。あとは数えきれなかった」
「わかった。姫夜を起こして知らせてくれ。あと、アイリスは姫夜の側でもしもの守りを頼む」
「りょーかい!」
俺は続いてイヨの方を見て頷くと、まずは眠る男二人を起こして移動を始める。
二人の装備は荷物持ちを考慮して短剣のみ、そして砦の戦いで見せた火の魔法。そんな二人を後ろ従えて歩くと程なくして見えてきた。道幅を越えて森の木々の隙間からも見える百遥かに越える火の光。包囲殲滅を狙った狩りである事は明らかだった。
「嘘だろ……」
「こんなの無理」
後ろから聞こえた震える声。俺もまた目の前の光景に胸が高り身体がうずく高揚感。
剣を抜く。すると高揚感は消え、思考は冷静になっていく。大きく息を吸い、そして吐く。
暗闇。目の前の道に密集した火の光。道を外れたところからは火がまばらとなり、木々によって現れたり消えたりしている。目視からは暗くて兵数がわからない。装備も能力も不明。
その光景を見渡して不意に感じる貫かれるような違和感。
……なぜ、夜に行動を開始した?
手堅い戦いを好む。イヨの評価に基づくなら日が昇ってから討伐なするはず。この十人に対して三千では正面から戦えないほど弱いか、手堅い戦いをできない何か理由がある?
手を組み、無意識に顎に手を当てる。
「手堅い戦いをする将が今、夜戦を選ぶ理由。……命じられて従うしかなかった? だが辰義経が戦い方を変えてまでおとなしく従う、か? そんな人物には思えなかったが」
辰義経と出会った時の言動を思い出す。
辰義経の言動から、大人しく従う姿も思い浮かばない。夜戦は奇策の危険も高く、この暗闇では些細な事でも同士討ちの発生しそうに思える。つまり評判とも合わない。
「イヨは策略も奇策も通じないと言っていた。それは俺がこうして動くと予想しているという事。俺……? 違う。大空団なら団長の姫夜を、か。
姫夜の行動を看破しているとしたら? だが姫夜には戦う意志がない……ん?」
戦う意志のない姫夜。そして、それを知りながら戦う事を強いられた辰義経。 全員の無事に
そのすべてが正しいとき、目の前の武装した部隊そのものがすべて本物でありながら見せかけに見えた。
「義経は戦う必要がないと知っている。これは……勘を外したら致命的だな」
これからあまりにも愚かな行動をしようとする俺自身に出そうになった笑みを隠さず振り返る。
「中竹境、小梅内」
名前を呼んだ直後に二人は我に返り、突然て手を前にだした。
「待つんだ!」
二人の手を掴んで下げさせる。なぜか驚いた様子で俺を見ていた。
大軍を前に戦う意志を見せた男気は良し。だがやはり供に動くには危うい、か?
姫夜が領官に向けた言葉は信用。ならば敵の攻撃意思を確認するまで大空団から攻撃してはいけない。それを事前に伝えていなかった俺自身の采配の拙さにかける言葉が思いつかない。
そして、その沈黙の中、日ノ国の方からその意思が示された。
「放て!」
まだ遠い前方から聞こえた声。そして、暗闇から近づく素早い何か直感に剣を振り矢を弾く。
落ちたそれは一本の矢。間髪入れずに周辺へ落ちて刺さるいくつもの矢の音。
矢の散らばりから声で反応したか。だが、兵の戦う意思はわかった。
「中竹境、小梅内、足元が見えないなら火と灯してでもいい。道の落ちた矢に気を付けつつ左右の木に隠れ……」
今度は長すぎる命令に言葉が二人に届いていなかった。
直後に左右から放たれた明るさで火の魔法を放たれた。
……いい覚悟だ。
「中竹境!小梅内!」
「はい」
「はい」
興奮しているとわかるほどのハッキリとした返事。正常でない事を示すように二人の火の魔法が止まって俺を見た。ように思えたが、火の灯りからの反動でよく見えない。
「木に隠れろ、足元は照らして進め。今すぐ行動開始!」
素早く灯りを地に照らして、足元の矢を避けて動く二人。それに合わせて俺も隠れる。直後、火の魔法の出元を狙撃したらしいいくつかの矢が今度は集中して地面に刺さる音がした。
そして、二人は灯りを再び消し、周囲が暗闇に戻る。
