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剣 ~勇者のいないその後の物語のその後の世界で~  作者: .
はじまりの始まり ―終焉の森編―
4/45

4、「だったら私も連れてって!」眠気に身を任せた。

ソラ       ・・・男。過去の事を覚えていない。名前は仮称。人。

アイリス・コーエン・・・獣耳と尻尾がある少女。

 あの夜から、三日が経った。


 身体の疲れはすっかり取れ、傷も激しく動いても問題ない程度には癒えた。今のところ、アイリスを助けるような出来事が起こる気配もない。


 ……さて、俺は何をすべきか。


 この間に記憶は戻らなかった。ただ、療養中にアイリスと行動を共にするうちに、剣だけでなく槍や長刀、弓も扱え、傷の手当てや火起こし、獣の解体、簡単な料理などもできるらしいことが分かってきた。自分に何ができて、何ができないのか、その区別は少しずつついてきている。


 だが約束に関しては、アイリスに何が起こるのか分からなければ、どんな対策を立てればいいのかも分からない。どれくらいの時間が残されているのか、どんな相手が来るのか、数は? 何ひとつ分からない。

 そんな不安が続く不気味さ。


 約束は守る。その目的ははっきりしているのに、道のりは霧に包まれていて何もできない。

 まるで記憶喪失のような気分だ。いや、実際に今そうなのだが。ならば今は下手に動かずに状況把握に努めるべきか。……だとしたら、いつまで?


 そんなことを考えながら朝稽古を終え、この日も「おはよう」と元気なアイリスの挨拶を聞き、身体を洗い、朝食をすませて一緒に庭の掃除をする。


「この場所を守って清潔に保つのが私の役目。だから、森の外へ出てはいけないっていう約束になってるの。他にもしてはいけない約束がたくさんあるんだよ。……聞いてる?」


「ああ」


 それにしても、今日も朝からよくしゃべる。その元気さは、不安を隠すための空元気なのか。それとも、俺が助けてくれると信じているからなのか。


「ねぇ、ソラは私との約束を守ったあと、どうするつもりなの?」


「ん? ああ……森の外へ出てみようかと思ってる」


「だったら、私も連れてって!」


「断る。森を出てはいけないって、今アイリス自身が言ったばかりだろ」


「ぶー。今はそうだけどぉ……」


 ……今は?


 アイリスの方を見ると、なぜか鳥居の先を眺めながら、ぽんっと手を叩いた。


「あっ、そうだった。今朝は村の人が来る日なの」


 嬉しそうに指さす先を見ると、確かに荷物を抱えた数人の姿が見えた。思わず目を細める。


 やはりというべきか、村の人たちもアイリスと同じく、獣耳と尻尾を持っていた。ただ、その姿はアイリスとは異なり、腕や足に体毛があり、まるで二本足で立った獣に服を着せたような格好だ。見た目だけでは性別も年齢も分からず、身長は俺よりも頭一つ分ほど低い。


 ……多少の外見の違いは覚悟していた。だが、これは想像していなかった。


 咄嗟に身を隠そうとしたが、アイリスは「ここで待っていて」と言い残して、獣の姿をした村人たちの方へと元気よく向かい、挨拶をして親しげに話しかけた。俺には彼らがどれも似たように見えるが、アイリスにはちゃんと見分けがついているらしい。


「あの人はソラ。私を助けてくれたの。それでね……」


 アイリスは、怪訝そうな目で俺を見る村人たちにそう説明してくれているようだった。視線が合ったので、俺は軽く頭を下げる。


 話を聞き終えたらしい、集団のおさと思しき村人がうなずくと、他の村人たちを連れてこちらへ近づいてきた。俺を取り囲むように立ち、話を聞いていた者が右手を差し出してくる。 その表情からは意図を読み取れない。


 ──第一印象は大事だ。


 敵意がないことを示すため、俺も右手を差し出した。──その直後だった。


 突然、頭に強烈な痛みが走り、意識が途絶えた。




「……ここは?」


 目覚めたとき、俺は薄暗い場所にいた。部屋をわずかに灯す火の明かりから、建物の中だと察する。


 意識はまだぼんやりとしていて、身体の状態を確かめようと動かすが、まず手が動かない。視界が少しずつはっきりしてくると、両手も胴もすぐ後ろにある丸太のようなものに縛られているのが見えた。身に着けていたはずの剣も、なくなっている。


 ──何があったんだ? そういえば……いきなり頭に痛みが走って……


 顔を上げると、目の前には衣服を着た、二本足の獣のような姿をした者たちが三人。まるで監視するように、こちらをじっと見ている。ヤシロにやってきた村の連中だ。彼らの近くにある机には鞭や棒のほか、奇妙な形をした鋭利な刃物まで置かれており、ここが拷問部屋であることを理解した。


「……目覚めたか」


 男の声をした一人が、木でできた棒を手に、こちらへと近づいてきた。その声に反応して、他の二人もこちらに顔を向ける。三人とも顔つきには違いがあるが、全体としては似た獣の外見だ。


「正直に答えろ。お前はどこから来た? 奴らの仲間か?」


 苛立ちを含んだ、威圧的な声だった。相変わらず表情は読み取れないが、拘束されている状況とその態度から、歓迎されていないことは明らかだ。


「知らん。何のことか、俺のほうが聞きたいくらいだ」


 もっとも、正直に答えたところで信じてもらえるとは思っていない。


 案の定、返答はされることなく、男は手にしていた棒を振り上げ、そのまま俺の胸に叩きつけた。強烈な痛みが走り、後からズキズキと響くような痛みが広がっていく。流れ出す熱い血の感触に、怒りが込み上げる。

