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剣 ~勇者のいないその後の物語のその後の世界で~  作者: .
はじまりの始まり ―終焉の森編―
4/39

4、「だったら私も連れてって!」眠気に身を任せた。

ソラ       ・・・男。過去の事を覚えていない。名前は仮称。人。

アイリス・コーエン・・・獣耳と尻尾がある少女。

 あの夜から三日が経った。


 身体の疲れは完全にとれ、傷も激しく動いて問題ない程度には癒えた。今のところアイリスを助けるような事も起こる気配はない。


 ……さて、俺は何をするべきか。


 この間に記憶は戻らなかった。一方で療養中にアイリスと行動を共にしていくうちに剣だけでなく槍や長刀、弓も扱え、傷の手当て、火をおこす、獣を裁く、簡単な料理等もできるらしい事がわかり、自身でデキそうな事とデキない事の分別はつきつつある。

 ただ、約束についてはアイリスに対して起こる事が何かわからなければどんな対策をすればいいのかわからない。どれくらいの時間が残され、どんな相手なのか。数は。涙をながしながら助けを求めながら何ひとつとしてわからない。それは奇妙でわからないが不気味であり、何をしていいのかすらわからない。


 約束は守る。目的はハッキリとしているのに道のりが霧に包まれているだけで何もできない。

 まるで記憶喪失のような気分だ。いや、今まさにその記憶喪失ではあるのだが。なら今は下手に動かずその探る事に集中べきか。 …………いつまで?


 そんな事を考えながら朝稽古を終え、この日の朝も「おはよう」と元気なアイリスの挨拶を聞き、身体を洗って朝食後に一緒に庭の掃除をする。


「この場所を守り、清潔に保つのが私の役目。だから絶対に森の外へ出てはいけないという約束になっているの。他にもしてはいけない約束がたくさんあるんだよ。……聞いてる?」

「ああ」


 それにしても今日も朝からよくしゃべる。それが不安を隠すための空元気なのか、俺が助けると信じているからなのか。


「ねぇ、ソラは私との約束を守った後はどうするつもりなの?」

「ん? ああ。森の外へでてみようかと思っている」

「だったら私も連れてって!」

「断る。森を出てはいけないと今アイリス自身が言っただろ」

「ぶー、今はそうだけどぉ」


 …………今は?


 アイリスの方を見ると、なぜか鳥居の先を眺めて手をポンと叩いた。


「あ、そうだった。今朝は村の人が来る日なの」


 嬉しそうにしながら指さす先には村の人らしい荷物を抱えた姿が数人見え、思わず目を細める。

 やはりというべきか村の人たちはアイリスと似た獣耳と尻尾もついていた。ただ、その姿はアイリスとも異なり腕や足にも体毛があり、まるで二本足で立っている獣に服を着せたような姿。見た目からは性別も年齢もわかりそうになく、おそらく身長は俺よりも頭一つ分くらい小さい。


 ……多少の見た目の違いは覚悟はしていた。が、これは想像していなかったな。


 咄嗟に身を隠そうとしたが、アイリスは「ここで待っていて」と言って元気よく獣姿の村の人たちの方へと向かうと挨拶して親しげに話しかけている。俺には村の人たちがどれも似たような見た目にみえるがアイリスには見分けがついているらしい。


「あの人はソラ。私を助けてくれたの。それでね……」


 アイリスは怪訝そうな目で俺を見る村の人たちに説明してくれているらしい。目線が合ったので俺は軽く頭を下げる。


 話を聞き終えたらしい集団の(おさ)らしき村の人が頷くと、他の村人を連れながら俺に近づき取り囲むとアイリスの話を聞いていた者が右手を前に出してきた。表情から意図は読み取れない。


 第一印象は大事だ。


 敵意はない事を示すために右手を前に出した直後だった。突然、頭に強烈な痛みが走り意識が途絶えた。




「……ここは?」


 目覚めた時、薄暗い場所に居た。部屋をわずかに灯す火から察するに建物の中だと気づく。

 意識がまだぼんやりとし、身体を確かめようと動かしてみたがまず手が動かない。少しずつはっきりとした視界からよく見ると両手も胴もすぐ後ろにあるらしい丸太のような物に縛られて、身に着けていたはずの剣もなくなっていた。


 何があったんだ? そういえばいきなり頭に痛みが走って……


 顔を上げると目の前には衣服を着た二本足の獣姿の三人が監視するよう俺を見張って居た。どうやらヤシロに来た村の人たちの仕業らしい。彼らのそばにある机には鞭や棒の他に奇妙な形をした鋭利な刃物まであり、ココが拷問をする場所だと気づいた。


「……目覚めたか」


 男の声をした一人が木でできた棒を持ちながらこちらに近づいてきた。その声で他の二人も気づいたらしく、こちらに顔を向ける。彼ら三人とも顔の形などに違いはあったが似た外見だった。


「正直に答えろ。お前はどこから来た? 奴らの仲間か?」


 苛立ちのこもったような威圧的な声。相変わらず表情は読み取れないが拘束されている事とその声から歓迎はされていない事はわかった。


「知らん。何の事か俺の方が聞きたいくらいだ」


 もっとも、正直には話したが信じてもらえるとも思えないが。


 その予想どおり答えてもらえる事はなく、木の棒を振り上げて勢いよく俺に降ろした。胸に強烈な痛みが走り、後から響くようなズキズキとした痛みから熱くなる血の流れで怒りが込み上げてくる。