火の魔法は敵からよく見える。それに使えば夜目に慣らすまでに時間がかかる、か。これは使えるな。
「ココから作戦だ。二人は木々に隠れながら火の魔法を敵に放ち続け、前方の注意を惹き付けてくれ」
「ソラさんは?」
「俺は道脇の木々からできるだけ近づいて正面から突入する」
「無謀です! お、俺たちも付いて行きます!」
おそらく恐がる表情に震えている身体。その言葉は興奮状態によるものか本心かはわからなかった。が
「着いて来るのはかまわない。ただ、二人は確実に死ぬが、それでもいいか?」
「…………え?」
結局、二人は付いてこなかった。
そして、応戦は二人に任せて道からは大きく外れないようにしながら森の中を進んで視界に広がった景色。
それは道にはその進路を閉ざすように整った隊列の最前に大きな盾を密集して並べて防ぐ明らかに訓練された者たちの姿だった。そして、その後ろには松明が見え、二人からの火の攻撃がある時にはさらにその後方から矢を放たれている。
火の攻撃は最前線にある密集した盾で防がれ、矢による応戦の時のみ数歩前進して隙間なく盾を構え直す統率がとれた動き。
やはり魔法とやらも盾で防げるか。それに、二人の反撃を見ても攻撃は矢のみ。
森の方の奥を見渡す。
暗い森の方からも全体を覆うように隙間を少なく盾を最前の二人が手に持ち、その後ろにさらに三人が援護する五人一組として密かに木々を避けつつも許さず距離を詰める姿。
そのどれもが手に明かりとして松明を手に持ち、見える人影の後ろにも続くいくつもの松明の光の先が途切れない。道の反対側も同じような状態であろう事は容易に想像がついた。
大きく息を吸い、そして息を吐くと俺も覚悟を決めて機会を見極める。
二人からの火の魔法が途切れて薄暗くなるその瞬間。足元の踏みしめ木々の間から飛び出して駆け抜け一気に盾の前に近づく。直後、矢を放ったいくつもの弦の音が聞こえた。
魔法に対して絶対的な防御をしていた全身を覆えるほどの長方形の大きな盾。その欠点で死角に入り込み、目の前にある盾を物理で薙ぎ払いたくなる気持ちを足に込め、飛ぶ。
その際に、目の前の盾を傾け、盾の上を足場にしてさらに蹴り上げ上げ飛んだ。
視界から見えたのは、いくつもの槍と旗を持った兵が俺を見上げる姿、続いて後ろの松明を持つ兵、そして弓を持った兵の所で失速してぶつかった。
「ぐへっ」
緩衝替わりとなった鈍い声。巻き込まれた弓兵たちの隊列が乱れ、俺から距離をとった。
そして、すぐ前には数名の兵に守られた先鋒を采配する騎乗した将の姿。
「き、貴様は!?」
走り出した俺に対して驚いた声をあげる将。右側から剣を手に進み、一人目の一撃をかわし、二人目襲いかかろうとする腕を握って一人目に投げ、地面を蹴って将へと斬りかかる。
直後、俺の一撃を加える動きに体勢を崩して落馬した。
……避けた?
ただ、確認する時間はない。すかさず馬を翻し、周りが怯んだ隙を突いて本陣を目出して奥へと走る。そして剣をしまって気づく。
俺は、馬も扱えたらしい。
後ろでは騒ぐ声が聞こえた。その騒ぎに感づかれるより先に馬で走り続ける。
たった一人の突撃などない。大勢の味方も傍にる部隊の中で走る馬は伝令と思われたのか、目を向けても止める者は一人は居たが、暗闇でのほどよい灯りが姿を映しながら顔は隠して。
先鋒を第一陣として、二陣、三陣、四陣と道沿いに走り抜ける
「この戦力差に加えて指揮を執るなら道沿いに本陣を置くはず。そろそろだといいのだが」
そう考えた直後に森がひらけた。そして見えた本隊らしき盾に兵の隊列と松明の灯り、そして陣地。
陣地に駆け抜けられるようにつくられた隙間へ一気に走り、異変に気づいた優秀な兵が止めようとした一撃をかわしてそのまま突撃した先に居た、乗馬してこちらを睨む男の姿。
……こいつか。
その直後、横から来た槍で薙ぎ払う一撃。それを咄嗟に避け、馬上は得手ではなかったと見切りをつけて馬を降りる。
そして、剣を抜いて身構えると、見覚えのある姿があった。
「辰義経」
「やはりお前か。ソラ」
その表情は命を懸けて戦う場に相応しくない満足な笑顔だった。