 だが目の前の男は、それ以上殴ることも尋ねることもせず、大きくため息をついた。


「……嘘はついていないようだな」


 その言葉に、思わず目を細める。


 なら、なぜ殴った? ──いや、違う。違和感はそこではない。まるで、俺が嘘をついていないと分かっているような言い方だった。


 注意深く、獣姿の男を観察するが、その獣の顔からは、どんな感情を抱いているのかは分からなかった。


「言い方を変えよう。──百鬼か、と聞いている」


「百鬼? ……百鬼とはなんだ?」


 俺の問いに、男はじっとこちらを見つめたあと、後ろに控えていた別の二人の男と視線を交わす。彼らは互いにうなずきあい、露骨なため息をついた。だが、それでも俺が嘘をついているとは思っていないらしい。百鬼についての説明もないままだ。


「では、どうしてアイリス様に近づいた?」


「……近づいた? 俺はただ偶然出会って、約束を守るためにいただけだ」


「約束?」


 男は目を細め、俺の様子をじっと伺うように見つめ、またしてもため息をつく。


「まったく……とんだ一日だ。今日は大事な日で、百鬼にも警戒しなくちゃならんというのに、頭のおかしい奴が現れるとはな」


 ぶつぶつと文句をこぼすと、男は後ろに控えていた二人に合図を出し、次いで俺の背後に回り込むと──なぜか縄を解いた。


「死にたくないのなら、大人しくしていろ。……まあ、本気でその“約束”を守るつもりなら、どのみち死ぬだろうがな」


「どういう意味だ?」


 俺の問いに、男は答えない。代わりに、顔を覆えるほどの袋を被せられ、両手も前で再び縛られた。そして縄が軽く引かれる。


 足元しか見えないが、ついてこいという合図らしい。そのまま従うと、左右にも一人ずつ、監視役らしい足音がついてくる。建物を出ると、わずかに明るくなり、周囲からは好奇心に似た、だが不快な視線とざわめきが聞こえてきた。

 やがてその声も徐々に遠のき、村を出たと思われるところで、前を歩いていた男が立ち止まった。


「……ソラ」


 名前を呼ぶその声で、アイリスだとすぐに分かった。悲しそうな声の調子からして、こんな展開を想像していなかったのかもしれない。


「アイリス様、お下がりください」


「…………でも」


「アイリス様!」


 間があったが、アイリスは道を譲ったらしい。俺は男たちに縄を引かれるまま、そのまま村を後にした。


 森の中らしき場所をしばらく進み、途中で身体をぐるぐると回され、方向感覚も失われたところで、ようやく顔を覆っていた袋が外された。再び無言で引かれながら、どこへ向かうのか分からないまま歩く。




 ──そして、目的地らしき場所に着いた頃には、日も傾きかけていた。


 そこは、視界の開けた緩やかな丘だった。先は切り立った崖になっていて、振り返ると四方を山に囲まれた盆地に広がる広大な森。その中央には不自然にそびえ立つ山と、その山頂には朽ちかけた古城のようなものが見えた。だが、森の木々に隠れて、村も鳥居もヤシロも道すらも見えなかった。


「何を見ている。ついてこい」


 獣姿の男が促す先には、崖の中腹にひび割れた三角形の洞窟が口を開けていた。どうやら、目的地はその中らしい。そのまま左右と背後を男たちに囲まれながら、洞窟の奥へと進んでいく。


 中は、入口からのわずかな光だけで、すぐに薄暗くなったが、崩れないよう柱が設置されており、意外にも整備されている。やがて、木製の格子状の太い柵が見え、その向こうに牢のような部屋があった。そこへ入れられ、鍵がかけられる。そしてようやく、両手の縄が解かれた。


「運がよかったな」


 そう言い残して去っていく男たちの言葉の意味は分からない。ただ、殺されなかったことを幸運と呼ぶならその通りなのかもしれない。


「……どうしたものか」


 入口からの光以外、明かりはほとんどない牢屋。奥には暗闇が続いていて、柵も腕ほどの太さがあり、手で揺すってもびくともしないほどに地中深くまで固定されているかもしれない。

 俺は牢屋の暗がりの中、改めて手持ちの物を確認する。小さな袋はそのまま残されていたが、用途は思いつかない。


「今は、少し休もう」


 そう呟いてその場に座り、壁を背にして目を閉じた。


「……助けて、か」


 殴られ、捕らえられ、こんな場所に連れてこられたことに対して、頭の奥で怒りが渦巻く。それでもあのときのアイリスの姿が脳裏に浮かぶ。

 その声を思い出すだけで、苛立ちは一気に静まり、胸にざわめきが広がった。


 村の人々は、アイリスを一人だけ隔離するような生活をさせていた。それでいて、様付けで敬意を払っていたようにも見えた。


 どうして、アイリスは村の人間ではなく──俺に助けを求めたのか?

 いや……既に村に助けを求め、断られていたのか? 分からないことだらけだ。


 小さくため息をつき、ペンダントを見て嬉しそうにしていたアイリスの姿を思い浮かべながら、俺は眠気に身を任せた。

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