 ただ、目の前の獣姿の者は続けて殴る事も尋ねる事もせず大きなため息をついていた。


「嘘はついていないようだ」


 その言葉の違和感に目を細める。


 ならなぜ殴った……いや、違和感はそこじゃない。まるで俺が嘘をついていないとわかっているような言い方。


 注意深く獣姿の者を観察してみるが、獣の顔ではどんな表情をしているのかよくわからない。


「言い方を変えよう。百鬼か、と聞いている」

「百鬼? 百鬼とはなんだ?」


 俺をじっと見た後に獣姿の者は振り返り、後ろにいた別の男の二人が頷きあい露骨にため息をついていた。百鬼について説明する様子はないが、他の二人も俺が嘘をついているとは見ていないようだった。


「では、どうしてアイリス様に近づいた?」

「…………近づいた? 俺はただ偶然出会い、約束を守るためにいただけだ」

「約束?」


 獣姿の者は目を細めながら様子を伺うようにじっと見てため息をついた。


「まったく……とんだ一日だ。今日は大事な日で百鬼にも警戒しなくちゃならないのに頭のおかしい奴が現れるなんて」


 獣姿の者はぶつくさと呟き終えると後ろで見ていた二人に合図をし、続いて俺の背後へと回り込むとなぜか縄を解いた。


「死にたくないのなら大人しくしていろ。まぁ、本気でその約束を守るつもりならどちらにしても死ぬだろうがな」

「どういう意味だ?」


 俺の問いに答える事はなく、顔を覆える大きさの袋を被され両手も前で縛られると今度は縄を軽く引っ張られた。

 足元しか見えないがついて来いという合図らしい。引かれるままに歩き出すと、左右にも一人ずつ付く監視役らしい足音が聞こえた。素直に従い建物から出るとわずかに明るくなり、周囲からは好奇心に似た不快な視線と騒めきが聞こえる。そんな声も歩いているうちに徐々に遠のき、村から出たと思われたところで急に前の男が立ち止まった。


「……ソラ」


 名前を呼ぶ声でアイリスだとわかった。悲しそうな声から察するに、こうなる事を想像していなかったのかもしれない。


「アイリス様、お下がりください」

「…………でも」

「アイリス様!」


 間はあったがアイリスは道を譲ったらしい。俺は男たちに縄に引っ張られるままにそのまま村を出た。

 森の中らしきところをしばらく進み、途中で身体をぐるぐると回されると方向感覚もなくなったところで顔を覆っていた袋を外され、方向も向かう先もわからないまま無言で引かれるままに歩いた。




 こうして目的地らしき場所にたどり着いたらしい頃には日も傾きはじめていた。

 ココだけは視界の開けた緩やかな丘で、その先には切り立った崖となっており、振り返ると四方が山に囲まれたらしい盆地には広大な森が広がり、中央には不自然に切り立った山と山頂に朽ちてた古城らしきものも見える。ただ、視界からは森の木々に隠れて村も鳥居もヤシロも道すらも見つけられなかった。


「何を見ている。ついてこい!」


 獣姿の男達が促す先には、崖にひび割れた三角状の洞窟だった。目的地はその洞窟の中らしく、そのまま左右と後ろを男たちに付き添われながら洞窟の奥に向かって進む。

 中は入り口からしか光が届かないため奥へ行くほどすぐに薄暗くなっていったが、穴は意外にも崩れないよう柱も設置されていた。ほどなくして木製の太い格子状の柵と入り口らしき場所が見え、そこに入れられる鍵を閉められ、そこでようやく両手の縄が解かれた。


「運がよかったな」


 そう言い捨てて去っていった男たちが何を言いたかったのかはわからない。ただ、たしかに殺されなかっただけ幸運と思うべきなのかもしれない。


「どうしたものか」


 入口からの光以外はほとんどない牢屋。奥は明かりもなく続いている。一方で入り口も柵は腕ほどの太さもあり、手で揺らしてみてもびくともしないほどには地中深くで固定されていた。

 俺は牢屋の暗闇の中、改めて手探りで手持ちをみる。小さな袋はそのままだったが用途は思いつかない。


「今は少し休もう」


 俺はそう呟くとその場に座り、壁を背にして目を瞑る。


「……助けて、か」


 殴られ捕まりココについたことに対して頭で苛立ち熱くなるのを感じる。

 にもかかわらず、今もあの時のアイリスの姿が思い浮かび、その時の声で苛立ちが一気に冷め、胸が騒めく。


 村の人たちがアイリスを一人だけ隔離するような暮らしをさせていた。一方で様付けして敬意を持っているようにも感じた。

  どうしてアイリスは村の人ではなく俺に助けを求めた? いや、既に助けを求めて断られた? ……わからないことだらけだ。


 小さくため息をつき、ペンダントをみて嬉しそうにしていたアイリスの姿を思い出しながら眠気に身を任せた。


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